31 * なんでもあり過ぎると置き場に困る
さてさて、バスソルトとバスボールですが。
「瓶に入れてリボンすると可愛い!」
「バスボールは種類の違うのを三つ並べて箱に入れてからレイス君で包むと高級感出るね」
「マリ石鹸店の石鹸と詰め合わせにしてみたけど、これどうかな?」
「高級フカフカタオルとカゴに詰めてもおしゃれじゃない?」
うーん、いい眺め。
最近うちの従業員たちは率先してギフトセットを考案してくれる。
しかもただ可愛いからということではなく、比較的手が出しやすいお得なセットから箱に拘った高級セットなど価格も幅広く皆で考えて、内容も見栄えだけでなく用途に合わせて組み合せてくれたり。
こうやって、『気持ち』を伝える手段がギフトに落とし込まれて世の中に広まるといいなぁとしみじみ思う。
そんな皆をキリアに任せ、横で私は準従業員であり押し花制作で最も信頼置く良き相談相手のミアを今日はとっ捕まえて試行錯誤。
「あんたね、帰ろうとしてた婆さんとっ捕まえて残業させんじゃないよ」
「あははは」
「ったく、しょうがないね」
呆れたため息を付きつつも椅子に座ってテーブルに広げられた押し花をじっと見つめるミアの前に、数種のバスソルトを並べる。
「色々なバスソルトを考案してる最中なんだけど、この通り、塩に混ぜ込むとハーブや花は砕けるわけ。というか効能や香りを出すためには砕けているほうが当然いいんだけど……」
「あんた的には、もう少し工夫したいってことだね」
「そういうこと」
すぐに意図を汲んでくれたミアがため息に似た呼吸をしてから並べられたバスソルトを眺める。
「押し花とドライフラワーを入浴時に楽しめる方法がないかなと」
「また無理難題を簡単に言うねぇ」
ぶつくさ言いつつも、ミアが手でバスソルトを掬ってまじまじと眺める。
「砕いてるからかい? 結構ザラザラしてるね」
「うん、岩塩を砕いてるからどうしても鋭利な部分はあるんだよね。篩にかける時点で多少は削れるけどそれ以上丸みを出すには手間がかかり過ぎるから。それにお湯に入れて溶かすものだからね、それで問題ないし」
「……これに混ぜたら確かにハーブは勿論、花びらなんてすぐに砕けるね」
「なんか面白い方法で花やハーブ、楽しめないかな?」
「面白い方法ねぇ……」
押し花とドライフラワーを粉砕したりせずに上に散らして見栄え良くする方法はすぐに思いついていたの。疑似レジンやガラスの窓がついたケースや瓶に花が見えるように入れて、それごとお風呂で楽しんで貰ってもいいし、押し花やドライフラワーは別にして部屋に飾るとかしてもいい。
でもそれだと、新鮮味と面白さはないなぁと。綺麗な見栄えの押し花とドライフラワーを入れると価格はその分高くなる。高級感はでるけど、それだけ。そこに価値があるのかと言われると、『押し花いらない』『好きなの入れる』という人もいるだろうから用途がギフト用に傾いてしまう気がする。
どうせ価格が高くなってしまうなら買い手に制限がかからないものにしたいよね、ギフトとしてつかうだけじゃなく、自分へのご褒美。そういうのもこれからはもっと増やしたい。
「……花茶」
「え?」
「うーん、でもあれはポットの中だから綺麗に見えるもんなのかね?」
「……」
「しかも薔薇とか見栄えの良い花があんなふうに丸く圧縮してちゃんとお湯の中で広がるとも思えないねぇ」
「……ミア」
「ん? なんだい?」
「それ、面白いかも」
私花茶は飲まない。でも綺麗なので見たいという我儘な人 (笑)。
綺麗なら何でもいいんだよ!!
なんでも参考にする、物作りの基本!!
