30 * それが欲しい理由は
キリアがビヨーンを始めて二日目。
「それレフォアさんたちにやってもらったら?」
「ここまでやったら気になるじゃない」
昨日何と三千回ビヨーンをして、満足したと思ったら今日も三千回すると宣言したキリア。
「でもこれで分かったじゃん? 新しいものなら三千回引っ張っても切れないってことが」
胸を張って言われてもね。それ、何回も言うけどあなたの仕事じゃないんですよ。
……無視された。
もう放置しておこうと決めて数分。
「あ、切れた。ジューリぃぃぃ、切れたーぁ」
「悲しそうな顔する必要はないよね?」
「もうちょっと耐えろよー、クラーケンさんよぉぉぉ」
クラーケンも理不尽なこと言われるんだな、なんて事を考えて、切れた繊維を貰う。
「……切れたって、いうか……」
「ボロボロになっちゃった」
なんだろうね、この不思議さ加減は。伸ばすことで負荷がかかった部分がブツリと切れるのではなく、その部分を中心に細かく裁断したように千切れるという妙な切れ方をした。レフォアさんに聞けばどうやらクラーケンの甲はこうして『崩れる』らしい。
「調べてみたところ、どうやらそのせいで結びなおすことが難しいことも素材として見做されなかった要因のようですね」
糸もテグスも、場合によってはゴムも結んで応急処置は可能なのに対し、クラーケンの甲は崩れてしまうためかなり短くなるのでそれが不可能。なるほどと納得。
「ただ、キリアさんの引っ張り方が基準となるかどうかは別としても四千回近く引っ張る力に耐えた事は意外な発見ですね。私はもう少し早い段階で駄目になると思ってたので」
「これが討伐から数日以内と数ヶ月経ったものとの違いも気になるところよね」
「そうですね、そのへんはもう日々の結果を待つしかないでしょうね」
なんてことない事のようにサラッと笑顔でレフォアさんは言ったけれど私とキリアはそれを微妙な笑顔で『そうだね』とだけ答えるに留める。
「あたしがやったことに近いこと、これから何回も臨時で来てるフォンロンギルドの職員たちはレフォアさんにやらされるわけだ」
「毎日ではないにしても、まあ、かなりの回数させられるね間違いなく」
レフォアさんがクラーケンの甲を一番細い繊維まで解したものを束で夜間営業所兼研修棟に持って行くのを見送って、私たちは職員さんたちが毎度レフォアさんの『研究バカ』に振り回される姿を思い浮かべる。
フォンロントリオとは別に定期的にククマットに来ているフォンロンギルドの職員さん。彼らはレフォアさんたちの下で私の所に持ち込まれそして活用されている素材の研究と商品化された物の作り方、そして接客を身につける為に日々夜間営業所兼研修棟でせっせと働いていて、受け入れる代わりにこちらの商品の制作補助、イベント人員補助をしてもらっている。
そんな彼らの一番過酷な仕事が、耐久性テスト。
同じことをただひたすらに、昨日のキリアのように一日中している。
「耐久性テストのときのあの人たち目が死んでるんだよね」
キリアが千切れボロボロになったクラーケンの繊維をかき集めゴミ箱に捨てながらそう呟いたタイミングでグレイが二階から降りてきた。
「誰の目が死んでるって?」
「フォンロンのレフォアさんたちの下で働く臨時の人です。耐久性テストするって聞いた瞬間に既に目が何かを悟った感じになりますよね」
グレイは作業台に会計業務の書類を置いてそりゃもう愉快そうに笑い出す。
「レフォアは研究となるとそれ一直線だからな。フッ……何度ティアズとマノアに目で止めてくれと訴えられたか」
レフォアさんはいいとして、とにかく耐久性テストは地道な単純作業が必須なので皆やりたくないというのが本心らしい。地球みたいにそれ専用の機械があるわけではないので、手作業だし。
とまあ、とにかくクラーケンの甲がどれくらいで劣化が始まり耐久性に影響するのかは彼の研究バカな部分にお任せすることにした。
「ジュリは度々テグスが欲しいって言ってるよね?」
「うん、言ってるね」
「それがあるとネックレスやブレスレットを作るのに便利だって聞いてはいるけど……」
言い淀むキリア。言いたいことは分かる。
「そこまでこだわらなくてもって?」
さて、どうやって説明しようか。
せっかくなので見せるのもありだね。
長話になりそうだと思ったので夕食にキリアとセティアさんを誘い屋敷で三人仲良くまずは美味しいご飯を食べた。男たちはどうしたかって? 彼らは彼らで飲んで食えと追い出してます、キリアの息子イルバ君はジジとババのお家にお泊まりだそうです。
