29 * 変異個体なので少ないんです
リザード様の武具には出来ない脆い廃棄鱗を扱うようになってから定期的にその廃棄鱗がトミレア地区にある各工房がちゃんと色別に仕訳したものを送ってくれるんだけど、今日はその到着日じゃない上に、グレイと私たち二人宛で懇意にしている工房から『こんなの入荷しましたよ、良ければどうぞ』と届いた。
リザード様でも珍しい色の鱗が入荷し、当然それにも武具には使えない部分があるので私なら興味を持つだろうと気を遣ってくれたみたい。ありがたいことです。
「え?! 凄いね、これは」
つい声が弾む。
リザード様の鱗は希少種のメタルリザード様含めて全ての鱗を扱って来たけれど、これは紛れもなく初めて見るもの。
それは、黒い鱗。
実はドラゴン筆頭に魔物は『ブラック』と付く種は軒並み希少種であり、凶暴で強いため危険・災害指定されている上位種が多い。
けれど、『ブラックリザード』に関してはブラックでも少々事情が異なる。
「変異個体だ。黒いリザードは各リザード種が発生する魔素溜まりやダンジョンで稀に発見される。黒のみが発生する場所というのがなくてな、個体として多少俊敏性や物理耐性が強くはあるが魔法付与に深く関係する属性は元の色に準ずるから武具として利用される場合は色よりも結局は元の属性が重要視されることもあってブラックリザードという種としては認定されていない」
「へえ、ブラックリザード様って種としてはないことになってるんだ?」
「元はリザード種のどれかで、条件などはまだ分かっていないが変色しているだけだからな、仕方ないことといえば仕方ないことだ。これはロスターム伯爵領で見つかったと聞いているから、おそらくあそこのダンジョンで発生する、グリーンリザードが元だろう」
グリーンリザード様の鱗はリザード様たちの鱗の中でも特に人気の色。部位にもよるけどエメラルドグリーンを濃くした色の部分だけを集めて作られた防具は店頭に並べたら安くても二千リクルはするのにその日に売れちゃうってくらい綺麗なのよ。
その綺麗な鱗がどうしたらこんなに真っ黒になるのか。
うーん、さすが魔物。理不尽で摩訶不思議。生まれた時から黒いのか、途中で黒くなるのか、それすらも分かっていないらしい。なにせ個体数が少なく観察や研究も思うように進まないそうで、しかも見つかっても基本リザード種は凶暴なので生きたまま捕獲が難しいとのこと。研究どころか捕獲する前に大怪我させられるか最悪食べられる危険があるって。
「リザード様って人間食べるんだ」
「食べる」
「……」
断言されてもね、困ります……。
「特に魔力の多い者を狙ってくる。魔力感知に優れているうえにその魔力を吸収し属性魔法耐性を一時的に増幅させることも出来るから魔導師を執拗に狙い食べる個体もいる」
リザード様の口に魔力が豊富なリンファやマイケルが挟まっている想像をしてしまった。でも、なんでかな。あの二人が笑顔で自分を食べようとしていたリザード様を輪切りにしているところまで見えてしまった。
色々と怖いな、なんてことを思いながら想像をかき消していると、グレイはその一枚を指で摘まんでチラッとこっちを見てきた。
何よ?
「……」
だから何よ?
「何を作るのかと思って」
「箱開けてものの数分で未知なる素材からすぐに何かが出来ると思わないでくれる?」
今日はキリアが休み、フィンは 《レースのフィン》でフィン編みの講習会、新しい素材を一緒にあーでもないこーでもないと言いながら相談出来る人たちがいないので、珍しく久しぶりに一人で考える。
この黒い鱗のリザード様は当然一体のみの入荷だったので、手元に届けられた鱗はさらにそこから廃棄と見なされた脆い鱗、バケツ一杯のみ。それなりの量があるけど、でもこの先いつ入手できるか分からないことを考えるとこのバケツ一杯でも貴重だわ。
おはじきサイズは見慣れた大きさだけど、皮と接している部分がいつものとは違う。普通接している所は白く濁り、細い三日月のような輪郭があるんだけど、これにはそれが全くなくて、僅かに濁った灰色が確認できるだけ。
パッと見、黒いガラスみたい。この黒い鱗をまとったドでかいトカゲ……想像してみたら迫力あるね。でも艶々で綺麗で重厚感ありそう。魔物に重厚感なんておかしな話だけども。
「ん?」
指で摘まんでランプにかざしてみると。あれ? これ、もしかして透過性ある?
