29 * 似合う色を
こういう時、普通侍女さんや執事さんが公爵夫人を呼びに来るもので、本日の主役はひょいひょい表に出てくるものではない。
ロディムの今日の正装はシイちゃんとガッツリ合わせたものだし、それ込みの婚約式。招待客にこれから二人が婚約することが見た目でも分かる服を先に誰かに見られちゃったら、ね。無意味になるとまではいかないけれど、感動が薄れるし、何回でも言う、そのカップル感満載のお揃い込みの正装コーディネート……。
「明日、あなたは私の説教を一日聞きなさい。いいですか、ここ数日のあなたについて改めて言いたいことがあります。今日はもうひとりの主役シャーメインさんに免じて口を閉ざしましょう、しかし、明日、逃げることは許しません。万が一にも逃げるというなら覚悟なさい、アストハルア家の総力を上げてあなたを教育し直します」
そのありがた〜いお言葉でロディム、サァと青ざめ固まってた。
頑張れ次期公爵、己のその浮かれっぷりが招いたこと。責任持って説教されなさい。
「ここだけのお話ですけれど」
直前のトラブルに対応するために、精鋭部隊と共に招待客とは別のサロンで待機する私達。共に招待を受けていたセティアさんがこそっと耳打ちしてきた。
「ロディム様が浮かれる気持ち、私はわかります。だってシャーメイン様、とても綺麗ですから。ドレスの試着に立ち会った時、私すごく驚きましたよ?」
「あー……確かに」
「なになに?」
座るソファーの後ろからひょいっと身を乗り出してきたのはキリア。
「ん? ロディムの浮かれっぷりがさ、シイちゃんが綺麗過ぎるのが原因だって話をね」
「……あー」
キリアも私と同じ反応 (笑)。
この婚約式には今までのコーディネート同様ちゃんとテーマがある。
それは『シイちゃんとロディム』。いや、そのままやんけ!! と言われそうだけど、違うのよ。『ロディムとシイちゃん』ではなく、『シイちゃんとロディム』。
違いはね、その優先順位付け。
これについて公爵夫人から真っ先に指定されていた。
アストハルア家の場合、婚約式は必ず花嫁として迎え入れる人を一番に優先した式にするのだそう。理由は単純。結婚式はアストハルア家の当主もしくは次期当主の祝い事という色がとても強いものになるから。
代々そうやってきた婚約式なので、シイちゃんメインの婚約式というのがテーマになっている。
はっきり言う。
楽しかった!!
正式にお任せしてもらえたドレスのデザインと色決め楽しかったの!!
……超大変だったけども。
ドレスについてジュリに任せたいとシルフィ様から言われたその場で私歓喜しまして。『わっかりましたぁ!』とグレイ置いて侯爵家飛び出して執事さんに『魔物が出たらどうするんです! 危ないです!』と止められまして。スライムしか倒せない私の独り歩きは危険すぎるので禁止させてるのにそれ忘れるくらい興奮してました。落ち着いた様子のグレイに小脇に抱えられフィンの所に連れて行ってもらったのは今となってはいい思い出です。
「あれだけグレイセル様に説教されていい思い出になるお前が凄いと思うよ」
なんだい、ローツさん、その呆れた目は。
シルフィ様に頼まれた瞬間、とあるものが手元に欲しいと思ってフィンにドレスの制作協力を要請後、引っ張り出したものがある。
私と共に転移してきた地球製品の中にちょっと変わったものがいくつかある。
中でもこれはこの世界で未だ同じレベルの類似品をみたことがない。
それは色見本帳。
……染色とか着色するハンドメイド作品作るわけでもないのに、欲しくなって買っちゃったもの。高かったの、世界基準となっているアメリカの会社が販売しているものだから。何日分のランチ代……と、一人呟いた記憶が蘇る。
購入時既に千八百色以上、しかも追加色なるものもあり、さらに驚愕するのは私が購入した印刷物対応色見本帳とは別のファッションやプラスチック製品用の色見本帳まである。
しかしこれ、ほぼ使っていない。
これの存在を知っているのは【彼方からの使い】たちとグレイ、フィン、ライアスだけ。恩恵を最も強く授かったキリアにさえ教えていない。
「これは駄目だ」
「え、なんで?」
「ジュリ、これが世に出たらどうなると思う?」
「どうって言われても……」
「これほどの色見本というのは存在しない。そしてこれが公開されたとしても染料開発が追いつかない。それでも権力者は自分のものにしようと職人たちに過度な開発を要求することになる」
「はっ?」
「この膨大な色彩は、染色、着色をする全ての業種に多大なる影響を与える。技術が未熟なこの世界では、それを作る側の負担があまりにも大きい」
「ええっ?」
