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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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30 * とある学生、推し(シャーメイン)について語る。

閑話的な。


この世界に推し活なんてものはないだろうな、でもそれに似た事をして日々栄養取ってる人はいそうだな、というゆる~いお話。


そしてヒタンリ国編が最後ちょっとだけ仄暗ーい感じになったので軽く明るいのをぶっ込みたかったという我儘です。

 



 ―――一ヶ月後、上級生が卒業する。―――


 ロディム様とシャーメイン様が恋仲であると学生の間で広まったきっかけは、人目も憚らず抱き合う姿を幾人もの男子学生が目撃したことから始まった。


 昨年、『覇王』発生兆候の知らせに騒然となり、学園生活が崩壊しかけていたときに飛び込んで来たラブロマンス。

 穏健派と中立派の筆頭家の令息と令嬢が、見つめあい、抱き合い、微笑みあい。そして、互いにアクセサリーを交換して。

 互いを見つめ合うその瞳は互いの熱で蕩けるようだったと語った学生がいた。当時その言葉を使い詩を書く事が学園で流行したほど。


 かくいう私も、その意欲が湧いてしまい、書いた。捗った。


 そんなお二人のラブロマンスが学園内の極限まで高まった不安を一気に吹き飛ばしフォンロン国へ向かうロディム様を追うようにシャーメイン様がクノーマス領へ帰るという情報がさらに私たち学生から不安を吹き飛ばしてくれた。


 ―――『覇王』に立ち向かうロディム様に行かないでと涙を零しながら縋るシャーメイン様。そんなシャーメイン様を愛おしそうに抱きしめ必ず帰ると約束するロディム様……―――


 という、身勝手極まりない妄想で『覇王』のことを一瞬忘れた学生は多かったはず。

 ……私も妄想で何度も悶絶した。

 残念ながら、妄想。


「ああん、もう! 見たかった、シャーメイン様のドレス見たかったわ!!」

 優雅に歩きながら御学友と談笑するシャーメイン様を見かけて突然淑女の嗜みなど忘れて地団駄を踏みながら友人は叫んだ。

「お父様とお母様が『素晴らしかった』って何度も何度も言っていたの、婚約式では凄く珍しい黒だったのにシャーメイン様の艶やかなあの赤毛と同じ色の刺繍や飾りがほんっっっっとに! 素敵だったって!!」

「そんなに?! シャーメイン様なら何を着てもそうなりそうだけど?!」

「そう思うじゃない? でもお母様が言うには、あれほど黒を着こなせるご令嬢はいないわ、って断言する程本当に素敵だったそうなの。ドレスの形もね、肩のデザインが左右で異なるんですって」

「ええっ?」

「それなのに、全く違和感がなくて寧ろスッキリとしていて、飾りが映えるデザインだったらしいわ」

「それ、凄く見たいわね?!」

「でしょう?!」

 友の話に引き込まれるように私も興奮気味に声が大きくなり始めたその時。


「ごめんなさいね、あのドレスは婚約式のためだけに作られたものだから」

「「えっ」」

 友と同時に振り向くと。

 そこには美しく華やかで、学園一の存在感を放つ、笑顔のシャーメイン様が御学友の方々と立っていた。

「あなた達の気持ち、すごく分かるわよ!」

「本当に素敵だったものね」

「ロディム様のお顔が崩れっぱなしだったもんね」

「お父様がそれを見て笑いを堪えるのに何度も咳払いしてたわよ」

 なんと、学園の憧れの先輩たちが!!

 シャーメイン様を中心に学園の華がいまここに!!

 御学友に冷やかされても落ち着いた様子でシャーメイン様は優しくちょっとお茶目な笑みを浮かべた。

 なんて、なんて素敵な笑顔!!

