28 * ほら来た【変革】
ゴールデンウィークスペシャル連日更新最終日です。
今のところものつくりと腕っぷし選手権どちらもククマット領とその近隣の人対象での開催だから、資金的にはさほど負担にはならないと踏んでいる。
でも私は、その先、【ものつくりの祭典】を見据えなければならない。
……その前に。 《腕っぷし選手権》。筋肉ムキムキが集まるのか? ああいうのに興奮する貴婦人が意外と多いから招待状送ろうかな。
規模をどんどん拡大し、人を集め、長い期間継続していくには、それなりの資金が必要になる。計画から見積もった初期の祭典にかかる費用は侯爵家には全く負担にはならないということだけど、それでもすべてを侯爵家に頼るようでは祭典としての盛り上がりの部分に視点を向けると少々『参加する』という意識が薄いものになりそうなのよね。
『侯爵家がやってくれる』のは楽。でも、『自分たちでやる』という意識があれば、『参加する』ことで自発的に盛り上げようと動けるんじゃないだろうか?
そして何より、ものつくりにあまり関わらない店や工房、商家にも、参加しているのだという気持ちを少しでも味わって貰いたい。
『協賛金』。
選手権、そしてその先にある祭典に、協賛金を出す代わり指定された場所、特に目に付きやすい所にお店の宣伝が出来る看板を出せるようにする。
協賛金の額によって大きい看板が出せたり少ない額でメインの会場に小さくではあるけれどお店の紹介が出来るスペースがあれば、選手権に直接関われない店も、『うちは協力をしてますよ』といい顔をすることも出来るよね、いい顔するって大事なことだと思うのよ (笑)。
逆に、協賛金を出していないのにどさくさに紛れて勝手に看板掲げたりすれば、高額な罰金を科して次の選手権にありがたくお金を使わせてもらうことも出来るわけ。
偏った一部の権力者に頼らない、お金を集める環境を構築する良いタイミングだ。
【変革を開始します】
ほら、来た。
ふふん、今回は自信があったわよぉ。
「ジュリ」
ん?
「一体何が【変革】だ?」
グレイ以下、皆の顔が若干恐いのは何故? あ、そっか! うちのお店はどう関わっていくかで盛り上がってる側で私、黙々とネックレスのパーツ作りながら考えてたからね、ごめんごめん。そういえば【変革】って声に出さなくても私がやろう! と心の中で決意しても起こるんだよね、面白いよね、普通に。
芸術家として迎え入れたユージン・ガリトアへ私やロディムが共同で支援すると決めた時に実は『来るかな?』と思ったのよ。でもあれはおそらく対個人だから意味が違うってことなんだよね。ちゃんと考えれば確かにそうだよ、うん。
「ジュリ! 一人の世界に入らないで戻って来て! 説明して説明!!」
痛いよキリア、そんなに肩を揺さぶらないで。首取れちゃうよ。てか、パーツ作れない。
「……『協賛金』制度」
「そう。もちろん最初は侯爵家とうちがするんだけどね、それでも最初から協賛金システムを組み込む利点はあるよ、もちろん欠点もあるけれど」
まず、欠点。
協賛金が思うように集まらない場合、せっかく広い看板を掲載できる場所を確保したり、掲げるのに必要な壁の準備やそれを作る建築関連の人たちに支払われるお金は変わらない訳だから確実に赤字の原因として開催の足を引っ張る可能性あり。
そして看板のサイズなども勝手に決められないのと掲載期間も決まっているので厳しくルール決めをし、それを遵守してもらうための説明会もしなくてはならない。
定着するまで手間も時間もかかるし、トラブルも起こりやすいし、お金も思わぬことで出ていってしまう可能性がある。
中長期的に、地道に浸透させるしかないのでそれを確実に正確に指導できる人も育成する必要がある。
反面、成功した時の見返りは大きい。協賛が多ければ多いほど、資金的にゆとりが持てて会場にかけるお金も、賞品にかけるお金も、上乗せされる。見るだけで盛り上がるような飾り付けや統一された備品が用意できる。
看板が掲載されたお店はそれだけで人の目について、名前を覚えてもらえて来店に繋がる率がぐっと高まる。
ただ集客するのではく、集客した人たち全員を対象に地域全体のお店を売り込む商機にもなる。
「やってみないことにはどうなるか分からないよね、これは。それに看板を出すためだけにどれだけの店がお金を出すと頷いてくれるかも未知数、そして反対も多いだろうから、最初は確実に大赤字覚悟かな。隙間だらけの看板スペースにするわけにはいかないから、空いたところはうちで埋めなきゃいけないよ。ま、その分宣伝はかなり出来ると私は期待してるけど」
「……協賛金」
「グレイ?」
「協賛金」
「うん、協賛金」
どしたの、連呼して。
「きょ」
「だから協賛金がどうしたのよ」
しつこいわね。
「……これは、波紋を呼ぶぞ」
え、なんで?
