31 * 想いを刻むもの
さて、エボニーと新しい技法によるステンドグラスについて纏まり職人さんとライアスに丸投げして数日。
どうしようか……とちょっとだけ悩んでいることがある。
グレイと付き合うことになる前、私がこの世界に馴染み始めてようやく自分のやるべきことを見出した頃に、提案しようとしてでも口に出さず、そしていつも思い付いた物、作りたい物を手当り次第に書き込むノートにすら書かなかったものがある。
それは当時彼からの相談で思い付いたものだった。
「気持ちを伝えられるもの、ですか」
「ああ。戦場に行く者達に家族が気持ちを込めて持たせられる……何か良いものがないかと。ジュリなら適したものを知っているか作れるのではないかとな」
「うーん、それってマクラメ編みのブレスレットとかじゃなく、ですよね?」
「そうだな。可能なら……文字を刻める物がいい」
「刻む、ですか」
「難しいだろうか? ハンカチや下着に『無事に帰って来て』や『愛している』や『待っています』と刺繍することは良くあるのだが、それだと替えの分まで刺繍する必要がある。更に言えば……血で汚れた場合だと、魔物を呼び寄せてしまうこともあるから捨てるか焼くかしなくてはならない。だから肌身離さずずっと着けていられて、汚れても簡単に洗い流せて、そして消えない文字を刻める物があればと思ったんだが……」
「ちょっと考えてみますね」
「ああ、助かるよ」
あのとき、実は嘘を付いている。嘘、というよりは言わずにおいたこと。
話を聞いている時点でパッと思いついていたものがあるのにも関わらず。
それはグレイがクノーマス領に戻ってくるきっかけとなった事を知っていたから。
国境線を巡るネルビア首長国との争い。
そこにクノーマス領の領民が多数送り込まれ生きて帰って来れたのは一割にも満たなかったと聞いている。
政治的思惑が絡んだ強制出兵の責任者として送り込まれたグレイにはその場の決定権が与えられなかった。結局、失態を重ねる司令官に耐えきれずグレイはその時その司令官を勝手に『処分』したらしい。当時その話をマイケル達に聞かされてグレイの本性やこの国の事を知らなかったのでゾッとしたけれど、同時に何故そんな物があったらいいのかと相談してきた理由も理解した。
彼なりに悩んで出した答えというか、要望というか、そういうことなんだと思う。
―――せめて、最後のその瞬間に孤独ではないと思いながら逝かせてやりたい……―――
それが、死地へ人を送り込む者として精一杯考えた『してやれること』だった。
『覇王』の時に何度か頭を過ぎっていた。
でもね、まず言い出してそしてデザインする余裕も時間も全く無かった。そう、あれにまで手を出していたら間違いなく過労で早々にぶっ倒れてた。
そしてこうして平時となるとやっぱりどうしようかと躊躇ってしまう。
私の中でグレイの相談以降ソレは仄暗いイメージと完全に繋がってしまってどうにもこうにも『ヒャッホウ! 新作!!』とか、『貴族からの催促なら五割増し』とか、不気味と言われる笑い声と共にそんな言葉を発したりができなくなってるの、困ったことに。
でもあったら、喜ばれるのか?
いや、でも、喜ばれるのはちょっと気分的によろしくない。
そもそも喜ばれることじゃないことに持たせるんだしな。
いやいや、可愛いもの作れば問題ない!! と割り切るべき?
「ジュリ」
「うん?」
「それは独り言か? それとも私に話しているのか?」
「……ははっ」
グレイの顔が何とも言えない表情だわ (笑)。
一人で悶々と抱え思考の沼にハマるのは良くない!!