「その話、何度私は聞かされるのかしら」

「あら、あの日咳払いが多かった話は既に有名よ?」

「そうそう、シャーメインとロディム様がずうっとイチャイチャしてて目のやり場に困る人たちも咳払いで誤魔化してたよね」

「もう、反省してるわ、あの後お父様たちからの説教が長くて流石に大変だったもの」


 私達には分からない話で盛り上がる先輩方。

 な、なにそれ、ちょっと、詳しく……!! とはいえないけれど。

 それにしてもああ、なんて麗しい。皆様、それぞれに個性溢れる美しい方たち。その中で一際輝くのがシャーメイン様。

 なんてお美しい……。

 友人と二人で目の前の憧れの先輩方を見ているだけで胸いっぱいになりかけたら。


「卒業式のドレスも素敵よ、会場に入るときに見られるかもしれないわね?」


 卒業式後の夜会。

 学園の敷地にある式典会場でおこなわれる卒業記念舞踏会。

 開催時、卒業生は豪華に飾り付けられた正面入口から入場する。そのため、入場の際は長蛇の列になり、去年着飾った卒業生のその列を見ていて飽きなかったことを思い出す。ロディム様の卒業記念舞踏会でシャーメイン様がパートナーを務めたけれど、あのときは特別室でお二人は貴賓へのご挨拶のため入場は別だったから見られなかった。

 それを列が終わって扉が閉まったあとに知った私、その場で泣き崩れなかったことを誰か褒めてほしい。


 学生の殆どが富裕層で成り立つこの学園らしいきらびやかな舞踏会に希望する学生全員が参加できるように有力な家や商家から提供される服飾品が毎年用意されるため、惨めに寮で静かに過ごしたり卒業式後にさっさと帰る学生というのは殆どいない。この舞踏会は一部では学園の予算の無駄遣いだと批判も受けているけれどこの経験はとても大切なことだと目の前にいるシャーメイン様も仰っていたことがある。


「学園で習う紳士淑女の嗜み……。なぜそれを三年かけて習うのか、それを考えていただきたいと思います。卒業式の後に開催される舞踏会は社交界に踏み入る機会の少ない人たちが実践でその場の雰囲気を感じ取り、見て、聞いて、習ったことが通用するのか、正しいのか、そして何よりほんの少しでも自信を付けることが出来る貴重な場となります。入場のエスコートから先生方との歓談、ダンス、貴賓への挨拶、そして退場、最低でもこれらのことをほぼ全員が経験する場です。今は爵位が低く招待されない茶会があっても、商家出身故に思うように夜会で沢山の人と話す機会が掴めずとも、本人の努力でもってのし上がり認められたその時、その人は必ずさらに上の、品位が求められる格上の社交界に足を踏み込む事になります。このベイフェルア国は爵位という明確な縦社会で成り立ちます、それでも全てが爵位で済ませられる訳ではありません。そこに食い込むために努力をなさった方々がいるからこそ、経済が回っています。その方々が、活躍の場を広げるためにも、ほんの僅かだとしても経験を積むためにも……この学園での最後の舞踏会、学生最後の思い出であり門出となるその素晴らしい催し物をお金の無駄遣いの一言で無くせというのは些か暴論に聞こえます」


 財務大臣の息子だという学生が声高に学園の無駄遣いについてサロンで知人友人を集めて語って聞かせていた所に出くわしたシャーメイン様が、それはそれは穏やかに上品にそう語って男子学生を黙らせたという話はシャーメイン様に憧れる全ての学生が心の中で拍手喝采で賞賛したはず。

 しかも。

「この場で口先だけで私が語っても納得してもらえるとは思えません。ですから、学園の予算をそれほどご心配されているあなたが納得してくれるよう、クノーマス家から舞踏会への支援を惜しまないことをこの場で、お約束します」