ぱとろん。
そう、パトロンですよ。
貴族の、支援制度的なあれ。
明確な規定などはないけれど、音楽家や芸術家、工房などに出資して、私は先見の明がある人間だ! と自己顕示になる『名声を高める貴族の嗜み』的なやつ。確かに協賛金システムは似ているので食いつく人は多いかも。
「これを知ったら申し込みに貴族が殺到するぞ」
ローツさんがとっても難しい顔してるぅ。
「看板が全部貴族の名前で埋まってしまう」
グレイも険しい顔をしてるわぁ。
「そしてこれを利用してジュリに近づこうとする輩も増えますよねグレイセル様」
ええぇぇ。
「ああ、間違いなく選手権に関係ない貴族がククマットを彷徨くことになる」
そんなぁ。
とは、嘆かないよ。
大丈夫です、難しい顔されると思って対策もちゃんと考えてます!!
「初回から数回は共同出資者であるクノーマス侯爵家以外はいかなる理由であろうとも貴族家による協賛はできません、貴族以外の商家でも協賛金の上限を決めるので特定の商家による看板占拠も出来ないようにしてしまいます。その辺は第一回の開催後に再度話し合い調整と修正を行う予定です。万が一宣伝スペースが埋まらなかった場合は発案者である私の特権と独断で 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》か、明らかに金持ちのハルトの《本喫茶:暇潰し》が協賛金出す代わりに埋めちゃいます。もしくは領民講座とネイリスト育成専門学校の看板で埋めます、以上!!」
そう、こういう時こそ強権発動!!
私はそれなりにククマットに貢献してるんだから、発案者のこれくらいの我が儘は通すよ。
「なんでそこで俺の名前が勝手に使われたんだよ。いいけどさ、儲けさせてもらってるから」
と、後日ハルトに言われることになるけれど。
さて、最近良く関わるククマット市場組合。
想定内でした。揉めました。賛否両論ですよ。
とにかく、初回と当面の協賛金システムを導入するに必要な費用は侯爵家とうちが全額出すから! と納得してもらえたので事なきを得たけれど、本当に揉めた。
看板自体はお店に用意してもらうから当然そのお金は自費だし、だからといって看板の大きさと枚数は金額によって明確に決まっていて、守られていないものは掲載できない。そして期間中は決まった場所以外に看板を出せないし、勝手に出すと罰金が課せられることなど、とにかく、面倒で厳しいという批判が。いつもは私の意見に賛成をしてくれるガラス職人のアンデルさんも渋い顔。
「自分のお店の前には今まで通り出していいですよ、それにいままでだって領令で勝手に看板は出せなかったし罰金があったんですから別に不公平ではありませんし難しいことでもないんですよ」
アンデルさんと同じ思いの人たちにはそう言ってちょっと強引に納得してもらうしかなかった。
一方で反応が良かったのは宿を経営する商家や店主さん。
「宿は泊まって貰っても、帰ってしまったらそれで終わりなんですよ。お土産として残るわけでもないので、いつもどうやって宿を利用しない素通りする人たちに知ってもらい、覚えてもらうか苦慮してましたから」
そう。
主に宿を経営するとある商家の若き経営者と同じ悩みの人は実は多い。
テレビもインターネットもない、ましてや雑誌すらまだ一般に普及しているとはいえないこの世界で、『宣伝』することはとても大変。名刺サイズのパンフレットがレジや店頭、商品棚に当たり前にあった日本では考えられないほど、『宣伝』が難しい環境。紙だって安くない、印刷だって簡単に注文できる安さじゃない。
でも、協賛金の話を聞いていた一部の商家や店主は気づいた。
一度規定のサイズの看板を用意してしまえば、それは使い回しが出来ることを。紙や印刷は高いけれど、木製の良くある看板を手作りするのは今でも当たり前にやっていることで難しいことではないこと。
利用してくれなくても、人の集まるところに店の名前が出ていたら、それがきっかけで名前をおぼえてもらえる可能性があること。
「協賛金、出させてもらいますよ」
何人かの宿屋の店主たちが笑顔ではっきりと頷いてくれた。
ものつくり選手権と協賛金。
実現に向け一気に動いた瞬間。
「ほぉ、なるほどな。そういう書き方もあるか」
「……あの、アンデルさん?」
「なんだ?」
「何してるの?」
「見れば分かるだろ、視察だよ視察」
「あの、邪魔」
「あぁん?」
「ほら、キリアがめっちゃ睨んでるから」
「……すまん」
キリアに凄い目付きで睨まれたアンデルさんが一歩下がった。