別に皆で話しながらでもいいんだけど、男たちがいるとどうしても仕事の話に繋がっていくので、純粋に物について語りたい時は女だけの方が私は話しやすいからね。
「そもそもの話し、ガラス製のビーズをトンボ玉というのよ」
瓶に入ったビーズを一つ一つ、二人の目の前に並べていく。
私のその言葉に目を丸くしたのはキリア。セティアさんは口元を手で抑えて控えめながらも驚いている。
「え、ちょっと待って? じゃあ、今ジュリが並べてるこれって」
「そう、これもトンボ玉の一種。分類はシードビーズというものになるの」
トンボ玉の発展により生まれたシードビーズ。
中空のガラス棒を切って作られるため、ガラス棒の直径がそのままビーズの大きさとなる。直径や長さ、穴の位置、表面の加工方法によって様々な種類があるんだよね。
日本と中国、インド、チェコが世界の4大産地で、シードビーズに関しては日本の直径が数ミリメートルの極小で高品質なものが国内でも主流だった記憶がある。
「こんなに……」
セティアさんが感動し目を輝かせて呟く。
「これでもごく一部」
「えっ?」
「私が当時主に使っていた色の在庫補充として購入したものだから、十五種類しか召喚時に一緒にこっちに来てないけど、実際に売られていたシードビーズはもっと種類があってね、しかも同じ色、形に見えてもメーカー毎に微妙な違いがあったりするからそれも含めるとものすごい事になると思う。……で、初公開、これが、私がこっちに来て作ったビーズのネックレス」
「「!!」」
二人は息を飲んだ。
「透明なテグスと、シードビーズで作ったネックレス。いずれは、こういうのを気軽に誰でも作れるのを目指してる」
なんてことはない。
ビーズアクセサリーキットを買って、自宅で用意するのはハサミ。やっとこやニッパーがあればなおいいかもしれないけれど、そういうのがなくても作れるキットは多かった。そして説明書を側に置いて、テグスに図面通りにシードビーズやポイントとなる大きなビーズ、金属パーツなどを通していくだけで誰でも作れたビーズアクセサリー。
作り慣れてきてからはその手の本を購入して通す手順が複雑で難しくビーズを沢山使う物も作っていたし、それをアレンジしてオリジナルアクセサリーも作った。
こういった物を作り慣れた人が見たら、きっと『へー! ジュリが作ったの? すごーい!』と言ってはくれるけど、でもそこに強烈な感動はないよね、ぶっちゃけると日本人なら大半の人がそうじゃない?
でも。
二人は違った。
ビーズを増やし、我流で仕上げたビーズのネックレス。アンティークな雰囲気にしたくて茶系のビーズを使っている。
「ちなみに、これ材料費十三リクルくらい」
「「はい!?」」
「それくらい、私のいた世界ではビーズは身近で気軽に使えるものだった事がよくわかってもらえると思うのよ」
加えてマットな質感のゴールド系ビーズとパーツも使って自分でもなかなかいい感じに仕上がったと思っている。
「トンボ玉の制作をガラス工房にお願いしてるけど、そこからこのシードビーズが生まれるまでどれくらいかかるかわからないっていうのが正直なところ。結局は制作に必要な技術を支える道具の開発がかかせないからね」
《ハンドメイド・ジュリ》で販売しているアクセサリーに使われている留め具パーツよりも一回り以上小さな留め具は、やっぱりこういった細かなビーズを使った物にしっくりくる。
「ビーズごときに莫大な開発費を投資するのか、って馬鹿にする人も今後は出てくる。でも私的にはやんなきゃそれっきり、何にも進まない。シードビーズを作る技術に触発されて他に転用出来ないか考える人たちが出てきてくれたらと期待してる。私のいた世界では多分その逆だったんだよね、こういう技術、機械があるならもっと小さなビーズ作りに転用出来るんじゃないか、って。いや、ホントのところはわからないよ? でも、一つの技術から、応用、転用する事が当たり前だった。それに支えられて、物が溢れた、豊かすぎる国だった。……キリア言ったよね、テグスの開発なり類似品の発見に私が拘ることにちょっと疑問が、みたいなこと。単純だよ、そんなの当たり前、だってほしいものは欲しい。もっと作りたいものがある、もっとやりたいことがある。それが可能な世界から来ちゃった私にしたら、その欲求はあたり前のことなよの」
