29 * 婚約式
おまたせ致しました。本編再開です。
新章開始。
本日はお日柄もよく……。
ロディムとシイちゃんの婚約式です!!
直前の慌ただしさから隔絶したアストハルア家の温室。色とりどりの花が咲き誇るのに、雑多さは一切なく、計算され尽くした配置で私達を取り囲む。花の美しさを引き立てるためあえて明るい色や白を避けた、濃茶の調度品がさり気なく置かれた空間は限られた人だけが入ることを許された空間だと言われなくても分かる。
夫人専属の執事さんと侍女さんが何の指示も受けることなく、お茶やお菓子を用意し、私の前に並べる。
「ジュリさんも忙しいのにロディムとシャーメインさんがお願いしたことだからと公爵も止める気がなかったから。これでも私とセレーナは止めたんですよ?」
「あー……それ、聞きました、なんだかお気遣い頂いたようで……」
ある日、侯爵様から呼び出され何事かと思ったら。
「公爵と公爵夫人それぞれから手紙が来たのだが、正反対の事が書かれていて判断に困ってな……」
と言われたの。あのね、ホントに困って憔悴してたのよ。そして内容が、いやそりゃ困るでしょと心で思いっきり突っ込むものだった。
公爵様は『よろしくお願いする』で、公爵夫人は『無理にお願いする気はありません』という、二人の婚約式に対する真逆の趣旨の手紙が同時に届いた時の侯爵様の心労お察しいたします……。
グレイがシイちゃんからお願いされて快諾して、ロディムと公爵様もそれにホイホイと軽いノリで乗っかった。一方、かつてちょっと公爵夫人とはわだかまりが出来た事もあったし、前公爵夫人が私に関わりすぎるのは良くない、と公爵様を諌めた事もあったようで反省の意味を込めて公爵夫人はグレイと私をあまり巻き込みたくなかったらしい。
……夫婦喧嘩になったそうで。
で、そんな内情知らない私達が判断に困るだろうとロディムの妹セレーナちゃんが私宛に手紙をくれたの。出来る女、セレーナちゃん。
『両親がその件で喧嘩をしており、執事長はじめ皆も準備がなかなか進められず困り果てております。よろしければジュリ様がご決断いただければ全て丸く収まるかと思います、何卒宜しくお願い致します』
という……。何故公爵家と侯爵家の婚約式の準備を誰がするか私が決めるようなことになるんだと思ったけれど、侯爵様の助けて! って顔見たらね。そりゃ言えないよなぁ、格上の人に。しかも夫婦喧嘩に発展してることに口出しなんて後でどんな目に遭うか……。なので、これ以上面倒なことになる前に。
「兄ちゃんがやりたいって言ったことなので大丈夫ですよ」
の一言で事を収めておいた。
どっちみち、この婚約式ではクノーマス伯爵家からお祝いとしてシイちゃんをイメージした、三段のうち上二段をスライドさせられるアフタヌーンスタンドや耐熱ガラスの食器、フィンとキリア渾身の会場のフラワーアレンジメント含む会場のコーディネートをシイちゃんとロディムと約束していたのでね。拘われた方が楽というこちらの事情もあったりする。
「逆にグレイとシイちゃんとで話を勝手に進めてしまっていたことでご迷惑をお掛けしてしまって申し訳なくて。てっきり話が通っていると思っていたものですから」
「それはロディムのせいね、しっかり叱っておいたから。ええ、しっかりと」
「ははは……」
そう。ロディム、自分のことなのに言ってなかったんだよ!! シイちゃんがグレイに婚約式のコーディネートしてほしいってお願いして、それをグレイが受けたことを知ってたのにあいつ言ってなかったんだよ家族に!! 最初に一言でいいからそんな話が出てるって両親に言ってれば侯爵様が胃痛に悩まされることもなく、セレーナちゃんが私に仲介をお願いしてくることもなく。
「……あ? ……言って、ない」
だってよ! あのときぶん殴っておけばよかったと今でも思ってるから!!
