31 * 牽制って難しい
毒気を抜かれた、そんな感じ。
アズさんが帰った後、二人でキョトン顔で見つめ合って笑うでもなく困るでもなく、とにかくただ互いにボヤァとした顔をして。
「……悩んでたのが馬鹿馬鹿しくなったわ」
「そうだな」
エルフ、恐るべし。
グレイは窓の外に視線を移し、アズさんが去った方角を見つめながら頭をかいた。
「私も、望んでいたのだと自覚させられた瞬間……なんというか、『こんなものか』と思ったよ。人間なんて皆がそういうものなのだと、当たり前のことだと、その事で今騒いでも悩んでも、結局はどうにもならないことなんだな、と思うと……」
「悩むのが馬鹿馬鹿しいよね」
「本当にな」
再び目があって、同時にため息。
ようやく笑い合えた。
グレイはその笑顔を苦笑に変化させる。
「なに?」
「それらしいことを言ってジュリを慰め前を見るように促したつもりが……ただ無駄にカッコつけただけで空回りしただけだったな、と」
わぁ、グレイが遠い目をしちゃった。
「今頃、アズに笑われてるんだろうな……」
……。
グレイがちょっと黄昏ちゃった翌日。
今度はロディムが訪ねてきた。
勿論、父親のアストハルア公爵様を伴って。
ロケットペンダントの実物とその構造やデザイン、説明がびっしりと書き込まれた紙を見せながら説明する。真剣な目つきの公爵様とロディム相手にグレイが淡々と説明を続ける側で私はもりもりとお菓子を頬張る。
(さて、どうしようかな)
この公爵様の顔を見る限り、かなりロケットペンダントに興味がある。これは新作が欲しい顔ではない。明らかに『技術』が欲しい顔。
このほぼ完成品と言える試作品を作ったのはライアス。枠のみの物を含めて、あれから一回りさらに小さくし、まるで機械で作られたような均一さ。開閉する時に加える力も開く時の音もほぼ均一。恩恵によって高められたライアスの精巧かつ均一に仕上げる技術は多分……大陸有数の職人たちが秘匿する技術に達している。
それをこのアストハルア公爵様が見逃すだろうか。
……見逃すことはないよねぇ。
うん、そもそも、ペンダントトップだけでなく、チェーンもねぇ。
最新の極めて細かな輪が繋がるチェーン。
これは召喚時こたつに山盛りになるほど買い込まれていたパーツたちに埋もれるようにして一緒にこの世界に来た、一本税込み二百円しないチェーンを見本にして作られたもので輪の大きさはかなり近いものに仕上がっている。
日本では二百円しないそれも、こちらではこの精巧さとなるとそもそもほぼ存在しない、というか見たこと無い。なので値段をつけるとしたら多分十万円以上、こちらでは千リクル以上の値をつけて売るとグレイとローツさんが即決したほど。
これを作ったのも、ライアス。
案の定。
「これを作ったのは誰だ?」
「ライアスです。現在このクオリティはライアスのみの技術と思われます」
グレイの返答後にチラ、と私にアストハルア公爵様の目が向けられた。
何も声をかけてこないので無視してお菓子を食べ続けておく。
ライアス、フィン、そしてキリア。
この三人は決して魔法紙による誓約書を用意しても技術指導を名目にククマット領から出せない。
それが私とグレイ、ローツさんの共通認識。
はっきり言う。
正真正銘、『神の手』レベルに達している。
そんな三人を、技術提供を理由に外に出してみなさいよ、そのまま監禁コースまっしぐらよ。グレイが私を監禁するなんて可愛いものに見えちゃう。
というか……三人がこのククマット領から全く出ようとしない。そう、気づいたの。
全然出ない。
その事が不思議で聞いてみたら。
「出ようと思わない。というか、出たくない」
と。
旅行とか素材探しなら喜んで出るけど、それ以外で出ようとは全く思わない、と。
「でも私と一緒にコーディネートとかで外出るよね?」
「あれはあれ、別問題」
『これはこれ、それはそれ』と似たようなことを私もよく言うけど……。
ものつくりの恩恵による弊害じゃないよね?! と心配になる!!
『大丈夫よ、それに私は関与していないから』
あ、セラスーン様の声。
周りの様子を伺うと今は私にしか聞こえないらしい。
『ククマットで物を作っている方が楽しいだけみたいよ?』
え、それだけですか?!
『ええ、それだけ』
ホントにそれだけなのあの三人は!!
