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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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30 * ゲイル、想いを馳せる

領民講座で駆け出し冒険者相手に講師をしているゲイルの語りです。有能な人材はジュリに離してもらえないというお話。

「トリアージってなんすか?」

 俺の問いかけに丁寧に説明してくれるのはバールスレイド礼皇リンファ殿下。

 大まかに言うと災害・事故などで多数の負傷者が出た場合にその人たちに救急搬送や治療の優先順位を付けることらしい。

 ジュリさんの【変革する力】が『救護システム』なるものをこの世界に齎す (予定だってさ)。

 そこにリンファ殿下の進めている『負傷者専門回復院』の設立と合せることで【大変革】になるらしい、と。


 ……俺には理解出来ねぇな、その【変革】は。


 と、思ったのに何でこうなった?!


「冒険者の経験と知識、そして迅速かつ的確な判断と、薬屋さんのポーションや薬草に精通した調合師の専門的な知識と正しい処方やアドバイスによって、負傷者の怪我の状態を見極めて貰えたらその後の治療がスムーズになるよね。初めはイベントの救護所に待機してもらう人たちって考えてたんだけど……色々話し合ってるうちに、ダンジョンや魔素溜まりの近くに『負傷者専門回復院』を作るなら、その前段階、応急処置やそこに入るべきかどうか判断が下せる『救護所』が併設されててもいいんじゃないかってなったのよ」


 俺、この場に要らねぇよな? って思ってた。

 けどそれを聞いて『聞かなきゃ』と思った。

 もっと詳しく、もっと深く。


『救護所』での役割は大きく分けて二つ。

 負傷者の怪我の程度と異常状態の有無の確認。これで適切な処置を行う。行うがあくまで基本的な応急処置で処方されるポーションや薬はその手の店でならいつでも購入出来るポーションなら素級・下級、規模によっては中級ポーション、薬も常備薬としてどの家庭にあってもおかしくない化膿止め、痛み止めに留めるので負傷者にはこのあと治癒魔法を施してもらったり良く効くポーションや薬を買うことを働きかける。もし本当に『回復院』が併設出来るならそこでは怪我治療に特化した魔導士や調合師を常駐させるので緊急性のある怪我や重症化の恐れがあると判断された場合は即座にそちらに入院できるようにもなる。

 二つ目が『トリアージ』。

 一度に複数の負傷者が出た場合に治癒魔法を施して貰う順番や、ポーション配布時にポーションのランク別に処方者を振り分けるなど、治療・回復に順位付けをする。この『トリアージ』が出来る人を育てることで、ダンジョンや魔素溜まりに限らず自警団に常駐させれば災害などで真っ先に動くことになる彼らの人命救助の効率と負傷者の生存率を高めることに繫がる。


 経験豊富な冒険者の迅速な判断と知識豊富な薬屋や調合師がいれば出来るはずだと言う。


「それと。回復院にも冒険者がいるといいわ」

「え、何でですか」

「後遺症が残ってしまって廃業に追い込まれる人が圧倒的に多いのは冒険者よ。冒険者として再起するかどうかは別問題になるけれど、それでも長期間治療に専念する時に自分の気持ちに寄り添ってくれる人がいたら、少しは楽になる気がするの。そしてなにより、冒険者でいられなくなった彼らにやり甲斐のある次の仕事として、新たな目標として、居場所を提供出来るかも、しれないのよ」














 若かりし頃、別のパーティだったが知人が死んだ知らせを聞いたとき、その時初めて自分が危険な仕事をしているという実感が湧いた。三日前に酒を酌み交わしてお互い依頼が済んだらまた昔馴染みの奴らで集まって飲もうぜと話していた相手が死んだ知らせに、当時パーティを組んでいた仲間も顔面蒼白になり自分にも明日起こりうる事だと思い知らされ暫くは酒を飲む気にもなれなくなっていた。

 中レベルの魔物が発生することもあるダンジョンに入って半日経たずの悲劇だった。そこでは滅多に発生しない数年に一度あるかないかと言われる上級レベル魔物が一体、よりにもよってその日にダンジョン中層で発生していた。文字通り、阿鼻叫喚になったと聞いている。

 そして、仲間に両脇を抱えられながらダンジョンから出てきたそいつは右の肘から食いちぎられて、背中にも大きな傷を負い、辛うじて治癒魔法の使えるパーティ仲間に魔法をかけられていたが翌朝苦しみに耐えかね気絶してそのまま目が覚めることなく息を引き取ったという。


