28 * こっちよりそっちが先なのか
ゴールデンウィークスペシャル本編連日更新三日目です。
月イチのククマット領市場組合定例会。
各工房や商店の責任者、店主さんたちはもちろん、飲食店や宿、服屋や雑貨店など、要するにククマットのお店の店主さんを業種問わず集めてみた。
集めた、というかこんな計画がある、長期的なものなので商売してる人で興味ある人は職人じゃなくても参加してください、と声をかけたら店主と呼ばれる人たちほぼ全員が集まってくれた。
そのせいで本日臨時休業を掲げる店が多くて市場が珍しく閑散としているという報告がきた。
「せめて八百屋と肉屋は店開けてくれ」
とグレイとローツさんが食料品を扱う店主たちに声をかけてくれたので食材が買えず困り果てる人達が出ないようにはなったけど、食料の供給が止まる危機が突然目の前に降って湧くなんて思ってなかったから流石に焦ったわ……。
で。
説明したのよ。長期的戦略と、その試金石となる『ものつくり選手権』のことを。
結構混乱したからね。
何が混乱したか、というと。
「競争して勝ったらその店に客が偏るじゃねぇか!」
という職人さんたちの心配と。
「ものつくりをしない店はすることない!」
という別業種の店主さんたちの心配。
『何じゃそれ』とつぶやいた顔がスンとなって怖かったと隣りにいたグレイに言われた。
ちゃんと冊子読めよ、とはキレなかった。キリアがあまりにも騒然となったのを見てキレそうになってるのを見たら冷静になれたから。キリア、ありがとう。
「静かに。説明する」
流石は領主のお言葉。グレイのその一言で一瞬で静まり返ったよ。
「おお、グレイセル様凄い。見直しました」
キリアは何を見直したんだろ? 後で聞こう (笑)。
「競技に参加できるのは見習いもしくは職人として認められて二年以内の者のみ。職人として専門的な技術で競う目的は持たせず、見ていて面白いと思うようなそんな気軽さを全面に押し出した競技にしたい。そして他の店は集客を見込んでその日のための『限定商品』や『限定特典』を掲げた提供などをしてもらいたい」
競技は、面白くなればそれでいいのよ。品評会ではないから。だから椅子を組み立てる競技なら、ぶっちゃけガタガタでもいいよ組み立てられれば、みたいな。座ったら崩れちゃう、そんなんでいいわけ。『それ座れねぇだろ!!』って観客からツッコミ入れられてドッと笑いが起きたら狙い通りよね。そこに審査員の職人たちが『お前まだまだだな』とか『明日罰として一人で工房掃除しろ』とか言ってくれればもっと笑いが起きる。そんな面白さが際立つ競技でいい。
そしてククマットの各商店では、訪れた人が選ぶのに迷ってしまうような、目移りしてしまうような『限定』『特典』を用意する。服屋なら割引、飲食店ならデザートサービス、宿なら朝食サービスとかね。数日だけなら売り上げにも影響しないだろうし、サービス内容や割引については業種ごとに上限を設定することで格差は生まれにくくなる。そういうのが嫌だというなら露店を出して限定の商品やイチオシ商品を売り出してもいいし。
「……なるほど。競技となるとガラスを扱ううちでは無理だからな、『特典』なら参加できる」
ガラス職人のアンデルさんがようやく納得した顔をしてくれた。
それでも、そんな大々的なことが上手くいくわけないという意見もチラホラ。そして治安が悪化するのは嫌だとか、うるさくて落ち着いて商売できないだろう、そんな声もあった。
そこは多数決で決めさせてもらう。
全体の反応を見る限り良さげなので心配ないな、と漠然と感じたけど、実際無記名投票してもらい蓋を開けてみれば反対はたったの五票。
決まった。
決まってしまえば、人というのはそれに流されるように動くもので、民事ギルドや市場の告知掲示板を中心に ものつくり選手権の概要を貼り出し、詳細がかかれたチラシがギルドで貰えることにしたらその日から次々そのチラシを求めて人がギルドを訪れた。
特別販売占有権の登録などでいつもお世話になっている民事ギルドの地区長さんから正式にその日程が決まり次第ぜひ他の民事ギルドから人を呼び寄せ視察させてほしいという相談もされ、もちろん快く引き受けた。レフォアさんからもフォンロンから何人か視察に呼びたいと相談されたけどフォンロンは今さらだよね、定期的にフォンロンギルドからは今でも研修と視察を兼ねて入れ替わり立ち替わりしながら常に数人ククマットにいるんだから。
