29 * 歩く広告塔
出来上がったアクセサリーにご満悦のケイティ。
試作品なのにマイケルがそんな妻のために全て買い取りしてくれました、お買い上げありがとうございますぅ。
バーナーの使い心地を確かめる目的もあったので早速トンボ玉制作に手を出した私。
地球にいた頃を含めて今回で三回目なので当然素人丸出しの仕上りよ。
思うように模様をつけられずイライラしたけれどこういうのは経験を積むしかないからね、仕方ないわ。
それでもいくつか形がきれいなもの、配色がいい感じになったものが出来たのでそれもアクセサリーパーツとして早速使う。
「黒炎号の飾りに使おう」
グレイがホクホク顔になったのは濃茶の木材と黒いリザード様の鱗の一番最初に思いついていた飾り。刺し子模様を彫刻した木の台座にはめ込まれた黒い鱗のパーツは落ち着いた色味ながらもエスニックな雰囲気が出ていてなかなか素敵に仕上がった。
「あ、それいいね? いくつか並べて首周りに飾ったらカッコいい」
「そうだろ?」
グレイの愛馬の黒炎号は、神経質な個体が多いとされる馬やユニコーンなどの中ではかなり珍しく神経図太い。鞍が変わろうが寝床が変わろうが全くストレスを受けないらしいので装飾品を付けられる位なんてことないの。だからよくグレイは黒炎号に飾りを付けている。
「馬に着けるくらいなら私に寄越しなさい」
「なぜそうなる」
ケイティとグレイの妙な喧嘩が始まったのは無視して私とマイケルは鮮やかで大振りでインパクトあるそれらを眺める。
「民族衣装に合うよね」
「そうそう、この手のアクセサリーが合いそうな地域や国にいずれは売り込みもありかな、と思うんだけどやっぱりそういうところでは既にあったりするのかな?」
「うん、僕が知る限りでは南方小国群帯の一部では似たものが既にあるね。でもジュリの手掛ける物って品質がいいだろう? 研磨技術や均一な大きさに作られた物を使うから品質の面では確実に上だよね。その品質の部分を売りにするのは有りだと思うよ」
「ちょっと良い品ってやつね。確かに品質には拘ってるからそういう売り方も本気で視野にいれて世界進出なんかしちゃう?」
と、和気藹々と話していたら。
「ちょっと、私ってば似合いすぎ」
自画自賛するケイティの弾んだ声が。
……。
似合うね、マジで。
今のケイティはこのあとマイケルとダンジョンに行くとかで冒険者らしい格好をしている。
冒険者らしい格好と言っても彼女の場合は拘りがあるのでそんじょそこらの女冒険者と一緒にしてはいけない。
膝上のワンピース型の上着は茶色と黒のブロックカラーで、よく見かける一般的な防具とは明らかに違う。膝上のワンピースなのでその下にはレギンスのようなフィットするパンツを履いて、足元は彼女がわざわざ靴職人に作らせているというウエスタンブーツによく似たヒールが高めのものを履いている。冒険者の足元といえばもっとゴツい感じのブーツが多いけれどそれが嫌だという彼女はオリジナルのブーツを靴屋にいくつも作ってもらっている。今日のは可愛いほうで、高さ十センチのピンヒールタイプのものも普通に魔物討伐に履いていく。
ウエストには太めのベルトにうちの店で買ってくれたポーション入れやサイドポケットをぶら下げ、更に穀潰し様のちょっと大きめボンボンのキーホルダーをぶら下げている。で、背中にマイケル特製当たったら凶悪な呪いがもれなく付いてくるという物騒な弓矢を引っ提げている。
端的に言うとね、カッコいいんだわ、普通に。
金髪のストレートヘアをショートボブにしているのがアグレッシブさを醸し出しているし、ボン・キュッ・ボンなナイスなボディは背が高めで存在感がある。そこにピンヒールを難なく履きこなして闊歩するんだから。
しかも彼女といえば爪ですよ、ネイルアートですよ。派手で凝ったデザインのネイルアートが施されたその手はいつでも人目を掻っ攫う。
「ああっ! 本当にケイティは何でも似合うね素敵だね!!」
マイケルの愛妻家モードが発動してしまうと私のことなど眼中になくなるので今度はマイケルを無視して私はケイティの後ろに立つ。
「ネックレスもう少し短くてもいいね。これくらいかな」
首後ろでネックレスを少し引き調整するとケイティはなるほど、と頷いた。
「そうね、これくらいがバランスいいかしら」
