29 * 半端になってることが結構ある
なんかもー、色々と手を出しすぎていて全部中途半端な気がする。
「中途半端、というか……」
「なに?」
「そもそも直ぐに結果が出ることではない事が多いだろう」
「まあね、そうなんだけど」
はあ、とため息をつけばグレイが笑う。
先日リンファがヒタンリ国に後ろ盾の件で国王陛下とお話してくれたんだけど、実はその返事がその日のうちに返ってきたの。
「……ホント、理想的な対応よね」
私がそう呟けばリンファが項垂れた。
「ここまで事務的に淡々とすることでもないわよ」
「うん、そうかもしれないけど……私的にはすっごい助かる」
なんと、ヒタンリ国国王陛下の直筆による『あなたの後ろ盾になります』という誓約書、しかも魔法紙の強制力の強い物をリンファはその場で持たされ渡してほしいと言われて持ってきた。
こういうところ、好きなんだよねぇ、ヒタンリ国。
元々リンファが無駄な接待とかするんじゃないわよ! と圧をかけてくれていたんだけど、そういうのを抜きにしてもヒタンリ国はバミス法国やフォンロン国のようにククマットに人を寄越して長期的に接点を持って関係性を深めようとするなんてことをしてこない。クノーマス侯爵家が対応してくれているけど、クノーマス侯爵家も実はヒタンリ国の対応が一番楽だと言う程には不必要に突っ込んで来ない。
「……まあ、いいわ。私もこういう線引がしっかり出来る国王だからあなたの後ろ盾にと思ったわけだし。ジュリが不満を感じなければ問題ないわ」
全くないのでオッケー。
謁見の日程などは流石にヒタンリ国に従いたいと思うのでそれについては改めてリンファにお願いした。
ヒタンリ国との決め事はリンファが責任を持つと言うのでね、甘えることにしている。
正式に後ろ盾を得てからネルビア国行きをどうするか、という話になるのでヒタンリ国王陛下への謁見が決まらなければ何も進められないのでマーベイン伯爵家への返事は保留させてもらっている。
まあ、それくらいの猶予があったほうがネルビアもマーベイン家も余裕を持って先のことを計画出来るだろうと侯爵様から言われているので私もこれに関してはあまり焦らず構えることにした。
その一方で。
私を悶々とさせるものがあるわけよ。
『生活・道徳』の教科書がねぇ。
なんだか上手く纏められず。
「今更だけど、情操教育ってホント難しいわ」
教科書作ってた人たちって、凄いね!! と異世界に来て実感した、うん、凄いです尊敬します。
これには相談したマイケル、ケイティ、リンファ、そしてハルトも頭を悩ませている。
自分達で考えて答えをだす。でもその答えは一つではないし人によっては間違いに感じることもある。そういうのをどう統一してわかりやすく教えるか、伝えるか。
防災、いじめといった大きく重要なテーマに限らず人としてどう行動するのが最善なのか、良いのか、それを一つの教科として人に教えられる先生って、そもそもどうやって育てるんだ? という壁に只今思い切りぶつかっておりまして。
「……のんびりやるわぁ」
「ああ」
と、諦めの境地に自ら足を踏み入れ慌てず騒がず慎重に進めていくことにした。
一方で順調な事もある。
順調過ぎてそこに時間を割くことが多くなって完全にクノーマス家に引き継ぎをしたのが『合意職務者』のこと。
バミス法国の転移が得意な人たちをベイフェルア国クノーマス領とククマット領で本来の仕事とは別に個々の契約を結んで働いて貰う新しい試みは、私が思うよりもクノーマス侯爵家にとって重要な位置づけになりつつあり、それもあって『だったらもう任せてしまうべきだ』とグレイがアベルさんと話し合いクノーマス侯爵家主体に移行する決断に至った。
移動販売馬車による子供用品の販売が 《タファン》開店直後に始まっている。
小さなものに限られてはしまうものの、幅広い価格と積み木一個から買える豊富な品揃えを移動にて販売可能にした馬車の稼働はクノーマス領でも大きな地区三箇所から開始されたんたけどその評判は瞬く間に広まり問い合わせが絶えないという。で、馬車自体を動かして地区や周辺の村を周回するけれど、ゆっくりしか走らせられないので他の場所への移動、商品補充に難がある。そこで『合意職務者』契約をした転移の得意な獣人。
既に二人、クノーマス家とバミス法国、そして本人との話し合いで馬車の移動や商品補充の仕事をしてもらっている。
うち一人は独り身でクノーマス領で差別を受けたことが殆どないのでこのまま永住したいという希望があるようで、今後はそういう希望者も『合意職務者』に限らず増えていくかもしれないのでその辺の調整も含めクノーマス家とバミス法国は頻繁に話し合いの席を設けている。
移動販売馬車関連でもう一つ。
ピタゴラ的知育玩具、『マーク・トイ:ルート』の一般向けの物も 《ゆりかご》で販売が始まった。『ロゴ』も完成し、『ルート・シリーズ』を中心にそのロゴが入れられている。移動販売馬車用のパーツ数の少ないセットも企画中とのことで、ロゴと共に知育玩具は侯爵家を象徴するものとなって世間一般に広がり定着してくれたら良いなと期待もしている。
で、そのロゴ……。
何れは大物芸術家 (予定)のユージン・ガリトアに任せてみたら、大変だったようで。
「分かりやすく、抽象的で、侯爵家らしい……」
とブツブツ呟いて徘徊する姿が度々目撃され、その度にロディムが首根っこを掴み引き摺って帰るという事が続いたの。
この世界のロゴに近いものが貴族の各家の紋章。しかしかなり細かく凝ったデザインのものばかりで単純で抽象的なものがない。