旦那よ、ちょっと相談がある。
ライアスにお願いして一つだけ秘密裏に試作してもらっていたものをグレイの前に出す。
うん、一応作って貰ってたんだよね。ただ、基本的な形だけだからライアスも何を作らされたのかピンと来ていないまま試作品を私にくれたけど。
「これは?」
それを手のひらに乗せたグレイの顔が言葉通りに疑問だらけな感じになっている。
「それね、開くのよ」
「え?」
「ロケットペンダントと言ってね、中に文字を彫れるの。私のいた世界だと写真……絵の精巧なものみたいなのとか入れられたし、最新のものだと凄く可愛いのがあって、透明なカバーや透かし彫り風のデザインで中にキラキラしたものを入れてわざと見せるようにしていたものもあったかな」
そう。
ロケットペンダント。
グレイの手にあるのは、金属製の五センチ×四センチの長方形の物で、試作なのでなんの飾りもない。でもちゃんと開閉出来る精巧な作り。少し大きめなのは構造上これ以上小さくするのは当時では難しかったから。
開くと聞いてグレイは指で摘んで全体を眺めてから僅かに見えた凹みに、そこに自分の爪を掛けた。カチッと微かな音を立てて開いた中は当然何もない。まっさらな状態。
「そこに、文字を刻めて肌身離さず、ペンダントとして身に着ける事が出来るの。私の世界ではそれをロケットペンダントと呼んでた」
ヒク、とグレイの息が一瞬僅かに乱れた。文字を刻める、その一言で彼はかつて私に頼んだ物に使えると気づいたらしい。
「……ごめん、ね」
「ジュリ?」
「本当は、そういうものがないか相談された時には思いついてた」
「え?」
「ただ……相談された当時って、死と結びつく物を作る勇気がなかったのよ。今でもそうだけど、それでも否応なしに抗えないことってあるでしょ。それに対して、少しでも救いになるならって考えられるようになったのが最近。『覇王』の事があったからかな、あのとき一つでも多く自分の代わりになるものをグレイの側に、って思って『黄昏』を加工してたから」
「ジュリ……」
「最近はちょっとそういうことを受け入れられるようになったの。それでいくつかデザインも浮かんだし何より可愛いのも作れるよなぁって気持ち的に前向きになれてね。……どうかな、それ」
グレイは眉を下げて申し訳なさそうな後ろめたさのようなものを滲ませる笑顔を向けてきた。
「あの頃の私は……ジュリの価値観や思想を理解していなかったとはいえ、随分嫌な思いをさせていたんだろうな」
重たいな、旦那よ。確かにショックを受けたことは沢山あったけど。……いや今でもそこそこあるけど。
「あの頃はあの頃、今は違うから。それにグレイの言動で驚いたり困るのは今もそんなに変わらないし」
サラッと笑顔で返したら。
あ、ごめん。遠い目をさせるつもりはなかったのよ、ホントに。
四角だと角が危険なのでそれはあくまで試作というのを忘れず説明。楕円形、円形がいいけれど角さえなくせばいいので加工次第でどうにでもなるし、六角形や八角形、ハートや雫型もありだよと絵を描いて見せる。
「……例えば、右側には定型文が刻まれているものにして、左に名前を彫れるようにするとか、どうかな? ロケットペンダントの構造と細かな文字を彫るから同じようなサイズのペンダントよりもかなり割高になると思うけど、それでも複数の定型文から選べて、名前を彫って貰えるならそれなりの価値はあるはずだし、特別感が出るよね。それに、売り出す時も『想いを伝える』手段にどうですか? を押し出すのがいいよね、多分……自然と使い途が広がって行くだろうから、時間を掛けずに戦場へ行く人に持たせる物として購入する人は出てくると思うのよ、その辺りは流れに任せたいかな」
用途を限定せず、広域な意味合いを持たせてしまえばいいよね。
私は意気揚々と前向きにそんなことを言葉にしながら説明していたんだけど。
グレイは、俯いてしまった。
「どしたの?」
グレイが落ち込んだ。
非常に貴重な状態。
別に喜んだりしないけど、珍しいこの旦那は今後見る機会があるかどうか分からないと思うとガッツリ見てしまう自分がいる。
「気にしなくていいのに。過去のことをそんなに後悔されてもね?」
「過去のことではない」
「んじゃ、なによ?」
「今も悩ませているだろ」
「別に悩んでは」
「自分の気持ちに無理矢理折り合いをつけているのにか?」
「そんな大袈裟なことじゃないってば」
「大袈裟なことだろう、悩んで迷いを捨てきれない物を作って欲しくない」
「でも」
「作って欲しくない。作るな」
ちょっとびっくりした。
ものつくりに関してこんなに『頑な』なグレイは見たことない。
基本、この人は私がものつくりに没頭することを止めることはない。『覇王』騒ぎの時、ドラゴン『黄昏』の鱗を加工すると決心した時くらい。あのときは私の身を案じてのことで、グレイの心は不安定な状態で揺らぎのあるものだった。
でもねぇ、今回は違う。
「ジュリの気持ちに影を落としかねない物は作らないでくれ。そんなもの、世の中にいらない」
……これを大袈裟と言わず、何というのか。
そして、この人の私への愛が重い (笑)。
笑っちゃいけないんだけど! わかってるんだけど!