「好きにしたらいいよ」
と、なげやりに笑って承諾しておいた。
ちなみに、ククマットの冒険者ギルドからはそういう申し込みはなかった。以前私と揉めて、そしてダッパスさんが異動になり他から地区長が来てから和解したものの、未だ距離はある。わだかまりが残っているのではなく、ベイフェルアの冒険者ギルドは私を厄介者と見なしたこと、王家との繋がりが完全に切れたわけでないこともあり、付かず離れずを保ち監視する立場に収まっている模様。
今の地区長さんは私に対して友好的だし穏和な方で、本当はもっと積極的に 《ハンドメイド・ジュリ》や 《レースのフィン》に関わりたいらしいことを民事ギルドの地区長さんが教えてくれた。
いつか、遠くない未来に、ククマットの冒険者ギルドとも良好な関係を築けたらいいなと思いつつ、チラシだけは置かせてもらった。
規模はククマット内でのことなのでそう難しくはない。
場所についてはククマットの現在進行形で拡大中の大規模土地開発のお陰で更地や既に出来上がっている公園やミニ広場があるからね。中央市場だけでなく何ヵ所かに分けて色々見られるようにしたい。
選手権の種類もいい案や面白い案があればどんどん教えて欲しいとチラシにも書いたので市場の組合がそれを集めて案をまとめてくれる役を買って出てくれたから各企画も早めに形になると思う。
参加できない店や工房も、割引や特典はどんなものがいいか、割引率の上限とその理由など私が提案した事が書かれたチラシもギルドで貰えるのでそれを参考にそれぞれの店主や商長に頑張って頭を捻ってもらう。
「結構集まったね」
選手権の案は三日間という短い期間限定の公募にも関わらず各工房はもちろん、一般からもアイデアが集まってその数二百を越えるという嬉しい結果。
「ぷっ! なにこれ!!」
キリアが吹き出して笑いだしたので私たちがその内容の書かれた紙を覗き込む。
「はははっ! これはいいな!」
ローツさんも笑いだした。
「……ええ?」
私は若干首をかしげる。
何故なら。
「ものつくりが出来ないから苦肉の策、といったところか」
グレイも面白そうに笑ってるけど。
いや、これ、《ものつくり》関係ないよ。
だってさ。『荷車牽き競争』だよ。
馬車の貸し出しを商いにしているお店からの提案なんだけど、決まった距離を荷車に重石を乗せて人が引っ張って速さを競うから広い場所が必要ですって、丁寧に説明文も書かれれるけど。
……どう考えても肉体系、スポーツ選手権に分類されない? これ。
「参加したかったんだろ」
それだけ?
いや、参加したいという前向きさは評価するけど、これ許したら似たようなものも許さないとダメだし、趣旨変わっちゃう。
ということで却下した。
……したんだけど、ライアスや職人歴の長い選手権に参加できない職人や元冒険者ゲイルさんとその知り合いの冒険者など軒並み体力には自信がある男性陣がこの競争に興味津々でね。やってほしそうな空気醸し出してきやがったの、集団で、断続的に。面倒なことになりそうな予感しかしない。
「そういうのは大市の客寄せ企画に捩じ込んでもらいなよ、ものつくり選手権ではやれないからね。《力自慢選手権》とか定期的にやったら? そこは私は関与出来ないと思ってね、そこまで面倒みたらスケジュールがまた超過密になっちゃうから」
超投げやりに言ったつもりが、翌日には市場の組合にそのままライアスから話が通され、準備でき次第大市開催月に荷車牽きの他に土嚢挙げ (たぶん重量挙げ的な)、酒樽速転がし、綱引き、腕相撲などなど、空き地や広場を活用した『集まれ! 力自慢よ!! 《腕っぷし選手権》』が即決されたそうな。
……ものつくり選手権より先に色々決まったよ、解せぬ。
「男はばか騒ぎしたいだけだよ」
フィンの冷ややかな一言で片付けられた。
ちょっと納得行いかないぞと不満を抱えつつも、ものつくり選手権も追随するように決まっていく。
