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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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28 * 春の宴は華やかに

 タイミングとしては最高ではなかろうか。


「へ」

「へ?」

「へへへへへへへ、くへへっ……」

 私の奇っ怪な笑いにキリアがスッと二歩離れた。

「……楽しそうだね」

「楽しい、うへ、えへへへ」


 笑いが抑えられない私からちょっと離れた立ち位置のまま、キリアは『計画書』を読んでいる。

「ウェルガルト様が生まれてから初のルリアナ様のお茶会かぁ」

「ひひひひひっ……」

「あんたのその笑いはルリアナ様のための大仕事を任せられたからかそれとも好き放題させてもらえるからなのか分からない」

「どっちも。ふ、ふふふ」

「……グレイセル様、この笑いなんとかしてください」

「何とか出来たらとっくにしているが?」

「……ですよね」


 ルリアナ様の社交界復帰が決まりましたー!!

 エイジェリン様が過保護でなかなか表に出そうとしなかったんだけど、ルリアナ様は既にネイリスト育成専門学校の学長として同じ建物に入る領民講座の学長であるローツさんと学校経営に復帰していたし、ククマット領含む近隣の祭事などへの招待に出席する機会を増やしていたのでそろそろかなぁと私も思ってた。

 そんな中、先日の火防の祭りでエイジェリン様から正式に復帰後初のお茶会のプロデュースをお願いされたわけよ。

「オッケーです!! いつでもいいですよ!! 準備は進めてましたから!!」

「ん? 以前すでにお願いしていたかな?」

「シルフィ様からルリアナ様のために進められるだけ進めていてくれると嬉しいと言われてたので」

 エイジェリン様が母親のシルフィ様を睨み、シルフィ様がその睨みを笑顔で躱し、微妙な空気になったりもしたんだけどね。


「ここ最近の物をてんこ盛りにしたお茶会ですね」

「ああ、ウェルガルトのお披露目でもあるから。盛大にやれないかと母上から相談を受けてジュリには予算など一切気にせず好きにしろとだけ言ったらこうなった」

「お茶会で家が何軒建つんですか、この金額」

「そこに記載されている金額は最低額だ」

「そうなんですか?!」

「侯爵家の跡取りのお披露目と次期侯爵夫人ルリアナの復帰後初のお茶会だからな。その招待客リストは最低限の人数だし、現在の状況から穏健派からも招待を希望する貴族がかなりいるとアストハルア公爵から相談されているし、バミス法国と正式な事業提携が始まったからアベル繋がりで招待する獣人もかなりいる。ヒタンリ国はジュリの後ろ盾として最有力、来るたびもてなしているのは侯爵家というのもあるからヒタンリ国にも招待状を送っている。それらを全て招待となるとその予算の二倍はゆうに超えるな」

「ひえー! お茶会でこの額でもびっくりなのに、二倍ですか」

 私がおかしな状況になっているのを無視で副商長と制作部門主任(キリア)が計画書を基に会話を進める。


「耐熱ガラスのティーセットをさっそく使うんですね」

「最高のタイミングだ。というかな、ジュリが絶対にこれは譲れないとすでに兄上に侯爵家で保管できる最大数分の代金の請求書を回している」

「そういうときのジュリの行動力ってハルトを上回りますよね、ちょっと怖いです」

「まあ、母上に既に相談をされていたというのもあるが」

 二人が乾いた笑いなのはなんでだ。

 ガラスのティーセットを活かすため、中のお茶は味は勿論色の綺麗な茶葉やハーブティー、そして勿論デモンストレーション要素を楽しむために花茶も用意するとルリアナ様が意気込んでくれたのでそのへんは丸投げしている。お茶に合わせた軽食やお菓子、そしてお酒を用意する必要もあるのでそこは私が口出すところではない、なにせ私食べる専門なのでそういう相談には乗れないのよ。

「カットワーク刺繍のテーブルクロス、ランチョンマットも既にフィンたちが製作開始してたなんて」

「勿論だ。春の花畑をイメージしたデザインをいくつかすぐにデザインしてくれてな、刺繍部門はフル稼働している」

「流石ですね。おばちゃんトリオが首突っ込んで来るのが想像できます」

「想像ではない、突っ込んで来た。一緒にやっている」

「……それでお店に出す物の予定数を遅れることなく仕上げるから凄いですよね」

「恩恵と本人たちの生命力の賜物だろう」

「ですよね。……あれ? つまみ細工はほとんど使わないんですね」

「恩恵持ちのカレンがまだ現場復帰していない、無理に使う必要はないとジュリが判断した。現状販売数も制限をかけているがその制限のお陰で価値を高めてもいる、版権を買って既に製造販売に漕ぎ着けた所もチラホラ出てきているが、うちほどの完成度やデザインには至っていないぶん更に 《ハンドメイド・ジュリ》のつまみ細工に箔を付けることになっているからそれを暫く引っ張ろうとジュリが決めた。侯爵家としてはドレスの飾りとして使いたいという要望を出してきたがこちらにもタイミングがあるのでジュリが許可しなかったというのも大きい。そんな状況だ、半端なことをして手間の掛るつまみ細工の価値を下げるようなことはしたくないというジュリの希望が通った形だな」

