30 * あつまれ!力自慢たちよ!
ちょっとだけ文字多めです。
さあ盛りあがって参りましょう!!
腕っぷし選手権のメイン会場は自警団本部に隣接する訓練場。闘技場のように円形の造りで周囲にぐるりと座席があるので人気が高そうな競技はここで開催される。
他、公園や空地には日差しを遮り椅子で休憩できるテントや気軽に軽食が食べられるように屋台、そして選手たちの控え場所、今回勢いで試運転することになりゲイルさんがピリピリした雰囲気を醸し出して『来るなら来い!』的な優しさ皆無な彼に巻き込まれた『救護師 (仮)』たちが待機する救護所が、熱い戦いが繰り広げられるであろうスペースをぐるりと囲むように設営されている。因みにゲイルさんは自警団訓練場の救護所担当で、何故か腕を組み仁王立ちで構えている。
「怪我した瞬間ここに引き摺ってくる、馬鹿なことをするやつはマジでそれでいい」
だそう。怪我人引き摺ったらなお怪我が悪化するから止めたほうが……という私の極めて真っ当な意見は聞き流された。
今回、飲食以外の屋台は出店していない。ここに雑貨屋や衣料の屋台、勿論うちのお店などを出しても売れないだろうし。
なのでそういうお店の人たちにはお店の負担にならない程度に人材を回してもらい会場設営、各所の案内役、屋台の手伝いをしてもらっている。屋台の手伝いは各お店から給金が出るのでそれに合わせて会場設営と案内役にも領から給金が支払われる。そのお陰で積極的に参加してくれる人が多くて人不足で困るということは回避できた。
こうして準備万端で迎えました腕っぷし選手権。
そして私、どうしてもやってみたいことがありまして、ぶっ込んでみました。
それは。
女性専用観覧席。女性限定観覧時間。
腕っぷし選手権やりますー、見に来てねーっていう招待状をセティアさんにお願いして出してもらって数日後。
「……なんでこんなにお友達の席も用意してくださいの返信が多いんだろう。……まさか、ね」
「まさか、のような気がします……」
何となく予想できたけれど確証はなかったのでその手紙を送ってきたセティアさんのお友達の一人、とある夫人に『席を確保出来るそうよ、でもどうして?』という手紙を送ってもらった。
『男同士の戦いなんてそうそうみれるものじゃないじゃない! 夫以外の筋肉を堂々と見れる機会でしょ! 興奮するわ、ワクワクするわ!!』
わあ、リアル……。という返信が返ってきてセティアさんとは『ああ、やっぱり』と遠い目になった。
火防の祭りの時に気になってたの。貴婦人たちが扇子でニヨニヨする口元隠してキラキラが隠せない目で砂を必死にぶっ掛けて火を消す速さを競う火消し競争を見ていたことが。あの程度であの口と目。
腕っぷし選手権ならば……。
「セティアさん」
「はい?」
「女性専用席を確保したら、そこ、他の席よりも高くても買ってくれると思う?」
「……思います」
「何でもかんでもタダでするわけにはいないから、どこかで金を取ろうと思ってたんだよね。いっそのこと女性限定の観覧時間を設けるのも、アリ?」
「アリですね」
「よし、訓練場は上半身裸でやるロイパで決定」
ロイパとはこの世界の相撲のようなもの。規定の四角い範囲 (土俵)の中で一対一で戦うんだけど、馴染みのある日本の相撲と大きく違う点が二つ。背中か胸が土に着いたら負け、土俵からどちらか一方でも出たら引き分け、というもの。土俵から出てしまうと引き分け、もしくは人数が多いトーナメント制大会だと両者敗退になってしまうので、如何に相手を翻弄しつつ土俵内で勝負するかが鍵となる競技。因みにロイパとは発祥地の名称で、ロイパはテルムス公国にある。始まりは冒険者の力試しとも言われている。
という経緯がありつつ、女性専用席と、女性限定観覧時間をグレイに『金になるよ』と呟いてねじ込んでもらった。
案の定、完売しました (笑)!
