30 * ヒタンリ国の歓迎
ヒタンリ国王宮のある王都に隣接するミクラ市にある宿を早朝に出発。
そこから王都には馬車で三十分で入ることが叶った。王都には馬車で入るとき必ず通らなければならない関門が東西南北に各二箇所、計八箇所あるので私達もそのうちの一つ右南門と呼ばれる関門で検問を受けて入る。その時からククマットから同行している護衛メンバーに、ヒタンリ国側の騎士団の一つ青旗騎士団が護衛と王宮までの案内を兼ねた先導役として加わった。
ヒタンリ国では誰が国賓として招かれたのかは公にされていないそうだけど、事前に今日のこの行列は告知されていたそうで、大混乱に陥ることもなく都民が道の端により大行列を物珍し気に眺めるだけのお陰でスムーズに馬車は進んだ。
『誰が』というのを意図して告知しないのはヒタンリ国特有の習わしらしい。これはかつて『誰が』が特定されることで王都に入ってすぐの道中で暗殺された貴賓がいたからなんだって。まあ、グレイに言わせればそんなことで暗殺が減るなんてことはないという話だけど、それでも国がそれをすることで自然と良からぬことを考える人を減らせるという効果はあるらしい。そしてもしこの行列が国王クラスとなれば、馬車の前に飛び出しただけで言い訳が一切通らない斬首刑に繋がることもある。誰か分からないことでそういう危機感を持たせて無用なトラブルを防ぐ効果はそれなりにあると。
なので今私達が乗る馬車も実は今回ククマットから船で運んで途中まで乗ってきたクノーマス伯爵家の馬車ではなく、ヒタンリ国が用意した王家の馬車に乗り換えている。そして今回の主役である私はベール付きの帽子を被り歓迎する人で溢れ返る、初めてみるヒタンリ国王都の町並みを見ている。顔を見られないようにするため用意してくれと事前に言われていたのでね。
「……ベールって邪魔だね」
「王都に入って一番の感想はそれなのか」
グレイが笑って窓の外にいる人々に手を振る。私も真似て手を振ってみる。
「だって、あんまり見えないよこれ」
「王宮で直ぐに行われる謁見が済めばベールなしで外に出られるそうだからそれまで我慢してくれ」
「予定ギッチギチなんだけどね、外に出て観光する暇ある?」
「……」
黙らないでほしいわ、旦那よ。
ヒタンリ国王宮。
……この国をリンファが気に入った理由が理解できた。
聞かされてはいたけど、うん、これは馴染みがある。
広大な土地に立つ建物は見張り台を除けば高くても三階建てだという。独特の深緑色の瓦屋根、白い石を煉瓦のように切り出し整然と重ねられた壁、朱塗りの柱。そして建物そのものの構造は中国の皇帝がいた時代を映画にしたものに出てくる荘厳な建築物を連想させる造りに似ている。この世界に来てよく見る、馴染んだ西洋風の建物や城とは全く違う。
これは感動。
グレイにエスコートされ降り立った私はズラリと並ぶヒタンリ国の出迎えの人々のことを頭から追い出して礼儀作法もすっかり忘れ辺りを見渡す。
不思議な気分になった。
ここに日本家屋の要素は殆ど見受けられない。
東洋風であるけれど、それはあくまで大きな括りで、私が生まれ育ったありふれた日本の一般家庭の一軒家の要素なんてないのに。
それでも。
懐かしさ。
確かに私の中には得も言われぬ柔らかで温かなものが広がる。
(ああ、そっか……リンファは、私にこれを見せたかったのか)
ヒタンリ国は【彼方からの使い】が召喚されたことはない。まだ若い国、仕方ないと言えば仕方のないこと。
でも、リンファ、私、そしてハルトのような東洋の生活習慣を持ち歴史を知る人間がいなくてもこのヒタンリ国は風土に合わせこの国ならではの様式を生み出した。
私達が召喚されなくても、こうして独自の文化を生み出す所がある。
生み出して、そしてそれが私達に馴染みあるものに偶然近づく物もある。
「ジュリ」
流石にこのままは気まずいと思ったのか、意識を戻し出迎えに応じるようグレイに名を呼ばれる。
「感謝しないと」
「え?」
「リンファに、感謝しないとね」
「……」
グレイは訳が分からず困惑する気持ちを抑えながら、私に視線を合わせてくる。
「後で話すから」
「ああ」
グレイはその一言で納得してくれ視線を外し真っすぐ前を見据える。
私も気持ちを切り替えた。
来てよかった。
ヒタンリ国。
「遠路はるばるようこそお越しくださいました」
既に面識のある第三王子夫妻が並んで歩み出て第一声を発した。
「【彼方からの使い】ジュリ様。ヒタンリ国は心より歓迎致します」
私は、身を屈めることも礼もせず、それを受け止め笑顔を返した。
【彼方からの使い】として。
私の隣、グレイが穏やかに微笑んだ。
少し後ろ、ハルトが満足げに笑っているのを感じた。
第三王子夫妻と共に王宮の中央にある広く荘厳な主殿の中央、私は一人立ち、正面の玉座にいるその人と目を合わせてから一礼する。
「ヒタンリの頂に拝謁致します」
そう述べれば。
「【彼方からの使い】ジュリ、頭を上げてくれ、堅苦しいことは無しだ」
……。
雰囲気とはかけ離れたゆる~いのんびりとした口調なのは何故。
あれか、ハルトがいるからか?!
