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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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28 * 高貴な名前の卵様

 セラスーン様ごめんなさい、豊穣に関係する数多の神様、ホントにごめんなさぁぁぁぁい!!

 コケた勢いで花輪ぶん投げてしまいました。

 勢い余って石碑の角に引っ掛かりプランプランと揺れてます。

 慌てず騒がずセティアさんが唖然とする神官様の視線を気にせず石碑から花輪を取って私の手に戻してくれました。

 お陰で二人で並んで花輪を捧げて神様ブレスレットを手に祈りを捧げられました……。


「斬新でいいのではないか?」

「グレイ、本気で言ってる?」

 微妙な会話をする私達の横、祭壇前に人が並び、順に石碑前で神様に祈りを捧げる人々。私達の後に侯爵家一家、主だった招待客が祈りを捧げたあとは完全に一般開放となり誰でも祈りを捧げられるようにしたことで沢山の人が列を成し、それぞれ手に一輪の花を携えそれを祭壇前に供えてから祈ってくれている。

 花を供えることは特に強要してないし、そうしてほしいとも言っていないのに皆が善意でできることはないかと考えて自然とそれが広まってこうなったらしい。買った切り花の人もいれば、自宅の花壇から、農地や牧草地から取ってきたものを一輪、また一輪と供えることで見る見るうちに祭壇周りが花で彩られていく。


 神殿では行わず屋外で石碑を用いてのこの祭事はクノーマス家だけではなく中立派、穏健派の主だった領地の領主たちが前回の火防の祭りを参考に今後取り入れようと準備を進めている。最短でその準備が整うのはクノーマス家で秋の豊穣祭を兼ねたハロウィンになりそうかな。

 石碑を用いた祭事は場所を選ばないこと、領民誰でも参加出来ることが領主たちの心を掴んだらしい。


 領主と領民たちの間にある神様に対する信仰のあり方に差があって、信仰する神様の像を持てるのは都合のいい解釈と習慣のせいで富裕層のみ、その富裕層は自分たちで作った『像を作るための条件』によって領民に対して信仰に制限をかけてきた。ただ、それにはリスクも常に付き纏っていた。

 神殿や修道院は神聖なる場所であるために、たとえ国王でも勝手に踏み入ったり出来ない。そんなことをすれば無教養と罵られるだけでなく神を冒涜する愚か者として人格すら否定され信用を失う。つまり、本来神殿や修道院に留まらず神様への信仰そのものが『平等』、神様の像を持てる条件というのがある事自体がおかしなことだと分かっていて異を唱えることが出来ない。

 今更、それを変えられないんだよね。

 富裕層の富裕層たる矜持がそうさせてるから。

『私はお前とは違う』

 特に爵位制度のある国の富裕層の価値観は、『爵位持ちとその他』という線引が根底にある。それを無くすということは、地位を捨てるに値する事だと考える人も多い。


 今まで通り神様の像を持てるのは富裕層、主に貴族のみという慣例 (と書いてプライドと読む)を守りつつ、領民にもっと自由に気軽に神様に祈りを捧げる場所を提供し領民からの支持を得られる、強めることに使えるわけよ、石碑を使った屋外での祭事は。

 事実、ククマットでは領主が祈りを捧げる姿を初めて見たと言う人がほとんどでグレイの一連の動きを真似る人が一気に増えたし、何よりグレイの領主としての支持率は元々高いけれどそれが更に上がり維持されている。『支持する・支持しない・どちらでもない』に丸を付けるだけの無記名投票をククマットの成人対象に勝手にやったハルトが。

「お前、自分で偽装しなかった?」

 と真顔でグレイに聞きぶん殴られるという事態を引き起こす位。


「これをやって領民から支持してもらおうとするのは勝手だけど、本人の信仰心が上がらなかったら意味ないけどね」

 という私の正論で耳を塞いだ人もチラホラいたとかいう話は別として、基本的には領民との信頼構築に一役買っているということなので石碑を使った屋外での祭事は今後色んな場所で定着しそう。














 正装から開放され、いつもの制服に着替えた私はキリア達と共に屋台が並ぶ一画に向かう。

「大盛況でなにより!!」

「いやぁ、準備をした甲斐があるわ。商長、『エッグシリーズ』定番化しませんか?」

 今回試験的に用意したものがある。

 それは全て卵型もしくは卵の柄の作品たち。

 イースターエッグを模したキーホルダーやネックレス、小物入れ、キャンドルホルダーにランタンなどなど。

 さらに各工房に依頼して木工品やガラス製品でも卵型・柄のものを用意して出店してもらった。

「うーん、イースター限定ってことで出したいんだよね。特別感あるじゃない?」

「あー、特別感かぁ『アレ』は確かに特別だけど他は売れるなら売ってもいいと思うけど?」

「うん、まあ、それはそのうち考える。真似るところが増えてくればうちだけっていう特別感も薄れるしね。ただ、アレのためにもエッグシリーズは期間限定にしたいの。毎年作るアレをモチーフにしたものをその年のイースターで売るから特別感が薄れるってことはククマットで売る限りは心配ないはずよ」


 インペリアルイースターエッグってご存知?