 と告げてその場を去ったというのだから、その場に出くわした人たちが羨まし過ぎる。

 是非そんな凛としたあの素敵なシャーメイン様を生で拝見したかった。


「さあ、そろそろ午後の授業の時間だわ、予鈴前にここを出ないと。二年生の教室はここから少し遠いもの、遅刻しないようにね?」

 私達に気遣って下さるシャーメイン様は、それだけ言って御学友と共に私達の前から去っていく。

「……アストハルア公爵令息に見初められるだけあるわ」

「ホントにね」

 私達は、その優雅な後ろ姿を目に焼き付けるため、ギリギリまでその場で見送った。

 そのせいで、本鈴と同時教室に飛び込んだ所を先生に見つかり、友人と共に放課後指導室に呼ばれてしっかり怒られてしまった。

 でも後悔はしていない、お声をかけて頂けたから。明日いいことありそう。












 有言実行とはこのことだと、感動する。

 卒業式実行委員会の集まりで、私たちは、ア然とすることになった。

 色とりどりのドレスが揃い、シックながらもそれぞれに個性が際立つ紳士服が備品室を埋め尽くす。それらは全てクノーマス家の皆様やその親戚筋や親しい家の方々が一度袖を通しただけのほぼ新品のものを、学生に相応しいものであるようにと豪奢さを取り除き、訪問用や親しい人たちだけの茶会で着れるような、飾りが少なめでボリュームが抑えられた形にわざわざ手直しされたものらしい。

 そしてさらに、シュシュ、カチューシャ、イヤリングにコサージュ、男性用ベルトにカフスなど細かな装飾品は全て 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》製品で、クノーマス侯爵家とクノーマス伯爵、そしてツィーダム侯爵家から決して高いものではないけれど、十分ドレスや紳士服に使えるものばかりということで提供された。

 なにより、息子の婚約者の卒業を祝って今回の開催費は全て持つと、アストハルア公爵家が学園に対して多額の寄付をしたという。既にアストハルア公爵家は毎年寄付をしてくれているのにもかかわらず。

「少しね、我儘を言ってみたの。そうしたら協力してくれるとグレイセルお兄様が快諾して下さっただけなのよ」

 少しの我儘がこれ……。

 桁が違いすぎると、素直に驚いてしまった。

「それとね、委員会のみなさんも当日は会場で忙しく動き回るでしょ? だからこれは私から皆さんへの労いと特別な立場であり名誉あることをしていると誇りをもって貰えたらという願いを込めたものなの。受け取ってくれるかしら」


 大きな箱だった。

 入っていたのは、重厚かつ艷やかな布で濃い紫色に銀色の糸のククマット編みの飾りが着いた、下に小さく『卒業式実行委員会』と刺繍された腕章と、同じく濃い紫色の布で作られたつまみ細工のコサージュ。そして、普段付けている制服の付属品等であるタイが男女それぞれに整然と並んでいた。


「在学生は卒業生に婚約者がいない限りは舞踏会の会場に入れないけれど、あなた達は委員として雰囲気をその場でちょっとだけ楽しむ特権があるわ。でも、残念ながら制服なのよね。私達卒業生のためにとても頑張っているのだから少しくらい着飾ってもいいのにしきたりでそれは許されない、ならばと用意したの。これならと学園側も許可を出してくださったのよ。コサージュは男性は胸元、女性は胸元でもヘアピンでもどちらにもなるから好きに使ってね」


 卒業式実行委員会。

 準備は本当に大変で、良家の子女は決してやりたがらない。反対に爵位の低い家だったり商家出身、さらに特待生として入ってくる庶民の学生はこの委員会での活動が学園生活での積極的な行事参加活動とみなされて総合成績に加点が貰える。

 かくいう私も男爵家の娘なのでそれ狙い。……ごめんなさい、半分以上嘘です、シャーメイン様のドレス姿を見たかったからです、はい。お父様お母様こんな私をお許し下さい。

 そして、卒業生より決して目立ってはいけないとの明確な線引のため当日は制服の着用が義務、正直先輩方との落差に落ち込む学生が毎年いるという話もある。そんなことで落ち込むの? シャーメイン様とロディム様を見れるならそれだけで至福、寿命は間違いなく伸びる。



 しかし今年は、シャーメイン様の神様からの祝福にも匹敵する優しさのお陰でくだらないことで落ち込む委員も『特別な事をしている』ことを自覚しながら関われるの。

 実行委員だけが身に着けられる特別な腕章とコサージュとタイ。

 紫色は学園の校章の色で、統一されているだけでなく見るだけで上質な布が使われていることがわかる高級感漂うもの。

「よ、宜しいんでしょうか?」

「余計なお世話でなければいいんだけれど」

「そんな、滅相もない!! 有り難く、有り難く頂戴いたしますっ」

「ええ、是非。毎年使い回しになってしまうけれど、作りは丈夫だから汚れに注意してくれれば長く使えると思うわ。時代が変われば必要とされなくなるときも来るでしょうけれど、それまでは後輩たちにとても特別なことを任された自信と誇りと共に引き継いでくれると嬉しいわ」