こいつのせいで私はまたも王族相手に無作法を強制されるのか?!
「……えっと、はい、では」
姿勢を正して再び目を合わせると、その人、『オクトアス・ヒタンリ』国王陛下はニコッと笑った。
「今更ではないか? ここに揃っている者たちも皆私の普段の言動とジュリとの交流は知っているのでなぁ、他所に知らせるため建前上はこのような場を設けはしたが私としては直ぐ様歓迎会をしたかった。このあと茶の席よりもヒタンリ国自慢の酒の飲み比べをするのはどうだぁ?」
思わずフッと息を漏らしてしまった。
ヒタンリ国王はこういう人なのよ。
まず脱走癖がある時点でぶっ飛んだ国王なんだけど、とにかく地位や立場というものに執着しない。なので優秀ならば身分が低かろうが多少性格がひねくれていようが召し上げ育て中枢に食い込ませる。そのためには自分がどんな地位や立場の人とでも同じ視線になるべきだと言って度々地方へも自ら視察に向かうし別け隔てなく言葉を交わす人なんだそう。
そういう国王なので周囲の苦労は計り知れないわけで、私との接点ができたのもこの国王がなにやらベイフェルア国のクノーマス領にいる【彼方からの使い】が面白いことをしているから気になる、という理由で王宮を脱走してきたのが始まり……。
「そうですね、飲み比べは、実に魅力的です」
「そうだろう? ウワバミ夫婦が満足する量を用意しておいたからなぁ」
ヒタンリ国の大臣、高級官僚に主だった地方の有力者を集めての謁見と聞かされてるんだけど? そこでウワバミ夫婦とか言われるの? 流石に恥ずかしいんですが……。
仕方ないのか、こういう国王なので。
こうして、私のヒタンリ国国王との謁見は和やかな雰囲気で談笑にて恙無く完了した。
え、これ、謁見だよね?
「ジュリ様が肩肘張らぬ謁見になるよう陛下がご配慮したのです」
「リンファやハルトに脅されたんじゃなくですか?」
「脅さねぇよ、ヒタンリで勝手なことすると俺がリンファにシバかれんだよ」
再び第三王子の案内で私達は真っすぐ伸びる広い廊下をゆっくりと歩きながら言葉を交わす。
「それは……貴重なポーションの材料となる魔物が発生するダンジョンをハルト様が破壊なさるからですよ」
苦笑する第三王子の言葉に笑顔のまま視線をそらすハルト。後ろを歩くグレイやローツさんたちの視線が集中し、その笑顔が強張った。
「ポーションの材料……それは、リンファが怒るわけだ」
グレイは呆れた声で呟きため息。
「いいんだよ! その話は!!」
良くないと思うよ、ハルト……。
「このあと茶の席で休んでいただきましたら第二王子、第四王子とそれぞれの妃、そして大臣の一部ですが歓談の時間を設けています。到着早々慌ただしくて大変恐縮ですがお付き合い下さいますか?」
「勿論です。元々その予定ですから」
「こちらとしてはゆっくりと本殿の案内などをと思っていたのですが、ジュリ様にどうしてもお目通しをと望む者が多く」
「あの、それ気になってたんですが本当ですか? イマイチ理由が分からずピンと来ないというのが正直なところで……そんなに歓迎されてるんでしょうか?」
私がそう問えば第三王子が非常に軽やかに笑って肯定の意味を込め頷いた。
「『くじ引き』、大変好評なんです。ヒタンリ国では一部の学校で活用されるようになりましたよ」
「「「は?」」」
思わず、といった感じで私、グレイ、そしてハルトがちょっと間抜けな反応をすると王子は実に楽しげに笑った。
「ヒタンリには、この王家の祖である遊牧民の古の遊びの一つだった騎馬による旗取り、いわゆる陣取り遊びがそのまま国技になったという経緯があるのです。その騎馬戦は基本五対五でそれぞれに役があるのですが、祭りなどで大規模な騎馬戦となると三十対三十で行うこともあります。そんな騎馬戦の役決めにくじ引きが大変有効だと気づきまして」
「あ、なるほど! 等数の代わりに役を書き込むんですね?!」
「はい、これなら公平に役決めができますので直ぐ様くじ引きは受け入れられたのですが、これが学校での公平な順決めや役割分担にも使えるとなりまして。商店でのくじ引きは勿論、今はいろんな所で活用されていますよ。あのような発想が出来るジュリ様が来る、是非とも直接話を伺いたいと思う者は多いです」
感慨深い。
私が齎したものがそのままでも便利だと使われることは勿論嬉しい。この世界にも通用することがあるのだと思うたびに安心感を得られるから。
でもこうして『使い方』が他にもある、と目の当たりにすると不思議な気分になる。何て言えばいいのかな、この気持ちは。