それに躓いたユージンは頑張った。そう、凄く頑張ったの。
現在仮で使用している《ハンドメイド・ジュリ》の瓶の中に花が入っていると分かる、ハーバリウムを抽象化したロゴをヒントにしたまでは良かったけれど、じゃあクノーマス侯爵家と分かり、そして侯爵家が販売する玩具と一目で分かる単純なロゴとは? と思考の沼にハマっていた。
色々と考えてくれて、なんと二十近くもデザインしてくれて。その中から候補を絞り込み五つ侯爵家に提出。でも、残念なことに、侯爵家の皆様にはピンと来るものがなかったんだよね……。
それでちょっとズルいことをした。
彼のデザインに私が手を加え、ユージンに渡したの。それについてなんでこんな形にしたのかなどと説明をし、改めて最初に提出した五つのデザインを改良させ、そこに私が手直ししたものも含め六つのロゴを再提出した。
結果、全部好感触で選ぶのに迷った皆さんが選んだのは私が改良したものだった。
ごめん、ユージン……。
「でもユージンは落ち込まなかったからちょっとびっくり」
「いい経験になったと寧ろ感謝していたな」
「ユージンが得意なのはデッサンや繊細で精巧な絵だからね。抽象的なものは描いた経験も殆どないと思うのよ。これを機会に抽象画にも挑戦してみる、なんてことを言ってたから確かにいい経験にはなったかも」
私が改良する前のユージンのデザインしたロゴは正方形の中に薔薇と分かる単純な絵が中央にあり、さらにその薔薇の真ん中にマーク・トイと文字が入ったもの。四角はマーク・トイ:ルートの基本パーツとなる積み木の正立方体をイメージしたとのこと。着目点がよかったので、私はまずはその四角の中に薔薇があるデザインをそのままに、右下に二周り程小さな四角が角に重なるようにして、その小さな四角にマーク・トイの文字を入れた。薔薇の真ん中に入れると文字が見にくくなるのを無くすためと、ルートのパーツらしさを強調するために大小の四角に分けた。
「芸術には明確な正解がない、本人もそれを理解しているだろうから、ユージンに経験を積ませるという意味でロゴを考える機会があれば今後もやらせるといいだろう。ジュリが手直ししたデザインを見て何となく感覚を掴めたようだから、次は良いのをデザイン出来そうな気がするな」
「確かに。まだ仮のロゴを使ってる 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》のロゴを任せてもいいかも」
「……未だ仮のままというのもおかしな話だな」
「それは言わないで、私も常々思ってるんだけど……」
「面倒、と言いたいんだろ?」
「その通り……」
このままうちのロゴが決まらない可能性も……。こっちもそのうちね、そのうち。
「ねえ」
「わかってる」
「……何も言ってないけど」
ルリアナ様の実家、ハシェッド伯爵領で進められていた、主に穀潰し様ことハシェッド・ボンボンを使った 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》の姉妹店と、高級志向が売りとなるセミオーダーのお店の出店計画。
「手に持ってる物で分かるってば」
私が肩を竦めればああそっか、という顔をしてキリアも肩を竦めた。
彼女の手にあるのはハシェッド・ボンボンと組み合わせて冬に向けて販売を予定しているフィンがデザインし試作した帽子。小さな穀潰し様を隙間なく全面に縫い付けた、モコモコホコホコの見た目が面白い帽子は色んな形が考案された。
「せっかくハシェッド領限定で販売するためにデザインしたものなのにホントにこっちで生産して売っちゃうの?」
「仕方ないよ、出店計画が白紙になったんだから」
そう、私が 《ハンドメイド・ジュリ:二号店》の出店の試金石になるのではと密かに思っていたハシェッド伯爵領での計画が今季の冬開店を前に完全にストップしてしまった。
「ルリアナ様も気が気じゃないだろうね」
「マーベイン辺境伯爵家とは切っても切れない関係だから……早く乗り越えられるといいんだけど」
ほんの数日前、侯爵家からグレイと共に呼び出され聞かされたのはネルビア国との関係に前進が見られた矢先に起きたこと。
マーベイン辺境伯爵領とハシェッド伯爵領に跨がる広大で肥沃な農地が今年は作物の収穫が半分以下になる、という内容だった。
それを聞かされ、はて? と首を傾げたの。この時期に既に何らかの原因で今年は不作になるとわかっているのか? と。
「土を駄目にされた」
「え?」
「作為的に、土を駄目にされたんだよ。辺境伯爵領と伯爵領では発生しない魔物の血肉がバラまかれた」
そこまで言われても私はピンとこない顔をしていたようで、グレイが険しい顔をしている侯爵家の皆さんに代わり教えてくれた。
「普段口にしている魔物の肉等は該当しない。食用になる魔物の血肉は基本何処にでも捨てられる。それと毒を持たない魔物も大丈夫だ。所が……肉体そのものに毒がある魔物の血肉は発生した土地以外で処理が難しい。原因は未だ分かっていないのだが、発生地以外では毒だけが還元されずそのまま土や水に流れ出てしまい周囲を汚染することがある」
「えっ、そうなの?!」
今更知った事実に心底驚いた。
「ああ、ジュリのお眼鏡に叶えば儲けものと今でも度々魔物素材が送られて来るが、それらの処理に困ったことはないからジュリが知らなくても仕方ないことだ。毒のあるものを送ってくるバカは流石にいないからな」
なんと、毒持ちは発生した土地かその近辺、同じ種類が発生する土地でないと大地に還元されにくいもしくはされないって!