今着けているネックレスはいぶし銀の幾何学模様の入ったパーツをポイントに濃い茶色の木材を台座にしてブラックリザードの鱗が乗ったものが中央にある側紐のネックレス。それと御揃いのブレスレットと私がこれはケイティが好みそうだなと初めから思いついていたピアスも着けている。
「これでダンジョン入るわぁ」
「じゃあネックレスの長さ調整してく?」
「うんお願い」
そして翌日。
ケイティから意外な提案をされることに。
「「は?」」
告げられた事に理解が追いつかず、夫婦揃ってちょっと抜けな声を揃って出してしまった。
「だからぁ、このトンボ玉を使ったものは無理でも他のアクセサリーを作ってくれない?」
「えっと? 今言った数が、ちょっと、確認が必要な気がするけど?」
「全部で千ってところ?」
「多い多い! いきなりは無理だから!!」
「直ぐとは言わないわよ流石に。でも昨日ダンジョンに入った時に凄く声を掛けられたのよ」
「いやぁ、凄かったよね。ケイティに似合ってるから皆声をかけたくなるんだよ」
マイケルはちょっと黙ってて。
「何がどうなってアフリカンアクセサリーを千も必要とするのよ」
「だって、このククマットに来れる人なんてこの大陸単位でみたらほんの一握りじゃない。そのうちここで販売されるわよって話になると途端に皆諦めるのが見てられなかったの」
あ、そうか。
時々忘れてしまうこと。
交通網が未熟なこの世界で自由に大陸を行き来する事が出来る人は一握り。
皆、何日も、何週間も、時には数ヶ月かけて移動して目的の地へと向かう。
殆どククマットから動かない私はその現実を忘れがち。
だからこそ、移動販売馬車や侯爵家との共同販売や特別販売占有権に登録して誰でも作れるよう、買いやすいようにしている。それでも沢山の人に買ってもらうことをカバー出来ている部分は限られている。
「定期的にテルムスやロビエラムのダンジョンに行くでしょ? その時に私とマイケルがそのダンジョン近くで露天商でもしたらいいんじゃないかと思ったの。移動販売馬車を使うと規模が大きくなりすぎるし、そこに首を突っ込むとバミスとアストハルア公爵やツィーダム侯爵が黙っちゃいなそうだし」
「確かに、まあ、そうかも……」
移動販売馬車の稼働は現在国内でもかなり限られた場所だけになっている。それはまず移動販売馬車を使った商売の方法自体が特別販売占有権に登録されておりその版権が高額であること、馬車が他の馬車より大きく重いため走らせられる道が限られること、そして諸々の負担を軽減する手段として転移が得意な獣人さん達の手を借りる、『合意職務者』の契約が最も信頼出来、安く済むけれど獣人を雇う事に抵抗があったり忌避する土地がベイフェルア国内では圧倒的多数のため私も関係者も現在移動販売馬車を周りに無理に勧めることが一切ない。
それらの事が重なって起きたことが、移動販売馬車の稼働についてバミス法国とアストハルア家、ツィーダム家、そしてクノーマス家による独占。
ツィーダム家は採掘後の未加工だったり不純物の多いの低価格な鉱石を、アストハルア家は国内一・大陸有数の布の生産地であることを活かした反物の移動販売についてそれぞれ相談してきたので内容を精査した上で私が移動販売馬車の使用を許可して最近販売を開始した。これによって他の貴族や商家が国内でトップクラスの地位と権力、財力を持つその二家を敵にするのは得策ではないと判断することになり、それもあって移動販売馬車の版権を購入する家がほぼ無い状況が作り出された。
これはバミス法国にとっても都合が良く、移動販売馬車と『合意職務者』をいかに効率よく国内で運用出来るかという試験運用に集中出来る環境が出来上がったため、それを邪魔させまいと多方面に圧力をかけるようになったらしい。その圧力は当然、国内で先手必勝とばかりに版権を購入したツィーダム家とアストハルア家にとっても都合が良かった。バミス法国が睨みを利かせてくれることでバミスの情勢を無視できないベイフェルア国内の商家や親交のある有力者が参入に躊躇うという奇妙な盾によって守られることになったから。
なので現在、クノーマス家を除きバミス法国のツィーダム家とアストハルア家は利害関係が一致している、と言っていいのかどうか分からない微妙な関係ではあるけれど、多くを語らず、のスタンスを貫いて周囲に何となく『三者のどこを突いても碌なことにはならないぞ』という勝手に出来上がった雰囲気をそのままにしている。
