30 * ゴリ押しは続くよいつまでも。
額縁、いや、白土のことになるとうるさいのが二人いる。
白土部門長ウェラ。
「面白いね」
統括長ローツさん。
「斬新だな」
そこに自ら飛び込むこの人。
「はい、販売決定。商長、許可のサインください」
「販売決定って言ってる時点で普通はサイン貰ってるんだけどね。順番おかしいからねキリア」
「はいごめんなさーい」
軽いよ制作部門主任よ。
「それですぐサインするジュリさんもどうかと思いますが?!」
レフォアさんが何か喚いてるけど気にしなーい。
さて、白土を使った監修額縁は現在も売上好調でフォンロンギルドでは『覇王』騒ぎで混乱した現場を何とか立て直し、港でのお土産品だけでなく南方小国群帯に属する国や地域への輸出も軌道に乗せて生産体制が安定しつつある。
そこへキリアがぶっ込む気満々なのがレインボーウッドの皮を使った額縁。私としては無理に今始めなくてもと思ってるのよ、だって監修商品だから。こっちへの利益還元が高いわけでもないし、そもそも店で売る物とは別なので頼まれたら提案すればいいやぁという軽いモチベーションなのよね、私的には。なのでのんびり暇なときにと思ったの。
「やることいっぱいあるし、レフォアさんたちも大変そうだし。押しつけてるものが多いし」
と本音を隠すことなく言えばキリアが泣きそうな顔した!!
「……作ろうよ、新しいもの作りたいよ」
……結局は己の欲望のためじゃん?! というツッコミは聞き入れて貰えず、作ることになった。
額縁よりは私はフォトフレームが身近だった。
そもそも絵よりも写真を飾る機会が多かったし、額縁よりもフォトフレームが圧倒的に色んな所で買えたし種類も形も豊富だったと思う。
その感覚でいるとこの世界の額縁はどうしても単調に見えて、だからこそ監修額縁を手掛けるきっかけにもなったんだけど、そのデザイン自体がまだまだ少なくて既にマンネリ化していると私は感じている。
それを言えば『贅沢な悩み!!』とキリアに言われてしまうけども。
「結局さ、額縁を通して奥の絵を見てるわけよ」
「何が結局なのか分からないけど言いたいことはわかる気がする」
「でしょ? 奥を見る、つまり、向こうを見る、覗き込む、中を見る、ってこと。それを一番する場所はどこかと考えるとこのデザインに行き着くわけよ」
額縁はなんてこと無い、普通の四角。
その枠部分に、レインボーウッドの脱皮後の皮チップを並べて貼れば、あっという間にレンガの壁のようになる。
額縁の内側には、意図的に十字の仕切りをはめ込む。
そして、レンガの壁のようになったその上に、濃い緑に着色した白土で作った蔦の葉をバランスよく貼り付ける。
出来上がったのは、『窓枠風額縁』。
「外側の枠が大きくなるけど窓枠部分をアーチ型にしたのも可愛いよね、あたしはこっちが好き」
この窓枠風額縁に風景画を入れたら、室内から見る風景のようになって面白い。
窓枠の十字の部分は太めなので、それこそフォトフレームのようにして四枚の絵を入れてもいい。
アーチ型は上の部分はどうしても半円形になるので複数の絵を入れる時はセンスとバランスが求められちゃうけど、使い方は個人の自由なのでそこに私がどうこう言う必要はないよね。
「今回はこの基本的なものだけにしたけど……例えば、枠の下部を幅広くして、道も表現して、そこを猫とか犬が歩くデザインにするとなお窓枠っぽくて可愛いよね。蔦の葉じゃなく、丸い白いのをいくつか貼り付けて、雪道と雪だるまを付ければ冬の、クリスマス限定額縁って売り方も出来るかな。壁と窓枠の形さえちゃんと出来てれば四季折々の装飾が楽しめる珍しい額縁になるかも」
そこまで言ったらローツさんとウェラにがっしり肩を掴まれた。
「そういうことは早く言え」
「なんで今まで忘れていたんだい」
忘れてたのは認める。
「忙しくて。優先順位的に低いと頭の片隅に追いやっちゃうのよ、許して」
まあそんなこんなでキリアがゴリ押しモードに切り替わった所へローツさんとウェラが参戦となればフォンロントリオに勝ち目は無いわけで。
「無理です、無理ですよ、案だけ頂いて生産体制が整い次第にさせてくださいよ!」
