28 * 翼のある天使がいない件
こちらの世界、多少派手なデザインが売れ易い。これは貴族の『我が家は裕福です』アピールの権力誇示に宝飾品が最も使いやすい、見せやすいということから根付いた価値観。
なので、日本なら若気の至りで買った超可愛いデザインのものでも年齢を問わず売れるという状況。
なので、実はシイちゃんがご所望のペアリングのデザインはしやすかったんだよね。彼女が素敵、かわいいと言ったように、無理にスマートさを求める必要がなく、思いつくまま描けたの。
ただし、描いたまではよかった。
その基となるとある絵を見たグレイからの一言に。
「んぎゃあ!! そういえばそうだったぁぁ!!」
と私が叫んだ理由。
恋のキューピッド、天使的なファンタジーな存在は神様の一柱【愛の神】や【恋の神】がこの世界でその役割を担っている。
なので、いない。
丸っとしたぷくぷくの幸福の象徴のような可愛い赤ちゃんの姿をした弓矢を持って翼をパタパタさせているキューピッドがいない。
「なんの魔物だ?」
あのグレイの一言には参った。キューピッド、魔物扱いされたよ……。
しかもですね、問題はもう一つ。
キューピッドが通用しないなら、神様の姿にちかいかな? と思われる天使を描いて見せたら。
「ジュリのいた世界では神は獣人の鳥属と同じ姿をしていたのか。そして頭の上の輪はなんだ」
と。
獣人……。輪……。私撃沈。
つまり、この世界では神様やそれに準ずる存在はいるけど翼はない。光る輪もない。
あ、そういえばセラスーン様もない、うん……。
ホントはね、二つのリングを並べると天使の翼になるようにしたかったの。
それ売って神様には翼があるって誤解されてもこまるじゃん!!
と、なりまして。
でもそこで挫折しなかった私、偉い。
すぐにこちらの世界の動物や植物、そして魔物の図鑑を引っ張りだして調べまくった。そして案外早く出てきた『羽』『翼』と『幸福』をつなげる存在。
感激しながらデザインを食い入るように見つめるシイちゃんに対し、そわそわしているアストハルア兄妹。
「見たい?」
そう問えば揃って首をコクコクさせる。お父さん激似のロディムに対してお母さん似のセレーナちゃんは一見兄妹と言われてもピンと来ないと思う人も多いけどこうしてシンクロする動きはうん、兄妹。
「あ、すみません私ばかりっ」
我に返ったシイちゃんが二人にも見えるようテーブルにデザイン画を丁寧に並べる。
「わっ」
思わずといった感じで声を出したセレーナちゃんは慌てて口元を手でそっと隠す。いつもならはしたないぞと怒りそうなロディムも今はそれどころじゃないらしい。
「……凄い、です。これ、全てペアなんですね」
はー、と息を吐き出しながらロディムはさらに身を乗り出してデザイン画を食い入るように見つめる。
図鑑に記載されているのは生態や生息地だけではない。高価な図鑑になると名前の由来になった伝承やその土地特有の風習の礎となったおとぎ話なども載っている。
それらを改めてしっかり見てみるとペアリングのデザインに使える比較的有名な『幸福』の象徴になりうる魔物と動植物が複数あった。
特に私が注目したのはこのベイフェルア国にも生息する『カガミドリ』。
この鳥、不思議な生態をしている。
求愛行動が活発になる春先、本来なら薄茶色の翼が片方変色する若い個体が一気に増える。これは番となった証で、ちょうど向き合った時、鏡に映ったように互いに変色することがその名前の由来となった鳥。しかもこの番となった雄雌の互いの片方だけの変色は、少なくとも数百、多い時では千を超える群れの中で全く同じ色になることはなく、そのカラフルな翼が群れて空を飛ぶ様は見ていると目が疲れるくらいにいろんな色が入り混じるらしい。
ちなみに小さな躰に似合わず群れを襲う外敵には容赦なく、細く鋭い嘴で集団で襲いかかり毛や鱗を引きちぎるのは勿論、中には肉や眼球を抉る凶悪な個体もいるという。家族だけでなく仲間を守る意識が極めて高く勇敢なカガミドリはその性質から【戦の神】の肩や手に乗った彫像となることもあるらしい。事実グレイが騎士団団長をしていた時の別の騎士団のエンブレムには勇気と絆の象徴としてカガミドリが入っていたとのことで、カガミドリは良い意味合いが多分に含まれた存在。
「天使の翼が無理ならカガミドリ」
ということで、頭の中にあった構想はそのまま転用可能となった。
「このままだと不思議なデザインなんだけど、指輪の翼つけ根部分にあるドロップカットの石がくっ付くように並べるとね、ハートの石になってそれを挟んでカガミドリの翼が広がるデザインになるのよ。これはデザイン性よりもペアを重視したものだから夜会用の装飾性の高いものじゃなく記念指輪の扱いね」
そう、ちょっとデザインとしては不思議なものになってしまった。でもまぁ、二人でお出かけのときに使うとか、そんな使い方の指輪もありかなと。そもそも受注者が実家も婚約内定者もすげぇ金持ちなので、こういうの一個くらい作っても無駄遣いにすらならない。
そしてこれを基にもっと簡素なものがいくつかキリアによってデザインされた。