なにその摩訶不思議、理不尽な!
でもそれで一つ納得したことがある。ポーション、あれの各種状態異常を治す物は地域によって生産にばらつきがある、というのは状態異常を治す各ポーションには魔物の毒が一部使われているから。他の土地で作るのが難しいのは、魔物が発生しないからではなく、入手出来ても毒が含まれる不要な部分の処理に手間とお金がかかるからよ。
……そう考えるとリンファってやっぱりチート、規格外だわ。だってあの人そういうので悩んでる姿見たことないもん。自分で討伐してその場で処理して必要な物だけ持って帰れるんだからそりゃ好きなだけポーション作れるし開発できる。
とにかくマーベイン辺境伯爵家とハシェッド伯爵家は今年の冬を乗り越えるための対策に今すでに追われており、姉妹店を出すどころではない。
「毒を中和できるか、消せる素材を蒔けばいいんだっけ?」
「らしいね、でもその範囲が広すぎる。少しの毒も残せないから、中和出来たか消せたか確認しながらになるって。そうなると、今年はもう植えられないから農家さんは収入が激減するし何より冬を前に飢える人も出てくるんじゃないかって話」
「……きついね、それ。そりゃ、姉妹店どころじゃなくなるわ」
「うん、だからこちらも最大限出来ることをするつもり。穀潰し様の買取価格を今年に限り五割増しにして、少しでも領民の生活の足しになればと思ってる」
「そだね、遠いところのことだから、そういうことが大事だよね」
「……積極的に支援金を出すって騒いでる人もいるけどね」
「え、誰よ、凄いじゃん」
「ツィーダム侯爵夫人、エリス様」
「何であの人が」
「米酒大好きなんだって。支援金出すだけじゃなく、土を駄目にしたやつを必ず見つけ出して生きていることを後悔させてやるって、私兵も駆使して血眼で犯人探してるらしい」
キリアが数秒固まったあと、『ああ……』と微妙な声を出した。
「やりそう、あの夫人なら、うん、やるわ。……いやその前にあの夫人私兵なんて持ってるの?」
「持ってるの。グレイが『あれだけ血の気の多い奴らを纏め上げる女性はそうそういない』って言うような私兵を持ってるの」
「……」
無言止めて、反応に困るから。
限られた人にしか話していない、マーベイン辺境伯爵家とネルビア首長国との停戦協議の場への私の参加。これにも少なからずの影響を与えると思われる今回の騒ぎは、停戦協議について何らかの情報を得た国内の貴族の仕業だろうと侯爵様が教えてくれた。
ネルビア首長国とマーベイン辺境伯爵家の間で停戦合意が締結すると都合が悪い貴族もいるらしい。
戦争が激減、もしくは無くなるならそれに越したことはないのにね。戦争が続いて貰わないと困るって意味が分からない。
そんな奴らは、エリス様にボコボコにされてしまえ!!
そして米酒は私も好きだ! 田んぼを駄目にするやつ許さん!!
とまあ、何だかうまくいないことも多い私の日常。
嘆いてばかりいても仕方ないので前向きにできることはやる日々。
ジュリが手掛けていることを時々見直しているのですが、自分で書いていて何ですが、ちょっと手広くやり過ぎではなかろうかと不安になりつつも止められない作者です。
……サポートはグレイセルとローツがいるし、キリアとフィンがものつくりメンバーを引っ張ってくれてるし、いざとなればハルト、お前が何とかするだろう!! と、かなり適当に余裕ぶっこいてるのですが後から色々なものが押し寄せる気がしてならないので設定上なかなか進まない事になってるものを出してしまうためのお話でした。