「何が無理だ! それを何とかすんのがあんたの立場と役目だろう!!」
「笑い飾り! アレの売上が伸びてるんですよ、スライムの擬似レジンの扱いがそれに伴って増えてきて扱いに長けた作り手の育成にも人を割かなきゃならなくなってるんです!!」
「だからどうしたって話!!何のためにあんたはジュリの恩恵を受けたと思ってる!」
「私の恩恵は物作りじゃなく鑑定能力が特化されたものですよ!!」
「そんな屁理屈はどうでもいい! 恩恵貰っておいてあんたは作らないの?! 作らないんだ?! 血も涙もないのかレフォアさん! とにかく新しい物を作るぞってギルドに書類提出してこい!!」
わあ……パワハラ。パワハラをキリアがフォンロンギルドの出世頭相手にやってる。
「キリア、私の元いた世界でそれやって裁判になったら確実に負けるからね」
「ここではグレイセル様が法律。あたしとレフォアさんを天秤にかけたら我らの領主はあたしを選ぶから大丈夫」
「……否定出来ない所がなんとも……」
「助けて下さい!!!」
コンプライアンスもそろそろ本気で取り組む時期に来たかなぁ (棒読み、やる気なし)。
二人のとんでもないやり取りを尻目に、物作りの恩恵を受けているマノアさんとティアズさんが窓枠額縁の試作を始めたらのめり込んでしまい、ローツさんとウェラとキャッキャしながらレインボーウッドのチップを白土の上に貼り付けながら、枠の色がとか木漏れ日の射す感じにしたいとか、色々と意見を出し合い始めた。
「木漏れ日の射す感じね、それ面白いかも。塗料……透明ニスとかで陰影出せるかな?」
私がそんなアドバイスをすれば目を輝かせたマノアさんが『取ってきまーす』と工房を出て言ってしまう。
それを一人『また書類と格闘……』と打ちひしがれているレフォアさんを除いて笑って見送りつつ、私は出来上がったばかりのローツさんが作った小さな額縁を手にする。
「流石と言うか何というか……側面にも貼ったんだ?」
「その方がいかにも壁って感じだろ?」
ローツさんが作ったものは白い部分が完全に隠れるように側面までチップを丁寧に貼り付けてあった。白土を使った額縁は強度を保つために薄い板が土台として入る。なので必ずソレなりの厚みが出るんだけど、そこにたとえば薄いと言ってチップを更に貼り付けることで厚みは必然的に増してしまう。するとどうしても側面の厚みが目立つことになるんだけど、ローツさんはその側面にも貼り付けることで一体感と自然な壁感を出していた。
「こういう気付きって大事よね」
「そうか?」
「うん、クオリティにダイレクトに影響を及ぼすから。擬似レジンのカット面の処理もそう、するかしないかで第一印象がガラリと変わる。一手間で『品質』『価値』を高められるって本当に大事だと思うから。ローツさんのこのアイデアはきっと今後の額縁だけでなく他のものにもいい影響を与えられるよ」
私の素直な称賛に彼は嬉しそうに笑った。
実際問題、『一手間』による影響というのは計り知れない。
型に流し込み作る擬似レジンのパーツでよく発生するはみ出した『耳』。これをヤスリで削り、刷毛で透明擬似レジンを塗って滑らかに整えるこの手間があることでうちの商品は売れている。
最近増えてきた擬似レジンを扱うお店。定期的に齎される話に私は期待して嬉しくなる反面、いざ実物を手に入れてみるとそのクオリティの低さにがっかりすることもある。『素材が格安』『量産に向いている』の二つの要素が一手間を省かせる現状なかなか変わらないらしい。
うちの常連さんがたまたま他領で見かけた擬似レジンのネックレスパーツを扱う店を見つけて買おうと思って入店したけど買わずにそのまま出てきた話を聞いて私はその人がうちの店でしか買わないと笑って言った姿に嬉しさよりも落胆している自分がいて驚いた。
(色んなところで好みのものを搜す……まだまだ道のりは遠いのかな)
目移りして、どれがいいか迷って、ワクワクしながら買う楽しみ。
私自身が、それをまた体感したい。
体感して、手に入れた時の達成感や充実感をそれを眺めながら身に着けて味わいたい。
