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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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31 * 黒く美しく

お久しぶりでございます。


お待たせ致しました、本編再開です!

31章の続きから。







「これ……」

 この世界に召喚されて数年。

 仕事柄いろんな木材を目にしてきた。

 私の知るものは勿論、ファンタジーなものも含めてたくさん見てきたけれど、これを目にするのは実は初めてだった。

「エボニーだ」

 グレイが厚みのある大きな板材五枚を作業台に置いた時、キリアたちは今更木材そのまま持って来られても、だからどうした? と言いたそうな顔をしたけれど。

「そうだよね、これ、エボニーだよね」

 私の呟きに他の人たちとは違ってライアスが反応した。

「お前がいた世界にもあったものか?」

「うん、この黒さ……日本語だと『黒檀』っていうものになる。通称エボニー、カキノキ科カキノキ属の木材の総称だったかな? とにかく、エボニーっていうのはこれ。共通なんだね」

 皆がその説明に首を傾げる中、グレイは満足げに目を細めてライアスがグッと眉間にシワを寄せてその板材に顔を近づけ隅々まで何かを見定めるように観察を始めた。

「……これより綺麗な黒い木材、あるよね?」

 一方、キリアの素朴な疑問。

 そう、ファンタジーなこの世界にはカット後に軽く鉋をかけるだけで天然石の磨いたオニキスのように驚くほど黒光りする木材がある。

 でもこれは。

 確かに黒く非常に繊維が密なことがひと目で分かるものの、年輪やその繊維がごく僅かながら見て取れる。黒さと艶で言えばこの世界のファンタジーな木材のほうが遥かにいい。

 でも。

「……綺麗だね」

 私はしみじみとそれを眺めながらそう呟いていた。


 木材らしい木材でありながら極めて美しく。

 ファンタジーさがない、ぬくもりある自然な見た目、それでいて上品な濃くて重厚さを感じられる黒い木材。

 地球では家具だけでなく楽器にも使用されてきた上質な木材、エボニー。

「ジュリなら、そう言ってくれると信じていた」

 グレイは嬉しそうにそう言葉を紡いだ。


 何故五枚なのかを説明される。

「一本の木からこれしか取れない。他もかなり濃い色をしているがここまで黒くそして年輪が美しく入っている部分はこれだけになる」

「つまり……この世界ではエボニーと呼ばれるのはこの部分だけ?」

「ああ」

「他の部分は何て呼ばれるの?」

「エボニーが取れる木は数種ある、だからそれぞれの名称の前に『黒』と付けられ呼ばれる。それにも基準があるから黒◯◯と呼ばれる部分は大抵貴重で値が張るな」

 この世界ではエボニーは幻の木とも言われるそうで、それのみで作られた家具はかなりいい家が一軒建てられるのと同じ価値があるらしい。

 そんなエボニー板が五枚。

「因みにこれいくらで買ったの?」

「実は買っていない」

「えっ」

「クノーマス領中央地区にある森でエボニーが取れる可能性がある大木を伐採したら見事取れたものだそうだ。祖父が自分名義の土地で取れたものだから是非ジュリに活用してもらいたい、と。」

「そんな、こんな高価なものを……」

「その代わり何か驚くようなものを作ってくれるんじゃないかと期待してるらしいぞ」

 戯けた様子で笑ってグレイがエボニー板を指で叩いた。時々こうしてグレイの祖父母である前侯爵夫妻が私に貴重な物を無償提供してくれる。

 ホント、良い人たちで感謝しかないわ。

「じゃあ、期待に応えないとね」


 厚みは七センチあるかどうか。幅四十、長さ一メートルの五枚の板材。


 厚みも大きさも申し分ない。


 これなら、いける。













 ()()技法はティファニーテクニックと呼ばれる。

 ステンドグラスの起源は非常に古く、実はキリスト誕生と同時期とも言われていて、ガラスというものが世に誕生してからさほど時を経ることなく目にすることが出来るようになった、らしいというのはかつて個人、しかも素人でもステンドグラスは作れるというキットやステンドグラス風キットがあって作ってみようと思った事から興味があって調べた事があるからなんだけど、その時は他のものにすぐに気持ちが移ってしまってそれきり、全く手を出さずに終わってしまった。

 なので、記憶がぶっちゃけエボニーレベルで曖昧なのよ……。

 でも、ソレは覚えている。

 意外な人がステンドグラスの技法を生み出していたから。

 それが技法その物にも名前が付いていることから分かるようにティファニー、あのティファニー (二代目になるはずだった人かな?)が確立したもの。


 この世界でステンドグラスを作る際に用いられている技法は鉛のH型のレールにガラスを挟む古典的なやり方。それを繋げて絵画のような大きなガラス絵にしている。

 これも実はかつての【彼方からの使い】によって齎されたもので、当時齎したその人物も今の私のように物凄く詳しかったわけではなく、こういうのを使って作ってたと思うというとてもざっくりとした説明をして職人たちを振り回したという逸話が残っているのを聞いた時、ごめん、笑った。

 ざっくりとした説明だったらねぇ、振り回すよねぇ、ってね。


 で。

 私はその逸話を聞いた時に、ふと疑問に思った事があったわけ。

(……ティファニーテクニックも知ってたんじゃないかなぁ?)