その代わり、笑顔なのに黒いオーラ出しながら夫人が息子を叱ったらしい話が届いたので溜飲を下げてやった。
「貴族でありながら恋愛成就したことは親としても喜ばしいことではあるけれど……浮かれてばかりいるのでは、流石に先が思いやられてしまって。シャーメインさんがしっかりしている方で本当に良かったですわ」
そうなんだよねぇ。なんか、シイちゃんはいずれ公爵夫人になる覚悟があるからか、年相応の好きな人との婚約に浮かれるだけではなく時折妙に大人びた顔をして準備に携わったらしい。しかも卒業直前の忙しい時期なのに公爵家に来てこの家のしきたりや歴史を学んだりしていて、非常に真面目で何事にも積極的に取り組む姿勢は公爵家に仕える人たちの間でも非常に高く評価されていて既に後の公爵夫人として大歓迎を受けているそうだけど。
ロディムがね。
浮かれてんだぁ。
不特定多数を前にすると表情が固定されてるけど、それなりに付き合いが長くなってるからね、分かるのよ。
ここんところ浮かれっぷりが凄くて『予定より早いけど実家帰れ』と強制送還した程に。
「ご子息は、その……まだ浮かれてます?」
「逆に質問させてくださる? 簡単に治ると思います?」
「ああ、なるほど……」
「そういうことです」
次期公爵。お母さんが青筋立ててることに気づいてるか? 笑ってるけど、目が怖いからな? なんとかしなさい……。
お茶会は一時間程。素晴らしい温室から出て談笑しながら会場近くの控室に差し掛かる手前で会場の最終チェックに入っていたグレイと合流した。
今回私は伯爵夫人として出席になるので、直接会場をどうこうすることはなかった。その代わり、キリア、フィン、おばちゃんトリオのナオと他の従業員十名を投入している。
特に従業員十名は今後こういった会場のコーディネートの依頼を受けたときに現場で実際に中心となって動いて貰うために勉強をしている若い子たちで、いずれはグレイが立ち上げを目指しているコーディネート部門の主力メンバー候補でもある。アクセサリー作りやレース編みだけでなく、現在人材育成に重点を置いて、今の主力メンバーには今よりも運営そのものに関わって貰う時間を増やし移行していくための準備段階に入っている。
制作する作品の品数だけでなく単純に一つ一つの生産数も飛躍的に伸びているのと、 《ハンドメイド・ジュリ》そのものが重量化、拡大化していることが要因。
今までも部門は分けていたけれど、それでもお互いがお互いをフォローしやすいような体制になっていることが逆に仇となり不便なことも。人が増えてきた分、各部門の部門長だけでは目が届かないことも増えて、掛け持ちすることで確認や打ち合わせの回数や時間が負擔になりつつあった。これでは駄目だと、今新しく増やそうと思っているのがチーフ職。部門長の下に付き、部門長の補佐であり部門長代理として素材の在庫管理や生産管理なども任せられる役職としてチーフを置こうとしているところ。今回連れてきた若い子たちはそのチーフ候補も含まれているのでとにかく経験させる必要がある。
……だって、コーディネート部門が立ち上がるとさ? グレイの直属の部下なの。大変だよ、この男の直属の部下って。色々と、うん、妻の私が言うのもなんだけど、色々と大変、メンタル強くなきゃ、部下なんてやってられないと思うのよ。
ということで、メンタル強め、グレイの命令・指示もビビらず受け止められるキリアたちという素晴らしい先輩方の動きを直接見てもらう初のいい機会が、ロディムとシイちゃんの婚約式。
張り切ってんなぁ、と思ってたら時折鋭い目をして確認するグレイが怖くて、その怖さが突き抜けちゃってハイテンションになっただけの若い子たちに憐れみの目を向けたのがローツさん。
「明日、あいつら全員休みだよな?」
「休みだよ、しかも連休にしておいた。じゃないと可哀想」
「そうか、そうだよな……おばちゃんトリオの域に達するまではまだまだかな」
「ローツさん、あそこまで到達するには元々のメンタルが鋼じゃないと……そこまでは私も求めてないよ」
グレイが解せぬって顔をするけどね……。大変だからね、あなたの部下は。ローツさんの有能っぷり見りゃ分かんでしょ、凄く有能な人しか使いたくない人だからね、日本なら部下に徹底的に嫌われる可能性もあるからね。
取り敢えず、メンタル強めが揃っているコーディネート部門勤務希望、チーフ職希望の若い子たちはハイテンションで笑顔がちょっと怖い気もするけどそのうちおばちゃんトリオレベルの鋼メンタルに育つ子もいるかもしれないのでせめてブラック勤務にならないよう気をつけてあげることだけは心に誓った。
