30 * 男たちの祭りの前にまさかのコラボ
新章開始です。
こっちの選手権、やっぱり先に開催となりました。
ケイティを歩く広告塔にアフリカンアクセサリーを他国に向けて販売する準備をのんびり進め、他国のことならハルトも巻き込んでしまえと家飲みにハルトとルフィナを招きその話で盛り上がってからしばらくして。
『集まれ力自慢!! 第一回:腕っぷし選手権』が大市の催し物として開催されることに。
……物作り選手権より本当に早くやることになるとは。てゆーかサァ? 腕っぷし選手権に出る男たち、外注先である職人さんたちが軒並みエントリーしている状況なんだけど。ねえ、物作り選手権こそあんたらに意義があると思うの私だけ?
「ジュリ、それとこれとは別だ」
真顔でライアスに言われた。そういうものなの? 違う気がするのよ……。とか言いつつ結局気になって首突っ込んでで手伝っちゃったよ、私も。あはは!!
「感慨深いです」
自分が描いた看板を見てそんなことを呟いたのはセティアさん。妙に厳つい力こぶのダイナミックな絵を描いた張本人はメイン会場となる自警団訓練場の入口に設置されたアーチの上に掲げられた看板の下を通って会場を出入りする設営関係者に笑顔で会釈する。この看板の下を通る人たちの何人がこの色気ムンムンの男爵夫人があの絵を描いたと知っているのか……。
「また機会があれば描いてみる?」
「はい、是非」
そんな会話の後ろでローツさんが全力で首を横に振っている事には気づかないフリをしておく。やる気のある人はどんどん活躍してもらうのが私の流儀ですから!!
まあ、文句言いつつも私も楽しみにしていた。
だって単純に面白そうよ、腕っぷし選手権なんて。
「種目が実にユニークだからな」
私よりグレイが楽しそうだわ、ウキウキしてる。
「グレイは見てるだけになるのに?」
「そうだな、見ているだけでもいい。こういう催し物はとても少ないから」
因みに、グレイが出場してしまうと優勝総なめにしてしまう……ということではなく、領主として領民の腕試し・力自慢を純粋に見てみたいという気持ちがあるらしい。見世物になる力試しといえば王都で定期的に開催される騎士の剣術大会や魔導師による魔法演武などがあるものの、広い会場、多数の集客に対応できる闘技場などが必須となるため他では滅多に行われないんだとか。
それに近いものとして郊外で出来る狩猟大会や競馬などは各領で領主の趣味で行われているものの、それも結局お金がかかることなので富裕層しか参加できないし見ることも叶わないことが殆どなんだそう。
その点、今回の競技種目はククマット領の狭い領土でも公園の広さがあれば誰でも参加できる。それに各所で同時に行うことで集客の分散が可能、それを数回こなすことで人の流れを生み出せる。狭いなら狭いなりの工夫でどうにでもなることを考えれば腕っぷし選手権はどこでも出来る催し物になるので他の貴族に積極的に視察に来てもらうのもありかもね。
「裏賭博の取締は自警団とカイに任せて大丈夫だろう」
「……カイくん、ね」
「なんだ?」
「大人しそうな顔して『狂犬』だし、そもそも賭け事とか嫌いって、やんちゃな大人たちにとっては脅威……いや、恐怖の存在よね」
今回、選手権を開催するにあたって懸念されたのが裏賭博。非合法な上に高額な掛け金によってトラブルが起きるだけでなく、賭け事にどっぷりハマって散財し身の破滅を招く人というのはどの世界にもいるんだなぁとしみじみしてしまった。そういったことを未然に防ぐ目的と、治安悪化も心配されるので自警団には今回新たにその対策も加えて今後に活かしていくことになった。その中心にカイくん。
正義感というより、ちょっと偏った価値観なんだよねぇ、彼は。そういう取締に向いてる性格だと言うけれど、どんな性格だよ、と思う……。
「恐怖の存在でちょうどいいだろう」
ちょうどいいって、どういいのか分からないけれど任せることにした。
さて、メインの話に戻すと、腕っぷし選手権の競技の種目は原則誰でも出来るものという縛りを設けて決められた。これが剣だ斧だと武器を使うものになるとまず危険、そして扱える人が限られる事から武器は完全に無しにしている。
そして、開催時期は未定だけれど物作り選手権の競技とも被らないようにしてある。物作り選手権ではノコギリで丸太の輪切り競争など技術だけでなく体力も必要とされる場合もあるし。競技が重複してしまうと楽しみが減ってしまうので増やすにしろ減らすにしろ両選手権で調整していく必要がありそう。
その競技の選定のほか諸諸のことを中央市場組合にも協力してもらい決めていった中で重要なことの一つ、『救護班』について組合や参加者が非常に積極的に質疑応答に加わってくれたことは嬉しい誤算だった。
「腕っぷしを競うんだからけが人出るよね」
「ああ、そうだな」
不安だなぁ、どうしようかなぁ、と問いかけ混じりの私の言葉にグレイが返してきたのはそれだけ。だからなんだ? みたいな顔されて私びっくりよ!
