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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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29 * トンボさん

 



 さて、ケイティから熱望された新しいタイプのアクセサリー。いや、新しいこともないかな? 男性小物は似たような物に仕上がっている作品が多いから。でも意図して作るのは初めてと言っていい。

 これに合わせてついでに開発を推し進める時がきたな、と。

「ついでなのか」

「ついでなのよ。何故なら、『またか!』って皆がきっとキレるから小出しにしないとね……」


 アフリカンアクセサリーの定義というのはイマイチ分からない。日本にいた頃残念ながらその手の物を作ることは無かったし買ったこともないのよ。

 ただケイティの興奮気味な説明からざっくりと言えばエスニックな雰囲気であること、これが大事らしい。エスニックと言われると何となくだけど想像しやすいのでそれを元にデザインは出来る。

 そして『はっきりした色合い』『大振りなパーツ』『素材を活かす』が加わると尚良し。

 噛み砕いた事で浮上した条件全てに合うものが頭に浮かんだ。


 とんぼ玉。


 とんぼ玉の起源は古く、古代エジプトで既に生産されていたとされている。

 その技術は世界に広まり、日本にも遅くとも奈良時代には秘匿されながらも伝わっていて作られていたとされている。江戸時代、当時の政策の一端でとんぼ玉の生産が禁止されてしまい、一時その伝統は失われたものの、技術の復元と継承が職人たちの手に委ねられ、現在は数多の作家による実に色彩豊かで豊富なデザインが世に送り出されガラス製品好き、とんぼ玉コレクターは勿論沢山の人たちの目を楽しませてくれるまでになっている。


 とんぼ玉、と一言で言うけれど実は製法は複数。


 ・巻き付け

 離型材を塗った芯棒(主に鉄、ステンレス)にガラスをバーナーで溶かしながら巻きつけて形や文様を作る。


 ・パート・ド・ヴェール

 ガラス粉を鋳型に敷き詰めてから加熱する。因みにアフリカのキファと呼ばれるものは主にこの技法。


 ・型押し

 溶かしたガラスを金属の型に挟み込んで成形する。星形、ハート形など巻き付けやロールでは形成が困難な形を作る際に使用される。


 ・管引き

 中空のガラス管を作り、希望の長さに切ったあと断面を研磨する。シードビーズ(一般的によく目にする小さなビーズ)を作る際に用いられる。


 以上の他にも製法があり、とんぼ玉だけでも複数の製法があるんだけども、おそらく日本人が『とんぼ玉の製法は?』と聞かれて一番思い浮かぶのが巻き付けだと思う。だってメディアで紹介されるとんぼ玉製作の殆どがそれだったからね。しかもクラフト素材専門店やホームセンターで手に入るとんぼ玉に必要な道具・材料も巻き付け用が圧倒的多数を占めていた。

 ちなみに、ガラスビーズは全部トンボ玉……だけど、それは置いておく。説明が面倒だもの。


「で、なぜ今このタイミングで?」

「今ならあの巻き付けに使う長いガラス棒もつくれるっしょ! という技術がククマットにはあるからね」

「なるほどな」


 そう、トンボ玉の私が一番しっくりくる、そして作った経験がある巻き付け。あれで最も重要なのがガラスの細ーい棒。

 様々な色、太さが用意されてこそ、無限のデザインが可能なトンボ玉。

 あの長く均一な長いガラスの棒をつくる技術がなければそもそも巻き付けトンボ玉は作れなかったわけよ。

 そこまで聞いてグレイは天を仰いで目を閉じた。

「……トンボ玉作りまで請け負えるガラス工房はあるか?」

 ないね!

 私のせいで今近隣のガラス工房は忙しい毎日をおくってるからね!!

「それともう一つ問題が」

「なんだ?」

「バーナーが必要なの。一点集中でガラス棒を熱して溶かせる火力の強い、手元で使える熱源。バーナーが用意できないとそもそも巻き付けによるトンボ玉は作れないから」

 グレイは天を仰いだままよ。

「……無理ではないか?」


 でも欲しいんだよ、アフリカンアクセサリーにはトンボ玉が使いたいんだよ!!