いま、ククマットのはずれにある自警団の鍛練場の一つを借りて協賛金専用の《ハンドメイド・ジュリ》& 《レースのフィン》の合同看板と、ハルトから依頼された 《本喫茶:暇潰し》の看板を画家であり領民講座の絵画講師のユージンとその補助としてキリアの二人が絵の上手な人たちを集めて指示を出しながら大量生産中。
「結局、アンデルさんとこも協賛金出すじゃん」
「う、うるせい」
なんでも奥さんに『つべこべ言わずやってみな!! 頭が堅いと生き残れないだろ!!』と、おケツを蹴られながら説教をされたという情報が先日もたらされたのは嘘ではないようで、フィンが『あそこは嫁が強いからね』と強烈な叱咤激励をされ動いてくれることになったことを教えてくれた。
顔が広く、ククマットでも人当たりの良さから頼る人が多いというアンデルさんが動いてくれたことで初めてだから一番安い協賛金でいいなら、と賛同してくれる人が一気に増えた。
うちでは今回は見本になる意味を兼ねて五段階ある協賛金それぞれのサイズ全てを作ることに。ちなみにハルトは『うちは全部デカいのでいいよ』というのでありがたく協賛金をがっぽり合法的に頂けることになった。
大きいものから順に三枚、五枚、十枚、十枚、一番小さいものは三十枚、うちの看板だけで計五十八枚が今ずらりと並べられていて、完成したものや途中のものとが混じり、実に壮観な眺めになっている。
うちの合同看板は薄紫を背景に、中央に《ハンドメイド・ジュリ》 &《レースのフィン》と書き込まれ、どんな店か分かるように左上にアクセサリーとハーバリウムをモチーフにした絵を、右下にはレースの柄が描かれた。下にそれぞれの住所と簡単な地図が小さく記載されている。
《本喫茶:暇潰し》はハルトの希望で青を背景に、本や巻物の絵をポイントでいくつか描き、下にはうちと同じく住所と簡単な地図。
この協賛金システムが定着したらいずれは住所、地図は無くしてお洒落な目立つデザインにするつもり。今回は見本としてこういうのもアリだよ、と伝われば充分よ。
このことが、侯爵家が進めている玩具の開発に合わせたロゴのデザインに悩んでいたユージンにもいい刺激になったようで、普段のちょっと頼りなくてオドオドした雰囲気は鳴りを潜めて生き生きした顔で看板を描きながら『侯爵家のは、こういうのはどうだろう?』などと呟いている。絵を描きながら他のデザインを頭の中で想像出来るなんて凄い。
「ほほぅ、こうすればいいのか」
一方、アンデルさん。……看板、参考にするために見に来ただけね。
ちなみに、アンデルさんのこの行動のお陰で、初回からしばらくは似たり寄ったりの看板で色で判別しなくてはならないという『看板ってこんなんだっけ?』と首を傾げる看板ばかりが会場を埋めることになってしまう。
しかし、これが『似てて判りづらいじゃねぇか!!』という職人や店主、そして観光客の不満につながり、次第に独創性溢れる、個性的な看板を生むきっかけにもなるので結果オーライとなるけどまだまだそれは先の話。
「ジュリ、見てくれ」
ものすごーく、自慢気にライアスが看板を抱えてやってきた。
「ああ、うん……腕っぷし選手権っぽい」
ライアスの厳つい、しかもデカい字で《集まれ! 力自慢よ!! 第一回:腕っぷし選手権》と書かれた看板は、その文字を更に厳つく見せる、これ誰が描いたんだと確認したくなるくらいに力こぶの主張激しい絵が背景にあるという、それはそれは印象深いものに仕上がっていた。なんと返していいのか分からず声のトーンが自然と下がった私。
「え、セティアさんが描いたの?!」
「自信作です!」
「迫力あっていいだろ!」
言われてみれば、絵心がハルトに近いと発覚したセティアさんが描いたと納得してしまう人の腕。
ムキムキ過ぎる腕、恐い。
綺麗で色気ムンムンのこの人が描いたと誰が信じるだろう。
……あれ、ライアスって絵も上手なんだけどなぜ描かなかった?
「俺はセティアさんの絵に可能性を感じ取った」
「頼む、感じ取らないでくれ」
何故か自慢気に看板を掲げながらそう言ったライアスにローツさんが間髪入れずお願いしたら、ライアスとセティアさんが揃って解せぬ、そんな顔をした。
取り敢えず、準備は順調なので良しとする。
とある夫婦の会話。
「ハルトさんとはちょっと違うそうですよ」
「そうなのか?」
「はい、私のはダイナミック、というそうです。ハルトさんのは凡人には理解できない異次元のものと。どちらも個性なので大事にしていいものだと仰ってました」
「それ、誰に言われた?」
「マイケルさんです」
(面白がってるな、殴りたい……)
先日もお知らせしましたが、このあと作者お休み頂きます。
更新再開は5月13日(土曜)を予定しております。よろしくお願い致します。




