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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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29 * 切れ端にも使い途はある

 



 婚約式から数日後。


 ライアスの本業は金物修理。

 なので高額・希少な金属を除きあらゆる金属を取り扱う。最近は 《ハンドメイド・ジュリ》の道具の開発・制作の中心を担い各分野の職人さんたちと細かな制作工程の打ち合わせや調整などに関わってもらっているため修理の仕事からは遠ざかっている。

 そんなライアスがお弟子さんから相談されたのが、針金の切れ端を有効活用出来ないか、というもの。

 金属は溶かして再利用可能。専門の加工工房に買い取ってもらえるので無駄になるということはないんだけど、これが少々面倒。

 少量では買い取ってくれる所が少く、決められた箱や樽一つに満杯になった状態での買い取りが多いこと、それを自ら持ち込みすることが条件となっている。これは少量の金属を溶かすために炉に火を入れて何度も稼働させる手間を無くすためという理由から殆どの工房が設けている条件で、少量でも買い取りはしてくれるけどそもそも何度も持ち込むのは手間がかかる、という売り手側の都合もある。

「針金かぁ」

「そんなに邪魔になるものではねぇんだけどな。天然石や魔石を針金で巻くようにしてアクセサリーパーツにして売ってるだろ? あれを見てもっと他の活用法があるんじゃねえかって思ってたらしい」

 同行していたセティアさんが頷く。

「針金をあのように使うなんて今まで誰も思いつきませんでしたからね。あれのお陰で気軽にペンダントトップを付け替え出来るようになりました」

「ああ、あれは画期的って言われたからね。現にいまでも人気があるし」


 全体的に加工技術が未熟なこの世界なので、私が召喚された頃はまだ小さな穴を開ける技術がある工房が少なかった。今では天然石、魔物素材、魔石など様々な素材に小さな穴を開ける技術が向上し続けているけれど、当初は試行錯誤ありきでの穴あけだったので無論失敗が多かった。失敗する分だけ物が廃棄になってしまうので、それをまずは無くすためにと私が始めたのが針金で石を囲ってしまいそのままペンダントトップにして売るというものだった。これが石の形をわざわざ研磨で変える必要がなく加工賃も安く済むという作り手側と、気軽に安く石のネックレスが身につけられるという買い手どちらにとっても利があることから直ぐ様受け入れられた。それが今でも人気でお店でも欠品させることなく品揃え豊富にしている商品の一つとなっている。

 そんな感じで針金をもっとアクセサリーに有効活用できないか? と言われるとねぇ、ちょっと難しい。

「あったら既に販売してるけどね」

「確かになぁ」

「……アクセサリーに拘る必要はないか」

「ん?」

「文房具ならいける」

「お?」


 製紙技術が未発達なので文房具そのものが少く、開発も進んでいないこの世界。でも最近はハルトの無茶振りでロビエラム国では紙の品質が飛躍的に向上しはじめているのでククマットではその紙を仕入れたり技術を学んだりと追随している影響から文房具の開発に必要な下準備は整いつつある。

「ゼムクリップって知ってる?」

「知るか馬鹿野郎」

 即答ありがとうライアス。セティアさんが苦笑してる。

 紙を数枚まとめておくのに便利なアレですよ。

 細長い渦巻きみたいな。

「全然わからねぇよ」

 ごめん(笑)。

 針金の切れ端を手に取り曲げてみる。私の知るゼムクリップよりも太いかな? でもその硬さは私が素手で曲げるのが難しいので適していると言える。

「手は勿論ペンチで一つずつ加工は大変だから専用の道具の開発は必要だね、形も大きさも揃っているといいからなおのこと。でもまずは試作して、どうやって使うのか見てもらおうか」














 ライアスにペンチで即席で作ってもらったゼムクリップ。使い方をライアスに説明すればなるほど納得とその有用性を理解し早速専用の道具の設計を始めるとウキウキしながら作業場にこもってしまったので、完成した試作ゼムクリップを持ってセティアさんと共に事務処理中のグレイとローツさんの所へ向かう。

「えー、なにこれ面白い!!」

 一番よく使うであろう二人を押しのけて、キリアがゼムクリップの付いた紙を両手でしっかり押さえて離さない。

「便利だね、これ! そっか、穴あけパンチで穴を開けて綴じなくてもいいんだ?!」

「並べ替えたり差し替えたいものは一旦これで纏めておくと便利でしょ。複数枚纏めたものを重ねても嵩張らないから打ち合わせや会議の書類を人数分用意して置くのにも便利よ。ただし、あくまで数枚を臨時で纏めておくのに便利というものだから厚みが出るものやバラバラになっては困るものは今まで通り穴あけパンチを使って綴るのがいいよね」

