30 * 各国の反応は
昨日、献上後王宮はちょっとした騒ぎになったらしい。
シュイジン・ガラスの酒盃がね。
私が秘匿して全く世に出さないガラスがある、というのを噂程度に知ってる権力者はそれなりにいるなかで出てきたわけだし。しかも現在私が所有しているものは立方体の『最初のシュイジン・ガラス』と、私の『武器』として使い途を制限しているキャンドルホルダーとは別、ヒタンリ国王に献上するためだけに作られた酒盃ともなれば、その価値は計り知れないというのがハルトの見立て。
それと献上品の多さよね、細かいものばかりだったけど、特大専用馬車にきっちぎち詰め込んで運んできたから。今更だけど、カルトナージュの箱、キリアよくあれだけの数作ったよね、凄いよね、うん、ちょっと怖い……。
でも私には済んだことなので、騒ぎは『そうですかー』と他人事として捉えることにした。手元を離れたらもう私がどうこう言うものではない、見て楽しんでそして大事に使ってくれればそれでいいのよ。それで私は満足。
そして今日帰路につく。
その前に陛下がどうしても話したいと私は急遽用意されたお茶の席に一人向かった。
「実に有意義な時間が過ごせた。これもジュリがこうして来てくれたおかげだなぁ、ありがとう、心から感謝する」
「陛下、私こそお礼をしなければ。後ろ盾の件、本当にありがとうございます」
侍女長はおろか護衛すら下がらせ二人きりで話したいという陛下と共にテーブルを挟み互いに肩の力を抜いて笑顔を向け合う。
「正直、リンファからの推薦でなければヒタンリ国を後ろ盾にと考えたことはありませんでした」
「くくくっ、正直だな」
「嘘を並べて信用を失うには陛下相手ではリスクが高すぎます」
「まあそうだなぁ、一応これでも国主だからなぁ」
普段は見せない呑気な間延びする話し方は、自然な素の姿なんですよと第二王子が密かに教えてくれていた。だから陛下は今素の姿でしかも機嫌がいいらしい、表情が穏やかだ。
「今となっては、フォンロン国の申し出にのらりくらりと躱して返事をしなかったことと、バミス法国の押しに明確な線引をしたこと、自分の判断としては悪くなかったと思っています」
「……フォンロンは『覇王』が消え脅威も去ったが、これから先少なくとも十年は落ち着かないだろう。それでは後ろ盾として不安定過ぎる、いざという時に役に立たない後ろ盾など足枷にしかならないからなぁ」
「はい」
「バミス法国は、少々焦りすぎた。移動販売馬車のことでジュリから歩み寄ったことは確かだが……それを湾曲して捉えたようだ」
「良い人たちではあるんですけどね。ただ、現段階で私を囲い込みたいという空気がまだありますから……私は、囲われたいわけではないので。後ろ盾になる代わりに、私そのものを差し出してこっちに来いという姿勢は流石に受け入れられません」
「【選択の自由】が発動しかねないのだがなぁ? あくまで純粋な厚意だと言い張るつもりだろうか。神にそのような言い訳は通用しない気がするのは私だけか?」
「さあ、それこそセラスーン様のみぞ知ることですから」
「ははは、なるほどなぁ」
穏やかな空気。
一瞬、沈黙が流れた。
「ネルビア首長国がそろそろ動くようだ」
「はい」
「行くのか?」
「はい」
「……ベイフェルアとは国境をめぐり激しい攻防が繰り広げられることもある。たとえ辺境伯爵領地限定の停戦協議とはいえ、それが如何に歴史的なことであるか、ジュリは十分理解しているのに、それでも行くのか」
「だからこそ、かもしれません」
「そうなのか?」
「……グレイセル・クノーマス曰く、場合によっては私は戦犯扱いになりかねないと」
「そうだな」
「敵国に対して戦争とは無関係な技術であっても提供したことでそれが原因で私が責められる可能性を聞かされたとき、驚きましたし、不安も抱えました。でも、それは……争いが少しでも減る手助けが出来るなら、行くのを止める、躊躇う理由にはならないです」
「……そうか」
「万が一のとき、陛下にご迷惑をお掛けすることになってしまいます。国の後ろ盾とは、その万が一のとき、国として私を擁護、支援、そして保護することになってしまいますから」
「構わんさ」
陛下は穏やかに笑った。
「お前と同じだよ、だからといって私がジュリと共に前に進むことを躊躇う理由はない。ジュリは紛うことなき【彼方からの使い】であり【技術と知識】を持っている。私はそれらの恩恵を享受したい。国民のために、発展のために、それが欲しい。……そのためには適切な距離を保つ後ろ盾になる必要があった」
