31 * 初心を忘れちゃ駄目
「あー、安易にデザイン考えるって言って失敗した」
「……ジュリ」
「うーん?」
「よく考えたらそうだね」
「そうなのよ、うん」
キリアと二人で作業台に突っ伏して、そんなことをグダグダと語り合う。セティアさんがお茶とお菓子を出してくれたのでのそりと体を起こして『いただきます』をして一口お茶を飲んで盛大にため息をつく。
「そんなに大変なんですか?」
不思議そうにするセティアさん。
ロケットペンダントの形状についてはある程度制限される。加工技術の問題を抜きにして、開けやすさ、着けやすさ、そして大きさを考慮する必要があるのでそんなに色んな形は作れない。
一方で、身につける際に一番に目に飛び込む外側、つまり表面。
そこに入れる柄。
なんでもアリなんだよね。
これを男女問わず人気の出そうなもの、に絞り込むって、相当難しいことに今更気づいてキリアと二人で手が止まったわけ。
「花柄一つとってもね、もちろん薔薇が一番人気出そうだけど……監修店見る限り、そうとも言い切れない事が分かってるから」
「クノーマス伯爵家の家紋に使われているクレマチスがあたしの監修してる宝飾品店では根強い人気を保ってるよ。遠くから来る人が買う時にクノーマス伯爵領での思い出にクレマチス柄を買うんだって」
「そう、グレイとローツさんがオーナーの金属専門宝飾品店なんて男性客が多いからそもそも花柄はそこまで売れてないからデータが少なくて参考に出来ないし、ね」
「……と、いうことは花柄は絞り込みから難しい選択をすることになりそうですね」
「うん、そう。花柄はちょっと後回しかな……その上で男女問わず、人気の出そうな柄、かぁ。そこに拘り過ぎかなぁ」
キリアは目を閉じて無言になってしまった。
私は困ったなぁ、と呟きながら頭を掻く。
「いっそのこと、無地で売り出すか」
この投げやりな一言が、思わぬ結果をもたらす。
枠のみのロケットペンダントパーツには疑似レジンで作った透明な厚みの薄い半円のパーツを両面に嵌め込み、その中に小さな天然石やドライフラワーなどが自由に入れられるものも計画しているのでそれぞれのパーツ加工料が高くなるため、あえて鎖は付けずペンダントトップのみの販売で予定している。手持ちの鎖を使ってもいいし、革紐でもいいし、好きにしてもらう自由度の高い物になりそうかな。
反面、オール金属製のペンダントトップは。
「思い切って全部無地か、悪くないな」
そう、投げやりに言ったあの一言が案外みんなにすんなりと受け入れられて私とキリアが唖然とすることになったの。
グレイは『シンプルなものが好きだから』という理由もあるけれど、もう一つ意外な理由を教えてくれた。
「中に意味があるんだろ? なら、外側は至ってシンプルでいい。内側に想いが込められているならそれだけで十分だと思う者は、少なくないはずだ」
なるほど、と納得した。
ロケットペンダントは開ける事に意味がある、中に意味がある、そういうペンダントならば外側は重要ではないと捉える人も多いのだ、と。この感覚はおそらくこの世界ならではのものかもしれない。可愛さ、綺麗さよりも求められるものがその中にある。
確かに今更だけど、私が知ってるかつて目にしたロケットペンダントもシンプルな無地のものがあった。寧ろそのシンプルさが好まれていたかもしれなとふと頭を過る。そこに『地味だな』『貧素だな』なんて感情は起こらなかったことも。寧ろ金属の冷たいあの質感がシンプル故に際立っていてよかった気もするし。
「あァァァ、駄目だぁ」
「うん?」
「偶にお店始めた頃の気持ちに戻らないと駄目だぁ……固定観念に囚われたら良いもの作れないから自由にやろうって決めたのにぃ」
「そうか」
グレイは面白そうに笑って唸る私の顔を両手で包むとちょっと強めにぐにぐにと頬肉を捏ねてくる。
「やめれ、いたい、なんなにょ?」
「ははは、そういう時もあるだろう。いいじゃないか別に」
「ぬぅ」
「お前は自分が思ってる以上に、自分の仕事に真摯に向き合っている。見ているこっちが気後れする程に、圧倒される程に、揺るぎない信念で動いている」
「むぁ」
「だからこそ時々視野が狭くなる、当然のことだろう? だから気にするな」
「ぐっ」
だから何なの!!
喋れない!!
良いこと言ってくれるのは有難いけど頭に入ってこないんですけど?!