「あの状況にわざわざ首を突っ込むなんて面倒したくないわ」
ケイティがそれはそれは嫌そうな顔をしてそんなことを繰り返して言ったので余程関わりたくないんだな、と。うん、わかる。特にツィーダム侯爵様とアストハルア公爵様がなぁ……あの二人は根本的に相性が悪いんだと最近思うようにしてるくらい、いつもバチバチなのよ。ホント、あの二人の喧嘩にだけは巻き込まれたくないのよ。
「だからね、軽い感じで出店が楽な露天商をしたいなって思うのよ。千ていう数はいきなりじゃないわよ? 小さな規模で気軽に出店することを考えて数回に分ければそれくらい必要かしら、ってね」
「ああ、それぐらいなら平気かな?」
それに合わせる訳ではないけれど、アクセサリーに関して最近考えていたこともついでに話してみる。
「ケイティ、広告塔やってみない?」
日本の情報が氾濫していたあの環境が懐かしく恋しく思うくらいには、この世界は情報が回るのが遅く、そして回る範囲も狭く、なにより質量が明らかに乏しい。
宣伝そのものが難しい環境なんだよね。
そこで『歩く広告塔』がいればいいと思い付いたまでは良かったけれど、情報も然ることながら移動も大変なこの世界。歩く広告塔が出来る人がいない。
でもここに来てケイティ自身が露天にて物を売ってみたいと言ってくれた。
「売りたいアクセサリー提供するかわりに、一定期間それを身に着けて冒険者活動をしてほしいのよ。で、その期間が過ぎた頃にケイティには露店をしてもらうと効果的な気がするんだよね」
「露店だけでも売れると思うわよ?」
「ただ売るならね。物珍しさとか、品質には自信があるからケイティがそれを売ってくれるだけでも十分なんだけど……せっかくならカッコいい使い方を知って欲しいじゃない」
穀潰し様ことハシェッド・ボンボン。あのキーホルダーが季節を問わず売れている。あのフワフワ感と物珍しさがどうやらウケたらしいんだけど、ケイティはそれをバッグのキーホルダーとしてではなく腰のベルトに下げておしゃれアイテム的な使い方をしている。なんてことはないのよ、『なんか可愛いから』とホントにぶら下げてるだけ。でもそれが彼女の使い方を目の当たりにした人たちに衝撃を与えたのよ。
「いたよな? 着けて歩くヤツ」
「いたね、普通に」
ハルトとは緩い会話で済んだのに、『感銘を受けた』と大げさに反応した人たちが多かったのよね。特にククマットに立ち寄る女冒険者さんたち。ケイティは元々女冒険者さんたちの憧れの的で、ネイルアートを取り入れてから更にその立場が確立されていった感じ。彼女を見かけてキャアキャア言う女冒険者も少なくない。
なので、最近の女冒険者さんたちの流行りは腰に穀潰し様をぶら下げ揺らして歩くこと。お陰様で大きめの穀潰し様のキーホルダーがよく売れてます。
ただね、単にケイティが着けているから、という理由だけではあれ程売れない。そこにはやはり、ケイティの女冒険者としてのオシャレに拘りがありそれが人の目に新鮮かつカッコよく映るからこそ。
「そうだね、ケイティならなんでもカッコよく使いこなせるね!」
マイケルがべた褒めするのをさらりと流し、ケイティがちょっと恥ずかしそうに笑う。
「私にそんなの務まるかしら?」
「ケイティじゃないと意味ないわよ」
「そう?」
「是非受けてほしいなぁ」
「……ああ、もう、わかったわよ。あなたのお願いに弱いんだから私は」
こうして、アフリカンアクセサリーを中心に、ケイティが歩く広告塔をしてくれることになった。
ちなみに、ケイティ達は主にテルムス公国とロビエラム国で魔物討伐をするため、彼女が気まぐれに開く露店はほぼその二か国となる。
そのため、アフリカンアクセサリーは 《ハンドメイド・ジュリ》でも買えるのに売上人気共にテルムス公国とロビエラム国が圧倒することになり、この手のアクセサリーや小物の生産販売がロビエラム国内で一気に広まり盛り上がるきっかけになる。ロビエラムがそんなことになるのは勿論ハルトが首を突っ込んで来るからなんだけど、まさか 《ハンドメイド・ジュリ》で、ロビエラム国から輸入したほうが安く済むから生産止めちゃおう、なんてことになるのは数年後の話なので、割愛。




