31 * 一応名誉学長なので領民講座に顔を出す
新章です。
ものつくり前に領民講座の現在の状況を。
とある温泉が流れ込む沼から取れる黒い泥がスクラッチアートに、クラーケンのトタン板みたいな甲を引き裂くと繊維状になって伸びるテグスっぽいものになる。
試験的とはいえ早速領民講座に取り入れることとなった。
まあ、行き当たりばったりというわけではないにしろ、それなりに問題点は浮き彫りになる。
まず黒泥。
自分でアート板を作る所からやる、というのがネックになった。
そもそも気軽に絵を描いて楽しみたいという人が多いためにその手順を面倒に思う人が多くて受講者が少ない状態で始まった。念のため既に完成しているスクラッチアート板を使う講座も始めたけれど、こちらはこちらでスクラッチアート板がソレなりの値段がするため、削って絵を描くだけなのに料金が高いと感じる人が多くてこちらも閑散とした状態で始まった。
「仕方ないですね、新しい技法だからなおのこと。絵を習うこと自体が富裕層の嗜みだと思う人がまだまだ多いのでそれも偏見に繋がってしまいますし」
苦笑して絵画関連の講師を一手に引き受けてくれているユージン・ガリトアは肩を竦める。それでも私の前に並べた数枚のスクラッチアートを満足気に眺める。
「でも、好きな人は好きなんですよね。こうして一から作り上げることに凄く喜びを感じてくれるタイプの人は既に次回の講座の予約もしてますから」
「あ、そうなんだ?」
「はい、僕が見る限りですが……新しいものが好きな人が好奇心でやってるだけ、という人が案外深みにハマるというんでしょうか? ここに並べた描き手は皆板から手作りして、出来上がっていく工程自体を楽しんでる人たちなんですよ」
「……素人目に見ても、絵が凝ってるし、上手だね」
「そうなんですよ、絵が上手になりたいとか、習いたいって気持ちじゃなくても、こういう人たちがもっと興味を持ってくれるだけでも、スクラッチアートは将来性があるんじゃないかと思ってます」
「じゃあ、あんまり心配はないかな。定着するまでは時間がかかりそうだけど」
「だと思います」
ハマる人は確かにハマるよね、なんてことを思いながら独創的な絵や面白い絵に仕上がっているスクラッチアートを眺めそれなりに満足してから私は次の問題に意識を移す。
「さて、なんちゃって伸びるテグスは別の意味で問題が起きたからねぇ、どうしよっかなぁ」
私が唸れば生徒さんのスクラッチアートに丁寧に布をかけて保護しながらユージンも唸る。
「急にクラーケンの甲が手に入らなくなったんですよね?」
「うん、あの野郎……どこいった」
そう。
アイツめ、あれ以降トミレア沖で目撃情報すらなくなり。
「ジュリとキリアの素材への執着を察知して逃げたのではないか?」
真顔でグレイにそう言われるくらいにパッタリとクラーケンの野郎が姿を見せなくなった!!
「経年劣化速度が他よりかなり速いから定期的に仕入れないと代用品にするどころか講座自体が継続出来ないんだよぉぉぉぉ」
テーブルに突っ伏し泣き言を吐く私。
これは死活問題、というには大袈裟だけど、私的に問題なの。
だって、今あるものを使用し続けると、数ヶ月後講座を受講する人たちが作るブレスレットの耐久性が今作る人達と変らないものになってしまう。先に作った人たちは一年保つのに対し、数ヶ月後に作る人たちのは数ヶ月しか保たない。使用回数にもよるし一概にはいえないけど、それでも破損する時期が同じになってしまう可能性が高い。これでは作った人たちの不平不満に直結してしまう。
「残念ながら我がガリトア家は内陸なので入手できませんし……知り合いも海沿いは少ないんですよね。ロディム君のご実家はどうですか?」
「うーん、一応相談はしてあるけど、そもそもアストハルア家の海洋魔物の素材はクノーマス領含む東海物が多いらしいからあまり期待しないでくれって」
「そっか、確かに……この国の海洋魔物素材は東海のものが大半ですからね」
「バミス法国の懇意にしてる貴族の方にも話は通したんだけど、入手出来たとしても今度は経年劣化を考慮して転移で運んで貰うことになるから運搬に費用がかかってなんちゃってテグスの価格が上がっちゃう。本末転倒よ」
「あー、そういう問題も発生してしまうんですね」
「ちょっと甘くみてた。反省……」
そんなことがあって、クラーケンの甲を利用した簡単ブレスレット講座は一ヶ月の期間限定となってしまった。その後はクラーケンが現れてくれないとどうにもならないという……。
魔物って飼育出来る種が極めて少ないので、素材が手に入らないことは仕方ないといえば仕方ないんだけどね。