ミアに試作をお願いして数日。
それは不思議な形をしていた。
ラグビーボールのような先端が細くなった楕円型。
「花びらを重ねて一つに纏めるのにちょっと苦労したんだよ、それで重ねてから薄い紙で包んで両端絞って固定して。そのままブルさんの骨粉に埋めて放置して、紙を外したのがそれさ」
そしてミアはもう一つその隣に似た形の物を置く。
「で、こっちは花粉をピンセットで取り除いて、型崩れしない程度に余計な茎や花弁をカットしてから紙で包んで絞ったやつだね。手間としてはどっちも変わらない、一個あたりの単価は押し花やドライフラワーより遥かに高くなるだろうね」
それは、水に落として暫くするとそれぞれに特徴ある演出が楽しめる非常に面白いものだった。
花びらだけを圧縮したものは、水の中で解けて花吹雪のように水を漂う。形を残したままのものは、まさしく花茶のようにふわりと開花して水中花のようになる。
こうして圧縮して固形にしたものなら塩のなかに入っていても壊れにくい。
「凄いね、いいねこれ」
「けど固まりのまま乾燥させるからね、押し花みたいに並べてはうまくいかないね。値段設定が高いドライフラワーのようにかなりの骨粉で一個一個乾燥させないと乾燥にムラが出るね、どのみち高価なものには変わりない」
「なるほど。でもこれはこれで十分……。あとは価格の問題、もう少し手間をなくして楽しめる方法はあるか考えないと」
そしてそこから試行錯誤して生まれたのが。
フラワータブレット。
花びらを重ねて纏めて圧縮した状態で乾燥させたもの。
ライアスに作ってもらった専用の円形の細かな編み目の金属に花びらやハーブを詰めて圧縮した状態でブルさんの骨に突っ込んで数日置くと出来上がる薄くて丸いタブレット状の固形物。
ミアおばぁが考案してくれた物よりは広がり方は地味。というか見た目から明らかに花びらとわかるのでインパクトはない。でもこれなら価格を抑えられるため庶民でもちょっと贅沢したい日に、ご褒美にと買えるバスソルトに入れられる。しかもこのフラワータブレットは手間がかかるオーバル型の固形花とは違いバスボールの中に入れて圧縮しても破損することが殆どないため、白土のオブジェ入りのようなサプライズ感を味わいつつ比較的購入しやすい価格にできそう。
こうやって、幅広い価格帯を用意することが出来るものが出来そうな時は本当に嬉しくなる。
富裕層と一般人、その線引が未だ根強く残りそして必要とされている世界で、価格幅があるだけで基本的な作りは同じものがあれば『誰だって』楽しめる可能性がある。
「面白いものを考えたな」
「ミアおばぁのおかげだね、誰かのアイデアはまた誰かのアイデアに繋がるんだよ」
「そうだな」
フラワータブレットを指でつまみ、ランプにかざす。
「これもアティス様とリアンヌ様に早めに見せないとね。塩の話をしてくれなかったらこれは生まれなかったかもしれないし」
「……謝罪の品はどうした?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと用意したから」
「どっちにしたんだ?」
「いやぁ、あの二つは後で問題が起きそうだなぁと思ったから別なのにしたのよ」
『ん?』と声が出そうな顔をしたグレイ。
謝罪で伺ったウィルハード家。
アティス様とリアンヌ様はもちろん、今日はいつもは出しゃばって来ない公爵様と将爵様までいる。
ちなみに公爵様はなんとリス属!! やべぇ、尻尾がすげぇ、と初めて見た時に真顔で凝視しブツクサ呟いたことは今でも御本人に笑われるくらい立派。そして将爵様は鷹属なんだそう。外見は私達とほぼ変わらず、と思ったらこちらも立派な羽尾が。
「差し上げましょうか?」
「是非!!」
ブチっと羽尾を抜いて差し出してくれたのを両手で貰おうとしたらグレイに小脇に抱えられ、こちらもかなりツボに入った大笑いをされた過去がある。だってさ、凄いんだよ、五十センチくらいある立派な羽根なんだよ……。
そんな魅力的な人たちに囲まれ、私が先日の失礼に対しての謝罪の品をテーブルに置いた。
「「「「……」」」」
無言。
ちなみにグレイも無言。グレイがこれを見た時に『そうくるか……』となんとも言えない顔してたのよ、印象的だったわ。
全部で二十個。
全て魔物素材で私が加工したことで全ての魔素が抜け『空』と呼ばれる状態になったもの。
時々作ってるのよ、自由気ままに屋敷で一人、作りたいものを作りたいだけ作る。
するとね、不思議なことに魔法付与が可能な素材や魔石がほぼ確実に『空』になることが判明した。
無心でものつくりに没頭するとどうやら『空』になる確率が極めて高いらしい。
「全て……魔素が抜けて『空』の状態になっているんですか?」
公爵様が信じられない、そんな顔をする。
まあねぇ、スライム様とかリザード様の鱗とかだから。
他の人が加工しても殆ど魔法付与が出来ない代物だから。
「ベイフェルア国のアストハルア公爵家には研究材料として既にいくつか提供していますので、出回っていないわけではないんですよ。ただ、『空』になること自体がとても珍しいことなので、『空』の潜在能力というのが未だ解明されていないと聞きました。……大枢機卿情報にはなりますが、バミス法国でもその研究が行われていて、その主導をしているのが公爵家というのを知りました。どうぞお納め下さい」