「……え、それだけ?」
「?」
「あー、そういう感じなんだ、こっちの世界……」
スポーツに限らず、人が集まるイベントには必ずあったと思うんだよね。
迷子の対応、場所の案内、会場とイベントに対する確認や質問が出来る案内所の他に『救護スペース』が。
「ないんだね、そういうの」
「どういうのだ」
なんてやり取りをしまして。
「一人でも治癒の得意な魔導師がいれば最善だけど、ポーションや薬の取り扱いが出来る薬屋さんが常駐してくれるだけでもありがたいわね。それと怪我の手当に慣れている冒険者さんもいると助かるかも」
「質問だ」
「うん、なに?」
「何故冒険者だ?」
「冒険者さんって怪我が付き物でしょ。前にエンザさんに聞いたことがあるのよ、多少のけがなら自分たちで処置するし簡単な薬も薬草や必要な材料さえあれば調合するって。セルディアさんたちのパーティには調合師さんがいるけど普通は冒険者として経験を重ねていく過程で基本的な応急処置や調合もセットで覚えるんだってね。ククマットは幸い冒険者の人たちが結構立ち寄ってくれるから、選手権の日に救護班でお手伝いしてくれる人をギルドを通して依頼するのもありじゃない? 歌い文句としては、『応急処置の経験を積みませんか?』とか」
「ジュリのいた世界ではそういう人の集め方もあるのか」
「え、ないよ?」
「は?」
「あるわけないじゃん、私のいた世界に冒険者なんていなかったし、国家資格である看護師さんって人たちがいたから。勿論素人だけの救護班もあったと思うけど、今回私達がやろうとしていることは確実に怪我人が出るとわかってるんだから、ちゃんと対応出来る人達がやるべきよ。それにね、グレイ忘れちゃだめよ? 今回の選手権はライアスや職人さんたちが発起人というか……中央市場組合が主体なのよ、予算を無視できないんだよ、私やグレイが好き勝手にするのとは違うの」
言われてみれば、とようやく納得した顔をしたグレイ。
「だからね……魔導師がいれば一番いいけど、シビアな話で彼らを丸一日雇うとなると結構なお金がかかるでしょ、複数人なんて予算的に難しいんじゃない?」
「そうだな……」
「だから、交通費や諸経費が嵩まない、すぐ近くにいる薬屋さんに来てもらうか、冒険者さんに来てもらうのがいいと思う」
医療行為に対する法律なんてこの世界にはありませんので!!
そのへんガバガバなので!!
結構融通出来ちゃうんだなぁ。私のかつて居た世界の知識に近いものや似たものを当てはめられないかと記憶をひっくり返してみたり、適当に合わせてみると『使えるんじゃ?』と思うものが。
看護師さんはいないけど、状況や症状に合わせて適切な応急処置が出来るよう勉強して実践で経験を積んできた冒険者さん。
彼らは常に危険と隣り合わせのため、一般人よりも怪我や病気に対して敏感に反応する。未だ怪しい言い伝えや風習による治療などに頼る一般人が多い中で彼らは健康と命を最優先するためちゃんと勉強していることが殆ど。何より彼らは体資本の仕事、怪我人や病人を速やかに安全な場所に移動させたり体を固定したりと何かと力が必要な場面でも役に立つ。そこに調合のプロでもある薬草やポーションの効能に詳しい薬屋がいれば、命に関わる急を要するものでなければ殆ど対応可能になるはずなのよ。
それをグレイに聞かせれば、少し黙り込んで、目を閉じてしまった。
「……寝てないよね?」
「なんでそうなる」
あ、目を開けた。
「面白いことを思いつくな、と感心した。冒険者と薬屋……その組み合わせを考えたことはなかったから」
「これが病気になると対応はできないよ? あくまで怪我人に対応する組み合わせだからね。応急処置をするだけの人たちよ、大怪我ならその後は魔導師の所に行ってお金払って治癒魔法をかけてもらうか高いポーション買って飲むか、暫く大人しくベッドで寝てろって話よ」
保険、補償といったものがほぼないこの世界。
腕っぷし選手権も参加者の自己責任で、怪我をしても開催側は一切関与しない。その代わり意図的に相手を怪我させると即自警団に連行されてその領の領令によって厳しく裁かれるけれど、怪我をさせられた人に対して保険金が下りるとか治療費が支払われるような仕組みはないし、現状そんなシステムを確立するのは難しい。
それでも少しでも安心して選手権に参加できたらいい。
そのための『救護班』。
今後もククマットでイベントが増えてそして規模が拡大していくならば、必要だよね。
【変革】を開始します。
『救護システム』の確立を推奨します。なおこの【変革】により『救護師』という職業を生み出すことが可能です。
「おっとぉ」
「来たか。『救護』から発生か」
「そうみたい。システム化ねぇ」
「『道徳・生活』に続き難しい―――」
こちらの【変革】は現在バールスレイドの【彼方からの使い】リンファの構想にある【変革】『外傷専門回復院』に統合が可能です。
『外傷専門回復院』が優位性の高い【変革】となりますが、統合による【大変革】の際は二人には同等に神からのギフトが贈られます。
なお、『外傷専門回復院』『救護システム』が完成した時点で【大変革】へと自動的に移行になります。
「「……え?」」
旦那と互いの顔を見ながら固まった。
今、【神の声】が凄い事言ったよね?