『ククマット速編み』や『椅子速組み立て』、子供参加型の『積み木どこまでつめるかな?』はそのまま採用された。色んな工房の職人達が参加しやすいように金槌を使い正確に真っ直ぐ何本打てるかを競う釘打ち競争、他には絵付けの得意な職人向けに制限時間内で決まった柄の塗り絵を仕上げてその美しさを競うものや、布や革を扱う職人向けにハサミで一発勝負の、どれだけ真っ直ぐカット出来るか、さらに子供参加型としてもうひとつ、白土を使って好きなものを作って即席で展示して皆に見てもらえる子供作品展などの企画も詳細を決めていくまで早かった。
見えやすいようにステージが必要だけど大きさと数はどれくらいがいいのかだとか、どこで何時から何が見られるのかの掲示はいつからするのか、看板やのぼりのデザインはどうするのかと、気づけば組合に入っている商店の人達が率先して進めてくれて、私は思い付いたことを言葉にしていくだけで済んでいる。
頭を悩ませたことと言えば、私の言い出しっぺである『賞品』。《ものつくりの祭典》とは違い参加賞的なものがあった方が皆参加しやすいだろうし、各優勝者にはうちの店や提携先だけでなくククマット領内の店ならどこでも使える商品券、日本だと地域振興券のようなものも準備を進めているけれど、それ以外にも何かと良いものはないかなあ、と頭を捻ってみる。
「どんなのが欲しい? 商品券以外で何かある?」
その質問にフィンが首をかしげる。
「『地域活性商品券』でいいと思うけど? 十分嬉しいじゃないか」
「まあね、提携してくれる飲食店や雑貨店でも使えるような商品券だから、十分だとは思うんだけど、他にあってもいいかなと」
「うーん、そうだねぇ。社員旅行のときに貰えた物以外のものがいいんだよね?」
「うちのお店だけが目立つような商品ではククマット全体でやる意味が薄れちゃうから」
「主婦からすると、『商品券』じゃないなら、家事を一日しなくていいなら嬉しいね、誰かにやってもらうのは難しいだろうから、やらなくていい日があればと思うことはあるよ」
「一日、のんびりしたいってこと?」
「そうだね、朝昼晩のご飯作る手間がないだけで気分は違うよ」
「一日ご飯を作らなくていい、か……」
「あれは良かったね、ほら、社員旅行のくじ引きの賞品だった、クノーマス侯爵家が運営しているあの高級宿に宿泊出来る権利。旅行するというよりは、家事をしなくていいってことにあたしは惹かれたよ」
「ん? その手もアリだね?」
「なにがだい?」
「『ペア宿泊券』だ」
「え?」
「ククマットの宿で一泊二食付き、夫婦やカップルでゆっくり出来る『ペア宿泊券』。好きな宿が選べて、上限を越える金額は自腹で払えばいいようにして、逆に越えない場合は料理を良くしてもらったりお酒をだしてもらったり出来るような『ペア宿泊券』。そうすれば選手権に関与が難しい宿屋もうちの宿ならペア宿泊券でこういうサービスしますよ、って宣伝したりできるし」
「ジュリ」
「うん?」
「あたしも選手権出ていいかい?」
あ、欲しいんだね、『ペア宿泊券』。
てゆーかね、あなたは稼ぎいいんだから普通にたまには家事手抜きのために泊まりいきなよ (笑)。
ちなみに、参加賞は飲食店でお昼時に指定の定食や軽食が食べられる『昼飯無料券』になった。まぁ、参加者が職人が多いとなると男性が多いからなのかな、圧倒的な支持を得て簡単に決まったわ。
子供参加型の参加賞は優勝は無しにして、全員にクッキーや飴などを協力してくれる菓子店などで交換できる引換券にすることにした。選べる楽しみもおまけでつけてあげる感じよね。
さて。
ククマット領どころか、将来的には巻き込めるところは全部巻き込んでやろうという意気込みで《ものつくりの祭典》をするために気軽に参加できるお祭り感覚の『ものつくり選手権』。
私達と侯爵家による資金提供で充分賄えるんだけど。
もっと参加する意義があるものにしたい。
だから一つ、賛否両論ありそうなことを提案してみよう。
【変革を開始します】が来そうなヤツね。今までそれを試してみようと思うタイミングがなかったんだけど今回はちょうどいいからね。
以前今回のお話のようなことをすることになるのでは、というような感想を頂いたことがありました。
はい、やります。随分前からものつくり選手権とセットで決まっておりましたwww
もしかして、同じことを考えた読者様は多いのでしょうか?
あまり深掘りせず開催したよー程度で済ますつもりでしたが、腕っぷしに自信がある奴らのむさ苦しいお話が追加になる予定です……。
それでは明日は連日更新最終日。
明日もぜひお読みください。