 と。

 でも、それを広めることができなかった。

 それは当時の技術に必要な物が存在しなかったからかも、と思っている。

 ティファニーテクニックとは、ガラス片に銅のテープ(コパーテープ)を巻いてからガラスとガラスをハンダ付けで繋げるという革新的なもので、これのお陰でより細かなパーツを組み合わせる事ができるようになっただけでなく、立体的に形成することが可能になったんだけど。

 それには銅のテープという薄くて均一な金属のテープがなければならないこと、そしてそれらを組み合わせるために必要な小回りの利く細かい作業用のはんだ付けが出来る工具と技術がなくてはならない。

 ……まあ、無かったってことよね。

 だからこの世界のステンドグラスは金持ちの家や神殿の大きな部屋やメインとなる広間にしかない。

 だって小さい物が作れないから。


「ビバ、ファンタジー」

「何が?」

「火属性の魔法付与された魔石でハンダコテがあるんだもん。これ知った時わりと感動したのよね」

「そんなもので感動するの」

 ケイティに呆れられたけどね、私は工具とか結構好きなので、ホームセンターを一日徘徊出来る人だったので、この世界にハンダコテ(全く同じではなく類似品)をライアスが使ってるのを見た時に変な声で笑ったのよ、本当に嬉しくて。

「じゃあなんで今のタイミングでそのティファニーテクニックのステンドグラスを作ろうと思ったのよ?」

「それはやっぱり硝子の色の多様性が出てきたからでしょ。どうせ作るなら、あっと言わせたいじゃない?」

「それは理解できるわ。でも……そこにエボニー関係ある?」

「関係させるの、というかずっと構想としては頭の中にあったからお互いに無くてはならないものなんだよね」

「そうなの?」

「うん、これ私が作る訳じゃないよ、職人さん任せになる。でも、今のククマットなら、作れるはずだから」


 ということで、職人さんを強制呼び出し。

「いやぁ、ホントは金細工職人のノルスさんにも来てって言ったんだけどあの人今ロディムとシイちゃんの対になる髪飾りとブローチの試作にどハマリしてて他のものにまったく興味ねぇ! って拒否られちゃって!!」

 私がアハハ! と軽快に笑いながら言ったら呼び出した人たちに睨まれた。

 硝子職人のアンデルさん。この人が私の呼び出しに大袈裟なくらい嫌そうな顔をするのはもう当たり前の事で、挨拶代わり。

 彫刻師のヤゼルさんは完全に白い目向けてきて呆れてるけどいいの、この人も作り始めたら没頭して今日不機嫌になったことなんて忘れてくれるから。

「俺は、忙しい」

「ノルスさん来れないから仕方ないでしょ」

「今テメェの道具の調整してるんだがな?」

「それはそれ、これはこれ」

「屁理屈ばっかりいいやがって」

「大丈夫、それでもグレイが愛してくれるから全然堪えないのよ、屁理屈上等!」

「うるせぇ!」

 ライアス御立腹。でも気にしない。どうせ金属を使うとなるとライアスは目の色変えるから。


「お前、これ」

 アンデルさんが目を丸くした。

「おいおい、今更こんなの出してくるってか」

 ヤゼルさんは顎を撫でながら不敵に笑った。

「そうか、作る気になったのか」

 ライアスは落ち着いている。

 彼のその冷めた反応に二人は訝しげな目を向ける。

「お前、知ってたのか」

「随分前に聞かされてたんだよ」

 不機嫌そうなアンデルさんの問にライアスは素っ気無く答え、私の簡単な図案と説明が書かれた紙を眺めている。

「……作りたいものがある、でも材料も技術もまだないからって言われてた。俺もあるもので試作してみたら良いじゃねえかって言ったんだけどな。ジュリはそれが嫌だったらしい。そうだろ?」

 私の方に視線を向けてきたライアス。頷いて私は紙を見つめる。

「あるもので試作して知られちゃったら、それより良いもの、良い技術ですぐに真似される可能性があったからね。……極端な話し、金属のテープとハンダコテがあれば、真似できるでしょ。金属のテープは今までそれの使い道や発想が無かっただけで、作る技術はそれなりに進歩してるし。その状況下で試作して真似なんてされたらショックで立ち直れないよ」


