30 * 道中で
ジュリさん、ついに。
トミレア地区の港から船に乗り北へ丸二日移動したあと、今度は馬車に乗り換えてガタゴト揺られ更に北へ進む。
「転移で行けばいいじゃん」
「初の公式訪問、転移はないわぁ」
「けど、面倒じゃね?」
「面倒だけども」
「あと二日馬車だぜ、飽きる」
「それよりもハルト」
「あん?」
「普通に私達の馬車に乗ってるけど、あんた何しに来てんの?」
「……観光?」
なにその疑問形、とボソリとツッコんだ。
ヒタンリ国公式訪問。
私はこの度正式に招待を受けて現在ヒタンリ国王宮を目指し馬車に揺られている。
【彼方からの使い】として私が招待を受け、グレイはその夫兼護衛として同行している。
クノーマス伯爵夫妻ではなく、あくまで【彼方からの使い:ジュリ】をヒタンリ国が招待する、という形。
これは移動販売馬車の展示即売会を行ったバミス法国と明確な違いでの訪問となる。
あれは極端に言えば私から売り込んだ商売の話で、『《ハンドメイド・ジュリ》の商長であるクノーマス伯爵夫人』という名札を着けての訪問だった。
しかし今回の名札は違う。【彼方からの使い】だ。これに限る。
そのためヒタンリ国が私を招待したいという手紙を寄越したとき、そこには『伯爵夫人』『グレイセル・クノーマス』の名前が一切入っていなかった。あくまでも『ジュリ・クノーマス』をお招きするのだという明確な意思表示がされた手紙だった。
……まあ、これも全てヒタンリ国が後ろ盾になる手順みたいなもので完全に私とグレイ、リンファとヒタンリ国の王宮による計画なんだけども。
リンファに以前お願いしていた、ネルビア首長国を訪問する前に後ろ盾になってもらうためのヒタンリ国との仲介は、なんと。
「いつでもいいんですって」
「なにが?」
「あなたの訪問。ジュリが自ら後ろ盾を得る決意を固めたと話したらね、『書類用意するからあとは任せます』ってその場で返事をされたわ。訪問日もジュリに合わせるからって」
「……えっと、謁見するのにそんな軽くていいの?」
「良いらしいわ、グダグダ都合調整するのは面倒だしこういうことは早く済ませるに限るって言ってたわね。報告、連絡、相談は理路整然と簡潔にが理想らしいわ」
「それ言ったのは国王陛下? どっかの企業の総務課の人とかじゃないよね?」
「ジュリ、この世界に残念ながら総務課は存在しないわよ」
たった一日、いや、リンファとヒタンリ国王との非常に短く無駄なく分かりやすい数分のやり取りでその場で決まったんだって。
そこからも早かったのよ、淡々と文書でのやり取りをして、ヒタンリ国から士官が最後の確認として訪れたのは一回だけ。お互い取り決めた事が書かれた書類にサインして終わり。『それではジュリ様の我が国への訪問を心より歓迎しお待ちしております』って言われ、そしてそこから十日足らずで馬車に揺られている。
「しっかし、いくら小国とはいえ公式訪問でしかも国王との謁見の日程調整がこんだけ短いところは他にはないな」
「ヒタンリ国の強みだな。社交辞令や慣例など極力省いて時間と人員を最小限に留めるからそれだけでそこに掛けられる財源が抑えられる。それが徹底しているから情報を無駄にもしないしそれを伝達するのも効率的だ」
「そうそう、無駄がなくて分かりやすくて好きなのよ」
「わかる、他の国だと国王との謁見の調整ともなればいちいち使者が遣わされてさ、本人たちの前でその手紙を読んで聞かせてから手渡したりするんだぜ」
「それくらいしないと安全面も確保できないというのもあるんだがな。やり取りの間に相手に問題がないか精査するという意味も含まれているし」
「あー、普通はそうだよ言われてみれば。これも小回りの利くヒタンリ国ならではってことか」
「てゆーかね、だからあんたはなんで一緒に馬車にのってるのか聞いてるの。観光はなしよ」
「……視察?」
ヒタンリ国とのここまでのやり取りはこんな感じ、実にスムーズだった。このスムーズさはアストハルア公爵様レベルでこの世界に来て国単位で見ると初めてのこと。
日本だって妙な縦割りシステムで時間がかかり過ぎでしょ……とイライラさせられることは私が経験したより今でも数千数万倍存在するだろうに、伝達システムが未熟なこちらならさらにその要素が膨れ上がる現状の中、ヒタンリ国の徹底して無駄を排除する姿勢が非常に好感が持てている。