そのためには、素材の価格に関わらず一手間を惜しんではならないと、思い知らされた。
「……そのうち、こういう一手間が大事だってことも伝えられるようになれたらいいかな。値段に関わらず、ね」
ローツさんが私の呟いた言葉に一瞬ポカンとしたけれど、直ぐ様穏やかに笑った。
「ああ、そうだな。大事なことだよな」
そして。
フォンロンギルド、生産部門がパンクした (笑)。
恐るべしキリアのゴリ押し。
いやぁ、流石にチマチマとあの小さいチップを貼り付けるのは時間がかかるので全然数を熟せないってフォンロンギルドの制作部門から試作の段階で悲鳴が上がったらしくて。それでなくても他のものもせいさんがギリギリなのに、試作させられたもんだから……パンクするよね。
「気合が足りないだけでしょ」
またキリアがパワハラ発言。
「それ言わないで、ほんとに可哀想になってきたから」
「だってこんなのサクサクできるじゃん? どこ? どこに難しい要素があるの?」
凄い速さでめっちゃ綺麗にチップを貼り付けるキリア。隣でウェラとローツさんが激しく同意し首を縦に振っている。何故か監修作品なのにうちの店で窓枠額縁が量産されている。
「そのぶっ飛んだ技術力を他人に求めてはいけません」
冷静に諭したものの、作るその手を止める気のない三人を止めるのも面倒なのでそれ以上諭すのはやめておいた。
そういえば、とキリアが突然作業を中断して顔を上げ真剣な目を向けてきた。
「前にジュリが言ってた『定年制度』って結局はどうなったの?」
「ああ、あれはね。グレイとも随分話し合ったんだけど、無しになったのよ。うちって従業員の殆どが物作りする人でしょ? 職人と一緒で経験を積めば積むほどいいものを作ってくれるだろうし、やる気と技術がある人をわざわざ年齢で退職させる必要性がないなってグレイと意見があってね。だから今のところは定年制度は組み込まないよ。会計士や他の業務に関しては今後はそういうのを取り入れていくことも考える時期がまた来るだろうけどね。このまま事業が拡大していく場合も要検討になるかと思ってる。ただまぁ、あんまり重きを置いていないってのが本音よ」
「……そっか」
「え、なにその顔」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべたキリア。
「じゃあ、あたしが生きてる限りはフォンロンギルドに色々とお願いしていいってこと?」
なんか凄い怖いこと言い出したわ、制作部門主任。
「いやぁ……どうだろう? そもそもそんなに先までフォンロンギルドと提携を続けるっていうのも不自然というか無理があるというか。その間にお互い体制が変わることもあるだろうから、いずれは今みたいな関係は解消するんじゃないかな、数年単位で今後は見直してくよ?」
「えっ、せめて生産の委託は継続してよ!!」
「んー、状況による、としか……」
「だってどんなに種類があっても好きなだけ作れるんだよ?! 人がいっぱいいるから多少無茶振りしても作れちゃうんだよ?! 今回はちょっとヤバいことになったけど!!」
ちょっとじゃないんだけどなぁ。パンクしたもん、『無理です、もう少しあとにしてください』って手紙と共に注文書と契約書、そしてデザイン画と制作手順の図まで送り返されてきたもん。本当に無理だってことでしょ。
「……ちっ」
キリアが舌打ちした。
キリアさん。
巨大組織であるギルドを工場扱いする人は、あなただけです。
そして、フォンロンギルドはこの先もキリアのゴリ押しによって度々生産部門がパンクもしくはパンク寸前になる未来が確定してしまったようです。
フォンロンギルド職員の方々、これからも頑張ってください (棒読み)。
「私達は一生キリアさんのゴリ押しとの攻防戦になるんですか?」
「多分。そしてフォンロンギルドの勝率は相当低い、かな」
レフォアさんが遠い目になった。
数年後にはフォンロンギルドを牛耳ってそうなキリアさんのお話でした……。
◆お知らせ
このあと数話本編更新後、夏休みスペシャルを更新し、作者夏休み頂く予定です。
詳しい日程は後ほど。




