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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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28 * 試金石になること

ゴールデンウィークスペシャルとして本編連続更新二日目。


 初めはククマット領、次はクノーマス領、そしてクノーマス領周辺の他領、そうやって人を集める範囲を少しずつ拡大し、いずれはベイフェルア国内、そして近隣諸国、最終的には大陸全土から、職人が集まる【ものつくりの祭典】を。


 将来的にその規模を目指すなら毎年やるのは難しい。移動手段や交通網が脆弱で未熟なこの世界では転移ができる人達でも長距離転移が可能な能力持ちは限られているから、それらが大陸全体で発達するまでは希望者が余裕をもって参加できるよう主催者側が配慮しなければと思う。

 だから数年に一度、オリンピックや万博のように決まった期間で開催されるイベントに。

 品評会での賞金は自分の店を持つための初期投資相当でもそれなりの額になるのでそれを求めて来るのか、それとも自分の実力が今どれくらいなのか、人々に受け入れられるのか見極めるために来るのか、それは自由。

 とにかく、職人が自ら足を運びたいそんな環境になるための足ががりになるイベントを定期的に開催しなければ、ククマットを『職人の都』にすることはこのペースの発展では困難を極める。


 私が『職人の都』にしたいと以前から言っていることは侯爵様たちも知っている。知っているけれどおそらく漠然とした『いつかそうなれば』といったとても不確かな形のはっきりしない未来だろうと思っている気がしている。


 最近の私は欲張りだ。

 以前なら人並みの幸せを感じられれば、それで良かった。不安のない老後 (小金持ちババアになること)を迎えられるお金さえあればと思ってきた。

 でも今は。

 自分が生きた痕跡を残したいと思うようになった。

 この世界に召喚されたその意味と共に、『嶋田樹里』という人間の生きた証を。

『どうせ死ぬ運命だった』という諦め、地球の日本という国への執着、そして家族や友だった人たちへの強烈な未練。それらを捨てられる日は来ないと思う。

 だからこそ、私はこの世界で、この地で足掻いている。そうしないと不安で蹲り動けなくなる気がしているから。


 ハルトたちのようなチートな力なんてない。


 私自身はとても弱い。


 誰かに守られないと生きられない世界で、生きている。


 守られるかわりに。


 出来ることをやる。


 私にできる私なりの還元を。


 侯爵様とエイジェリン様は困ったような戸惑っているようなそんな顔をした。

 グレイが解読に時間がかかったものを直接見せるわけにはいかなかったので、グレイとローツさんが私とキリアが作品を作る側であれこれ質問してきて、それをセティアさんが聞き取り纏めた【ものつくりの祭典】の構想をキレイな冊子にしたものを見せた。うん、すっごく見やすくなったし超分かりやすくなってた (笑)。

「これを、これからやりたい、と?」

「はい」

「……出来る、だろうか?」

「わかりません」

「え?」

「成功するのか、失敗するのか、それはわかりません。でもやらないならそれきりです。なにも始まりません、そこにも書かれているように、【変革】も【技術と知識】も、早いうちに出尽くしてしまうんです。それでももし、その先にも私の価値があるというなら、私の与えられた役割は形を変えて発揮されるんだと思います。それが、『作り手のために尽力する』ことなのではと、最近思います」


 かつて『楽譜』など音楽に必要な【技術と知識】をもたらして根付かせた【彼方からの使い】。その人が生涯過ごしたペリーダ伯爵領が今でも『音楽の都』と呼ばれる。

 大陸中から集まる音楽家と楽器を作る職人。そんな人たちで賑わう領。

 全ては常に人が集まる仕組みがあるから出来ていること。

 毎年、ペリーダ伯爵領では『音楽祭』が行われる。二週間各地区で音楽にまつわるイベントを開催し、駆け出しの音楽家たちのためにも場所を提供する。訪れた人たちは二週間たっぷり音楽に浸り、祭りを楽しんで帰っていく。


『また必ず、訪れよう』と。


「ペリーダ伯爵領の『音楽祭』も最初はとても規模が小さかったようです。調べたところによると、それこそ地区の新しいお祭りとして二日間だけで、外部の人はせいぜい近隣の村民だけだったと。でもそれが年々規模が拡大していった。噂を聞き付けた若い音楽家たちが自分の腕前を披露するため、作曲した曲を知って貰うため、故郷のいい歌を広めるため、誰でも参加できるペリーダ伯爵領に集まりだしたそうです。それが今では二週間領の各地で行われて大陸中から人が集まる。……侯爵様、やりましょう。ククマット伯爵領とクノーマス侯爵領を、『職人の都』の礎にしましょう。できるはずです、ペリーダ伯爵領で出来てここでは出来ないなんてことはないばす。新規事業や事業拡大だけでは補えない人を集める、惹き付けることを、始めましょう」