……。
…………。
統合による【大変革】は既に経験済みなんだけど……他人の【変革】とも統合って可能なの?!
しかもリンファ、何かしようとしてた?!
ポカン、として言葉を失って、ちょっとだけ頭の中で【神の声】の内容を理解して驚いて口を開いて大声出しそうになった瞬間。
ズドン!!
部屋が揺れる衝撃と音にびっくりしてグレイに抱きついた。
私を庇うようにするグレイとソファに座ったまま、あ然とする。
「ちょっとジュリ!! 今の何!!」
「ジュリさん、『救護システム』とはなんですか?!」
「びっくりしてそのまま転移しちゃったわ!!」
防寒着を着込んで、子供が雪遊びで使うようなごくありふれた形の大きなソリにリンファが前に座りその後ろに彼女を抱えるようにしてセイレックさんが乗った状態の、雪まみれの二人が現れた。
「びっくりしたのはこっちだけど!」
叫んだ私は悪くない。
「永久凍土にいい山があるの。そこをね、ソリで一気に滑降するのよ」
「跳ねたり飛んだり、時には回転したり」
「そのスリリングがたまらないわよ、今度来たら一緒にやらない?」
「楽しいですよ」
「いやそれ私死ぬやつ」
どうやったらそんなに雪まみれになれるんだと思ったらソリで危険な遊びをしていた夫婦は、こっちの心臓のバクバクなんてお構い無しで分厚い防寒着を脱ぎながら笑ってるわ……。
何なんだこの夫婦、美形夫婦のくせにやることが怖い。さんざん私達のことを頭のおかしな夫婦と言うけどそっちも負けず劣らずの夫婦。しかもこの屋敷に掛けてある結界をいとも簡単にぶっ壊して入って来たからグレイが遠い目になってるじゃない。
「ええ、外傷専門の病院を考えてるわ。まだセイレックにしか話していないけれど」
雪が溶けてビショビショになった部屋はセイレックさんが魔法で乾かしてくれた。部屋の中にソリが立てかけてある光景はなかなかに異様だけれどそこは気にしないことにする。
「その外傷専門の病院って、話せる範囲でいいんだけど教えてもらえる?」
「いいわよ、どうせ【大変革】なんてものになるなら話しておいたほうが早いでしょ。病院というよりは、最終的にはリハビリを目的とした施設を目指してる」
「……リハビリ施設」
「私が創設した専門学校があるでしょ? 鍼灸師と整体師の育成専門学校。通ってくる彼らの中に家族や恋人が冒険者で依頼の最中に大怪我を負ってしまって適切な処置が出来ずに後遺症が残った、だから少しでもその痛みの緩和になればという理由で目指す人が結構いるのよ。そういう話を聞いているうちにね、痛み軽減のために治療院に行って魔導師から痛みを緩和する治癒魔法を施して貰いに行っても患者が多い日に当たると朝に行っても帰りは夕方なんてことが当たり前だと知ったのよ。そもそも治癒師が圧倒的に少ないわ。で、色々調べてみたら……ないじゃない、リハビリ施設が。冒険者という職業が当たり前の世界なのに魔物という危険が隣り合わせの世界なのに、怪我をしたあとフォローしてくれる場所が、どの国にもないのよ」
なるほど、と納得した。
この【変革】の意味が、頭の中で漠然と形になった。
しかしまさか腕っぷし選手権に必要かな? というわりと軽めな考えが【変革】に繋がるなんてね。
先日協賛金のことで【変革】起こしたばかりだけど……まあいっか! 止めたくても止められない事だし、意識して出来ることでもないし!
はははっ!
これで恩恵がまきちらされるんだから、ラッキーってことで。




