31 * 強気でいってみる
私がアストハルア公爵様の今後の動向に呆れて態とらしく項垂れると、彼はとても愉快そうに肩を揺らして笑う。
「ヒタンリ国の金属の融通をしてくれないことへのちょっとした意趣返しと思えばいい」
「仲介しませんからね?」
「分かっている。まあ、そのうちうまくジュリとグレイセルを丸め込んでその辺何とか出来ればとは思っているが」
「しませーん。どうしてもというならヒタンリ国王陛下と直接交渉をどうぞ」
「それが難しいから丸め込むタイミングを探しているんだが? そもそも、王宮から当たり前のように姿を消す国王に手紙など出しても読む気も無ければ相手にもされないんだ、何とか接点を持とうとしてもあれほど目すら合わぬお方もいない。私からすれば極めて扱い難い部類のお方だ」
「……神出鬼没ですからね、あの国王」
「そして逃げるのも速い。挨拶をしたくてもそのタイミングすら掴めぬ程あっという間に風のように姿を消す。ククマットで何度か見かけているのに接触自体が困難だ。その手の【スキル】持ちなんだろう」
ヒタンリ国王の奇特な性質について二人で唸っていてふと、公爵様に伝えておこうとしたことを思い出す。
「あ……公爵様」
「なんだ?」
「ヒタンリ国のことを話していて思い出したんですが、日を改めて話したい事がありました」
「今では駄目なのか?」
「駄目ではないんですが、出来ましたら主要な方をお呼びして伝えられたらな、と」
ロケットペンダントの件については今後私ではなくローツさんとライアス主導でアストハルア家との共同開発を進めて貰う。
機械化は無理でも精密ないずれは量産型部品製造に繫がる新しい工具の開発から始めるのと、アストハルア家でロケットペンダントに最適な金属の入手先や類似の金属を探したり、となると私では最早役立たずなのでね。
ローツさんに任せるのはいずれフォルテ子爵家もその技術を取り入れていきたいと相談されたから。彼主導にすることでククマット領、アストハルア家に遅れを取らずに技術提供が出来るしね。
そういうことで、ロケットペンダントを一般販売出来る日はそう遠くないのかな、と期待をしつつ過ごしてから数日。
クノーマス伯爵家の迎賓館に錚々たるメンバーが揃っていた。
クノーマス侯爵家からは侯爵様とエイジェリン様。
アストハルア公爵家はもちろん公爵様とロディム。
そして最近は爪染めの原料となる樹木栽培が軌道にのり順風満帆で忙しくしているナグレイス子爵家のご隠居と息子の子爵様。
うちの重役として非常に頼りがいのあるローツさんの実家からは彼のお兄さんであるフォルテ子爵様が。
そして、トミレア地区で嗜み品専門店 《タファン》の店長であり最近は子供用品店 《ゆりかご》の経営にも携わる事になった未亡人でありシルフィ様のお友達である、オリビアさん。
そこに。
バールスレイド皇国の礼皇という皇族同然の友人、リンファとその夫でありバールスレイド皇国魔導院トップのセイレックさん。
いつもその地位を忘れがちなパンダ耳のバミス法国大枢機卿であるアベルさんと彼の右腕ともされる枢機卿の一人、狐属のキュルガさん。
そしてなんだか最近はククマットの領民と勘違いされるほど馴染んでいるフォンロン国ギルド職員のレフォアさんたちフォンロントリオ。
さらにさらに、中立派と穏健派でも特に筆頭家が信頼を置く私との接点が多い伯爵家と子爵家が合せて十家。
ツィーダム侯爵様も招待したけれど、この方に関しては他の方々とは別に『私の直ぐ側』に席を用意して座ってもらった。因みに面白いことが起きるだろうと勘が働いたとかで夫人のエリス様が勝手に付いてきちゃったので、急遽侯爵様の隣に椅子を並べて座ってもらっている。侯爵様、嫌そうな顔しないで下さい、あなたの奥さんですよ一応。
……一体これ程のメンバーが集まって伯爵家の迎賓館で何が話し合われるのか。
「『ものつくり選手権』の概要です、お読み下さい」
秘書のセティアさんが一人ひとりに配るソレ。
渡されて表紙を見た人たちが順に目を見開く。
「『第一回ものつくり選手権とクリスマスイベント合同開催について』ね。面白いこと考えたじゃない」
リンファはとても楽しげな声でそう声をかけてきたけれど。
他の人達はちょっと困惑してる。
「そう、面白いこと考えたのよ」
私は隣にいるグレイにチラと視線を向ける。『……好きにしろ』と、とても小さな声でちょっと戯けた様子で呟くグレイは、この後の皆の反応が楽しみで仕方ないらしい。口元を手で覆い隠した。うん、ニヤつく口元をガッツリ隠したね!!
