28 * 長期的戦略
本日よりゴールデンウィークスペシャル連日更新。
一日目です。
先日の大規模なお茶会は大成功、ルリアナ様から大変感謝され、知人からあれ欲しいコレ欲しいと手紙がどっさり届いて皆が止めるのを無視して燃やしたり。
大成功したからこそ、私の頭の中でくっきり形になって現れ一人静かに考えたことがある。
いつか必ずしかもそう遠くない未来に必ずや『頭打ち』になる、と。
何がって?
それはね、私が齎すだろう【変革する力】と【技術と知識】。
これは間違いなく限界がある。
そもそも私は 《ハンドメイド》に関連することかその延長上でしか【彼方からの使い】としての能力を発揮することはない。【変革】は私が不便だと思うこと、あったらいいなと思うことから出てくるもの。ある一定の『利便性』が私を取り巻いて、私がある程度満足してしまえば今のような勢いでなんでも試そう挑戦しようという気持は穏やかに緩やかに減少していくことは分かりきっている。
そして【技術と知識】は私がこの世界に定着してほしいな、みんなが当たり前に使えたらいいなという気持ちから生まれているものだから、これから先この世界の人達が派生品や改良品を生み出していくのなら必然的に私が作る必要性はなくなって、私の役割は自然と終わりを迎える気がする。
「あんたの頭なら死ぬまで色々アイデアが出てきそうだけど」
と、キリアは笑って言ってくるけど、それはまずありえない。
新しい素材が見つかればそれをどう使うかと頭を捻るし工夫するけど、でもそれ以上はない。
家電がどんどん進化していくように《ハンドメイド》作品も進化出来るものならどんなに楽か。まぁ現実は甘くない。私が出来ることはキリアの言ったようにアイデアを出すことであって、研究や開発ではない。それらにはちゃんと専門家がいてくれるし今更私がその勉強をしたとしても中途半端になるだけで今やってる事にも悪影響を与える可能性もある。だから私は物を進化させることは出来ないので創意工夫でなんとか出来るものだけを周囲の人に助けてもらいながらやっているという現状。
「で、何が言いたいわけ?」
キリアが不服そうな顔です。後ろ向きな発言が気に入らない様子です (笑)。
「長期的戦略をそろそろ考える時期かな、と」
「は?」
「五十年、百年先に 《ハンドメイド・ジュリ》と《レースのフィン》が生き残っているように、ものつくりの環境が廃れないように、ククマットを『職人の都』にする基盤を整えようかと」
「……ジュリ」
「ん?」
「壮大すぎる」
真顔も素敵よキリア。
「ちょっと待ってよ? 今ですでにそうなりつつあるでしょ?! 今さらジュリがどうこうしなくたってこのまま発展してくわよ、そこまであんたがする必要は」
「このままだと、私が死んだらその後は廃れるよ」
「えっ……」
「今の段階ではまだ弱すぎる。私やキリア、フィン、ライアス、他の恩恵を授かった人たちがいなくなった時のこと考えたことある? 今の規模のままでククマットの職人が自然と増えると思う?」
「それは……」
「私の恩恵は、私が生きている時だけで、そしてその恩恵もすべての人が平等に受けられる訳じゃないでしょ? 職人だって、もっと基盤が整わなければこれ以上は増えない。整えるなら、もう始めないと」
キリアが黙り込んでしまった。
この話はグレイと何度もしている。ただ、具体的にいつから、どういったことを、というのはまだ伝えていない。だからキリアに一番に話すことになった。
「……ねぇ、なんで私に一番に話したの?」
「んー、特にこれといった重たい理由はないんだけど強いて言うなら、ものつくりはそう簡単なことじゃないことを理解してくれてないと言葉で危機感が伝わりにくいのかなって」
「危機感……」
「発展させることは簡単なんだよね。知ってることをばら蒔けばそれを得た人たちが勝手に利用して利益を得るために工夫して作って広めてくれる。それこそ研究と開発で派生品と最新のものも作ってくれる。でもね、『その品質を維持して受け継いでいく』のは並大抵のことではないから。開発して終わりじゃない、その環境をちゃんと整えないとヤバイかもって思ったときにはもう取り返しのつかない所まで廃れて消えていくことになるんじゃないかな」
「……確かに」
キリアには言いたいことが伝わったらしい。
螺鈿もどき細工の盗難さわぎの後、ヤゼルさんや開発に関わった人たちを悩ませているのは後継の育成。追放になった職人は事実上ナンバーツーだった。年齢的にも弟子を取り、人に教えることにも慣れて、熟練と呼ぶにふさわしい腕に差し掛かっていた。