どう考えても今メッチャブサイクな顔をしているはずなのに、何故かグレイはそれはそれは甘ったるい視線で私の目を覗き込んで、チュッと軽いキスをしてきた。
「あまり、深く考えすぎるなよ」
「……え?」
グレイの手の力が緩む。今度は優しく指で愛撫するように頬を撫でてくる。
「気にしているだろ? ……私が想いを刻める物はないかと初めて相談した時のことを。ジュリは、一度そういう事を気にし出すと引き摺ることは分かっている。あっけらかんと丸投げするとか諦めるとか適当にするとか言いながらも、本心では、一人で抱えて何とか落とし所を、静かに探しているように見える」
「グレイ……」
「だからこそロケットペンダントを今作ろうと言い出せた。反面、可愛さに妙に拘り頑なになり、残っている漠然とした不安や不満を誤魔化し隠そうとしているように、私には見える」
この人は。
本当に私のことをよく見ている。
「何度でも言う。作りたくないなら、作らなくていい。それで誰かがお前を無理矢理動かそうとするならば、私がジュリを煩わせるもの全てを取り除く。そうすれば、きっとその事で心を痛めるんだろう、そんなことをするなと怒るんだろう。……それでいい」
「……なんで?」
「そうすれば、お前は作りたくないものを心を誤魔化してまで作ることは無くなる。私のために、きっとそうする。その罪悪感でジュリが作りたくないものを作らずに済むならば、私は喜んであらゆる事をこの世から消し去る」
「バカ、グレイは、ほんっと、バカ」
「そうだな」
穏やかに、目を細め何故か嬉しそうにグレイは笑った。
グレイとの昨晩の会話で吹っ切れた。
想いを刻む物として、それが直ぐ様『別れ』『死』の拠り所になっても構わない。
その『別れ』『死』には愛がある。
譲れない切実な強い強い祈りに似た愛が、込められる。
グレイとの会話でその事に思い至った。それこそ、『覇王』の時の自分の気持ちを棚に上げて人様の想いを踏みにじっていた事に気づいて。
これが『傲り』というものなのかもしれない。気づいたら私が正しいと思い込んで、正義ヅラして。
(駄目だな、私。最近経営が順調で後ろ盾も得て、少し怖いもの無しみたいな状態になってた。……自惚れてたな)
「え、定型文以外もオッケーにするの?」
キリアが信じられない顔をした。
「うん、勿論追加料金は貰うし、直ぐに彫れない事も多いだろうから受け取りまでの日数も最低でも五日は設定するけどね」
「いや、でもあんたさ……それやっちゃうと、すぐ戦場で当たり前の物になりそうで嫌だって」
「嫌だよ、本当に、本気で嫌だと思ってる。でも、現実を受け止められるようになって、自分の中で整理ついてるから。嫌でも、ちゃんとその中に私なりに答えは見つけたから大丈夫」
「なんで?」
「……」
グレイとの会話について話すつもりはない。
理由は言えない。
個人的な想いだから。
グレイの真っ直ぐで深くて重い私への想いを受け止めた。それだけのことだから。
無言を貫く私を見て、キリアははぁ、と溜め息をついた。
「ん、まあ、いいや。あんたがそれで納得してるなら構わないわ」
苦笑し肩を竦め、彼女はテーブルの上の至ってシンプルな、何の模様も入らないロケットペンダントを一つ手にとってランプにかざした。
「そう時間をかけず……『私の所へ必ず帰ってきて』とか『無事に戻って来るのを祈ってます』って、誰かが刻むのをお願いするんだろうね」
「うん、きっとね。愛があっていいよね」
「ははっ、確かに。そっか……それも、愛だね」
キリアが笑った。
そうだ、そこにはちゃんと愛がある。それでいい。
「あれ?」
「ご無沙汰してます」
「アズさん!!」
夕暮れ時、グレイと共に屋敷に戻ると門の前に久しぶりに見るその人がいた。
いつもは、変化の術? で姿を変えているエルフの長、アゼヴィラーテさんことアズさん。今日は間もなく日が落ち屋敷前は人通りが殆どなくなるからかあの性別や年齢不明な人外な美しい姿を晒していて。
「久しぶりだ」
「ええ久しぶり。伯爵もジュリさんも、二人共元気そうで何よりです」
「どうしたんですか、珍しいですねその姿で」
「風の頼りであなたが少し俯いていると聞いたので」
ニッコリととても美しい笑みを浮かべてそう言った彼の前、私とグレイは顔を見合わせた。
「ああ、これがあなたを悩ませた物ですか」
とりあえず招き入れてお茶を出し、軽く最近の事を互いに話してから落ち着いた頃を見計らい私はアズさんから『何か最近作りましたか?』と問われたのでロケットペンダントを一つ彼の前に置いた。開けられること、中に文字が刻めるとこ、そのことで色々思うことがあり吹っ切れずモヤモヤすることがあったこと。それらを包み隠さず話した。