石を使わず翼だけが刻まれたものでも透かし彫り風の凝ったものや簡略化した可愛い翼など、それそれが指輪だけでなくペンダントトップやブレスレットチャームにデザインされ、二人の婚約式に合わせて記念アクセサリーとしてククマットの宝飾品店から売り出すことが決定している。
「あとこっちはもう完全に社交界を意識したシイちゃんとロディム用のアイテムよ」
私がカガミドリの翼をモチーフにしたのはペアリングだけではない。
シイちゃんの髪飾りとロディムのブローチだ。
豪華な羽飾り風のそれは、並べるとちゃんと左右対象の翼になり、一見別物に見えるけど実はしっかりお揃いだよとなる。
「それは翼含めた本体のみのデザインなのね? ここに細い鎖に輝石を付けて揺れるチャームをつけてもいいし、もっと装飾は豪華にできるよ。丸い白抜きのところは石を填める所で今ラウンド型になってるけど調整出来るから石の形も選べるからね」
ここまで説明した時だった。
「ジュリさん」
「ん?」
「全て、私が買い取ることはできますか?」
来た。
「デザインもです。特にこのオリジナルのペアリングと、髪飾りとブローチ、父との相談ありきとはなりますがジュリさんの言い値で構いません、私に売って下さい」
そういうと思ったんだよ。
「ぷっ」
こら、グレイ。
「あははははっ!」
空気読め旦那!!
これ全部完成する前から、グレイから言われてたのよ。
「ロディムが欲しがるぞ」
ってね。
「何故だと思う?」
「そりゃあ、『二人のオリジナル』だからね。それくらい私も流石に覚えたわよ」
「その通り」
私がグレイのために時々作る『グレイオリジナル』の品々。
これらはグレイにとって、社交界での途轍もないアドバンテージとなる。
彼の『オリジナル』から流行が発生する場合、社交界の話題の中心となる。社交界の良い意味で噂の中心となると言うことは、それだけで品位を押し上げる。品位が上がるということは、それがそのままあらゆる面でプラスに繋がっていく。社交界に殆ど出ない私達なのに社交界で悪い噂が流れないのはそういうことが関係している。グレイを批判すれば、私を批判したことになり私が作るものを批判したと判断する人も出てくる。それがきっかけでグレイが評判の良いもの最新の物を世に出さなくなることもあり得る。流行に敏感な人たちであふれる社交界でそれは自分の流行の乗り遅れやセンスのズレを晒すことに繋がる危険があるので、あの強権派すら慎重に動かざるを得ない要因となる。
「さて、どうしようかな」
ちょっと意地悪してみる。
「ジュリさん、お願いします」
「なんで欲しいの?」
「それは」
「グレイを納得させてごらん、もし出来たらあげるよ」
「え?」
「義理の妹シイちゃんとロディムへの私からの婚約祝としてデザインは勿論、それを作る宝飾品店と私が交わした契約書そっくりそのまま、ロディムの名前に書き換えて渡してもいい。でもそれは、グレイを納得させられたら」
「伯爵を、ですか」
グレイがね、言ってたのよ。
「欲しがるだろうが、簡単には渡したくないな」
って。
「ありゃ、可愛い妹を取られる醜い嫉妬?」
「まさか! シイの夫として申し分ないロディムに嫉妬するほど愚かな兄ではないさ。ただ……『利益』や『家』、『矜持』のため、という理由ならばジュリがすべての権利を持ったままシイにプレゼントするだけでいい。そもそもジュリはシイへのご褒美として、そして婚約祝いになればとここまでしてくれたんだ。それを無碍にするような理由のために今後利益が見込めるものを渡す理由などないだろう?」
「確かに。……そもそもあの男は金持ってるんだよね、そこで家とか矜持とかって言われたら興ざめするかも」
「そうだろ?」
なんて会話をしている私達。
さて。
ロディム。
どうやってグレイを納得させられ―――
「私はシャーメイン・クノーマスを愛しています」
……おっと。
直球。
グレイが面食らってる。
シイちゃんは一瞬で顔真っ赤に。
セレーナちゃんは、めちゃくちゃ瞬きして突然立ち上がって愛を語る兄を見上げてる。でも動揺してるところを人に見せるのはいけないと思ったのか徐に扇子を取り出して口元隠した、すごいな。
「彼女だけです、私をここまで動かすのは、彼女だけです。そんなシャーメイン・クノーマスのためにデザインされたものを、彼女が望んだものを、私が手に入れたいと思うことはおかしなことでしょうか? 悪いことでしょうか?」
「お前は悪いことだと思うか?」
「思いません。私は、彼女が欲するもの、全て与えたい。彼女が笑顔になるもの、幸福を感じるもの、全てこの手で与えたい。それがお金で解決出来ることならお金を惜しみなく出しましょう、権力で解決出来ることなら権力を振りかざしましょう。アストハルアを継ぐものとしてそれを私は許されています。彼女のためになら、躊躇うことなどありません」
途端、グレイが勢いよくテーブルに突っ伏した。その勢いにびっくりしたシイちゃん、ロディム、セレーナちゃんの肩がビクッと跳ねた。
「グレイ?」
見れば僅かにこっちを見てる。
すげー笑ってる!!