「確かにバラけちゃうと困るものには使えないね」

「こういうのは用途に合わせて使い分けるものだから、いくら便利と言っても出来ないことは出来ないし、向いてないことは向いてないとちゃんと区別して適したものを使わないと結局無駄になることも多いのよ」

「なるほどぉ」

「いずれは便利だって使う時期はくると思うけどまだまだこの手の分野のものは需要が低いのが難点。だからゼムクリップに関しては作って売るんじゃなく、受注生産の体制で当面は行こうと思う」

「はい」

 ローツさんが手を挙げた。

「《ハンドメイド・ジュリ》で百個、関連の事業所に百個、領民講座で百個、合計三百個よろしく」

「はい」

 今度はグレイ。ローツさんを真似て手を挙げた。

「父や兄が欲しがるだろうからそちらに二百よろしく頼む」

 いきなり五百。

 まだ簡単に統一された形に針金を曲げる道具がないので。

「当面完全手作りなのでお一人様十個までとさせていただきます」














 文房具として、機能性のみのゼムクリップ。

「なにしてんのよ」

 キリアが不思議そうに私が描くものを見ている。

「ああ、これ? ゼムクリップのカワイイバージョン。針金の曲げ方で動物や花とか、可愛く出来るんだよね」

「ほー」

「キリアも描いてみてよ、針金を曲げて作るから、描く時は一筆書きにするのがコツ。それで形良く綺麗にそれなりに見えるようにしてみて」

「オッケ~」

 覚えている限りでもかなりの種類があったと思うんだよね、可愛いゼムクリップって。しかもカラーリングされてカラフルだった。今のところカラーリングまでは求めていないけど、折角なら可愛いのが欲しいところ。

 そんなことを思いながら描いて数分後、キリアがテンション高めに私に描いたものを突き出してきた。

「これどう?」

「……ああ、まあ、一筆書きではあるけど……ここまでくると文房具じゃない」

 一体どれだけ長い針金を使うことになるのか、そしてこれを作れる人はいるのか、という一筆書きの蝶。

「これ、重くて大きくてクリップとしては使えない、ごめん、商品化は無理」

「ちっ」

 舌打ちしないでよ。芸術的なので需要がないわけではない気もするけれど私が欲しいのはあくまでも文房具なの。


 重さや大きさ、そして一つを作るのにかかる手間を考慮するとハートや星、動物など輪郭で表現出来る無難なものに落ち着いた。

「こういうのをさ、学校で当たり前に使える環境になったらいいなって思う。友達同士で見せ合ったりどこで買ったか情報共有したりね」

 ウサギ、犬、猫、など思いつく限り一筆書きの簡単なデザインを並べて二人で満足し、そんなことを言えばキリアは私の言葉に何か引っかかりを感じたらしい。

「……前から気になってたんだけど」

「うん?」

「もしかしてジュリたちがいた世界って、一人一人こういう文房具持ってた?」

「うーん、そうかも」

 すると彼女は暫し無言で。

「なによ、どうしたのよ」

「すっっっごい贅沢じゃない?!」

 まさかの返しに私はぽかんとしてしまう。

「こんなの買う余裕のある家庭ばっかりって、あんたの住んでた国はどれだけ豊かな国だったのよ!!」

「……あー、キリア。前にも言ったけど、大量生産が可能な技術と、それを支える交通網が発達してたのと、それらを全て監視して不便なく流通させるシステムが確立していたからね。このデザイン系のゼムクリップで言えば十個入って一リクルくらいで買えたのよ、そこはもう文明の力が非常に大きかったから」

「……ずるいわぁ」

「んなこと言われてもね」

 不貞腐れた子供並に分かりやすく不満を顔に出すキリアだったけれど、今度は首を傾げる。

「ねえ、もしかして、ジュリが作りたいと思ってる文房具って、もっとある?」

「あるよ」

「作ろう! 商長作りましょう!! 子どもたちの為にも沢山開発しましょう!!」

「あんたが欲しいだけだろうが」

 こうなるとしつこいキリア。しかし、私は黙らせる。

「何度も言うけど、開発するための基盤がまだまだ未熟なの。作れたとしても、一部の富裕層のみのものになりかねない。いい例が算盤。私が珠の大きい、桁数も少ない大きな算盤を作るまでは私の世界にあった基本的な算盤とほぼ形が変わらなかったせいで高級品だった、そのせいで学力向上の一助となる前に一般に普及出来ずに学習用品になりきれず高級品のカテゴリから動くことが出来なかったこと忘れた? 私がここで文房具を手当たり次第に作っても結局構造や素材の問題で高級品になったら意味がないわけ」

「うっ、そ、そうだけど……」

「いい? キリア、穴あけパンチ、あれはね、そもそも丈夫な素材と構造のものだから量産に向かず高くても、一個あれば長く使えるし共有して使えるからいいの。文房具として使えるものの中でも穴あけパンチは特殊だと思うよ、大半の文房具は小さくて持ち運びがしやすくて消耗品であることが前提にある、それを無視できないんだよ」