前日までにフラワーアレンジメントなどは済んでいて、今日は食器、カトラリーセットのセッティングにテーブルや椅子に乱れ、汚れがないかの確認に席次表の確認などが我らの精鋭部隊の仕事。
その補助にアストハルア家の給仕担当の使用人さん達がついて動いている。
これは物全ての配置が決まっていて、その配置じゃなきゃテーブルの上は勿論フラワーアレンジメント含めた会場の飾り付けが最大限発揮されないから。グレイが大まかに決定し、細々した物の配色と配置をキリアとフィンが決めていき、最終的にそこに私も加わって微調整するという段階を踏んでいるため、ものによってはテーブルの縁から何センチ、とかなり細かいので公爵家の人たちだけでは混乱を来す可能性があった。
「本当に手際よく進めますのね」
「そうですか?」
「何度か下見にお越しになってはいましたけれど、それでも計画通り、時間通りにこうして整って行くのを見るのは実に壮観」
公爵夫人はまだ招待客が一人もいない、慌ただしく最終チェックに動き回る精鋭部隊とお給仕さんたちを眺めながら感嘆しそう呟いた。
この手際良さはね、マイケルやリンファに『日本人ならでは』と言われたことがある。
手際よく、というより時間に正確なのよ、日本の電車の時刻表と運行状況見たら皆そう思うよ、と言いたかったけどこの世界に電車ないので言っても説明大変なだけなので言わなかったけど。
まあ、ねぇ……予定時刻より早まったり遅れたり、それ、この世界でも普通だからね、計画書とそれに必ず付いている予定表を見たら皆びっくりするのよ、『細かい!』って。
私の場合、五分単位で全ての行動に時間制限を設けている。これのお陰でハルト、リンファ、私達、そしてローツさん達の結婚式の準備は当日大きな混乱もなく開始することが出来ている。
この有用性に気づいたのは実はフィン。
「……この、計画書にある『チェックタイム』って物凄くいいね、心に余裕が持てる」
と。
私は段階ごとに必ずチェックタイムを設けている。それと併用しているのがチェック表。チェックタイムまで終わらせること、確認することを表にしてあるので、見過ごし、やり残しを防止する。ちょっと心配性なフィンには、時間ごとに決められたチェック表で進捗状況を確認するというのが非常に性に合っていた、というのかな? この方法をいち早く身につけたため、単にフラワーアレンジメントをしてもらうだけでなく、複数の人を引き連れてそして動かし現場の指揮を任せることも出来るようになった。一人出来れば負けん気で追随する人、真似て見たくなる人、面白がってやってくれる人が出てくるのでその人たちには時間通りに動き計画書だけでなくチェック表を使うことを義務付けて場数を踏み慣れて貰えばその人たちがマニュアルに沿って同じことを後輩に指導可能となる。
「抵抗あって出来ない人も多いんですよ。でも、こういう祝い事はトラブルや遅れは限りなく無くしたいじゃないですか? みんなそういう気持ちは持っているんですよね、その気持ちを強く持っていて、そして新しいことに挑戦したい好奇心旺盛な人達が今ここにいます。そんな彼女たちありきの、この安心感と言っても過言ではありません。もしよろしければ……彼女たちに公爵夫人から労いの言葉をかけてくださると嬉しいです。励みになるし、なにより光栄なことですから」
「ええ、私でよければ是非。私達の結婚記念パーティーのコーディネートもお願いしますもの、好印象を与えてこの婚約式よりもっと良いコーディネートをしてもらわないと」
「喜んで気合い入れますよ彼女たちなら。空回りしないよう監督するこちらの身にもなって欲しいと思いますけど」
「そこは伯爵におまかせしたら宜しいわ」
「確かにそうかもしれません」
そんな話で和気藹々と盛り上がり、そろそろ一度会場から出ようとしたら。
「ジュリさん」
ロディムがやってきた。
「伯爵、今日はありがとうございます」
幸せいっぱいの緩みまくりの笑顔で。
「母上、父上がお呼びですよ」
なんだ、その顔は。
インテリイケメン、どこにいった。
いつもの神経質な雰囲気は、どこに忘れてきた。
あ。
公爵夫人。
笑顔なのに、青筋が。
私達は、自然と距離を取っていた。
お母さん、ご立腹。
息子の浮かれっぷりに、大層、ご立腹。
「?」
キョトンとするな、ロディムよ。
私達は、怖い。
公爵夫人の笑顔が怖い!!