「えー、では。予てから皆様から個々に相談されていたことについて今日はお話しようかと思いまーす」
軽い態とらしい私の言葉にリンファとセイレックさんはキョトンとしたものの。
ローツさんとセティアさんは笑顔でいるけれど意図的に私と目が合わないようにしている。
そして。
他の面子。
一瞬で空気が変わった。
ピリッと。
ふ、ふふふっ、あ、笑っちゃう。
これはなかなかに酷いことしてる自覚が私の中にあるけれど、笑いが込み上げてどうにもならない。
いまここにいる人たちから相談されていた。
個々に、内密に、『協賛金制度』について私がイベントに取り入れることにしてから。
『私がその筆頭になることは可能か?』と。
これ、クノーマス侯爵家からはグレイを通して相談されていたし、そもそも私の嫁いだ家ですから? そんなの当たり前ですよー、とクノーマス侯爵家に関しては私はウエルカムって感じで出してもらうつもりだった。というか、『腕っぷし選手権』で既に試験導入してククマット内の商店や工房含めて沢山看板も出してるしね。
でもね、他は受け付けていなかった。
私では相手に出来ない権力が一度に押し寄せる可能性があったしそもそも貴族の矜持や意地のお披露目の場ではなく純粋にイベント開催のための資金集めとしての役割を果たすためには協賛金や広告がどういうものかをまずは見てもらう必要があった。
でも今はヒタンリ国という後ろ盾がある。元々のクノーマス家の後ろ盾は以前からの交流でヒタンリ国との関係が良好、私のことでクノーマス家はヒタンリ国にいつでも相談出来るほどには親しい間柄になっている。
つまり、今ならある程度色んな権力を制御出来る。
そしてリンファね。
この人私のことになるとグレイ並みに怖い性格発揮してくれるから。そしてヒタンリ国との繫がり強いから。
さて。
侯爵様とエイジェリン様が難しい顔をしている。
そりゃそうよね、だって自分たちの目の届かない所で私やグレイに協賛金について相談してきた家が少なくともこれだけあるんだから。
一応、仕事に関しては守秘義務にしている事が多いためこの相談も侯爵家には出来ななかったという点はあるものの、それでも侯爵家にしてみれば面白くないよね。
「ここにいる家や団体に『協賛金』の出資を認めるってこと?」
ざっと資料一枚目に目を通したリンファの一言。
軽く言うよねえ、ピリッとしてるこの空気の中で。
「ざっくり言えば、ね」
「どういうこと?」
「次のページをお読みくださーい」
「次?」
リンファがペラリとめくる。それに続くように皆が同じようにページをめくり目を通す。
そして一番に反応したのは、アベルさんだった。
「はっ?」
上擦った声を出してしまったことにおどろいて咄嗟に彼は口を閉じる。
「それが、協賛金出資の条件。協賛金を出したいなら、もっと 《ハンドメイド・ジュリ》の技術や知識を享受したいなら、実力をみせてもらおうじゃないの、って話。だってものつくりを楽しむイベントですからね!!」
「他の領の職人の作品も見たいねぇ」
それはおばちゃんトリオのメルサの純粋なるものつくりへの情熱が生んだ願望だった。
「でも他領となると……ちょっと難しいんだよね」
「あー、どの家に出してもらうか気を遣う事になるんだっけ?」
「そう。今の規模だと、ククマットとクノーマス領の職人さんたちの作品展が限界だと思ってる。単純に会場の規模がどうのこうのだけじゃ済まないことになるはずなんだよね、今後の事を考えると協賛金制度を無視できないから」
「現状、派閥の兼ね合いと力関係からツイーダム侯爵家以外は難しいだろうな。ここにアストハルア家まで入れてしまうと穏健派でも協賛金にかなりの興味を示している家が多いから……断りを入れるだけでも骨が折れる。ましてアストハルア繫がりでバミス法国もアベルが首を突っ込んで来るだろう、法王の名前を出されたらたまったものではない」
グレイが苦笑して肩を竦める。
「私としてはバミスじゃなくヒタンリ国との関係を重視してるからね。だからといってそこを軽くあしらっちゃうとクノーマス侯爵家が負担を強いられるわけ。移動販売車のことでバミスと繋がりが強くなってるから。今、手当たり次第にうちのイベントにお金を出させるってできなくなってきてるのよ、これだけ大きくなって、色んなところと繋がって複雑化してるから中立派筆頭侯爵家の二家とヒタンリ国以外は結構神経質に対応しなきゃいけなくなってきてる」