「ううっ」

「わかった?」

「……分かった」

「それと……ゼムクリップはね、針金の切れ端の活用っていう利点がある。あと、内職。専用の加工器具が完成すれば、押し花のように内職に回せる仕事になって一個単位の加工賃も職人よりも安くなる。内職をしたいっていう人がまだまだ沢山いるから、その人たちに委託できる仕事にもなる。そういうのも考えて開発しなきゃいけない。 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》で作れない物は、そういうことを無視できないんだよ。ちゃんと覚えておくように」

「……はーい」


 文房具についてはグレイからも何度か他にもあれば開発すべきでは、言われてきた。

 けれどその度にぶち当たるのがそれを作るための工具からの開発になること。そもそも大量生産が難しい手作りが主流のこの世界、工具の開発からとなるとかなりの投資と時間が必要となる。特に、工具となると私の知識だけでは対応しきれないので、開発から手詰まりになることも想定しなくてはならない。小さいものの量産となれば、丈夫なだけでなく精密さも要求されるのでその工具を作るための高い技術力が必須となる。

 恩恵によって強化された道具開発のエキスパートであるライアスだって試行錯誤ありきで私達が使いやすい便利な道具を作っているのだから、あれを作ろう、じゃあ開発しようと簡単に進められているわけではない。


「キリアが駄々を捏ねたらしいな」

「それ誰情報?」

「レジ締め担当から。キリアさんが無茶振りしてましたよと笑って教えてくれた」

「ま、キリアのものつくり欲求はいつものことだから」

「文房具を作って欲しいと騒いだんだろう? 納得したのか? カンタンに開発に着手出来ない理由について」

「んー納得したかなぁ、あの顔」

 私が首を傾げるとグレイは吹き出すようにして笑い出す。

「それは困るだろう」

「そうでもないよ?」

「そうか?」

「だってキリアのあの欲求って大事だからね。あれがなきゃ、今まで発売してきたものってもっと発売時期は遅れてたと思うし」

「確かにな」

「……時々、暴走するのは私一人で十分だよ、と思う時はあるけど」

「はははっ!」


 後日、試行錯誤の末に針金を固定しあの独特の形を均一に加工出来る工具を開発したライアス。

 針金の先端を切り落とす際、切り口が鋭利にならないペンチも共に開発し、その二つの専用工具は複数作られククマットに新たな内職を生み出す。

 ハートや星型などデザイン性の高いクリップについてはそこから少しずつ専用の工具が開発されるけれど、それは低価格な紙が一般に広く普及すると同時期になり、雑貨屋などで複数袋に入ったものが気軽に買えるようになるまでここから十数年を要することになる。


 ちなみに、拘るととことん拘るライアス。

 キリアが一筆書きで描いた蝶の大きなゼムクリップ……としては使えないものをペンチ一つで作り上げた。

 気を良くしたキリアは時々とんでもない一筆書きのデザイン画を描いてライアスに渡し、ライアスがそれをデザイン画通りに作り上げるということをしているうちに、知り合いの貴族たちがそれを収集するようになり、それがきっかけで針金一本で物を表現する針金アートなる新しい芸術の先駆けとなる。

 砂絵師の第一人者ユージン・ガリトアと共に芸術の分野の資料や教本に二人の名前が端っこに載るのはライアスはおろかキリアや私達が死んだ後の事になるので……。

「また作ってんの?! 何個目よそれ!!」

「いいじゃんライアスが作りたいって言ってるんだからさぁ!」

「ライアス! 他のこと終わってるんだよね?! 終わってないならそれ取り上げるから!」

「うるせぇなぁ」

「うるせえじゃねぇわ! やること終わったかどうか聞いてんの!!」

 芸術が生まれるなんて思いもしない私達は、その針金からゼムクリップが何個作れるんだ! とか作りたいもの作って何が悪い! と、他の人が聞いたらそんなことで喧嘩をするのかと思うことで喧嘩を繰り返すことになる。

「平和だな」

 その喧嘩を眺めてグレイがそう呟くようになるのはわりと近い未来、だったりする。



たかがクリップ、されどクリップ。

タブレット、スマホの普及でペーパーレスが進む我々の世界とは違い、これからようやく発展の兆しを見せ始めたこの世界では需要が伸びるものなのです、たぶん。

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界の紙ってまだ厚そうだから地球でいうちょっと大きめのゼムクリップが求められるね
[良い点] そのうちダブルクリップも欲しくなりそうです(笑) ライアス先生なら作れると謎の信頼感。 そして、キリアさんにカラフルなゼムクリップも可愛いよ、と悪魔の囁きをしてみたくなりました。
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