ここで国王陛下ののんびりとした口調がスッと引くように消えていたことに気づく。
「はい」
「ただそれだけのことさ。国で囲う必要などない、こうして語り合える、その関係でいい。それがジュリの望むものであるかぎり、それを受け入れる者こそセラスーン様の恩恵を授かるのだろう。ただ……ヒタンリは残念ながらまだまだ弱く若い。他国の影響を受けやすい。おそらく、リンファ様、ネルビア大首長の存在が見え隠れしようが構わず陥れてこようとする権力があることだけは忘れるな」
「はい、肝に銘じております」
「それならいい。そして……もし、そのような権力がジュリに襲いかかるその時は、迷わずバミスへ行け」
「えっ?」
再び流れた沈黙。陛下を伺うように見れば、その顔は酷く落ち着きあるものだった。
気心知れた人に見せる顔でもなく、国主としての顔でもなく。
おそらく、いろんな柵や立場を抜きにした彼個人の、純粋なる言葉を今、向けられた気がした。
「……バールスレイド皇国とネルビア首長国の最大の欠点だ。武力行使による問題解決を躊躇わない。私ではどうにもならないとき、私の後ろと横に居る国は、焦土を生み出す」
「それは……」
「その点、バミスは平和的解決にて事を進めたがる傾向がある。こと現法王はその傾向が強い。大陸一二を争う軍力を有する故の余裕もあるのだろう。躊躇ってはならない、その時はいいな? バミスに行け。ジュリ自身の判断であればリンファ様も大首長も何も言うまい。私もその時は後ろ盾として速やかにバミス法王に向け一筆書き、それを然るべき人物に託し必ず届くようにする……どんな決断をすることになっても、争いを嫌うジュリの負担にならぬようにな。お前の名前を他者が戦争の大義名分として利用出来ぬよう、その心積もりだけは、今のうちからしておくように」
「……それについては今は私の心にのみ、留めておきます」
「それでいい。……人に聞かせるようなことでもない、混乱させるだけだしな。留めておく、それこそが今のお前には最善の行いだ」
グレイやローツさんを同席させなかった理由が分かった。
陛下個人の考えを聞かれたくなかったんだ。
後ろ盾になったばかりの国の主が、万が一の時には他の国を頼れなんて言っていることは聞かれていい話でもなければ聞かせていい話でもない。だから私と二人の時間を設けた。
決断を下すとき、その決断は私が後悔しないために。
私の心や価値観を私が傷つけることがないように。
私のことは私が決める。
それをこの国王陛下が示し導いてくれた。
「ありがとうございます」
私は深々と頭を下げた。心から国王陛下の気遣いに、感謝を示すために。
「なにも」
「え?」
「私は何も礼をされることは話していない。単に戯言を聞かせただけだ」
「……はい」
【彼方からの使い】としての外国訪問が終了した。
帰りも問題なく順調な旅路となり、無事にククマットに到着することができた。
そして。
ヒタンリ国がそれと同時に正式に【彼方からの使い:ジュリ】を自国に招き経済発展 (大袈裟な!)について様々な意見交換を交わしたこと、今後国王と【彼方からの使い:ジュリ】は両者が共に発展しより良い社会になるよう協力していく合意文書にサインしたことをギルドを通し大陸全土に向けて発表した。
私がヒタンリ国を訪問することは知りつつも、正式な発表は控えていたため軒並み沈黙していた各国が、合意文書がヒタンリ国の後ろ盾を得た証明とみなし、直ぐ様バールスレイド皇国、バミス法国、テルムス公国、ロビエラム国、フォンロン国が一様に歓迎の意を表明した。
遅れてヒタンリ国の周辺諸国である北方小国群に属する国や自治体、地域が共同で同様の表明をし、そして南方小国群帯も続けて反応する。
それを全て確認するまで待っていたかのように、ネルビア首長国が声明を発表した。
『【彼方からの使い:ジュリ】がネルビア首長国の民にその姿を見せてくれる日を各首長が心待ちにしている。我が首長国はいついかなる時でも入国を認め歓迎すると共にヒタンリ国と話し合いの場を設け、【彼方からの使い:ジュリ】への対応について共に国として支持、支援していけるよう体制を整えるため大使をヒタンリ国へ派遣するものとする。そして、彼女の持つ【技術と知識】がこの大陸の安寧に繋がる未来に伝承されるべきものであることは現在までの活躍から疑う余地もない。よってネルビア首長国は【彼方からの使い:ジュリ】により齎される技術及び知識を国の平和的発展に限り使用することをここに誓い、宣言する』