ただし、国王陛下に脱走癖があり度々周囲が神経性の胃痛に悩まされているという点は、ククマット領に来ることも含まれるのでそのとばっちりを受けないか私達も胃痛に悩まされそうでビクビクしていたりする。
そんな準備の順調さの一方で
今回の訪問、同行したいと名乗り出た人たちが多かったのよねぇ……揉めた。
特にバミス法国のアベルさんとフォンロン国のギルド職員であるレフォアさんは、最後まで食い下がって来た。
「そういや、最終的にあの二人どうやって振り切ったんだよ?」
「侯爵家を飛び越えて私に同行する、できる理由を教えてくださいって黙らせた」
「うわぁ、どストレートに」
ハルトが笑い、グレイも肩を竦めつつも薄っすらと笑みを浮かべた。
「【彼方からの使い】である私の一番最初で最大の後ろ盾の侯爵家が今回は同行しない理由が単純明快よね。ヒタンリ国を推薦してここまでの仲介をしたのがリンファ。リンファはバールスレイドの皇族同等の権力を有している。それを信じて、そして頼りにしている証として侯爵家は今回同行しない事でリンファに最大の礼儀を尽くしているし、何より私とリンファの関係性を歓迎している意志表示をしてくれた。それを飛び越えて、ねぇ。バミスだろうがフォンロンだろうが、他国の権力者を侮辱することになるから。リンファを敵にする度胸があるなら、話は別だけど」
「ジュリのことになると私より沸点が低い時があるからな。私でも時々対応に神経を使う相手なのに、そもそも交流がほぼないアベルとレフォア達では直ぐにリンファに淘汰される」
「淘汰、そこで使う言葉か?」
「リンファを怒らせると対象個人だけでなく周囲もその対象になるだろう? 関係者、関係各所丸ごと潰すか最悪消し去る、それはそれは見事に奇麗にな」
「あー、確かに淘汰だな」
そんなことを楽しそうに言っているとリンファがどこからともなくやって来て二人を淘汰しに来るわよ、というのは心の中だけで呟いておく。
とにかく、そういうこと。
侯爵家が同行していないのに私に付いて来たいならリンファの、バールスレイド皇国礼皇の許可を取れって話になるんだよね。
アベルさんとレフォアさんにはそれぞれに思惑と心配があるんたろうな、だから私の今回の訪問に何らかの理由を付けて立場をもらって同行したかったんだろうな、という結論に至るまではそう時間はかからなかった。
バミスとしては私の後ろ盾として最初に名乗り出たかったというのがある。バミスには現在【彼方からの使い】がいないから。
フォンロン、いや、ギルドとしては【技術と知識】を持つ私がこれ以上大きな組織と公的に繫がることで優先して得られていた技術が他所に流れやすくなるのを防ぎたいから。
他にも複雑に絡む思惑や事情があるので一概にはそれだけが理由とは言い難いけれど、概ね私のその考えで合っていると断言した人は多かった。特にリンファが関与していると知って同行を直ぐ様断念したツィーダム侯爵様は。
「ツィーダム家としてはクノーマス家寄りの考えであること、ジュリを信用していること、バールスレイド礼皇に一切の敵意がないことの証となるからな。ヒタンリ国と今後交易が活発になることを期待するならば速やかに引き下がる事こそ心証も良くなるしあわよくばジュリが持つ事になるその後ろ盾のおこぼれを享受できる近道にもなる」
って。
その辺を隠さず話してくれる事を考えるとツィーダム家が如何に私のことを信頼し期待してくれているのかが分かる。というか、ちゃっかり美味しいところをちょっと貰うぞという強かさは好きなのよ。変に試してくることも駆け引きもしないツィーダム侯爵様とは今後も良き関係でいたいね。
そんなこんなで『同行させる人は誰でも良いよ』的なゆる~いヒタンリ国側の条件はリンファの睨みをフル活用して後腐れが生まれないよう同行者と護衛が構成された。
馬車を囲むよう護衛の任に着いているのは冒険者パーティで懇意にしているセルディアさん率いるパーティとククマット領自警団幹部レイドさん率いる五名、そして『狂犬』カイくん。
「そもそも私がいれば問題はないが一応の体裁が必要だからな。その体裁にこのメンバーなら一国の騎士団一つ程度ならジュリの誘拐などはまず不可能だから安心だ、ぶっ飛ばせる」
というグレイのお墨付き。……一国の騎士団をぶっ飛ばせちゃうの? このメンバーって。
そして、グレイがいるなら勿論ローツさんもいるし私の秘書セティアさんもいる。彼らは私達とは別の後ろの馬車に乗ってるよ。