『極めて単純な理由だからこそ、極論に至ってしまったみたい。しかも今のククマットは発展目覚ましいでしょう? 住心地は良くて日々さらに改善されて、物流が活発になってなんでも手に入るようになって不自由しない。そこに年中イベントが発生するんだもの、暇がない上に充実していて毎日が満たされているなら出ないというより出たくないと思う人間がいてもおかしくないわ。その最たる例があの三人になってしまっただけ、単なる偶然、私が何かしらする必要もなくククマットにいるのが当然になってしまってるわね』
うわ……神様からのお墨付きをもらってしまった。
そっか、あの三人。
本気で出たくないんだ。
そう考えると、アグレッシブに外に出て行くことを厭わないおばちゃんトリオ、それぞれがものつくりの能力高くてコミュ力も高くて課金 (給金割増)でどこへでも派遣されてくれる、実は万能で有能ってことになるわ。
そんな事をセラスーン様と頭の中で会話してたら。
「……リ、ジュリ?」
「あ? は。終わった?」
「どうした?」
グレイに顔を覗き込まれてちょっとびっくりしつつ、何でも無いと頭を振っておく。後でグレイにはセラスーン様とお話したことを伝えよう。
「一通り説明を終えたからジュリからなにかあればと思ったが」
「特に無いよ」
サラッと言ったら。三人から冷めた目をむけられた。えー、なんでよ?!
「何もない、だと?」
わぁ、公爵様の顔こわーい。
「ええ、ないですね、グレイが説明をしたとおりです。付け加えることなんてないですけど?」
というかね。
「寧ろ、公爵様が何かいいたい事があるんじゃないかな、と」
あるよね、その顔。
さっきの話に戻るけど。
これを作ったのはライアス。
「こちらに製作に携わらせたい職人を派遣してきて下さればライアスの元で学ばせます、ただ彼は知っての通り私、キリア、そしてフィンの 《ハンドメイド・ジュリ》の最たる作り手の道具の開発・製造そしてメンテを全て担っていますので最優先はそちら、もっといえば彼は独自の価値観と発想力で時々作品を作っていますので私はそれを自由にさせることになります。つまりそこにも書かれているように、ライアスをそちらに派遣することはありません。たとえ一日であっても、それはしませんし派遣してきた人たちへの指導する日程も必ずこちらに合わせてもらいます。その条件を飲んでくだされば精密部品開発に繋がるであろうロケットペンダントとそのチェーンの加工工程の公開をしますし、生産が軌道に乗るまでこちらも販売はせずそちらに合わせます。占有権の登録も……まだ進めていません、そちらの開発状況次第では、共同所有もアリだと思っています」
「ジュリ?」
グレイは最後の言葉に目を丸くする。
「ライアス以外、まだ作れないことを考えるとククマットで量産するためにかかる開発費はこちらから提示した金額でギリギリ、それで何とか済ませたいけど、ローツさんにはそれで良いって言われたけど、グレイもそのつもりだろうけど……現段階でこの程度の口約束はしても問題ないと思うよ。多分、私達は毎日ライアスの技術を目にしているから麻痺してる、彼の手が如何に優れているのかをちゃんと理解してない。適した素材を見つけ出すのも、難しい私の注文を容易く叶えてくれるのも、ライアスだから出来ること。あの勘と感覚、技術を他の人が身につけるには途方もない時間と労力を必要とすることも考慮しないと。時間と労力……これをカバー出来るのは結局のところお金になってくる。その負担をアストハルアに提示額以上に強いることになる可能性があるなら、共同版権所有は当然と言ってもいいから。ということで……公爵様が言いたいことに対して勝手に先読みして答えて見ました。そこに書いてあること以外のことは一切こちらから提供、開示はしません、現段階では内容を変えるつもりはありません。なので、何か他にいいたい事があれば聞きますが、無ければ以上です」
『持ち帰り検討する』と難しい顔をして帰った二人が門の外で馬車に乗り込んだのを見送り、屋敷に戻って扉がしまった瞬間。
「あははははっ!」
「うおっ? な、なによ?」
「あははっ、いやぁ、見事に公爵を挫いたな、と思って」
笑いすぎて目に涙が溜まるグレイは、指で目元を拭って更に笑う。
「ふっ………くくっ」
「だってあの人、元々キリアを欲しがってたでしょ。あの人はお金に困らないからか、お金や物より人を欲しがる傾向あるよね? 今でもキリアのことを引き抜きたい気持ちは変わらないし、そこにライアスやフィンもあわよくば、って思ってるはず。私を連れて行くのが無理ならあの三人から、って」
「確かに」
「私はね、あの三人に限らず今ククマットを含むクノーマス領でものつくりをする人たちが権力に振り回されてこの土地から去るようなことは絶対に阻止してみせるから」
「ほう」
グレイはちょっとわざとらしい声で興味深いと言いたげに反応する。
「それは何故だ?」