 デザイン画はあくまで構想を説明するもので簡単なものになっている。

 なのでソレが基になるわけではないという前提をしっかりと何度も伝えながら作りたいものについて一通り説明を終えるとすかさず反応したのがヤゼルさん。

「わはははっ! エボニーをこんな使い方するやつお前くらいだな!!」

 大きな声で愉快そうに笑い、バシバシ肩を叩いてきたわ、痛いよ。

「贅沢な使い方でしょ、でも作り甲斐はあるでしょ?」

「おう! もちろんさ!」

「面白いこと考えやがる。ったく、しょうがねぇなぁ、時間を見つけて付き合ってやるよ」

「さっすがぁアンデルさん! ということでライアスも付き合ってね」

「俺はやっぱり強制なのか、仕方ねぇな、暇なときだぞ」

 よろしく。

 今回作りたいもので一番大変なのはヤゼルさん。

 なんだけど。

「ぐははははっ! おいアンデル、ライアス! さっさと作れよ!!」

 と、やる気満々で二人に思いっきりプレッシャーを掛けるほど作りたくてしょうがないって感じ。

 げんなりした顔の二人などお構い無しで勝手にこの日までに仕上げろとか言い出す始末。それで三人で喧嘩になって長引きそうだったので工房では喧嘩禁止だと追い出して他所で続きをしてもらうことにした。


「発想としては特に画期的というわけじゃないんだけどね」

「それでも完成したら沢山の人々に感動と衝撃を与えることは私が保証する」

 夜、ワインを飲みながら今日の三人の様子を交えて作りたいものについて説明したことをグレイに話せば面白そうに笑う。

「極端な話、今ある技術を組み合わせるだけだから、直ぐに真似る所は出てくるよ?」

「それでいいじゃないか。一番初め、それに意味があるんだろ?」

「まあね。そう考えると、ものつくり選手権の予定を延ばし伸ばしにしてるのもちょうどいいのかも」

「第一回の時に公開するんだな?」

「うん、そんなつもりはなかったけど、タイミングとしては最高だよね」

「……ステンドグラス、か。今更あれがさらなる進化を遂げるなんて誰も思ってはいなかったのではないか?」

「うーん、それはどうかなぁ」

「何故?」

「ユージンに言われた事があるのよ、『ステンドグラスをもっと美しく出来るのではと思うことがある』って。漠然とした些細な疑問で、彼にしたら専門外だからその程度だったのかも。だから……この大陸にはそれよりもっと、もっと出来ることがあるんじゃないかって思いながらステンドグラスや硝子製品を作ってる人は、いるよきっと」

「そうか、そうだな……」

「でもだからといって簡単に『はいどうぞ』って齎すのは面白くないでしょ?」

「はははっ、それで今回の物だな」

「そういうこと。ククマットイヤーエッグもそうだけど……素材の良さも然ることながら技術の高さも見るだけで伝えられたらいいと思う。はんだ付けでステンドグラス作りが簡単になるとは思われたくない、突き詰めれば極めて細かく美しい物が作れるっていうのを知ってもらいたい」


 地球における硝子の起源はとても古い。

 長い時を経て、現代の硝子製品にまで進化を遂げた硝子。

 そんな文明と共に人の努力によって進化した硝子とは違い、この世界では【彼方からの使い】によって時折強制的にもたらされる事で発展するせいか、半端なままでそこからなかなか進化できずにいた硝子。


 チグハグな技術進歩をするこの世界にまた私が強制的にもたらすことになるけれど、物が揃う、集められるならいいじゃないか! と結構軽々しく思っていたりする。

 だって綺麗なもの、可愛いもの、増やしたいもん。

 もうこれは一生私から消えない欲望よ。自信あるよ、一生引き摺る (笑)!

 その最たる物が硝子だと思ってるんだから仕方ないでしょ、うん、仕方ないの。だから周りを巻き込むの。巻き込むの楽しー!


「……へへへ」

「そうだな、楽しみだな」

「ひっ、ひひ、うへへへへ」

「まあ、あの三人なら心配ない」

「くふふふふふっ」

「期限だけは決めたほうがいいかもな」

「……質問」

「うん?」

「私、笑ってるだけだよね? 言葉発してないよね? いつもなんで会話成立するのか意味が解らない……」

「??? 分かるだろ? 普通じゃないか?」

「いや、普通じゃないから……」


 旦那の摩訶不思議な能力について理解が追いつかないことはこの際その辺にぶん投げて置いておく。

 とにかく。

 ものつくり選手権が楽しみだ。


 ……予定調整、大変だ。

 セティアさーん、助けてー。


エボニーについてはググると詳細が簡単に知ることができます。

突き詰めてこちらに記載しようかとも思ったのですが、果たしてそこまでジュリの記憶に知識として残っているのか?と考えると彼女のことなのでわりと適当に知ってることだけを活かしていければいいやと考えそうなので今回は大まかな説明に留めました。

エボニーなど木材の可能性は無限。

興味のある方はググってみてください。

そしてステンドグラス、こちらも検索するといくらでも情報ありますが、本屋でその手の専門書など見る機会がありましたら興味ある方是非目を通してみてください。昔からこんなの作ってたのか!と感動する美しいもの、繊細なものが載ってたりします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昔調べたときに出てきたステンドグラスの作り方だ( ˘ω˘ ) 本当よく会話できるなw
[良い点] 新章待ってました! ステンドグラスですか~、リザード様とどう住み分けしていくのか楽しみです。
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