全てを聞いて、ロケットペンダントをしばし眺めてからアズさんは吐き捨てた。
「人間なんて八十年程度しか生きられないんですよ。あ、獣人は種によっては二百年近く生きる者もいましたね、それでもその程度。短いですよね」
「え?」
「だからそういうことに執着しがちなんですかね。死ぬまでに何か残したい、残してあげたい、愛してるからって。いくら短いとはいえ八十年あったら一つくらい普通に生活してれば想いを残すことなんて出来るくせに何でしないんでしょう? そんなに皆が生き急いでいて余裕がないんですか? 寿命が短いからですか? だから伯爵でもそんなことを考えるのですかね? いやぁ勉強になりました」
「……えーっと?」
「本当に単なるエゴですよ、人間の。そのためにジュリさんが心を痛める必要なんてありません。戦争に持っていきたいなら持って行かせなさい、奴隷や受刑者でもなければ戦場に行くのは自らの意思です、家族を養うため、国のため、どんな理由にせよ殺し合うところに自ら飛び込んでいく、そこにジュリさんの責任は一切ありません、死んだら死んだ者の自業自得です。剣で切られ魔法で吹き飛ばされて死ぬ方が悪い、弱い方が悪い。戦争ってそういうものです、伯爵はそれを理解しているはずですが?」
ピリッと、私でも感じ取れるグレイの気の変化。びっくりして隣にいるその男の顔を見上げれば、鋭い目をしてアズさんを睨む姿があった。
アズさんはというとなんというか……全然ビビりもせずただニコニコしてて、グレイを挑発してるのかなと思わずにはいられない、余裕すら感じさせる。
「ああ! 分かりました!!」
アズさんはぽん、と手を叩いた。
「あなた自身がいざという時に戦場に持っていきたかったんですね。人のせいにして、実は伯爵が当時持っていきたかったってことですよね? ……ジュリさんに想いを残せるものを」
太ももの上、グレイがグッと握り拳に力を込めたのが見え、そしてその顔には驚きが浮かんでいて。グレイ自身がその事に無自覚だったらしい。
「あなたのジュリさんへの愛も、なかなかに可愛らしく人間味があって私は嫌いじゃないですよ。私はもっとあなたの愛は人に理解できない受け止めきれないものだと思ってましたから」
……これは、挑発してるよね?
いや、ちょっと? 【スキル】【称号】持ちの規格外の旦那と人間を遥かに凌駕する能力を持つエルフのしかも長が喧嘩したら秒でこの屋敷が崩壊するよね、その前に私が秒で死ぬよね。
「だからね」
「何が『だからね』なの?!」
「ジュリさんが何一つ気に病むことはないんです。その隣の男が自分の中に残る人間らしい愛であなたを煩わせた事を、後悔している」
「え?」
「それが、嫌というほど伯爵から伝わってくる。『後悔』するって、大事なことです。短い人生なら尚更『後悔』してやり直そうと藻掻く事はとても大事なことですよ。そうやって一つ一つ、学んで成長して、死ぬ時『後悔』を少しでも抱えず心穏やかに死ねたら、生きてきた事が報われる。……ロケットペンダントを胸に、自ら望んで戦場に行きそこで倒れてもこんなはずじゃなかった、生きて帰るつもりだったという『後悔』が和らぐならば、それでいいんじゃないですか? 一生が短い人間らしい終わりです。そう、人間らしい死に方。 ジュリさんがどうのこうの言う以前の根本的な事ですよ、人間はそういう生き物なので。そんなことの為にあなたが心を痛める必要はないですね」
あっけらかんと、笑顔で言われた。
グレイは怒気を完全に霧散させ、ぽかんとした顔をしてアズさんを見ている。
「エルフなら」
ロケットペンダントを手にとって、カチッとごくごく小さな音を立てて開かれたそれを眺めてからアズさんは私にその開いた面を見せてきた。
「愛や願いといった優しく甘い想いをここに刻む、それは当然ですが……丈夫で首にぶら下げる事ができて、中に文字が刻めるなら『目標』を刻みますね」
「「……え?」」
グレイと声がハモった。
「例えば……うーん、私の孫が、長である私の体質や能力上寿命が他の者たちよりも長いことを『ズルい』と言うんですよ。それで最近自分こそエルフの最高齢を記録して死んでみせるとおかしなことを言い出しまして。まあ、頑張ってごらんよ、とこちらは思うのですが。なにせ寿命が長いためそういう宣言や目標をど忘れする事があるんです。だからこれ、便利ですよ、目標を刻んで胸に掛けておけますから」