「《職人の都》。それには必要でしょ、自由に好きなように物を作る人たちが。物を作りたくてしょうがない、好きで好きで、毎日何かを生み出したい、そういう人たちを増やしたいのに、何が悔しくて他所に奪われなきゃならないのよ。今ここは、そういう人たちが集まり始めたの、ようやく、この地がものつくりをする人を受け入れ、支え、共に成長しようとしていることを知られ始めたところだよ? 絶対に、守らなきゃ。非難されようが構わないの、だって私のエゴだから」
グレイはとても穏やかに微笑んだ。
「そうだな、それでいい」
「あ、いいんだ?」
「いいさ、それで」
「よし、旦那であり領主であるグレイが遠慮するなと言ってくれたからもう遠慮しない」
「……ん? そういう意味ではないんだが。遠慮するなとは、言っていないしな?」
今度は首を傾げられた、笑ってるけどね。
「契約しよう」
「ありがとうございます」
「……決して、出す気はないんだな」
「はい。たとえそれが原因でアストハルアを敵に回すことになっても」
二日は欲しいと言ったはずの公爵様が一人翌日に時間を取って欲しいと事前に連絡をくれたので直ぐ様承諾して招いた。
「はあ、誰が敵になるなんて言った。私はお前だけは敵にしたくない」
「え、何でですか?!」
「……お前がそう言うのか? 呆れるよ、全く」
ちょっと納得いかない表情で本当に呆れた声でそう言われ、つい首をかしげてしまう。
「まあいい、とにかくアストハルア家はお前に敵対することはない。それだけは忘れないでくれ」
「はあ」
イマイチ公爵様が不機嫌そうなのが理解できずにいると、彼はいつものように淡々とした感情の籠もらない顔になり、私に向けて一枚の紙を差し出してきた。
「ただし。共同開発に当てる出資金だがそちらから提示された金額の倍を用意する。その承諾署だ、サインしてくれ」
「……一切の変更はしないと伝えましたが?」
「そちらの意図を読み取れぬほど開発に浮かれると思っていたか?」
いやぁ、流石だね。
「ネルビア行きについて口出しするなという牽制は受け付けない」
おう、どストレートに。
「そちらが嫌でも口出しさせてもらうつもりだ」
「はっきりいいますね、意外です」
「静観するから安心しろ、と言われると期待していたか?」
「いやまさか! それこそ全然そんな言葉は想定してませんよ」
「ふっ、ははは」
公爵様が軽やかに笑った。
「じゃあ、なんだ?」
「裏工作とか暗躍を仄めかしてくるかと」
「まあ、それも考えた」
「ですよね?」
「だが、それをするとお前は躊躇わないだろう?」
「何をですか?」
「【彼方からの使い】を正面からぶつけてくる」
「……ははっ、お見通しです、か」
想定外の、乾いた笑いが漏れた。そこまで見抜かれていたのか、と。
「最近のジュリは怖いもの知らずに見える。ヒタンリ国の後ろ盾を得たからとも思ったが……それこそ思い違いだった」
「間違ってませんよ、怖いもの知らずになってる面とか自惚れてた部分ありますし。それを今反省してますけどね」
「それはお前自身のことだろう。そうではない」
「じゃ、なんのことですか?」
「もっと外側だ、お前を取り巻く環境の、外枠の部分とでも言っておこう……見切りを付けただろう、この国に」
真っ直ぐ向けられる瞳。
疑うでもなく探るでもなく、ただ真実を述べているという確固たる自信が漲るその瞳が、私の目を本当に真っ直ぐ、揺らぐ事なくとらえる。
「各国が声明を発表する中、この国は沈黙し一切の反応を示さなかった。あれには強権派の一部も反発し非難した話は聞いているか?」
「はい、戻ってしばらくしてからグレイに教えられました」
「そう、戻ってからしばらくしてお前が変わった。……そこから強権派すら王家の姿勢を非難した話が伝わったのだと推測した。最早お前にとって派閥は問題ではない、この国そのものに、王家に憂いを感じ、そして結論を出した。だから怖いのだよ、お前のその考えはグレイセルにそのまま、植え付けられる」
「植え付けてるつもりはありません」
「訂正しよう、グレイセルがそのまま受け入れる。お前がどんなに拒否しようと、止めようと、あの男はお前の全てを受け入れる」
「……」
「お前のために王の首すら何の躊躇いもなく落とすだろう、笑顔でどうだと言わんばかりに褒めてくれと言うだろう。ジュリが国に見切りを付けた事を、グレイセル・クノーマスが知らないはずがない。そしてそんなグレイセルの事を野放しにする【彼方からの使い】たちを敵にするほど私は愚かではないし、姑息な手で騙す気もない。……だからといってあのラパト家とウィルハード家を味方に付けたジュリとグレイセルを放っておくわけにもいかない。だから正面から堂々とこれからも口出しする」
「……はー、そうきましたか」
「これでもバミス法国内では枢機卿会寄りだと自負がある。グレイセルにも伝えて貰ってかまわない、出来る範囲でウィルハード勢力の牽制はさせてもらう、と。ただし勘違いだけはしないでくれ、あくまで牽制だ、敵対は絶対にありえないと」
「分かりました。……サインすればいいんですね?」
「理解が早くて助かる」
「全く……ホントに最近こんなことばっかり」
愚痴を零せば。
公爵様が笑った。
「ジュリはもう少し自覚が必要だ。どれだけ周囲に影響を与えているのか、周囲を容易く動かしているのか、を」