「覚えているか? ジュリが螺鈿もどきの特漆黒の開発時に、皆に伝わらないと悩んだことを。ジュリが求める漆黒と、我々の漆黒には乖離があった。それはジュリの中に、我々が思う黒は黒という感覚とは違う『黒にも濃淡の違いがある』という価値観や知識の違いがあったからだ」
「あっ!」
「その感覚が理解出来ているのは特漆黒に並行するように真孔雀や本深紅、この二色の開発に携わった職人のみだ。それでもまだ、ジュリのように違いを見分けられるその目に到達した職人は限られている。……この色見本帳というのは、開発努力を根こそぎ奪いかねないし色に対して目の肥えた職人が生まれにくい環境を作ってしまう可能性もある。これはジュリのいた地球の、その先人たちの歴史とともに発展し開発され、そしてこうして集約されたものではないか?」
「うん、そう、だね。……確かに」
実際問題、追加で後から同じ色で染めてもらったはずの布が私には微妙に違って見える、ということが時々起こって、私の『これ色違うよね?』に同意してくれる人はいない。キリアでさえ私と同じレベルにはまだ到達しておらず、その感覚を現在進行系で磨いている最中なのよ。
『微妙』の部分が、私と周囲では誤差があるのは仕方ない、とハルトから言われている。私は物が氾濫する環境で生まれ育ったので、必然的に色もそれだけ多彩だった。だから目が肥え易いし、更に私はハンドメイドをしていた。配色に気を配る習慣がファッション以外にもあったのでこの世界で色の違いを見分けられるセンスが突出していて当然らしい。
そうだよなぁ、色彩豊かだったよなぁ、としみじみ思う分かり易い例が色鉛筆。こっちの世界では二十色でもとても多いとされ貴重なのに対して、地球の専門店や文房具のお店には普通に売ってたよ、百色とか。そもそも、自由に絵を描くなら四十八色以上を推奨するサイトを見たことがある。その時点でこの世界の二倍以上の色で、最大五百色の色鉛筆もあったような……。
そんな会話以降、色見本帳は殆ど箱から出さなくなり、結婚後は屋敷の作業部屋の中にマイケルに厳重な結界を施してもらった金庫を置いてその中に保管している。
ハルトも常々言っている。この世界に早すぎる技術や知識は混乱を招くだけ、と。
だから私も何かのデザインで行き詰まった時に気分転換で眺めるに留めている、それが色見本帳。
それを出してフィンのところに行った。
出しちゃいけないものを出したのよ。
それくらいテンション高かった。
そんな、世の中に出しちゃマズイものを引っ張り出して何をしたかったか。
シイちゃんとロディムの色をですね、正確に把握したかったのよ。
二人には他言しない誓約書にサインしてもらって色見本帳の存在を明かし、正確な色の把握のために髪や目に近づけて色合わせした。
シイちゃんの髪の毛はシルフィ様譲りの赤毛でそして明るい青緑の瞳。そしてロディムは真っ黒な髪に、アストハルア家の魔導師としての血の濃さを象徴する独特の青紫の瞳。しかもこの瞳は光の加減でその青みが変わるという極めて珍しい色。
下手に赤毛だから赤、青紫の瞳だから青紫、としてしまうとどっちにも合わない色になりかねない。それだけこの二人の色合わせは難しいと私は思っていた。
事実、判明したのはシイちゃんの赤毛は黄みの強いオレンジ系統であることが判明したし、ロディムの偏光? する瞳は本当に光の加減でかなり色味の幅が広い事も判明。稀に真紫にもなる。
……すげえ難しいじゃん、というね。
「その割には楽しんでいたよな?」
ローツさんがニヤリ、意味深な笑みを浮かべる。
そりゃね。と答えておく。
「初めから分かってた事だから。あの二人の色合わせがかなり難しいことは。だからこそ、今回のあの正装よ」
ざわつきというより、どよめき。
始まった婚約式。会場の中央に用意された二人が歩く道に沿うように集まる沢山の人たちの祝福の拍手はそのどよめきにより少し弱まった程。
腕を組み登場した二人が着ている正装はインパクト大。
「何度見ても素敵です」
セティアさんがうっとりとした目で優雅に歩く二人を見つめる。
ロディムの着ているのは、黒。
シイちゃんの着ているのも、黒。
そう、黒。
色合わせを本気モードでした結果、二人を最も引き立てる、お揃いに出来る色は黒だった。
婚約者の色に合わせた素敵なドレスって世の中に沢山ある。でもそれが全て着ている『二人』に似合っているのかと言われると残念ながらそうではないと私は感じている。
今回、色合わせでネックになったのがロディムの目。なんだよ、見る角度と光の加減で変色するって……。幅ありすぎて無理だよ……となった。