「よ、よろしいのですか?」
「はい、お好きに使って下さい。研究材料にして砕いてもよし、魔法付与して身につけるもよし、ご自由にお使いください」
マイケルお墨付き、完全『空』の状態の加工済み素材よ。
この手のものは貴重ですぐに魔法付与されてしまうんだとか。
そのため『空』がどれほどの耐性があるのか、どれほどの付与が可能なのか、再利用可能なのかなど、全くもってその実態が分かっていないんだそう。
これもまた、せっかく存在する魔力や魔法が十分に文明や文化に活かされていない弊害なのだとアストハルア公爵様だけでなく、候爵様も言ってたことがある。
そもそもこの人たちは私が『黄昏』の加工に成功したことを知っている。
加工済みの『黄昏』はそれこそ『空』の最高峰と言っていい。多分喉から手が出るほど欲している気がするけれど、よくよく考えるとロディムには『黄昏』あげたけどアストハルア公爵家には渡してないんだよね。ここでさアストハルア公爵家すっ飛ばしてウィルハード家にやるのはね、ちょっとね、後からグチグチ言われそう……と。
「父上にはポケットから素で出したのを渡したくせに」
と、微妙な顔してグレイに言われたけれど、それとこれとは別よ、候爵家は身内だから。
で、ならばシュイジン・ガラスかとも思ったけど。この前ヒタンリ国に献上したばっかりだしね。私の『武器』だから謝罪には使いたくない気もすると思っちゃったし。
それで家をガサ入れして思い出したのが『空』の魔物素材。
「これはこれで問題になりそうだがな……」
とグレイが眉間にシワを寄せて心配したのは一度に二十も渡すと安易に決めちゃったせいかもね。
いいんだよ。
「賄賂の意味もある!!」
胸を張って宣言しておいた。
「私達が大笑いしただけで、このような物を差し出していたらいつか破産なさいますわよ」
奇妙なものを見る目でアティス様に見つめられながら言われちゃった。
「商品にしない、家でストレス発散に使う格安素材を気の向いた時に加工したものなので……実質タダといいますか、気に入らないと捨てることもあるので」
「「これがタダ、そして捨てる」」
姉妹仲良し、声が揃いましたね。
「その実質タダのものが何やら貴重なものになるという、正直私が扱いかねるものになるのでこういう時に使えればと思いまして。ということでどうぞ」
帰りにバミス特産の果物とか色々持たせられた。
「うわーめっちゃ甘い!」
「すごっ……蕩けるぅ!」
持ち帰ったフルーツをみんなが囲んで食べているのを背に、私とグレイは呆然と目の前のものを眺める。
「なにこれ、なんでこんなことに」
「え? ギフトセットだよ?」
いや、それは見ればわかる!!
量!
量がおかしい!!
「……どうするんだ、これ」
グレイが遠い目しちゃったじゃん!!
ちょっと目を目を離すとなんで、なんでうちの従業員たちは!!
「ねえ、この大量のカゴはどこから……」
「ククマット中の店から買い漁った」
「レイス君を相当使っただろう、これは」
「あ、ちゃんとテルムス公国のギルドに討伐依頼と加工依頼の手紙出しましたよ」
「リボンは? 発注したのは週明けにしか」
「大丈夫、これもかき集めた。在庫は使ってない」
「えっと……」
「「「「「だから大丈夫」」」」」
果物をシャクシャクしながら平然と事も無げに言う従業員たち。
「原価計算も終わっていないのに、何が大丈夫なんだ……」
額に手をあてがい、項垂れた副商長。
「「「「「あ」」」」」
今更だよ、その『あ』は!
バスソルトとバスボール、そこにタオルや石鹸など様々な組み合わせのギフトセットで溢れた工房。
とりあえず単品は試供品として従業員たちに配りまくって、ギフトセットはローツさんと侯爵家に宣伝兼ねてお知り合いにでも差し上げてくださいと馬車で送りつけた。
勿論、アティス様とリアンヌ様にもこれからこんなものを売りますよ、とお届けしたら。
「塩必要ですよね?」
と、後日ぎっしり塩が入った麻袋が山盛り積まれた荷車十台がクノーマス伯爵家の門の前に将爵様とリアンヌ様のとても素敵な笑顔と共にやって来る。
「……塩の為に倉庫建てるか?」
「塩の為に? ……ちょっとそれはやだな」
「よし、なんとかしよう」
旦那が何とかするというので任せたら、クノーマス侯爵家の離れに空いてる部屋があるのでそこに入れてきたと言われた。
「客室だから空いてるのは当然なんだが?」
と、エイジェリン様が言ったとか言わないとか。
……すみません、置かせて下さい。
◆お知らせ◆
次回8月22日から三日間、通常更新はお休みし、夏休みスペシャル連続更新と致します。
22日から24日の三日間、更新時間も夜10時(22時)となります。
一日一話、文字数も少なく本編には影響を与えないお話となりますので、ゆる~い気持ちでお読み頂けると幸いです。
まずは『くだらない話』から。
夏の夜の暇つぶしにお楽しみ下さい。