特にね、女性限定観覧時間がね。
このためだけに、《ハンドメイド・ジュリ》は勿論ククマットにすら来たことないお友達を招待した貴婦人がなんと多いことか。可愛いとか綺麗なものよりも、筋肉で貴婦人がこうも簡単に釣れるのかと、複雑な心境よ。
「あの、ジュリさん。私のお友達、席をあと二席用意できないか、と」
「増えるね (笑)!」
「すみません……」
セティアさん、恥ずかしそうにするけど他はもっとすごいよと慰めて? おいた。
ツィーダム侯爵夫人のエリス様は倍額払うから二日分の女性限定観覧時間の席で最前列を各十席確保してくれって手紙じゃなく直接言いに乗り込んで来たし、アストハルア公爵夫人も午前午後各二回ずつに分けて行われるロイパの通常観覧で、女性専用席は各時間帯三席ずつ、お昼を挟んで通常観覧の午後の部二回の前に組み込まれた女性限定観覧時間についてもエリス様同様最前列を五席確保して欲しい、そのためには座席の価格は言い値で良い、という手紙をロディム経由で寄越した。
「いっそのこと通常の観覧席半分女性専用にしようかと思う位には結構皆鼻息荒く我が儘言ってるから気にしなくていいからね」
とまあ、富裕層、特に貴婦人に依怙贔屓した席が想定以上に増えたけど誰にも文句は言わせない。ロイパの観覧席は他は全て自由席で一席五リクル。対して女性専用席と、女性限定観覧時間の席は一席なんと最前列から三列目までは百リクル、それより後ろは五十、三十、十リクルと価格は下がるもののそれでも一般の女性もへそくりとお小遣いを注ぎ込んで買うという……。
女が最大二十倍も払って見てんだから五リクル払って見れる人は黙っとれ! と、伯爵夫人として強権発動しておいた。大事なのよ? こういう金払いのいい貴婦人たちをイベントで上手く取り込むことは。後々イベントのたびに女性視点の事で推進したいことに協力してくれたりお金出してくれたりするから。
「誰でも気軽に、はどこにいったの?」
キリアから真顔で言われたけど、それとこれとは別よ、と笑顔で返しておいた。大丈夫よ、外で開催される各競技にもちゃんと女性専用観覧スペースを確保してあるから。そっちは全部無料だしね。
てな感じで選手たちより熱気ムンムンな女性が固まるエリアもある腕っぷし選手権。
蓋を開けてみたら、いやなにこの熱気!
うおぉ! ぐおぉ! と男たちの雄叫びが各所で上がり、勝負がつく度に揺れんばかりの歓声が上がる。男も女も関係なく大騒ぎになっているのにはちゃんと理由がある。
魔力封じの環。
これ、隷属具とも呼ばれる本来は罪人に嵌められる事で有名なものの一つ。魔力を封じ身体強化などの補助系含む全ての魔法発動を封じる物で、取り扱いに注意が必要なものなんだけど、魔法使って腕っぷし選手権で優勝されても何も面白くない、というグレイとローツさんそして何故かマイケルの提案で出場選手は審判からその場で魔力封じの環を着脱されることが義務付けられた。盗難防止の為審判による着脱のみとなっていて、その審判も自警団幹部や普段から懇意にしている信頼できる冒険者にお願いしてある。それ以前に、マイケルの作った物なのでピーキー。
「範囲魔法も組み込んであるよ」
「ん?」
「僕から一定以上離れるとそのとき所有している人に自動的に手が腐る呪いがかかるようにしてあるから大丈夫」
「ああ、そう……」
良くも悪くもピーキーなその魔力封じの環は競技の数だけあるのでそれを笑顔のマイケルから流されるように買い取ることになった私とグレイだった。
でもそのおかげで不正はもちろん、なにより正真正銘の筋肉頼りの腕っぷし選手権にすることが出来た。こうなると立場も年齢も関係ない。