で、公爵夫人から言われてるし、シイちゃんが一番綺麗に見えるという点にガッツリ重きを置いてロディム添え物にしちゃおうぜ! と開き直ることにしたの。
そしてシイちゃんに最も似合う色がね、黒と判明した。
あのオレンジ系の鮮やかな赤毛も、綺麗な青緑の瞳も引き立つのが黒。
あ、ロディム髪の毛黒じゃん、ちょうどいいよね!! と決めた。
光沢ある黒の生地。黒でも重くならないように、セティアさんが結婚式に着たマーメイドラインのドレスを採用した。裾は贅沢に三段にしてフリルを効かせ、歩く度に揺れる事で動きが生まれ軽やかに見えるようにしてある。そこに徹底して色合わせをしたシイちゃんの髪の毛と同じ色を極上の艶をもつ糸に染色し腰から下全体に様々な大きさのダリアの花の刺繍を施した。
そしてこのドレス。右肩がオフショル、左がノースリーブのアシンメトリーデザインとなっている。
そのアシンメトリーデザインに活きるのが、ノースリーブ側の肩に乗るようにしてある刺繍と全く同じ色、シイちゃんの髪色に染められた光沢ある布を使って作られたつまみ細工の大きなダリアの飾り。中央には婚約のお祝いにアストハルア家から贈られた大粒のダイヤモンドが使われている極めて贅沢で雅なつまみ細工となっている。
そして、それを小さくしたつまみ細工が、ロディムの左胸に。
黒はロディム、オレンジ色はシイちゃん。
でも、シイちゃんに一番似合うデザインと色に拘った二人の正装。
そして今回つまみ細工を使った初のドレスのお披露目ともなる。
つまみ細工、その重量がやはりネックになりまして。裾に付けるとなると小ぶりのものでなければ裾の形を崩してしまう。胸元も、襟の形と素材によって形が崩れる。大きくてインパクトあるつまみ細工の付ける位置がかなり限られる事が試作で判明。それで肩なら大きくても大丈夫となったんだけどね、両方に付けると厳つくなる(笑)! 強そうに見えるの! これだめだ、となって最終的に落ち着いたのが、アシンメトリーデザインに取り入れること。特に肩周りのアシンメトリーデザインだと大きなつまみ細工が映える。それを今回取り入れてお披露目となった。
そしてさり気なくロディムの胸のつまみ細工コサージュにも工夫がされている。
そのまま付けるとポケットの場合口が引っ張られ下を向きやすくなる。しかもダンスの時はだいぶ左右に揺られて見栄えが悪いと分かり、それらの欠点をなくすために幅広クリップでポケット口を挟むタイプにし、更にポケット口を縫い付けてしまい固定する荒業で対応した。
男性に限らず、つまみ細工コサージュに関しては改良が必要だという問題点も発覚したけれど……。
シイちゃん黒似合うなぁ。しかもあの髪の毛と同じ色の刺繍とつまみ細工だから、暗くて重苦しい感じにならない。むしろ艶っぽくて、ちょっと、エロい気もする……。そしてロディム。お、顔はいつもの神経質そうな感じになってるね。それもあって黒がよく似合う。髪も黒いから重く見えるところに、コサージュだけでなく中に着ているベストのチラ見え部分や袖にシイちゃんに使っているオレンジ系の糸で刺繍をしているから単なる堅苦しい黒の正装ではなく良い感じ。
若い人たちは比較的明るい色を身につけるので、自ずと婚約式や結婚式にも明るい色で合わせてくるカップルが多い。でもね、若いからの一言で色を決めるのは良くないよね。
「うーん」
「なに?」
「シイだが」
「なによ?」
「……黒を着ると、貫禄がでるなぁと」
兄ちゃん、妹に貫禄なんて言うんじゃない。
豪奢な正装にも関わらず下品にならないのはその黒のお陰でもある。
その良さを活かすため装飾品にも気を遣った。
色々合わせてみて、金とダイヤが一番良かった。華奢だけど細やかな金細工にダイヤが散りばめられたネックレスとティアラ。これはアストハルア公爵夫人に良いものがないかと相談したら所有するものぜーんぶ見せてくれて、凄まじい量の宝飾品からこれだと思うものを選んで、そしてドレスが仕上がり最後の調整のためシイちゃんが全てを試着した時のあの感動。
私達いい仕事したぁ!!
その一言に尽きたよ。
あの時からロディムの表情筋がおかしなことになったのよ……。
今回は色について焦点を合わせてみました。
モデルとなった色見本帳はググるとすぐに分かります。かつては画材専門店などの限られた所でしか買えなかったものですが、今はネットで簡単に買えちゃいます、しかし高価なので作者は買えません買いません。
そして婚約式のドレスが黒?! と思った方も多いかと。悩んだんです、正直。でも着せたかったんです、シャーメインに黒を。その欲望には抗えず、こうなりました。
黒を着こなすシャーメインはカッコいい。