「ほう? 真っ黒だと思っていたが通常のリザードと同じで脆い部分は色が薄いのか」
グレイも初めてそれに気づいたようで、私の隣でしげしげとランプにかざした鱗を見つめている。
「透けてるよね、これ。リザードの鱗は元々透過性高いからその名残かな?」
「そのようだな」
黒ガラスとも黒曜石とも違う、独特の黒。なかなかいいわね。
でも、これをどうするか?
透過性があるとしても、ランプにかざしてようやく分かる程度だからねぇ。ランプシェードやランタンには使えないし、そもそも数も少ない。
「やっぱり、カフスボタンとかかな? 軽く研磨して台座に乗せるだけでもいいよね。アクセサリーに仕上げるのがいいかも……」
グレイの目が輝いた。
なるほど? 黒い色のものって少ないからね、こういうの期待してたってことだ。
この黒と丸みを活かすのに手っ取り早いのは最初に挙げたカフスボタン。グレイがとても欲しそうなので後で金や白金の台座を用意して作ってあげましょう。凝ったデザインにしなくても金や銀と合うんだよね、黒は。
でもそれだけじゃつまらない。
「……濃い色の木材とも相性良さそうだよね」
「木材?」
「うん、濃い焦げ茶色の木材に、何か彫刻を施した台座。台座は丸、正方形、菱形あたりかな? その中央にこの黒い鱗。ペンダントトップやブレスレットに出来そうだと思って」
彫刻しないシンプルなのもいいかもね。そして大きめのインパクトあるイヤリングにもなる。ケイティが好きそうなものに仕上がりそう。
……というか、これ、作ってもいいんだけど、問題がある。
「問題?」
「これしかないでしょ? ということは、売り出せないわよ。売り出せないってことは、身内で処理。となると……争奪戦案件じゃない?」
しばし無言を貫き、グレイが笑顔。
「私が貰うから問題ない」
「全部?」
コクリ、頷いた。ああ、まぁ、それが一番周りを黙らせる効果高いんだけど。
ハルトが騒ぎそう。マイケルも笑顔で迫ってくるはず。イヤリングとかブレスレットに仕上げたらケイティが黙っちゃいないし、キリアだってうるさく言ってくる。
そして、スパイ。
どうせここにこの珍しい黒いリザード様の鱗が持ち込まれたの知ってるよね、優秀なスパイばっかりだから、今頃その情報を伝達するのに動いてるよね。
「大丈夫だ」
「何が?」
「力ずくで何とか出来る人間は何とかする」
グレイの笑顔の『何とかする』は恐い、本気だ。
ま、いっかぁ。本人がそう言ってるなら、任せる!!
案の定、キリアからは正面から非難された。
「あたしがいないときに届くとかあり得ない! そしてグレイセル様は横暴! あんたはそのグレイセル様に甘すぎる!」
黒い鱗の入ったバケツを抱えたまま三十分ほどそんな文句を聞かされたので、グレイが折れたのには笑ったわ。
「分かった、三分の一、これは私の分。ジュリと私宛に届いたんだからそれは譲らない。が、後は任せる」
「やったぁぁぁ! って……え? 任せる?」
キリアが喜びを爆発させた後、グレイの言葉に気付いてスンとなった。
「自分の取り分含め、誰に譲るか、売るか、任せる」
「ひっ!!」
珍しくキリアが悲鳴をあげ、グレイがニヤリ。私もニヤリ。
増えたからね、知り合いに立場のある人たちが。面倒だからね、断るのが。
「キリアなら大丈夫! 皆言うこと聞くから!」
グレイが私の無責任極まりない発言に同意を込め頷いた。
「……告知もなにもしないで時々通常商品に紛れ込ませて売っちゃえばいっか! 見つけた人はラッキーってことでどうよ、商長」
「キリアがそれでいいなら」
「それでいいよ、偶にしか発生しない黒色リザードが悪いってことで」
彼女の開き直りに感心しつつ、気持ちを切り替え二人でデザイン開始。
昨日思い付いていたのを大雑把に紙に描いて見せる。
「この形で刺し子の柄の彫刻があると嬉しいな」
菱形の濃い茶色の中央に黒色鱗に見立てた黒丸があるデザインを指差して、グレイはにっこり。
「懐中時計の柄とお揃いだとなおいい」
「その案採用です!」
グレイとキリアの意見が合った。誕生日プレゼントの懐中時計の柄が刺し子だったからね。確かにお揃いはいいかも。
木材特有の温もりと鱗の硬質感が絶妙よね。
「彫刻無しも素材を楽しむ感じがいいと思うのよ、ブックバンドの留め紐を引っ掻けるボタン代わりにしてもいいよね」
「あー、それ言おうと思ったのに」
「そう? でも他にもキリアなら思い付いたでしょ」