私も苦笑。
まさかここまで私のやることが大きくなるとは誰が予想したか。
うん、やるならとことんやる! と意気込んでここまでやっできた私がいたからなんだけど。
そんなこんなで、しばらくの間ものつくり選手権には他の領は関与させないつもりだった。
体制が整ったあと、規模を大きくしつつ《ものつくりの祭典》の足掛かりになる頃でもいいかな、って。
「じゃあ、こっちから無理難題押し付けてそれが出来るなら協賛金受け付けるってのはだめなのかい?」
「え?」
「ほら、あんたは得意だろ無茶振りが。キリアと一緒でさ、ものつくりのことになると人を振り回していいように使うじゃないか。それこそ怖いもの知らずな態度で」
チョットマッテ。ワタシディスラレテマス。
「例えばさぁ……こっちからお題を出して、大きさ重さも制限かけて、お題に沿ったものを一点だけ出品出来るなら、協賛金出せますよ、とか。どうせ協賛金には上限かけるんだろ? それもお題と制限を守らなかったら罰則として協賛金の上限枠下げちまうとか、協賛金受け付けないとか、この際こっちのやることに口出しするんだから言う事聞け!! くらいの態度で振り回しゃいいじゃないかと思うんだけど。流石にそれはまずいのかい?」
「「……」」
メルサのその意見、そのまま採用 (笑)。
で、今に至る。
「えー、条件守ればバールスレイド枠として私も出せちゃうの?」
リンファが目を輝かせた。
「出せるよ、でもリンファが出品? なんか意外」
「お題に沿ったものなら何でもいいんでしょ? お題にぴったりなポーション作るわ」
そこでポーションを出してくるあたりがリンファらしい。
「それに今から作品を作らせる職人を選出するのはかなり難しいじゃない、だったら私が出すわ。皇帝陛下が協賛金制度に興味があったみたいで聞かれたことがあったしね。後にバールスレイドで取り入れるためのお試しにもなっていいじゃない? お金のことだもの、厳しい条件や審査を通す体制を先に試すと後が楽よきっと」
そう。
まさにそれ。
今この時点で既に選手権までの時間は限られている。しかもククマット領のクリスマスイベントにぶつけてるので、果たしてこの期間の短さで職人もしくは工房を選出し作品を一点に絞り込んでものつくり選手権の作品展に出品出来るか。
でも本気で協賛金を出し、今後も私のやることに食らいついてきたいと根性と誠意を見せられるチャンスでもある。そして協賛金制度がどういうものなのか、直接関わりその目で見れるし私がどういう形でお金を使いたいのかを見るにもうってつけだよね。
「あはははっ」
軽やかに場の空気を霧散させる笑い声を上げたのはツィーダム侯爵夫人エリス様だった。
「なるほどな、これはまたえらく面白いことになりそうだ、なぁ?」
夫であるツイーダム侯爵様の肩をバシッとかなり強めに叩いた夫人は背もたれにより掛かりゆったりと足を組んで笑う。
「協賛金制度が確立されるとパトロンのような線引のない曖昧な投資で無駄な金を散らすことも少なくなるだろうし、何より名前が看板で全面に押し出される、我々貴族にとってはこれ程清廉潔白な形で名前とプライドを世に広める手段はないからな。協賛金制度を使いこなせたならどれほどの利権が手にできるかな、金の亡者なら笑いが止まらなくなるなるだろうよ」
「お前は少し黙ってろっ」
ツィーダム侯爵様に強めに諌められても実に愉快げに笑うエリス様。
……笑ってんの、エリス様とどんなポーションにするか思考が飛んでるリンファとそれを微笑ましく見てるセイレックさんだけ。あ、グレイは最初から笑いこらえてるけども。
カオス。
「まあ、そういうことです。お題は次のページにありますが、『冬』。冬を連想させるものならなんでも構いません。大きさ重さについては詳細を確認して下さいね。それをものつくり選手権の三日前まで納品出来る約束をして頂ける所に、協賛金の出資をお願いします。ハルトと私の所が確保している看板掲載箇所を割当ますので、そこに出せる看板も用意して貰う必要がありますが、そこまで手が回らない場合は相談にも乗れますよ、ユージン・ガリトアと彼の絵画教室の生徒達が看板作りに協力してくれることになっていますので」
笑顔で言ってみた。
まだカオスな状況だけど。