ユージンと二人、並んで話しながら久しぶりにゆっくりと建物の中を歩き扉の窓越しに講座を眺める。
「お、料理講座に男の人がいる」
「最近増えてきたようですよ。他領の家庭料理や郷土料理に興味がある人は多いみたいで。家に帰って家族に作ってあげる人もいるそうです」
「へー! そういうのいいねぇ。あ、今度ガリトア家も協力してくれるって聞いてるよ、ありがとね」
「料理長が張り切ってるそうです、講師なんてそうそう経験するものではないからって」
料理講座は人気で最近は開講日は必ず一回は開かれているし、多い日は朝から晩まで料理専門の教室がフル稼働している。食事系だけでなく、お菓子の講座もあっていつもキャンセル待ちがあるほど。しかも『うちのは簡単で美味しいです』とわざわざ売り込みにくる知り合い貴族のお抱え料理人やパティシエもいて、ガリトア家の料理長もその一人。ここで講師をした、という話題が社交界でも結構注目を浴びるきっかけになるらしく、彼らの主たちは喜んで料理人をこちらに回してくれるため、料理講座の主な講師であるローツさんの所の料理人も負担が減ったりとわりと良い状況が続いている。
「あ、ジュリさーん!」
「あれ、オリエだ」
「ユージン先生もいる、今日は絵画の教室無いんでしたっけ?」
うちの準従業員で十代の女の子のオリエ。この子はねぇ、領民講座の常連で、キリアに『友達いるの、あんた』と言われるくらいここで遭遇する率が高い。
「僕は午後からね。オリエ君は今日も講座?」
「今日は予約しに来ました。『優しい薬草学』受けてみようと思って」
「オリエはほんとに手当たり次第に講座受けるよね、最近友達と遊んだのいつ?」
「なんか今酷いこと言われた気がする!!」
私のツッコミに物凄くショックを受けた顔をしつつも彼女は直ぐに立ち直り目をキラキラさせた。
「長期の薬草学はちょっと敷居が高いじゃないですか、でも『優しい薬草学』は五日間でこのあたりで手に入る薬草の見分け方とか保存方法が学べるっていうから。それをやってみて面白かったら長期の薬草学を受講しようかなって考えてるんです」
そうそう、何だか最近妙に薬草学への申し込みや問い合わせが多くて、講師さんが嬉しい悲鳴を上げることになってるの。
どうやらその原因が先日行われた腕っぷし選手権から導入した救護所。そこで元冒険者のゲイルさんと薬屋で調合師でもあるエドさんが試験的に『救護師』という肩書きを持ってそこで選手権に携わってくれたんだけど、それを見た人たちが後々グレイならきっと救護師を正式な職業として見做して領でその立場を確立して根付かせてくれるだろうと先読みしている人たちが、まずは必要最低限の知識を得られる薬草学を受講して勉強してみようと思ったらしい。
うんうん、是非とも積極的に学んで欲しい。何故なら後に【大変革】が来るからさ!!
その時に救護師が沢山いたら楽だよね!!
そして、オリエのように若い子の受講が飛躍的に伸びた理由が一つ。
『学生割引』ならぬ『未成年割引』を導入したから。
試験的なものなのですべての講座ではなく、学問に直結する一部の座学に限り今は適応出来るものになっている。今後これは状況により内容を変えていく事で【変革】来そうだなぁ、なんて思ったり。てゆーか、【変革】来なかったから何かと組み合わせるとか独自のシステムを組み込んで【変革】になるかもと踏んでいる。
「講座の見学に行くんだった、じゃあ失礼しまーす!!」
ウキウキしながら去っていったオリエをユージンと共に『予約だけじゃないじゃん』とツッコミ入れたい顔をしながら見送った。
「あれ、今日はこっちに来てたんですね」
ローツさんの元で講座経営についても学んでいるロディムと廊下でばったり会った。色々と悩みがあるんだよなんて話をしながら彼も合流し、共に教室を見て回る。
「どう? 領民講座経営は。ローツさんはかなり褒めてたよ? 補佐としてずっとそばに置きたいくらいだって」
「学校経営とは異なり、自由度がかなり高く線引が難しい事が多いと思います。それをローツさんは難なく熟しているので自分の未熟さを常々痛感しますよ」
苦笑するロディムの最近の悩みは商売や学校と違う領民講座の臨機応変が求められる経営。
次から次へと新しい講座が増え、それに伴い講師も増え、受講者も増える。細部に渡り常に試行錯誤が繰り返され話し合いが設けられ、そして無駄なく円滑な経営を強いられる領民講座はネイリスト育成專門学校の学長であるルリアナ様も定期的にローツさんの補助をする形で学んでいる。これについては初期から携わったというアドバンテージがある二人にとってもなかなかに難しい判断を迫られることがあって、ロディムじゃないけどホントによくここまで順調な経営をしてくれていると素直に私も称賛するほど。