ネックレスを手に取り、黙ってしまった二人の前でそれの留め具を外す。
「セティアさん着けてみる?」
「えっ、私がですか?!」
「うん、似合うよ」
少々強引に笑顔でセティアさんの後ろに回ってネックレスを首に宛てがい留め具をかませる。
「わっ……」
思わずといった声を出したセティアさん。
「結構ズシッとくるでしょ? ガラスだからこれだけふんだんに使ってるとやっぱり重いよね」
「はい、でも……鎖とは違った肌触り……」
「丸みのあるシードビーズだから滑らかなの。それとね、糸じゃなくテグスだからこれだけビーズを使っても型くずれしないっていう利点が活かされてる。糸にも良さはあるのよ、テグスのような弾力性がない代わりに、完成した時の柔らかさが違う。肌や服の上に沿うようにナチュラルな仕上がりにしたいなら断然糸がいいと私は思ってる。でもこんなふうに、沢山使って厚みを出したり立体的に仕上げるにはやっぱりテグス。そしてなにより透明だから、ガラスビーズとは相性がいいし、色を選ばないの。今回見つかったクラーケンの甲の繊維に伸縮性がなければ真っ先に私はシードビーズを持ちだして何か作ってたかもね」
あくまで個人的な意見にはなるけれど、伸びるテグスは複雑な形や重いアクセサリー作りには向いていないかな、と。その代わり、小さなものと単純なものを作るには可能性が秘められている。
「せっかくだから、伸びるテグスで作ってみせようか」
そして何気なしに私がテーブルに置いた物を見てキリアが飛び跳ねるように立ち上がる。
「き、キリアさん?」
セティアさんがびっくりしちゃったよ。
「ジュリ、それ」
「よくわかったね」
「……いやいやいや……サラッと出してるけど」
「クリスタルガラスのビーズはやっぱり違うよね」
あれ、セティアさんまで飛び退くように立ち上がっちゃった。
アレです、有名なクリスタルガラスのカットビーズを出したらこうなりました。
いちいち説明とか面倒なのでとりあえず座らせて、目の前で久しぶりに伸びるテグスを準備して、サクサクと作業していく。
「ちょっ……それ、素手で……」
「ええっ……」
二人がブツブツ言ってるけど無視。こんなん素手でやらずに何でやるのよ、ピンセット? そんなの使ってたら十個に一個は弾いてどっかに飛ばす。
やっぱりテグスは楽だね!! 糸と違って針が必要ない、そのまま通せる、ラクチンラクチン。
で、ものの数分で物凄く単純なクリスタルガラスビーズを伸びるテグスに通しただけの、留め具を使わず結んで終わりのブレスレットが完成。
「はい」
「え?」
「着けてみて」
「……」
渡されたセティアさんがガクブルし、それを隣で見ていたキリアが青ざめた、ウケる。
「はい! 何でも経験!!」
ズボッとセティアさんの手に嵌めた。
二人が硬直してた、ホントウケる笑う!
このクリスタルガラスビーズが日本では二十個入って数リクル、数百円で買えることは言わないでおく。言ったら気絶しそうだし……。
伸びるテグスの利点は二人揃って直ぐに気づいてくれた。
伸びるテグスはね、留め具を必要としないのよ、伸縮性があるからそのまま取り外し出来るから。
「これがあればもっと安くブレスレットが作れるんだ?!」
キリアは興奮気味、セティアさんは興味深い目をして私がビヨーンビヨーンする伸びるテグスを見つめる。
「それよりもね、家でリメイク出来るようになるんだよね」
「「え?」」
針を必要とせず、簡単に、何より留め具も使わず、糸が切れてしまったアクセサリーを伸びるテグスに通せば伸縮性のおかげでそのまま身に着けられる。
「簡単に、自分で直せるしアレンジもできるし、何よりビーズさえあれば自由に作ってすぐ身に着けられる。高い留め具パーツなんて必要ない、専用の道具なんて必要ない、話は一番最初に戻るけど、クラーケンの甲が伸びるテグスの代用品になれば一気にそういうことを普及できるようになる。そうすればもっと利便性の高いテグス開発が進めやすくなるかもしれない。そういうものが生まれれば、シードビーズも早く出来るかもしれないし、種類が一気に増えるかもしれない。そういったことが複雑に絡んで、留め具開発に力を入れる工房が増えるだろうし、それに伴って自然と工具、機械の開発も進む。そういうのに関われるのって、そのきっかけになれるのって、結構嬉しいのよ」
ジュリが求める小さく均一で高品質なシードビーズが開発されるまでいったいどれくらいかかるのやら……。