「たまにジュリって経営者としてまともなことしますよね」

 たまにってなんだ、キリア。


 でもね、実際問題として一つのことに特化した、しかも同じ恩恵持ちでも飛び抜けてその才能が開花した人たちというのは人数が限られている。

 ククマット編みに始まり、フィン編み、白土、パッチワークなどで突出した恩恵持ちは多くても四人くらい。作業速度や正確さが恩恵で強化された人がかなりの人数いることは分かっている反面、私が全幅の信頼を置けるフィンやキリア、オバちゃんトリオ、といったそれぞれの部門を任せられる人というのは雇ったぶんだけ増える、ということが全く起きない。

 故に、一点物、大物、といった富裕層の注目度、購買意欲を高めるものは常に数は限られている。だからせめて新作は誰よりも早く、という気持ちがあるようで私の所に『新作下さい』の手紙が山と届くわけで。

 つまみ細工はその突出した恩恵持ちが一人産休中なので、その主戦力が復帰してくるまでは余計なことはしたくない、よね。作り手たちを混乱させて負荷をかけるだけだし。


「それでキリアには以前から進めて貰っていた擬似レジンのカトラリーの仕上げを前倒ししてもらいたい」

「あ、それもう終ってますので」

「いつの間に」

「時間を見つけて」

「……」

「あ、えーっと」

「自主ブラックはやめろと常々言っているが」

「いやぁ、そのぉ」

「お前がそれを止めないと他の者が自分もそうしないといけないのかと思う懸念がある、その話をしたのは何度目か」

 珍しくキリアが言い淀み目を泳がせてる。ウケる。

「ジュリもだぞ」

 とばっちり!!

 侯爵家から擬似レジンの透明カトラリーの大量購入の希望があったので作ってたの。

 ローツさんの武器として透明カトラリーを用意していた過程でエイジェリン様も欲しがってね。ならば一式用意しましょうとなった。楽しく作ったんだから多少の自主ブラックは許して。

 ローツさんの武器としてメインの位置づけになることを考慮して、侯爵家のは少しシンプルなものにさせてもらった。透明な柄の部分に侯爵家の簡略家紋とバラを彫刻したもので、ティーセット用、それからディナーセット用とそれぞれの予備を用意。その総数、二千本。擬似レジンを型に流し込む作業に次期公爵がドハマりしてキリアの製作意欲を刺激し作業を捗らせたことと、彫刻職人たちが大量発注に歓喜し夜通し作業したことは内緒にしておこう、多分グレイに全員説教される。


「お茶会のテーマは、花。……え、これだけですか? 珍しいですよね?」

「普通はこの時期だと……『春の宴』、『春らしい色』などとさらに細かく指定するものだが、初の試みとも言っていい。これは男にとってはとても有難い。今まではそれに見合ったもの、主催者のテーマに沿ったものはどれかと頭を悩ませてきたが、『花』ならなんでもいいということになればどこかに花の刺繍がされていればいいし、ボタンやカフスが花の模様でもいい。それらしい色や雰囲気を無理に取り入れる必要がなくなる、男にとってピンクや黄色を連想させるテーマほどプレッシャーだった」

 これも私が提案したこと。

 グレイやローツさんの切実な悩みであったわけよ、ホントに切実な悩み。

 ……ピンクなど、明るくかわいい色はグレイは似合わない、ホントに似合わないのよ。それなのに『この度のテーマは 《初恋の思い出》です』なんて招待状が届けば、そりゃ反発して『苦い思い出しかない』と言ってるかのような色のものを付けて行きたくなるよね……。そもそもお茶会にテーマをもたせるというのはその主催、主に夫人や令嬢のこういうお茶会にしたいという欲求を満たす、自己満足するために始まったのではないか、と以前シルフィ様が教えてくれた。地球の場合はどういう理由でテーマを決めていたのかわからないけれど、こちらの世界では自己顕示欲のために夜会や茶会を開くことが多いのでそうなったのだろうという意見が多いとのこと。

 ならば、いいじゃない?