「近くに治療院があったんだ……でも他のパーティもそのダンジョンでかなりやられて、僕たちが到着したころには沢山の負傷者がいて……治療するまで長時間待たされて……」

 看取った仲間が泣きながらその時の事を語ったのを俺たちは黙って聞いた。

「治癒魔法が使える魔導師が一人しかいなくて、ポーションも、僕らが入ったダンジョンは毒攻撃の魔物が多く出るから毒消しポーションはあったけど、中級ポーション以上は使い切ったとかで……渡されたのは、素級二本と、下級一本だけだった。……あれじゃ、血なんて、痛みなんて止められないって、初めて知ったよ。……知らなかったんだ、僕ら。あそこまで酷い怪我だと、下手にランクの低いポーション飲ませると意識だけはっきりしちゃって、苦しむことになるって……見て、られなかった」

 そこまで語り、両手で顔を覆って蹲った姿を今でも時々冒険者が怪我をしたなんて話を聞くと思い出す。


 ジュリさんと礼皇殿下の話を聞いたからか、より鮮明に、思い出していた。


 あの時もし、『救護システム』が存在していたら。

『トリアージ』によって、知人が優先的に治療してもらえたかもしれない。

 腕を失っても、『負傷者専門回復院』で治療に専念して、冒険者は無理でも日常生活を送る位には回復していたかもしれない。


 今、生きていたかもしれない。


 迅速な、怪我や症状の判断は責任を伴うと説明された。知識だけでなく経験も必須、誰でも出来ることではない、と。

「私達のいた世界にはね、看護師さんという職業の人がいたんだけど……この世界にはそれに該当する職業って見たことないんだよね。医療そのものが未熟だからなのか、治癒魔法とポーションがあるからなのか私には分からないけれど、看護師さんは無理でも、せめてそれに近い、この世界に適合する職業はあってもいいはずなのよ。そこにね、冒険者さんたちが興味を持ってその興味が志に変わるような『救護システム』があれば……色々変わるんじゃないかな」

 ジュリさんの、『色々変わる』に俺も自然と頷いていた。

「かなり壮大な話になるのよね、私がやろうとしている【ものつくりの祭典】よりも壮大で、そして困難を極める。でもさ、人の命だよ、ゲイルさん、命を一人でも多く生に繋ぐ手助け、そして再起のための手助けが出来る人が増えたらすごいと思わない?」

「……思い、ます」

 噛みしめるような声が自然と出ていた。


「ということで」

「え?」

「その第一号はゲイルさんね」

「は?」

「早速今度の腕っぷし選手権で『救護師』に任命しまーす」

 え、なにその軽いノリ!

「はぁ?!」

「大丈夫大丈夫、最初だからね、腕っぷしを競う所に意気揚揚と来る奴らだからね、無茶なことしたり馬鹿をやって怪我したヤロウ共なんて引っ叩いて黙らせて説教しながらで問題ない、寧ろそうしろ、ってグレイとローツさんが言ってたから!」

「ちょっ、まっ! ジュリさんそういうの今言うことじゃねぇんじゃ?!」

「いつ言っても変わらないでしょ。大丈夫だって、ちゃんと薬屋のエドさんにもお願いしてあるし、凄く前向きに『勉強させてもらう』って言ってくれたからゲイルさんは何にも心配ない!!」

「心配だらけだろ!!」

 しんみりして感動した俺の良心が、ちょっと傷ついた気がするのは気のせいだろうか?












「随分、やる気出してるんだな」

 薬屋のエドに会いに行った。閉店後ということもあって既に扉には『本日終了』のプレートが掛けられて、店内も必要な灯りが一部を照らしているだけだった。

 その灯りの下、分厚い本がいくつも重ねられていた。全部薬草や薬になる素材、そしてポーションの本だった。

「俺たち薬を扱う調合師は一生勉強さ。今回の話に抜擢されたからなおのこと」

 その目が輝いているように見えた。俺の視線を感じその目が今度は俺を探るように、見据えてくる。

「なんだ、お前はやる気にならなかったのか?」

「いや、そういうわけじゃ……ただ」

「現実味がねぇって思ってんだろ? それに関わって人から何馬鹿やってんだって言われんのが嫌なんだろ?」

「そんなことはねぇよっ」

「今の環境、最高だもんな。それを壊す必要はないもんな」

「えっ」

「だってそうだろ。お前はジュリの乗り合い馬車事業に関わるようになって、《ハンドメイド・ジュリ》の輸送部門任されるようになって、更には毎日毎日空きが無くてキャンセル待ちが続く領民講座で冒険者を目指すガキ共から尊敬の眼差し向けられる憧れの講師だ。給金はククマットならトップクラスでしかも安定して貰えているしな。お前自身も家族も安泰だ。……新しいことに挑戦する必要はねえだろう」

「ちがう、そんなんじゃ」

「じゃあ、なんだ」

(俺は……)