「私からもお願いします」

 隣にずっと黙って座っていたキリアが突然、切羽詰まったような声を出した。

「どうか、どうかお願いします」

「キリア?」

「あたしは、今まで主婦として子育てして旦那の帰りを待って、支えて、歳を取っていつかのんびりした老後を送るんだろうって思ってました。でも、ジュリと働くようになって、物を作るようになって、ククマットしか知らないけど、目の前の事しか知らないけど、それでもジュリの話を聞いて、一緒に考えて、気づいたら先の未来、自分が死んだ後でも今あるものが残っていたらうれしいって思ったんです。精一杯自分がやってきたことが残ったら、これほど名誉なことはないって、こんなあたしも思ったんです。それが職人なら、ひたすら物を作り、世に送り出す職人ならもっとその気持ちは大きいと。……大変なことも多いです、もっと上手くなりたいのにって、悩むこともあります。でも、楽しくて嬉しい。この日常がずっと続けばと思うんです、あたしだけじゃなく、この先ずっと、同じ思いの人が増えて、ククマットが発展して、ずっと、残ってほしいって」

「……わかった」

 力強く答えてくれたのはエイジェリン様だった。

「やろう、初めはどんなに小さな規模でも、単なるお祭り気分の軽いものでも。私もみたい。この先、どうなるのか。……ククマット領とクノーマス領がどう変わっていくのか、この目で」














「長期的戦略、か」

「壮大すぎるってキリアには言われました」

「壮大だが、計画がしっかりしていれば実現は可能なのだろう?」

「そうだと信じて進めます。そのためにはお金が必要になりますが」

「資金面は勿論協力させてもらうよ」

「ありがとうございます」

 あのあと、侯爵様が突然笑いだして『お前に任せる』とエイジェリン様に告げた。侯爵様はなんだか嬉しそうな顔をして長期的戦略について私に色々質問してきたね、と別々に休憩を取っているときにグレイに問えば。

「最近父上は兄上へ爵位を譲る時期を見計らっているようだったから、もしかするといいタイミングと思ったのではないかな」

 と。そういえばそろそろそんな事を考える時期なのかもしれない。

 一時期親子の間に亀裂があって、家庭内でも殆ど会話をしなかったと聞かされていたけれど、最近は互いに譲歩したり折り合いをつけたりして距離を縮めているとのこと。ウェルガルト君という次世代の後継者の存在も侯爵様に『そろそろ』と思わせたようだとグレイが穏やかな顔して教えてくれた。

 いい傾向だね。


 長期的なことになるのなら確かにエイジェリン様が最初から中心となって担っていくのがいいかもしれないしそれを補佐する経験豊かな侯爵様がいればなおいい。頼もしい二人が協力してくれるなら私も安心よ。


 その当事者であるエイジェリン様はとてもウキウキして見えるのは気のせいかな?

 これはこれで、ちょっと怖い流れだったりする。この家系は止めるのに苦労するのよ、特にこの浮かれた感じの時は。

「壮大すぎて結構じゃないか。それを維持していくためには、侯爵家もさらなる発展をしていく必要がある。腕がなるよ。何から手をつけようかな」

 あ、うん、楽しそうだ。これは暴走するパターンだ。弟ももちろんそれを察した。

「兄上、勝手なことはしないように。ジュリとキリアの構想に沿って、そして職人たちと意見交換するところからです」

「うっ? あ、分かってるよ」

 なにその反応。絶対フライングして何かしようとしてたでしょ。キリアもローツさんも笑顔だけど目が。目の奥が物語ってる。

 何かしようとしてたな? って。

「どんなに早くても二年後かと思いますよ」

「ええっ?! 近日でも大丈夫だろ?!」

「する気になれば簡単に出来るんですけど……お祭りメインではなく、まずは品評会が主体になればと思ってます。そうなると、テーマとなるお題を決めて、それを告知して、職人なり職人になりたい人たちがそれを作る期間を考えると、あまり短いサイクルでは酷なんですよ。デザインを考えて、材料を揃えて、試作して、修正して、作り直す人もいるかもしれませんから。優勝者にはお店や工房を出すための資金提供を考えていますからなおのこと、真剣に取り組んで貰うためにも期間はそれなりにあるべきです」