「鞄、リュックの飾りにもいいんじゃないかと思って。ワンポイントで使ってもいいし、カバーの両端に付けてもいいし」
「お、それいいね! だとすると、縫い付けられるようにボタンパーツか留め具接着出来るようにするといいかな?」
「だね。それとさぁ、高くていいから銀の台座で作らない? いぶし銀の台座に乗せたらカッコいいよ、チェーンでもいいけど黒の革ひものネックレスにしたい」
「銀は私も考えてた。黒の革ひもかぁ、いいねぇ」
「でしょ?」
「よし」
なに? グレイ。
「全部作ろう金は私が出す」
はいはい。
「デザイン料の代わりに完成品いくつか貰えるんですよね?」
「もちろん」
「じゃあ私がほしいもの確保したら残りをテキトーに気が向いたら店頭に並べて売っていくってことで」
「ああ、それでいいな。そうして小出しで売っているうちにまた黒い鱗の入荷があるかもしれないし」
副商長と製作主任がテキトーに販売することを決めてしまった。商長の私の意見は? え? どうせ面倒くさいって丸投げするだろって? よくご存知で。
木材への細やかな彫刻となると私達ではちょっとレベル的に難しいのでいつもお世話になっている彫刻師のヤゼルさんに相談したところ、お弟子さんに経験を積ませるいい機会だと若いビルツェさんという人を派遣してくれた。細かな模様を均一に掘るのが得意な人なので今回適任とも言える。
「かなり落ち着いた雰囲気だよな」
いつも作っているものが明るい色合いが多いせいか、ビルツェさんは完成した試作品を眺めてからちょっと驚いた顔をした。 《ハンドメイド・ジュリ》の作品たちに比べると地味に見えちゃうからね。
「あははっ、明るい色合いは意識して作ってるだけ。私は本来こういう落ち着いた色を好むよ?」
「ジュリはモノトーンが好きなんだよ」
「モノトーンって何処にでも馴染むっていう安易な考えも大いに含まれてるけどね」
なんて話で盛り上がってると。
バターン!!
扉が壊れそうな音だった。
「ジュリーーーーー!!」
ケイティが目をキラッキラに輝かせて突進してきて私を抱きよせる。ムチムチでボリューム満点な胸に顔が埋まったせいで私は呼吸ができない。
「なんだか素敵な物を作ろうとしてるって話じゃなぁい!!」
「うぐっ……ケイ……死ぬっ!」
「え? ああ、ごめん」
窒息寸前で何とか離して貰えたけれど、ケイティはそんなのどうでもいいみたいな顔してるわ。
「ねえねえ、どうせならアフリカンアクセサリー風に色々作ってぇ」
……アフリカンアクセサリー。
アフリカン、アクセサリー、ですか。
「ごめん、その手の物はあんまり作った経験がないの……」
「え」
「ていうか、アフリカンアクセサリーの定義が私は分からない」
「……えぇぇ」
ケイティの顔が一気に悲壮感漂うものになってしまった。
「えー、と。えっとね、簡単に言えば、エスニックな雰囲気のもの」
「あ、そうなんだ」
じゃあ今まさにデザインしてるものがそれに近いんじゃない?
「鮮やかな色の組み合わせは勿論、大きなビーズやパーツを組み合わせて、大胆なデザインな物が多いわね。難しく考えないで! ジュリは自由に作っていいのよ、それだけでいい感じに作れちゃうのがあなたでしょ」
焦った感じのケイティがちょっと可愛いなぁ、なんて思いながら私はアフリカンアクセサリーについて自分なりに纏めてみる。
「……要はエスニックでいいのかな?」
ごめん、言葉で表すの難しくて結局その一言で済ませてしまった (笑)。
「いいのよ」
私の手が止まるのは困るからか、ケイティがそれはそれは自信に満ち溢れた笑顔で肯定。
「こんなに色んなもの作ってるのにジュリにも知らないことはあるんだな」
さも意外そうにビルツェさんが呟いた。
いっぱい物を作ってるけどね、知らないことは沢山あるんだよ。
アフリカンアクセサリー。
調べてみたのですが色々なデザインがあるんですよね。これぞ定番のアフリカンアクセサリー! というよりも国や地域で特色がありそれを楽しむ、好みのものを見つけるのがアフリカンアクセサリーなのかな、と。
なのでケイティがジュリに作らせるためにその場でざっくりと説明をしたことがジュリの中で固定化されることをご了承頂けると助かります。
そしてここまで読んで頂きありがとうございます。
感想、誤字報告などいつもありがとうございます。
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