 そしてなにより。

「久々にトンボ玉作り体験がしたい!!」

「体験なのか」

「そう、体験。ガラスは私の領分じゃないし」














「お前はとんでもねぇものを作らせるつもりだな」

「つもりじゃなくて作って」

 ライアスにバーナーをお願いしたら、睨まれた。私の説明を聞いて彼はまずガス燃料がこの世界では現状用意できないので、火属性と風属性の二種の魔法付与で代用する必要があるだろう、しかもそれを手元で安定的に安全に使えるものに仕上げるとなるとかなり試行錯誤が必要となるだろうと。

「……今ある竈の改良から始めるべきか? まずは小型化だな、そこから……細い筒を通って、高火力と長時間持続させるための付与魔石の火と風の比率と……」

 なんだかんだ言いつつも作ってみたい、という好奇心に負けたライアス。うんうん、その調子、と私が頷いたら私とライアスはグレイに腕を引かれた。

「バーナーについては秘匿だ。いいな?」

 私達はよろけた体勢の、ちょっと無様な格好のまま互いにグレイを見上げた。

「バーナーの使い途は、物作りに留まらず武器に転用可能ではないか?」


「……ごめん、浅はかだったよね」

 私はテーブルに肘をついて手で額を抑えた。

「いや、いいんだ。好きにしてくれ、ジュリの物作りを止めるようなことを私はしたくない。ただ、気を付けてくれ、ジュリの【知識と技術】は時として武器に転用可能な場合もある、と。それだけは忘れないで欲しい」

「うん、気をつける」

 今更ながら、私が使う道具、欲しい道具を驚くほど簡単に開発してしまえる恩恵がライアスにしか授けられなかったことに納得した。


 武器への転用。


 それをライアスはしない。だからそこ、セラスーン様が与えた恩恵なのだと。


 そもそも私は本来なら魔法付与がほぼ不可能とされているスライム様や脆い廃棄同然のリザード様の鱗を加工するだけで魔法付与が出来る状態にしてしまう。その不思議な力は恩恵としてキリアとフィン、そして微弱ながらも他の恩恵持ちにまで与えられている。まあ、何故か非攻撃魔法系のものしか付与できないという謎の制限があるおかげで武器への転用が出来ずにいるけれど、でも逆を考えると、戦場で補助魔法、非攻撃魔法付与されたものが多く出回ればそれを多く所持する方が生存率は高まる。つまり、戦況を左右する。

 それの最も発揮された例が『覇王』騒ぎの時。

 事実、あれ以降 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》で作られた当時フォンロン国に提供したアクセサリー類で破損しなかったものは転売やオークションに出されるようになった。


 ある意味、争い事を優位に進めるための『武器』として見做され始めた。


 だからこそ、私は意図的に不純物としてガラスの粉末や金属パーツ、押し花などを多用し付与が出来ない物に仕上げるようにしている。そのことばかりに気を取られて忘れていた。

 ライアスの作るものは、道具。

 武器への転用がし易い。

 まして、今回頼んだのは手元で扱える高火力のバーナー。

 持ち運びできる熱源。

 グレイはその危険性を直ぐ様見抜いた。

 火魔法が使えなくても火による攻撃が可能になるかもしれない、と。


「バーナーが出来たとしても……トンボ玉を作る人を制限する必要があるね?」

「ああ、これに関しては譲れない」

 きっぱりとグレイが言い切った。私の物作りに対してこういう物言いは珍しい。それだけグレイからするとバーナーは危険なものと言うこと。

「……巻き取りによるトンボ玉制作は」

「諦めなくていいからな」

「え?」

「諦めないでくれ、ジュリは、作りたいものを作ってくれ」

「グレイ……」

「そのために私がいる。駄目なことは駄目、危険な事は危険と私は必ず言う。言うが、それは物作りに対して駄目だ危険だと言っている訳ではない。どうしても私達とジュリの知識や価値観にはズレがある、そのズレが齎す事でジュリの身の安全が脅かされるかどうか、そのことを言っているのであって、ジュリがしたいことを止めたいのではないことだけは理解してくれ」

「……うん」

 グレイは両手で私の手を包み込むように優しく握る。

「だから、作っていい。トンボ玉作りはバーナーを預けられる信頼できる人選から始まる、そうなると思うように生産・販売には繋がらないだろう。しかし、ジュリは好きに作ればいい、秘匿することや制限することは私が都度伝えるから。それを聞いてジュリはどこまで世に広めるか、伝えるかを考えてくれればいい。物を作ることを、諦めないでくれ」


 なんか、泣きそうになった。


 私はホントに、この男に守られているんだと、思い知らされた。


 守られて、好きにさせてもらっている。


 スライム様しか倒せない非力な私がこの世界で生きていられるのは間違いなく、グレイのおかげ。

 私のために何でもしようとしてくれるこの男の為にも、私も少しは強くなりたい。


「うぅぅぅっ」

 急に泣きそうになった私にギョッとしてグレイは狼狽えながら顔を覗き込んでくる。

「ど、どうした?」

「グレイ愛してるぅ、せめてかじり貝様をこじ開けられるようになるからねぇぇ」

「愛しているは嬉しいが……すまない、なぜかじり貝が出てきたのか全く分からない」

 旦那を混乱させた。












 さて、バーナーの件があるのでトンボ玉に関しては巻き取り以外の技法による製作をガラス工房に依頼した。ただし、トンボ玉に人を回せるほど暇な工房はないのでできる範囲でやりたいときだけでいいよぉ、とだけ伝えてある。