「ローツさんは王宮で数万の兵の命を預かる責任者候補にもなった人だから。責任を負うってことに腰が引けるタイプじゃないっていう大きな強みがあるし、天性の勘の持ち主でもあるんだよね、決断に至るまでの一つ一つの過程に対する取捨選択のその速さも飛び抜けてる。経営に向いているかどうかは別として……あの人は特殊だよ、真似るにはちょっと癖があるから」
「そうなんでしょうか? 私としては嫉妬しそうになるほど羨ましい能力で、真似たいと思いますし、正直憧れもします」
「……そういうとこだよね」
「え?」
「ローツさんが手放しであんたのことを褒めるの。ロディムの強みだよ、その許容性と柔軟性は高位貴族の子息にしてはかなり珍しいと思ってる。嫉妬すると言いながら良いことは良いと素直に認め取り入れようとする。出来るようで出来ないよ、ロディムのそれは。大事にしてごらんその感覚を。次期公爵として経営について学ぶのもいいけど……これは、ユージンにも言えることだけど、ここで見る、聞く、感じることはあんた達にとって無駄にならないと私が保証する。二人共将来どうしたいか、何を目指すか、全く違うけど、それでも共通しているのはね、『経験』の多さだから。ここに溢れている、この世界になかったことをどんどん体験して五感をフルに使って、視野を広げて思考を拡大させて想像を膨らませてることがそのまま『経験』として蓄積される。その蓄積される経験は、ロディムとユージンの特権だと思ってね」
二人が立ち止まる。
グレイから私が二人に肩入れし過ぎではないかと指摘をされたことがある。
肩入れしてるよ!!
だって。
私には必要な【可能性】だから。
若く柔軟性のあるこの二人には無限の可能性があると、勘が言っている。
このククマットを更に繁栄させ、職人の都として大陸中から人が集まる土地にするためには沢山の人の協力が必要で、その最も中心となるのはこれからの時代を担う若い世代だ。
ロディムはいずれアストハルア公爵領に帰る。それでも、この男は絶対にこのククマットに必要な男で、芸術家として成長途中のユージンも必要。
だから、『これ』は対価だと思っている。
ここで二人があらゆることを学んで、吸収して大成するならば、私はその大成から発生する恩恵を享受する。
「ま、深く考えないで。未来ある若者を育てるのは大人の義務であり特権だと私は思ってて、そのことを苦にしたことなんてないから。 《ハンドメイド・ジュリ》を始めた時から、意欲ある人は誰だって受け入れてるつもり。それとなんら変わりない、ただ知り合いの貴族の息子達で将来性があるからあんた達がいまここにいる、それだけ、そう思ってくれていいからね」
いずれこの国を、未来を互いの進む道に沿って背負うであろう二人の若者は、緩く呑気な語り口の私の目の前で決意新たに何かを心に宿したようだった。
これでいい。
こうして誰かが私のやることの延長線上に自分のやるべき事を見つけて進んでくれるなら、その先にはきっとそこに至るまでの苦労や努力が報われて、いつか私が彼らと関わってよかったと思える日がやってくるはずだから。
「そういえば」
「ん?」
ユージンが視察終わりの直前に立ち止まり急に驚いた顔で私の顔を見る。
「名誉学長ってこういうのが仕事なんですね!」
「あ?」
変な声が出ちゃった……。
「いや僕名誉学長ってなんだろうってずっと思ってたんです、ジュリさん基本的にいないし来ても何かしらアイデアを持ってきて物を作ったりするだけなので」
「……」
「そっかあ、名誉学長って視察とかこうやって会話するのが仕事なんですね! 理解しました!!」
私の顔はきっとスン……としている。
ロディムがユージンに酷く冷たい視線を送ってて、『余計なこというな!!』という顔してる。
「お前……後で説教だぞ、そして教養の座学、臨時で追加だ」
「え、なんで?! 何でロディム君!」
ロディムが私を気遣ったのか、それともユージンの発言にイラッとしたのか分からないけれど、とりあえずユージンはこのあとロディムからガッツリ説教と教養を叩き込まれることになった。
きっと首根っこ掴まれて引きずられていくんだろうなぁ……。
名誉学長。
うん、なんもやってません。ユージンの言う通りかもしれないからロディムちょっと手加減してあげてね。
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