予定ではヤゼルさんが作ることに専念し、追放になった職人が育成含めてその先の計画の中心を担っていくはずだった。
それが今少し難航している。誰にその役割を担ってもらうのかなかなか決まらない。
主力メンバーなら誰でもいいじゃないか、とはいかなかった。伝統として継承していくということに尻込みする人や人を育成することに自信がないという人、逆に総合的に見てリーダーシップを取るには向いていない人が他を無理に押しのけて成り上がってやろうとして仲間同士でトラブルを起こした、そんな話が上がってきてしまった。
単なるククマットの地元イチオシ商品ならよかった。ノーマ・シリーズのように。でも螺鈿もどき細工は違う。他の領から職人を呼び、さらには多大な投資がされ、クノーマス、ククマット領の伝統工芸品として残していく大きな事業になった。
技術だけではどうにもならない部分で弱さが露呈してしまったのよ。それが長年職人として物を作り続け弟子を育成してきたヤゼルさんを悩ませている。
このままでは、螺鈿もどき細工のこの領での寿命は短い。
他の精力的な職人によって技術が奪われる。
螺鈿もどき細工の盗難騒ぎから現在までの過程は私にとって将来を見直すきっかけになったことは間違いない。
そして、最近の人間関係の拡大も大きく影響している。
私がいなくなっても、ククマットを拠点として職人たちが切磋琢磨し、伝統工芸も流行もどこよりも安定的に世に供給してほしい。それだけの意欲が溢れた活気ある土地として残って欲しい。そうでなければ、いずれ私が残すものは他に奪われるか、消えてしまう。他で発生する流行や最新技術に埋もれてしまう。
それは嫌だ。
手作りでも、量産が出来なくても、特別なものじゃなくても、なんでもいい。
残せるものは残したい。
その礎を作るのも私の役目だ。
【彼方からの使い】でも【スキル】【称号】のない、魔力もない、弱すぎる私に出来ること。
私にしか、出来ないこと。
それがあるのなら、やる。
交友関係が広がり、得た人脈をフルに活用出来るのは今だと肌で感じている。
だから今、やりたいと思う気持ちを大事にして進めていきたい。
「あぁぁぁぁっ、もう!」
キリアが変な声で悶絶しだしたね。
「重たいじゃん!!」
ああ、ごめん (笑)。重たかったかも。
「それにあたしが巻き込まれてる!!」
うん、がっつり巻き込むよ。
「知らないフリ出来ない! あんた分かってやったでしょ!」
そりゃもちろん。
「私の言うこと鵜呑みにしない人って少ないから仕方ないでしょ。そういう人は貴重だし、私の気持ちを引き締めてくれるからね」
「わかってる、それは分かってるよ」
「新作出すときだけはキリアも後先考えず私みたいにやりたい放題するから大変だけど」
「それも分かってる……」
キリアはいつでも変わらない。私が【彼方からの使い】だからといって、何にでもハイと言うわけではない。友達でもある彼女の否定や疑問はいつも私に自重を促してくれる。
これが出来る人は少ない。
してくれる人は、少ない。
立ち止まって考える、悩む、見直すことを私に許してくれる。
だから良いものが作れる環境が維持できている。
彼女となら、やりたい構想を形に出来る。
長期的戦略となると、基本的な考えをまとめるだけの時点からグレイや侯爵様に相談すべきなんだと思う。
でも、作る側の気持ちは、作る人でなければ、その真意を理解できない。
何が意欲を掻き立てるのか、何が続けたいと思わせるのか、それはものつくりをする人間でなければ分かり合えない。
「いきなり言われてもあたしは何も思い付かないわよ、それなりに考えてることはあるんでしょ?」
呆れた様子でそう言ったけれど、キリアの声は少し弾んでいた。
「面白いことに巻き込んでくれたわ、ホントに」
グレイ、ローツさん、フィンとライアス。この四人は私とキリアがこそこそやってることに気づいていて、何をしてるんだと問いかけて来た。
来たけど。
「秘密」
の一言で躱した。ひたすらその質問から逃げた (笑)。秘書なのでセティアさんは何をしているのか知っているけれど、周囲から聞かれると黙っていられるか分からないので詳しくは纏まったら教えてください、と絶妙な防御壁を作り上手く周囲からの質問攻めを防いでいる。