「グレイ」
「なんだ」
「ツィーダム侯爵様はさ、婚外子の息子さんが亡くなる前に内緒で侯爵様の誕生日プレゼントにって買っていたハーバリウムを毎月墓前に持っていって、それを見ながら息子さんを偲んでる。グレイもそれを、知ってるよね?」
「それがどうした」
「私はそんな風に使えますよ、なんて一言も話したことはないわよ。それでもツィーダム侯爵様にとっては故人を偲ぶ物になったの。そのうち、枯れないハーバリウムを墓前に供えるのが当たり前になる日が来るかもしれないじゃない?」
「それは……」
「ロケットペンダントは、グレイの望んだ使い方が直ぐに定着する可能性はあるよね。でもそれでいいんじゃない? その時が来るのが早いか遅いかの違いであって、侯爵様のハーバリウムとなにも変わらない。確かにね、死地へ行かなきゃならない人に持たせる物として定番になってしまったら私もその時は気持ちが沈むかもしれない、こんなはずじゃなかった、そんなつもりなかったって、思うかもしれない。でもね、グレイが言ってたでしょ。せめて孤独ではなかったと思って欲しいって。その瞬間に、僅かでいい、癒やしや救いになるものを握りしめていられたら、その人の悲しみや絶望が、ほんの少し和らぐかもしれない。そういう助けになるなら、悪くないと思えるようになったから。大丈夫、私なりにちゃんと考えて結論を出してこうして提案してるから」
「……ジュリがそれでいいなら」
この一言が出るまで実に数十分。
長かった。
私に優しい甘いそんな旦那のために、余計な悩みだったと思えるくらいのアイデアをドドーンと出しますよ!!
ということで。
まずはキリアとフィンにロケットペンダントの説明をし、アドバイスをくれとお願いする。
そしてそこにロディムとライアスも参加させる。
「……いきなりですね」
「男性の意見も大事なのよぉ」
「それ、伯爵とローツさんで良いと思うのですが」
「あの二人を入れるとすぐ『男性小物専門店』の話になるから面倒くせえの」
「……面倒くせえ、ですか」
「うん」
ロディムに遠い目されちゃった。
「嗜み品専門店 《タファン》が出来たんだから暫くそれで我慢しとけって思うよね」
「返答しかねることに同意を求めるの止めてください」
そんな困った顔で訴えられても無視します。
あのね、男性を参加させる大きな理由がある。
それは手の大きさ。
やっぱり男性の手は大きく、私たち女の感覚で良いと思った物が男性には小さくて不便という物が多い。
一方で、誰にでも使ってもらえるよという、日本だけでなく様々な国でユニセックス、つまり男女兼用サイズやフリーサイズと呼ばれるものがあったと思うけど、私はあまり買ったことがない。
基準はあるんだろうけど、似たような服でもメーカーによって誤差があったりして思ったのと違う
ということが起きるのが嫌でね。一方で性別でサイズが明確に別れていたものは買いやすかった。勿論メーカー毎の誤差はあったけどいわゆる範囲内というやつ。
今回のものは、手に取り指、爪で開閉するもの。
首に掛けるだけのネックレスとは違い、『動作』を考慮する必要がある。
そうなると、ロケットペンダントのような小さなものは一回り大きな男性の手では少々扱いづらいはず。
「つまり、基準を二つもしくは三つ作りたい訳よ。男女で分けるのが抵抗あるなら、小・大もしくは小・中・大でもいい。女性でも大きめの方がいいと言う人もいるだろうし、男性でも小さくても構わないという人もいるでしょ? その為に実際に女と男でどれくらいが使いやすいか、許容範囲か、それを決めちゃうといいよね。それを元にデザインを詰めていくことも出来るようになるから実際に男も女も手に持って確かめるって大事なことよ」
まあ、ロケットペンダントは性別を意識して身につけるものではないのでこれもユニセックス商品ではある。
だからこそ、女性だけで決めるべきではない。
男性の意見を聞き、取り入れてこそユニセックス商品となるはず。
ユニセックスを謳いながら微妙なサイズの服って、あれってきっとどちらか片方の性別の人たちだけで考えてるよね、なんて素人のくせして生意気にも思ったことを久しぶりに思い出したわ。
「まあ、とりあえずはお互い色々意見を出し合おうよ、デザイン含めてね」
数年前、久方ぶりにロケットペンダントを目にする機会がありました。
その時精巧なその作りに感心した記憶があります。こういうのって大人になって着眼点が変わったから気づいたんだな、と。
若い頃はそこまで見てなかったんですよね、そもそも興味がなかったものなので。
人間の興味の度合いで変わってしまう感覚の曖昧さとか不安定さを身をもって実感した経験でした。