「なるほど……ううぅぅぅん……面白そうだからすぐにでも開催したかったんだが」

「すぐになら、あれでもいいんじゃない?」

 キリアがコソッと耳打ちしてきた。

 ああ、あれね。

 キリアも試しにやってみたいと言ってて、こんなのどう? って話になったあれ。


「じゃあ、エイジェリン様、試しにやってみます? 《ハンドメイド・ジュリ》主催、『ものつくり選手権』。今後計画を円滑に進めるための試金石のようなものと思っていただければ」


 これは、【ものつくりの祭典】の催しにこんなのあったら面白いよねって話になったときにキリアと私でふざけて考えたもの。『いやこれ物作り関係ないじゃん』って二人で大笑いするようなことまで含まれるから、完全にふざけてた。

 よくお祭りで丸太をノコギリで切る競争とか、重いものを担いで走る競争とかあるでしょ? あれをものつくりに置き換えて遊び感覚で出来たら面白いよねって。優勝者には夜に友達誘って奢れるお酒代にはなるだろう程度の賞金と、副賞に『《ハンドメイド・ジュリ》か《レースのフィン》の商品券』、『《本喫茶:暇潰し》の回数券』なんてどう? って。それこそ社員旅行で妙に人気があった小麦粉一年分とかおばちゃんたちもこぞって出場するって言いそうなのを付けたらいいじゃんって (笑)。

「『椅子の組み立て競争』、『ククマット編み競争』とか。子供でも飛び入り参加ができる『積み木積み重ね競争』も。ククマットの大市に合わせてそういう競技が出来る場所を確保して、集客しても面白いよねって話になってたんですよ。それなら宣伝効果も期待できそうですよね、ものを作ることに特化した競争ってあんまりないので告知の段階で興味を持ってもらえる可能性もありますし」

「よし! やろう」

 早いな、エイジェリン様。


 しかしキリアはやっぱりとても柔軟な思考をしている。【ものつくりの祭典】の前哨戦となるものをするとしたら、どうせ品評会で本職の人たちを競わせるんだから他に軽い気持ちで参加できる競技もあっていいんじゃないかと言い出したのがキリア。

 そこで地球でも各地のお祭りで行われているそういった競うようなことを例に挙げれば。

「時間内で決まった形のククマット編みをどれだけ長く編めるか競っても面白そう」

 と。

「職人も参加出来たらいいよね、木材なら集めやすいから簡単な家具を誰が一番速く正確に組み立てられるか、とか」

 なんて話が飛び出したわけよ。

「だから言ったじゃん、あたし自身が楽しみにしてるからって。しかもそこに恩恵も絡んでるんだからそれくらいのことは妄想してニヤニヤする権利あるでしょ」

 ニヤニヤしながら考えたのか (笑)。

「うん、ロビンに『どうした、顔が変だよ』って言われるくらいには最近家でニヤニヤしてた」

 あ、そう。そこまで楽しみにしてくれてるなら私も嬉しいよ。


「白土でスイーツデコを作るか、つまみ細工の競技を開催してほしい」

 ローツさん、あんた出る気満々かよ。

「私は算盤を使って計算するなら」

 それはものつくり関係ないよグレイ。

「私は全部出る!!」

 ……エイジェリン様、それは無理だと思います。


「なんか、大事になりそう」

 キリア、それ正解。














 ノーマ・ハウスシリーズの家や家具を作ってくれている職人パルソムさんと以前話したことを最近はよく思い出す。


 一つのことに過信して、そして依存して、新しいものを認めなかった工房が消えていった話。


 秘匿することが悪いことではない。少ない職人だけが技術継承することが悪いことではない。

 でも。

 廃れたら意味がない。

 消えたら全ての技術は無に帰す。


 それをさせないためにも。

 地域全体を活性化させ、沢山の情報を得て外を知り、技術を残していくにはどうしたらいいのか、自ら考える環境が必要になる。


 そのための試金石。


 ものつくり選手権。


 皆で騒ぎながら笑いながら出来たらいい。



いつも交通網や移動手段の未熟なこの世界には悩まされます。それを無視して話をすすめられないんですよね、色々とおかしなことになるので(笑)。

日本の道路を走る車やバイク、自転車、電車にバスに新幹線、そして飛行機と移動手段の豊富さになんて便利な所に住んでいるんだと実感します。


明日も更新します。ぜひお読みください。

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― 新着の感想 ―
 TVチャン○オン(笑) ドンピシャ世代です。
[良い点]  ものつくり選手権の全種目出場希望のエイジェリン、算盤部門出場希望のグレイと違って眼がキラキラしてそう。  グレイはキラン!って感じだったと思います。そして最初「部門」を武門と誤字って笑い…
[一言] 参加型のお祭りって楽しいんですよねぇ ちょっとした文化祭みたいなノリで楽しめる
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