 巻き取り以外の技法は、様々な形のビーズはもちろん、ガラスビーズの小型化に繋がる技術の進歩と発展のきっかけともなるので各工房にはのんびりでいいので技法の確立をしてもらえたら儲けもの、と軽い気持ちで密かに期待しておく。なにせ巻き付け以外の技法は私詳しく知りませんので、お得意の丸投げになりますので、流石にこれ以上の無茶は言いません。


 まあ、それでも自ら巻き込まれる人はいる。

「アンデルさーん、流石!」

「おう、これくらいならな」

 長ーいガラス棒を早速作ってくれまして。素晴らしい、なんと色付きも数本用意してくれたんですよ!!

「あとはバーナーだけ……と思ってたら」

「あるのか」

「あるの、ライアスが作っちゃったの」

「それ秘匿モンだろ」

「そう、なのに提案からたった三日で出来上がった……」

「何なんだアイツ」

「私もよくわからない。なんだろうね、ライアスって。試行錯誤することになるって言ってたのに」

「お前専用のハサミの調整より短くねえか?」

「おかしいよね。私のハサミの調整に一週間もかかるんだよ」

 シュイジン・ガラスのことで互いに秘匿技術を共有しているアンデルさんなので、今更秘匿するものが一つ増えようがなんてことはないので巻き取りトンボ玉に必要なバーナーを見せてのこの会話。グレイなんてもう達観した顔して『ライアスだからな』の一言で済ませている。


「高火力で筒を通ることに重点をおいたから火力調整はほぼ出来なかったぞ、そこは今後改良する必要があるな。あとはもう少し本体の小型化したかったんだがなぁ、魔石の配置と魔力の通りの関係でどうしても今はそのサイズが限界だし、小さいせいで面倒事に巻き込まれるならそれでもいいだろ」

 とかなんとか饒舌に語ってくれたライアス作のこの世界初のバーナー、魔石バーナーはテーブルと一体型で天板から細い筒が斜め上に向かって突き出ている。因みに、高火力に耐えられる、そして安定感あるテーブルに組み込まれたので総重量約三十キロになり、持ち運びには向かない物になった。これは万が一バーナーの事が世間に知られた時の事を考えて意図的に大型に見えるようにして軍事転用が難しい物と偽り一時的に他所での開発を遅らせる為にライアスがやってくれたのよ、流石。


 ケイティにはトンボ玉について話してしまっていたのでバーナーについての懸念事項を説明し今の段階では量産・販売が出来ないことを伝えた。

「なんだ、そんなこと? 私のものさえ作ってくれればそれでいいわよ! 他なんてどうでもいいわ!!」

 と至極自分本位なことを言いながら笑ってたわ。でもこういう時『勿体ない』とか『どうにかなればいいのに』なんてことを言わないでくれるだけでもありがたい。案外ケイティのワガママや身勝手な発言は、遠回しだけど私の為になることが多いのでこの人なりの気遣いなんだろうな、と思ったりする。それを伝えると照れくさいのか誤魔化されるんだけどね。

「とりあえずケイティ好みのアクセサリーはそれなりの数は作れそうだから早速作っちゃうよ」

「ジュリ大好きぃぃぃ」

 迫力満点のお胸を押し付けられながら抱きしめられた。ねえ、だから私それやられると窒息死する可能性があるから止めて。


 リザード様の変異種であるブラックリザードの黒く透過性のある鱗。

 それと相性の良い濃茶の木材。

 そして用意できる数は限られるものの、多彩な色合いと模様が作れそう (練習あるのみだけどね!)なトンボさん。

 そこに既存の金属、木製、天然石のビーズを組み合わせていく。

 どっしりとした、ナチュラルかつ独創的なデザインはエスニックもといアフリカンアクセサリーらしいものになりそうだね。


 ハンドメイドらしいアクセサリー作り、楽しいぜ!!

 わはははは!!


「ところで」

「うん?」

「私の為のものは?」

「……大丈夫、忘れてないから」

「今の間はなんだ」

 旦那が目を細めた。

 笑って誤魔化しておく。

「そしてトンボ玉ではなくトンボさんなんだな」

「トンボさん、かわいいでしょ」

 かわいいよね?





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― 新着の感想 ―
 現代兵器なら火炎放射器、ファンタジー世界なら『火尖槍(かせんそう)』だな。
[良い点] シードビーズもとんぼ玉だったんですね。初めて知りました。シードビーズできたら、創作の幅広がりますね。初めて買ったビーズ手芸の本がアクセサリーだけでなく、ビーズ刺繍やビーズ編みのバッグの作り…
[一言] バーナーの技術が流出したら…… 世紀末モヒカンが汚物は消毒だー! ってやり始めるかも知れない(なんと恐ろしい)
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