吾こそは! と自信のある人も、腕ためしにとちょっとと軽い気持ちの人も、自分はどれくらいだろうと不安を密かに持つ人も平等に戦える。だからこの想像以上の歓声が各所で起こっているわけで。
「おい! 八百屋の息子が樽上げで三人勝ち抜けしたってよ!」
「あそこの旦那さんが荷引きで相手を突き放してゴールしたそうだよ」
「へえ、彼見かけに寄らずけっこうやるじゃない」
「なんだよ! あれだけ豪語しておいて一回戦で消えてるじゃねえか!」
「うわぁ、あいつ実は強かったのな」
ロイパは筋力だけでなく競技経験や駆け引きなど複数の要素が影響するけれど、そういったものばかりでは参加できない人も多いので腕っぷし選手権は偏りがない自由参加型イベントを目指した。
・腕相撲
・荷車牽引
・重量挙げ (樽上げ)
・綱引き (個人戦)
・旗取り (ビーチフラッグ的な)
・樽転がし
・ロイパ
今回は初回ということで七種目となったけれど、今後は人気と希望を考慮して入れ替えたり増やしたりしていくという話になっている。
……継続することも決定してるのね、うん、ものつくり選手権より先んじてるのが何とも言えない心境になるわ。
こんな感じで、樽転がしは酒屋の息子が圧勝してブーイングが起きたり、綱引きで優勝したのが冒険者になったばかりの若者で周囲を仰天させたりなんてこともあって兎にも角にも各会場は大盛り上がり。
「次の開催はいつになる?」
ツィーダム侯爵夫人、エリス様。私の顔を見るなりその質問。
「腕っぷし選手権は市場組合員が主催なのでそちらに確認してみないことにはなんとも。これに関しては私は首を突っ込む側なので」
「そうか。なら後で確認にいくとしよう」
あ、自分で確認するのね。
「いやはや、友人たちが是非とも次も誘ってくれとうるさくて敵わん。終わった途端次はいつだと聴かれても困ることをしつこく聞かれ逃げてきた所だ」
「あー、女性専用観覧時間……凄かったって、報告きてますよ」
エリス様は声高に笑い肩を震わせる。
「凄かったな、確かに。ああ、そうだ……女性優先席、あれはいい。我が家のオークション席にも採用させてもらって構わないか? 勿論夫であるアイツの許可は必要だが」
「オークションで、ですか? 優先席が出来ることは喜ばしいですが……あまり必要性を感じない気がしますけど」
「そんなことはない、オークションに参加する者は未だ男が圧倒的でな。女一人で足を運ぶには勇気がいるらしい。女だって夫や恋人に内緒で欲しい物を手に入れるために出掛けたい時はあるだろ?」
「ああ、なるほど。是非ともツィーダム侯爵様には許可してほしいですね」
「そうだろう?」
茶目っ気たっぷりにウインクをしたエリス様。
「あ、それとな」
「はい?」
「アストハルア公爵夫人が連れてきた穏健派のとある伯爵家令嬢、そいつは一人娘なんだがな……」
思わせぶりな笑み。
「ロイパで優勝した青年をお持ち帰りしていたぞ」
「……は?」
「何やらその戦いぶりに惚れ込んだらしい。次期女伯爵の夫に相応しい、その勇ましい姿は誰もが心奪われるなどと囁やき表彰式が終わると直ぐに連れて行ったな」
「……」
あれ、その青年って。
「あのぉ、それって、お忍びで視察に来ていた……」
「ふむ、グレイセルから密かに聞かされていた人物で間違いなければ」
「ロビエラム国王太子の護衛騎士の一人ですけど?! しかも外交大臣の息子で有爵家だった気がしますけど?!」
「王太子も公爵夫人も……見逃した所をみるに良縁だと判断したらしいな。数日後には伯爵家から婚約内定が発表されるかもしれないぞ。大層見目麗しい青年であったからな、出場のたびに黄色い声援が訓練場を吹き飛ばさん限りに発せられていたことを考えると、のんびりしていては掻っ攫われると思ったのだろう」
「えー、国際問題に、なりませんかぁ?」