(この世界の人も、出来るんだよ、やっぱり……)
私の知識は呼び水でいい。
ほんの少しのきっかけで色んなことに活用されて、人々の便利さを、豊かさを、そして楽しみを広げてくれる環境がちゃんと存在しているのだとこうして目の当たりにして、ふと肩の力が抜ける。
そうか、私、気を張ってるんだな……。
何かしなきゃ、何か作らなきゃ、って気付かないくらい小さな強迫観念がいつも私の中にはあって、それが原動力でもあるけれど、肩の力が抜けて思う。
全てを背負う必要はないんだ、と。
「どうした」
「んー?」
「御機嫌だな」
「あははは」
王子や重鎮達との顔合わせは終始にこやかに進められた。まあ、グレイの目を盗んで私に自分の息子を『第二夫にいかがですか?』とか言ってくる人がいたりしてギョッとしたりもした (笑)!! それは丁重にお断りしたし相手も乗ってくれたら儲けもんの軽い感じだったのでお互い笑ってその話が無しになったので特に後味悪いことにもならずに済んだからある意味面白い体験が出来たわ、て感じ。
その後の歓迎会もローツさんやセティアさんも端で静かになんてことはなく、皆に囲まれククマットの生活や流行について聞かれ輪の中心になっていたし、何故かハルトも 《本喫茶:暇潰し》の簡易休憩施設経営について質問攻めにあってその説明会みたいなことをしだしたりと歓迎会の会場はお開きになるまで活気ある意見交換の場のような状態で様々な話で盛り上がってたの。
「バミス法国と全然違ったなぁって」
美味しいお酒をたらふく飲んだこともあって、グレイの言う通りご機嫌の私はグレイに膝枕をされた体勢で太ももにぐりぐりと頬を擦り付ける。
「ああいう感じ好き。バミスはほら……殆ど『よいしょ』だったから」
「ああ、そうだな。だがそれは仕方ないだろう?」
「まあね、アベルさんたちが私の立場が悪くならないようにって尽力してくれたおかげだから、文句を言うつもりは全く無いわよ。でも、面白いかどうかで言ったら今日は面白かった、楽しかった、凄く、面白かったの」
「そうか……」
「立場とか地位とか、そんなの無視で沢山の話が、出来たよね。へへっ、お店に買いに来てくれてた人結構いたよね? 今日会って『あー!』って思わず指差ししちゃった! だって副大臣だよ? 他にもさぁ、ビックリすることいっぱいで、驚くのに忙しかったよ? へへへっ」
「酔ってるのか?」
クツクツと笑いながらグレイが私の額を優しく撫でる。
「酔ってないよー」
「酔ってる人間の常套句だな」
「うるさい、グレイのくせに」
「はははっ! 珍しいな、酔ってるじゃないか! ……緊張が解けて酔いが回ったな?」
「酔ってないってば!」
「ふっ……!」
「なんで笑うの!」
「いや、だって、酔ってるだろっ」
「うるさい!!」
体を起こして抗議を続けようとしたら、やっぱり笑いながらグレイは両手で肩を押してきて、私は再びグレイの太ももに頭を乗せることになった。
「もー、なんなのよっ」
「こっちの台詞だよ。なぜ頑なに酔ってることを認めない」
「じゃあもういい、酔ってますよーだ! だからぁ、笑わないでよ!」
「可愛いなぁ、と思って」
「……偶に変なタイミングでグレイってそういうこと言うよね」
「そうか? ……まあ、どんなタイミングにせよ、喜怒哀楽がはっきりとしているジュリは好きだ」
「そうなの?」
「うん、可愛い」
「……常々思うけど、私が言うのも何だけど、グレイ、やっぱり趣味変わってるわよ、ホントに」
何がそんなに嬉しいのか、グレイこそ御機嫌じゃん? という笑顔。
「何なのホントに」
「まあいいじゃないか。それよりほら、もう寝てくれ。今日は移動に謁見、歓迎会と疲れただろ?」
「そうだけど……」
「ベッドには運んでやるから、もう目を閉じて」
「えー」
「明日も朝から忙しいんだぞ?」
「何だか話が半端なままの気がするけど……」
ちょっと強引に寝かしつけようとしてくるグレイに抵抗してみたものの、頭や頬を撫でてくるその優しくゆったり動く温かい指に誘われ、急激に眠気が襲ってきた。
自分が思うより疲れていたのか、一気に瞼が重くなる。
そして不意に降りてきた瞼への優しいキスと、お腹の上に無造作に置いていた手を握られた事で意識がスッと遠のいていく。
「おやすみ」
「……うん、おやすみ……明日も、楽しみ……」
「ああ、そうだな……」
「ジュリ……」
深い眠りにつく私に、穏やかで優しい、労る声でグレイが囁いた。
「本当に……楽しそうだった……来て、良かったな」