各国がヒタンリ国の声明に歓迎のみの対応で互いに出し抜くことを牽制していることを逆手に取ったネルビア首長国らしい声明は、長旅に疲れ家でボケーっとしていた時に発信された。
「やることがえげつない……」
ククマットの民事ギルドの受付のお姉さんが大陸中にあるギルドに通達されたというネルビアの声明文を届けてくれ、それを見た私はソファの上で液状化していたままに床に滑り落ちた。デロデロの私を抱えてソファに引き上げ座らせてくれたグレイは私の呟きに驚くほど軽快に笑う。
「はははっ! えげつない、確かにな!」
「いや、だってこれ、思いっきりバミスのこと牽制したよね?」
「ジュリに爵位を与えようとしたことが余程気に入らなかったようだ、ジュリの地位向上の為とはいえ、外堀を埋めるような真似は大首長の許容の範囲を超えていたということだろう。ネルビア首長国はバールスレイドと北方小国群とは正式な国交があるし、何よりリンファが大首長と面識がある。それを最大限利用した声明となったな。リンファが現段階で愚痴をこぼしにこないところを見ると……」
「リンファ的には望んだ形になったってことよね」
「そうだな」
「……リンファもえげつない」
「ははは」
バールスレイドとネルビアはバミスを牽制したいのか。それは私の事だけではなく政治的にも意図があってのことだと思われる。まあ、ねぇ……。このベイフェルア国とネルビアの国境線問題にバールスレイドは静観を貫いているのに対しバミス法国は非人道的だと公に非難している。の、わりにはベイフェルアと物凄く友好的かと言うとアベルさんたち個人の言動からも分かるようにそうでもない。どっちつかずのバミスの方針にバールスレイドは不信感を露わにしているなんて話もマイケルから聞いたことがある。
で、このタイミングでネルビアが大きく動いたのは、今度の停戦協議が大いに関係していると思われる。
これでネルビアは私に対して【技術と知識】を持つ【彼方からの使い】をものつくりの相談をするという建前ができたので呼びやすくなったし私も堂々と【彼方からの使い】としてネルビアに入りやすい。
それをリンファは私が【彼方からの使い】として認められることでヒタンリ国とネルビア首長国をいざという時に私のために動かしやすくなったと思っているに違いない。
……思惑が飛び交ってんなぁ。
ヒタンリ国王陛下が戯言として私に助言してきたことが頭を過る。こんな状況で万が一の時はバミスに逃げろと? それ、ホントに大丈夫?
うん、陛下、私ちょっと不安になってきましたよ混乱してきましたよ! どうにもなりませんけども!!
「……まあいいや」
投げやりでどうでも良さげな気の抜けた私の結論にグレイが苦笑する。
「いいのか」
「私個人ではどうにもできないことだからねぇ。なるようにしかならないでしょ」
そして私は再び液体に戻る。
「とにかく今日はダラダラするぅ」
「分かったよ」
ちょっとだけ呆れつつも、笑って頭を撫でてくれた。
各国が私のことだけではなく、それぞれに何らかの思惑を抱えて反応した中で。
私が住むこのベイフェルア国は沈黙した。
この沈黙は、当然私を【彼方からの使い】とは認めない、そういう意志表示なのだということに私は特に何の感情も抱くことはなかった。
この国にはこの国の思惑があって私を認めないのだろう程度しか思わない。
正直に言えば、私はこの国に対して既に何一つ期待していないからそんな考えに至ってしまっている。召喚されて数年、ベリアス公爵が私をクノーマス侯爵家に邪魔者厄介者として押し付けた時点で国内には私の味方にならない人がいることは理解していたし、神様の思し召しだとしてもそれを認めない人がいることも嫌というほど知っている。
そんな王家の中で唯一私の味方かもしれないと思っていた王妃にも今は疑問符が浮かぶばかりで私はこれ以上関わりたくないな、という思いがある。
だから。
ベイフェルア国の沈黙。
私はそれでいいと思った。
相容れないものは相容れない。
ただ、それだけだから。
これにてヒタンリ国編終了です。
次回、緩和的な。