 感極まって委員長が滂沱の涙を流し、シャーメイン様がハンカチを差し出していた。正直羨ましかった……。私もシャーメイン様に労って貰いたい。


 後に、卒業式実行委員会の『三点セット』はシャーメイン様の望み通り大切に後輩たちに受け継がれ、そろそろ擦り切れや色落ちがしてきたかな? というタイミングで後のクノーマス侯爵、エイジェリン・クノーマス様より新品が寄贈される。この三点セットは学園で催事を行う場合に運営側だと分かりやすく非常に便利なため、学園独自の催事毎の三点セットの誕生へと繋がっていく。













 後日談。

 卒業記念舞踏会に昨年首席で卒業されたアストハルア公爵令息ロディム様にエスコートされ入場したシャーメイン様。

 艷やかなサテン生地はオレンジ色に染め上げられ、その上に白い糸の総レース張りで仕上げられたドレスはなんと、婚約式でお召しになったドレスと同じ形のデザインとのこと!

 婚約式のドレスが余りにも評判が良く、見たかったという声が多かったことから急遽デザインを変更したんだとか。

 アシンメトリーな肩周りのデザインは、ノースリーブ側の後ろにオーガンジーのリボンが加えられたレースがサラリと靡くようになっていて。

 体のラインを強調するそのドレスにも関わらず全く下品さはなくて洗練された大人の女性の姿だった。

 反面、そこに豪奢さは全くなく、アクセサリーは非常に細く繊細な金の鎖に金の小花と真珠が散りばめられた可愛らしいもので、上品かつ可憐さを感じさせた。

 エスコートをされたロディム様も最上級の布であることは間違いないとわかるものの、それはそれはシンプルな装いで、胸元のコサージュにシャーメイン様とお揃いであることが伺えるだけ。


『主役は卒業生全員』


 あなたはもっと豪華できらびやかなものを身につける身分では、と仰った御学友の方にシャーメイン様がそう笑顔で告げたらしい。

 だから自分も年相応の物を身に着けて、年相応の侯爵家令嬢として参加したのだ、と。

 勿論、最高級の素材でのみ作られた物を身に着けているけれど、と笑いながら。

高爵位の令息令嬢たちが綺羅びやかに着飾る中、一見地味にも見えるシャーメイン様。けれど品行方正淑女の鑑と謳われるその人に相応しいドレスだった。

 ロディム様とホールの中央踊るシャーメイン様の肩のオーガンジーとレースがふわりふわり、ゆらゆらと優雅に揺れる様は、まるでそこに太陽に愛される妖精が飛び回って祝福しているようだった。

 つまりシャーメイン様は太陽の女神。この世界を照らす神。


 眼福。 


 誰か、この光景を絵にしてと、叫びたかった。


 そして、三点セット、欲しかった。


 委員長にどうしても駄目なのかと懇願したら。


「毎日毎日しつこい!! どこかに落としてきた淑女の嗜みを拾ってこい!!」


 と、かなり本気で怒られた……。







こちら夏休みスペシャルに使おうかと考えていたのですが長くなりすぎたので本編扱いしました。

シャーメインのキャラ違くね? という苦情は受け付けておりません……。


ちょっと前に書いたお話にも腕章出て来てますが、ジュリが物を量産するきっかけになったものなので栄誉賞の腕章とこの実行委員会腕章の話をかけて嬉しいのとホッとしているの両方の気持ちがあります。いつ書こう、いつ出そうと結構悩んでいた腕章でした。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  卒業式実行委員会の『三点セット』。卒業しても名を残し好感を上げていくクノーマス家(笑)  シャーメイン推しの彼女たち、今どうしてるんでしょうね。
[一言] > 品行方正淑女の鑑 その瞬間読者の脳内には全力疾走しながら転移でククマットへ向かう令嬢の姿が。
[良い点]  現代映画やドラマと比べ、モノクロ映画時代のファッションへの力の入れ方が違うなと感じたことがあります。上流階級文化が遠い憧れの存在であるのと同時に、ファッションを楽しむ媒体が齎される機会が…
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