ククマットのことは自警団幹部ルビンさん率いる自警団、会計士軍団、そして小金持ちババア軍団に『キリアとロディムの言う事ちゃんと聞いてね』と任せてある。これでククマットは守られる、うん、最強。
「なんであたし」
「おばちゃんトリオとウェラを振り回せて制御できるのはキリアだけだから」
「すっごい嬉しくない理由だわ」
「何故私まで」
「お父さんに手紙と賄賂を渡したら『好きなだけ息子に責任おしつけていい』って手紙が返ってきたから」
「息子が責任押し付けられる程の賄賂ってなんですか……」
「大丈夫大丈夫、会計士たちと自警団がフォローしてくれるから」
全く大丈夫な要素がない、とお見送りの時まで呟いていた二人には笑顔で手を振っておいた。因みにフィンからおばちゃんトリオの制御は疲労が凄くて老化が進むから嫌だと断固拒否され、アストハルア公爵様には奥様とセレーナちゃんそれぞれの耐熱ガラスティーセットと共にハルトに最優先で渡されている耐熱ガラス製品の試作を大量に渡したという経緯があるのでキリアとロディムにはガンバって貰う。
「ククマットは正直グレイとローツさんが二人同時に抜けても既にちゃんと機能するようになってるから不安はないかな。アストハルア公爵様とツィーダム侯爵様にも万が一の時はちょっと手を貸してくださいってお願いしてるしね。というかクノーマス侯爵家に全面フォローお願いしてるからキリアとロディムの心労以外は全くもって不安要素はない」
「小金持ちババアの制御が一番大変ってか?」
「大変でしょ、私とグレイがいないんだよ?」
「……大変だな」
ハルトはおばちゃんトリオとウェラが高笑いで好き勝手に物を作りまくる姿を想像したらしく、身震いした。
「帰ってきたら倉庫一棟新築する光景しか浮かばねえじゃん」
「でしょ。だからロディムには『給金減額・自宅謹慎』の私とグレイのサインが入った強制力のある通知書を束で渡してきた」
「そこはキリアじゃねぇんだな」
「キリアは彼女たちの誘惑に負ける可能性が高いからな」
グレイは渡したとき、ロディムがホッとした直後に普段の神経質さが鳴りを潜めて狡猾かつ不気味な笑みを浮かべた姿を思い出してクツクツと笑ってそのことをハルトに教える。
「ロディム、通知書使う気満々じゃん」
「何だかんだいいつつ人を使うことに慣れてるし裁くことも平気だからね、小金持ちババアたちが通知書チラつかせられて歯噛みしてるのをあの狡猾そうな笑顔で眺めるんじゃない?」
「しかし、それを父親である公爵から頼まれると嫌そうな顔をするのはなぜなのか未だに私は分からない」
「反抗心? 思春期?」
「思春期は流石に過ぎているだろう」
私とグレイの非常に他人事で適当なやり取りにハルトも他人事なのでそれはそれは楽しそうに笑った。
「あははは、いやホント頑張れ! って感じ」
私も笑っておく。
「そしてハルト、もう一回聞くけど、今朝当たり前のように現れて一緒に馬車に乗ってこうして揺られている理由が全く分からないんだけど」
話しは振り出しに戻る。
「……面白そう」
だよね、そんな気がしてたの。ハルトにはリンファの立場とか全然影響を与えないしね。
「ルフィナは許してくれたの?」
「そのへん寛大だから、あいつ」
「寛大にも程があるわよ」
「まさかと思うが……ジュリがヒタンリ国に正式に招待され公式訪問するのに引っ付いていく話をせずに適当に私とダンジョンに行ってくると出てきた、なんてことはないだろうな?」
グレイの問にサッと目をそらしたハルト。
「あー、帰り次第ルフィナに報告案件だわ」
「そうだな」
「そして怒られて数ヶ月の禁欲生活強制されてしまえ、ニートチートめ」
このあと、馬車が宿泊先の宿に到着するまでハルトが何でもするからと泣きついてきた。
「ここで帰ろうとしないのがハルトらしいな……」
うんざりしながら妙なことで感心したグレイに、私も何故か共感。
結局ハルトが大人しく帰ることはなく一緒の宿に泊まる事になって、ローツさんたち他の同行者が『そういえばなんでいるんだろう?』という顔をしながらも自然に受け入れていたのを見て、最早ハルトは『そういう人』という認識で扱われていることに私とグレイは遠い目になり、こんな男と結婚したルフィナの慈悲深さや寛容さに今更尊敬の念を抱くことになったのは言うまでもない。
このお話からヒタンリ国編です。
あまり長くならないようにギュッと詰め込むつもりが、結局六話になりました……。
ものつくり、なかなかしません、ごめんなさい。