たまらず思いっきりその後頭部を打った私、悪くない。
言って、間を置いて恥ずかしさがこみあげたロディムは誰とも目を合わせられなくて天井を睨んで微動だにせず。
セレーナちゃんは感動してるのか? 扇子を落として両手で頬を押さえて目を輝かせぷるぷる震えながら兄とシイちゃんを子リス感たっぷりにキョロキョロと見比べている。
シイちゃんはと言うと。
兄妹だなぁ……。お兄ちゃんと同じ姿勢でテーブルに突っ伏してる。悶えてるけど (笑)!!
グレイが笑うのもわかるよ。三人真っ赤なんだもん。大丈夫? 倒れたりしない?
「で? お兄ちゃんとしては納得したの?」
「……そう、だなぁ」
ようやく顔を上げたけど抑えきれない笑いそのままに、グレイは私に向けて指で文字を書く仕草をしてみせた。
「ジュリの好きなように。書き換えに関しては私がするさ」
「……だって。よかったねロディム」
「……え?」
わずかに狼狽えつつも、ロディムの目が確認するように私とグレイを見比べる。
「グレイが納得したみたい。私からシイちゃんとロディムへの婚約祝い」
テーブルに広げられていたデザイン画をまとめ、私はそれを差し出す。
緩慢な動きでそれを両手で受け取ったロディム。
そして。
喜びを分かち合おうと互いに目が合った二人。シイちゃんが勢いよく立ち上がり、両手を広げた。ロディムの手からデザイン画が離れ、散らばった。
「若いなぁ」
そんなことを呟けば、二人は抱き合ったまま私達に顔を向けてきた。
「ジュリさんありがとうございます!!」
「ジュリありがとう!!」
はいはい、どういたしまして。
なんて幸せそうな笑顔か。若い、ほっぺたくっつけ合って、なんて若いんだ!!
「セレーナ嬢、あなたは誰かと婚約したとしてもこんな二人にならないようにな。とてもじゃないがたとえ身内の前だとしてもあなたのような妙齢の女性のいる前で公爵家令息と侯爵家令嬢がすることではないから」
グレイがなんだか妙なことをセレーナ嬢に諭してる。
「はい、大丈夫です。こういったことは見るに限りますもの!」
うん、なんかこの子やっぱりアストハルア家の子だな。なんか大物感ある。
後に、『ミラーシリーズ』として世に出るカガミドリの翼がデザインされたアクセサリーは、アストハルア若夫婦の象徴として社交界に多大なる影響を与えることになる。
特にアストハルア家の繁栄そのものを具現化した極めて豪華な対となる髪飾りとブローチは富める象徴としての意味まで図鑑に記載されるきっかけにもなり、以降カガミドリは【富の神】や【幸の神】の彫像や絵画にも登場していくことになるのはまだまだ先の話。
そして余談。
カガミドリは小骨が多くしかも小型、そして煮ても焼いてもぱさついてあまり美味しくないということで、我が家の食卓に一度も登場したことはない。
「兄様」
「うん?」
「アフタヌーンティースタンド、忘れないで下さいね。そしてエッジ兄様に伝言御願いします。次帰りましたら覚悟してください、お説教しますから、と」
「はいはい」
浮かれてても、ちゃんと言う事は言うシイちゃん、嫌いじゃないよ。
名付けの次に大変なのが理不尽&謎生態のオリジナル魔物や生き物の設定です。
思いついたらサクサク進むんですけどね、そこまでが長い道のりです。
そしてここまで読んで頂きありがとうございます。
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