「王太子が何も言わん、大丈夫だ。それにアストハルア公爵家もあの伯爵家はつまらぬ遠縁の男児を連れてこられ継がせる事になると困る重要な立場の家と見ているから横槍が入ろうものなら徹底的に排除するさ」
エリス様の実に愉快そうな笑いとは対象的に、私が関わるイベントで国際問題だけは起こしてほしくないなぁと項垂れることになったわよ。
実際に、数日後にとある穏健派伯爵家の一人娘がロビエラム国外交大臣の三男を婿に迎えるという発表がされる。見た目清楚なお嬢様そのものって感じのその人がお持ち帰りしちゃうというこの珍事? は、後の腕っぷし選手権に多大なる影響を与える。
各地で開かれるようになるその手の選手権に未婚女性の専用席が併設されることに繋がり、更に出場者は未婚か既婚かも必ず公表が義務付けされる所まで出てきて、一部では嫁探し・婿探しが目的の選手権まで開催されたり。
ククマットでの腕っぷし選手権は純粋に競技を楽しむ宣言を都度するものの、時々お持ち帰りされる選手がいる状況だけは変えられず主催するククマット市場組合の悩みの種として定着してしまうことになる。
何はともあれ、大盛況で大成功の腕っぷし選手権。
腕試しの男たちの雄叫びと、筋肉を求める女たちの黄色い声援が最後の最後まで響いた二日間。
まあ、いいんじゃないでしょうか。
余談三つ。
一つ目。
腕っぷし選手権が終わった翌日から数日間、沢山の男たちが完全燃焼したせいで無気力と筋肉痛になり仕事にならない商店や工房が続出、ここ数年では見ない酷い売上を各店・工房が叩き出した。
開催に最初から携わったライアスも例から漏れることなく三日ほどその余韻から抜けられず、道具の調整もまともにしてくれなかった。
そのせいで、さらにものつくり選手権の話し合いが遅れることにもなって私の機嫌が少々悪くなることになった。
二つ目。
『救護所』は好評で、改善を加えながらこのままイベント毎に設営が決まった。
ハイテンションになったゲイルさんが宣言通りに無茶した選手を引き摺って運び、説教垂れながら迅速な判断と応急処置で捌いて、エドさんも薬やポーションはタダじゃねえんだぞとクドクドと愚痴を聞かせながら処方したことから元冒険者の彼の怪我に対する正しい知識と対処法、薬屋を営む調合師の的確な処方が認められ、『救護師』という職業が正式に誕生する礎として認知されることに繋がるんだけど、選手権での選手の怪我は完全に自己責任でお前が悪い、というゲイルさんとエドさんの説教と態度を数多の人が見聞きしたせいで、選手権の救護所に限り、救護師が全く優しくない! ということに繋がってしまう。
「なんか、ごめん」
そう私が呟くのは、まだまだ先の話。
三つ目。
「マーベイン辺境伯領で余計なことをしてくれた馬鹿共だが、一部見つけたのでシメておいた」
「あ、そうなんですか?」
「まあ、少々厄介でツィーダムの名でも骨が折れる相手に関してはもう少し時間がかかりそうだが」
「……」
「お前がネルビアに行く前に片付けられらばと思ったんだが半端なままになりそうだ」
「いえ、お気遣いだけいただきます、ありがとうございます」
「お前を利用する形になって申し訳ないが、こちらも色々と……迷惑を被ってきた、そろそろ本気でどうにかしないとなと、思っている。女だからと男の後ろで黙っている性分ではないからな、もしジュリがどうしても許せないと言うことがあればいつでも私に声を掛けるといい。手を貸してやる、男共が反対するようなことでも、私だからこそ出来ることもあるだろうしな」
エリス様となんてこと無いような笑顔でそんな会話をした。
これについては、私の心の中に留めるだけにした。
ものつくり選手権、いつやるんだろう……。