 そういうの気にしない人はざっくりとしたテーマでいいんじゃない? と。

 それで今回『テーマは花です、自由に取り入れて下さい、気負わなくていいですよ。ハンカチに花の刺繍一つでも構いません』的な招待状になったのよ。














「……これ、完成したんですね」

 キリアはグレイと会話を続ける中で最後のページにあったものに目が釘付けになる。

「したんだよ、本当にいいタイミングだった」

 しみじみとグレイが満足げに答える。

「この後のシイの婚約式にも間に合った、私とジュリからのお祝いとしてまずクノーマス家、そしてアストハルアに嫁ぐシイへ贈ることにした。これほど私達らしいものはないと思っている」

「貴族の祝い品って素材が多いって聞きますけど、あたしなら高価な金属貰うより、断然こっちがいいですね」

「今後は私達伯爵夫妻からの祝い品として機会があれば贈り物として使うことになるだろう、その時の装飾のデザインはキリアに任せたいが、やってくれるか?」

「やりたい! いいんですか?!」

「勿論」


 今回、ウェルガルト君の正式なお披露目、ルリアナ様の社交界復帰ということで大々的なお茶会となる。そのため、あらゆるものが新調もしくは追加されることになっていて、耐熱ガラスのティーセット、擬似レジンの柄が透明なカトラリーなどは追加の代表となっている。そして新調されるものもいくつもあるけれどその中でテーブルに乗る、今まではお茶会の脇役に留まっでいたものを侯爵家が新調するというので、以前から私とグレイで準備を進めていた物を初お披露目を兼ねたプレゼントとしてその新調品を任せてくれとお願いした。

 それは。


 アフタヌーンティースタンド。


 主流のものは、金属製でアーチ状の支えにリングが三段付いていてそのリングの上にお皿が乗るもの。安定感を出すために一番のリングにはアーチ支柱とは別に脚が二〜四本付いていて、持ち運びに便利なようにアーチ支柱てっぺんにハンドルが付いている。

 このアフタヌーンティースタンドはかつての【彼方からの使い】が齎したものだそうで、その定番の形がそのままこの世界の社交界のお茶会でも活躍しているんだけど、その『位置付け』は多少異なる。

 私が知るアフタヌーンティーというのは、『映え』が存分に意識されたもの。本場イギリスではどうか分からないので一概にはいえないけれど、日本のアフタヌーンティーはそのスタンドに乗るケーキ、軽食が豪華でそれを紅茶や珈琲と共に楽しむ物が圧倒的だったという記憶がある。

 ところが、こちらの世界では違う。

 こちらのアフタヌーンティースタンドの位置付けは『テーブルの隙間を埋める・補う』という付属品的な扱い。

 そもそも、富裕層の各家には自慢するための食器やカトラリーだけでなく、伝統的な味を守っていたり贅沢を極めた自慢の菓子があるのでそれらでテーブルの上を飾る。更にはお花や花瓶なども飾られる。だから、アフタヌーンティースタンドは、大きなテーブルを使用するときに隙間を無くすため、もしくは平置きするとご自慢のお菓子が並びきらない時の補助器具、そんな扱い。

 そのため、アフタヌーンティースタンドはどの家もほぼ同じ。せいぜい色が金か銀の違いとか、ハンドルや脚の形がちょっと違うとか。そもそもご自慢のお皿やお菓子メインなのでスタンドに凝る必要性がない、という考えなんだと思う。


 面白くねえな!!

 と、思った私。

 スタンドを齎したかつての【彼方からの使い】だってこんな扱いになるなんて思わなかったんじゃないの?!


 ならば、やりましょう、そうしましょうと自己完結してグレイに相談。


 そして今度のお茶会に登場することになったのよ、私達夫婦からの『祝い品』はこれになります〜、という宣伝兼ねて。


 へへへ、うへへへっ!!

 はははははっ!!


「今日は止まらないね……ちょっとうるさい」

 キリア、その冷たい視線にも慣れて来たよ。



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― 新着の感想 ―
 スタンド、だけ聞けば香ばしい独特な立ち姿のマッチョと、その守護霊的なあれを思い浮かべてしまう(笑)  グレイにオラオラオラァッ!! は凄く似合うと思う(笑)
[一言] みんな変なテンションで作業してるんだろうなぁ
[一言] >ローツさんの武器として透明カトラリーを 何故か「腕を交差し両手の指の間にダガーの様に持っているローツさん」の絵が真っ先に浮かんだんですがwww
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