 言葉が、出なかった。

 ジュリさんと礼皇殿下の話を聞いて、心が熱くなったしスゲェ! って、感動して尊敬の念を抱いた。

 けど。


「なあゲイル。ジュリは『安定している』とは思ってねぇぞ」

「え?」

「あいつはな、全く思ってねぇ。このままじゃククマットは半端なまま現状維持か廃れるか、そう思ってるらしい。まだまだ、ここでやることはあると思ってんだよ。ここまでククマットを人の活気溢れる土地にしたあいつが安定しているとは絶対に言わない。……お前が今大切に抱える物も、つまりは安定しているものじゃねぇんだよ」

 そうだ。

 ジュリさんは。

 満足していない。

 このククマットはまだ成長出来ると、伸びしろがあると、信じて突き進んでいる。

 安定しているとは言い難い、その一言が内側にあることを俺は知っている。グレイセル様やローツ様を見ていても、わかること。

 ジュリさんが見据える未来は、『今あるもの』じゃないことを。


「嫌なら嫌ってちゃんと頭を下げてこい。ジュリは仕事の出来るやつに仕事を丸投げしたり無茶言って困らせたりはするが、嫌だと言うやつには仕事を任せない、絶対にな。ゴネてのらりくらりしてれば意図を汲んでくれると思うなよ、お前の我が儘のためにジュリは動かねえ。……今のお前は、平和ボケってやつに似てる。けどな、その平和を与えてるのはジュリで、そしてその平和を自分でぶっ壊して作り替えて新しく強固なものにしてるのもジュリ、それに乗せてもらっておきながら、仕事を任されて日和ってるならそのポジション誰かに譲ってやれ。お前のその恵まれた環境を欲してる人間がどれだけいると思ってんだ? ボーっとしてたら代わりになる奴が出てくるかもな」


 ガツン、と頭を殴られた気分だ。


「責任が重くなるのが当たり前の金を貰ってるんなら、その責任を背負って期待に応えてやるのが、筋ってもんだ」


 おれは。

 いつのまに。

 こんなに保守的になってたんだろう。

 がむしゃらに良い生活してやる、もっと人生楽しんでやる、強くなって憧れの存在になってやる、そんな気持ちは、いつから忘れていたんだろう。


 満足している。

 今の生活を壊したくない。

 でも。

 そこに縋って生きたいわけじゃなく、ただ、楽して日々を過ごすことに慣れていただけだ。


 好奇心とか探究心とか。

 捨てたわけじゃないのに

 無くしたわけじゃないのに。


「……その薬草の基礎図鑑、それは持ってるんだ」

「ん?」

「だからさ、それよりもいいヤツ、貸してくんねえかな」

「なんだいいヤツって。せめて専門的なものとか言い様があるだろ」

 エドはため息をついて呆れた表情を向けてきた。それでも直ぐ様、棚に視線を移して眺めて一冊の真新しい分厚い本を手に取って、俺の目の前に突き出してきた。

「お前はこっちだ」

「なんだよ?」

「バールスレイド礼皇殿下から渡されてはいたんだが俺は薬やポーションの管理や仕入れを任されることになったからな、なかなか覚える時間がねぇ。お前はトリアージと怪我の程度や症状判断が主な仕事になるんだろ」

「……は? おい、ちょっとまてよ?!」

「鍼灸師と整体師の専門学校で使われている教材だ、それ覚えろ」

「はあ?!」


 完全に俺が断らないこと前提で言ってるな!!

「断らないだろ」

「そうじゃなかったらどうするつもりだよ?!」

「うーん、そん時は、礼皇殿下にお願いしてお前を説得してもらう」

「ひい!」

 こんな悲鳴を出したこと滅多にないっていう悲鳴が飛び出した俺。

「ジュリが言ってたぞ。『ゲイルさんはリンファ苦手そう』ってな」

 バレてる!!

「ジュリに弱みを握られてる時点で逃げ場はないってことさ! ははは!!」















 このあと、俺は『救護師』という資格を確立するために、二人の女【彼方からの使い】に徹底的に振り回されることになる。

 そりゃまあその分更に給金は跳ね上がり、ククマットの開発地区に土地を買って家まで建てて、妻や子供、親にも理想に描いた食うに困らない恵まれた環境ってやつを与えられる近い未来がやって来るんだけど、それにしたって『俺の扱い酷くない?!』と、本人たちに時々言ってしまう位には振りまわされることになる。




救護システムについてはもう少し後に別のお話に絡めるつもりでしたが、腕っぷし選手権で怪我人がわんさか出そうだな……と思い、せっかくなので出すことにしました。そのためホントは二話以内で済ませようと思っていた腕っぷし選手権、まさかの三話になりました。次回、ようやく腕っぷし選手権本番です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 腕っ節選手権で肉離れする選手とか出そう
[気になる点] 素級とか下級ポーションは、どれ位の状況に効くんだろう? [一言] 何と言うか上手く言えませんが 「ポーション」も「治癒魔法」も万全万能とは程遠い感じのこの世界感が良いです。
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