二人でこそこそ肩を寄せ合って話し合った構想は紙が一枚から三枚から五枚に増え、五枚から十枚に増え。増えに増えて気づけば五十枚超えて、清書が嫌になってそのまま穴あけパンチで適当に穴を開け紐で綴じた。
「これさ、実現したら凄いよね」
キリアは少し夢見がちな顔で、でも、目は輝いていた。
数日間作品作りをしながら、どちらかが案を出せばそれを聞き取って書き留めて、それを見ながら話を膨らませ、掘り下げる。作品作りが不思議と捗り、時間があっという間に過ぎた感覚。それだけ、私は楽しんでいた。
先のこと、未来のことなんて誰にも分からない。不安と期待が何度も交錯して過ぎる毎日。計画通りにいくわけがないと分かっていても、それでも私は心のどこかで確信がある。
これは私のすることだ。
と。
苦労と苦悩は覚悟の上。
それでいい。
何もせずただ過ごす日常より、生きていると実感できる。
「最初は、ホントに小規模でいいの。皆で気楽に気軽に、一喜一憂して次また頑張ろうって思えたらそれでいい」
「でもこれ、ものつくりをする人は面白いと思ってくれるよ、あたしもやってみようかなって思うし」
「キリアが出たらちょっと他の人が可哀想だよ、止めてあげて」
「ええっ? いいじゃん、一回くらい」
ケラケラと笑いながら、私たちはその構想が書かれた紙の束を見つめる。
「いやぁ、グレイセル様がどんな顔するか気になるぅ」
「不貞腐れる。仲間外れにされたって拗ねる。現にちょっと機嫌悪いし」
「あんたがご機嫌取りしてよ?」
「するけど、この話聞いたらそれどころじゃないと思うよ、こういう壮大な話好きだからね。すぐ動くと思う」
「色々手広くやっててまだ動けるの? バケモノだわ」
「ホント、それ。たまにグレイって三人くらいいるんじゃないかと頭を過るからね」
「怖い怖い」
やっぱり、二人で笑った。
思い付いたことを手が空いてる方が書き殴ったのを纏めたものだからね。
私とキリアはそれで理解できるんだけど、それを見せられたグレイは解読に丸二日かかってしまいまして (笑)。あのね、脈絡なく話が飛んでおかしな方向に行った部分もそのままだしこれは無しだなって突然文章が途切れてるのも紛れ込んでるから。
「古代語のように解読が難しい」
って言われた。しかも五回も。ごめんね。
「一言でいうとね」
「最初からそうしてくれ」
「それじゃキリアと話し合った意味がないわけよ、でね。何がしたいのか、というと」
「【ものつくりの祭典】、だな」
「そういうこと」
物の品質を維持し、そしてそれを継承していくには人がいなければ話にならない。その人だってククマットだけでは限界がある。だから、この土地に興味のある人、腕に自信のある人を惹き付け足が向くようにしなくてはならない。
あらゆる職人たちが持つ技術を限りなく先の未来まで残すために必要なのは、そのための場所の提供が必須だから。
でも、呼び寄せるのは簡単じゃない。螺鈿もどき細工の場合は工芸品として確立され他に類を見ない物になる。だから職人たちがやってみようと、腕を試してみようと思えた。魅力がそれだけあるものだった。
そんなものは世の中に一握り。
だから、それにすがるのではなく、生み出せる環境を整え土地そのものを確立した地位に押し上げなくてはならない。
交通・物流の手段が限られていてしかも未発達なこの世界では簡単に移転や移設はできないからこそ、安心して物を作り出せる場所を、提供していこうと思う。
その場所に、人をどうやって集めるか。
そういうときこそやれることがある。
「数年に一度、テーマを決めるの。例えば『花』だとしたらそれに沿った作品の品評会を開催する。花柄、花の形をしたもの、花そのものを使ったものでもいい。花を連想させる香りや花をイメージした服でもいい。とにかく、テーマに沿ったその品評会をメインに、お店が持てない人たちのために作品を販売出来る区画を設けたり、普段はお目にかかれない外国の商店を呼んだり、職人たちが意見交換できる場を提供したり。そして、品評会で一位になった人には賞金、支援金を出して、独立を手助けすることもしたい。そしてククマットではどんなものが作られているのか、各工房に協力してもらって工房見学ツアーをするのもいい。ものつくりのための土地、『職人の都』だからこそと納得してもらえる大々的な祭典をやりたいの」
【ものつくりの祭典】。
いつか、やりたい。
ハンドメイドからは離れますが、ジュリの目指すものが何となく分かっていただける数話になると思います。
では明日も更新となりますのでぜひお読みください。