 ロマノフ王朝時代、その栄華を極めた象徴の一つとして挙げられるインペリアルイースターエッグ。

 金細工師ファベルジェが制作した極めて美しく計算され尽くした精巧な作りのそれは、五十個作られたとされている。ロマノフ王朝崩壊と共に世界に散らばってしまい、情報あふれる現代でも全てを観ることが叶わない至極の宝物。

 ……真似てみた。

 訂正、真似てみてもらった。私の説明だけでそれっぽく。


「お前とキリアは本当に無茶苦茶だな」


 と、関係者に言われました。ごめんなさい。


 マイケルによる極悪で厳重な結界と、自警団幹部による警備で守られる、エッグシリーズを売る屋台の近くの特設区画にあるソレ。

 本体部分は薄く伸ばされ卵型に加工された銀、それを特別に開発したクリアタイプの青の塗料で塗装しメタリックブルーの卵になっている。真ん中から横一線に開閉できるようになっていて、開閉するその繋目含む卵全体をクレマチスをメインに野草のとても細かく繊細な銀細工が覆い、透かし彫りのような見た目になっている。開閉した中には鏡があり、その上にこれまたかなり精巧な作りの馬の金細工が乗っている。ちなみにこの馬はグレイの愛馬黒炎号がモデル。そして、実はこの馬の金細工は摘んで持ち上げる事ができ、ひっくり返すとその裏面にも鏡と金細工があってこちらの金細工はクノーマス伯爵家の紋章となっている。

 卵が乗るその台座も豪華だ。こちらは金細工で、やっぱりクレマチスなどの花々を模した四本足の華奢な作りだけれど、その四本足の先に実はシュイジン・ガラスを使っている。カットの美しい小さなそれは水晶にしか見えないけれど鑑定能力を持ってる人ならすぐにわかる。気づく人がいるかな? というかそもそも鑑定する人がいなければ気づかないんだけれど……。


 今回の商品はこのインペリアルイースターエッグ、ではなく『ククマット・イヤーエッグ』をモチーフに作られた。青、銀、金色が入っていれば何でもオッケーにして、職人さんたちやうちの従業員に自由に作ってもらったので実に色彩豊かで華やかな屋台が並ぶことになった。

「毎年イヤーエッグを出してそれに合わせて限定品を出すと定番は難しいかぁ」

「納期の問題もあるし、何より新しいのが出ると前年の物って売れ残るよね、それを在庫を無くすために叩き売りするのも嫌だしね」

「確かに」

 青く塗装され、そこに星やハート、花や音符の金属ミニパーツが埋め込まれ、銀色で水玉やストライプ模様が施されたキーホルダーが人気らしい。屋台担当の従業員が喜々として在庫をキーホルダーの回転台の空いたフックに掛けていく。

 木工品店では卵の形の塩・コショウ入れが人気。ガラス製品はガラスの皿の縁にカラフルなエッグを沢山描かれたものが売れている。そして通常のエッグスタンドに卵型のキャンドルを乗せたセットもスタンドが後で使えるからと買っていく人が多い。

「皆こういうときだから買ってくれるっていうのもあるよね」

「わかる。人が買ってるの見ると買いたくなる」

 ウンウンと頷くキリア。

 ふと、そんな彼女が一点に視線を固定し、軽く会釈するしぐさをした。そちらに私も目を向けて。

(あ……)

 キリアのように、軽く、目立たぬように会釈した。


 人混みに交じる老夫婦。

 私達の会釈に、二人も軽く会釈を返してくる。

 それだけで、その二人は近づいてくることもなく、領民や観光客に紛れ、すぐに姿が遠のいた。

 私とキリアもそれを無言で見送る。

 セティアさんの祖父母である、前伯爵夫妻。

 二人はセティアさんが修道院に逃げ込んだ時に最後まで味方として彼女が伯爵家から除籍されることに反対した人たちだ。

 今はクノーマス領の前侯爵夫妻が住む中央にある地区の庶民が住む一画の極平凡な家に二人きりで住み、『保護』されている。

 二人が伯爵家から追い出され行方不明になっていることをグレイやローツさんが知ったのはセティアさんが修道院に駆け込んでから半年以上たってからのことだったらしい。

 二人は最後までセティアさんの除籍に反対し、強権派の筆頭家ベリアス家、もしくは最悪対立の立場にあるけれど意に沿わぬ結婚を強いられそれに反発する子供や親族を除籍する風潮をなくしていこうと活動するアストハルア家に借りを作ってでも止めて貰う覚悟だったけれど、セティアさんの両親や兄がそれを許さず、激しい口論の末にその場で着の身着のままの二人を追い出したらしい。既に領主の立場を失っていたから逆らうと何をされるかわからない恐怖で領民の誰一人として二人を助けようとはせず、そのまま領を出ることになってしまっていた。

 二人はその時身につけていた宝飾品を売り、お金に変えながら、旧友を頼りロビエラムまで慣れぬ乗り合い馬車を乗り継いで、その友人の協力を得つつも身分を隠し、静かに身を寄せ合って生活していた。

 その生活は修道院で清貧が望ましいと慎ましやかな日々を送るセティアさんよりも慎ましやかな生活だったそう。

「そのうち、誰の視線も気にせず孫と話せるようになるといいけど」

 キリアがため息混じりに呟いた。

「ホントにね、そう思う」

 何とかローツさんが探し出し、会いに行った時の二人は最早貴族だった面影はなくなり、帽子は擦り切れ、服も継ぎ接ぎがある、庶民と何ら変わらぬ姿をしていたらしい。年齢もあり、まともな仕事もなく、相当切り詰めた生活をしていたことが一目で分かるその姿にローツさんが申し出た。

「クノーマス領に来ませんか」

 と。


 孫が還俗してククマットに来たときも、結婚式のあと迎賓館を出て皆から祝福されるときも、こうしてイベントがあるたびローツさんとともに公の場で夫人として振舞っているときも、二人はいつも遠くから、ただその姿を見るだけ。声を掛けることも視線を合わせることすらあまりない。

 セティアさんも、ローツさんも、しない。

 ただ、その距離を保ち、存在を感じるだけ。

 二人がセティアさんの『弱点』になる。

 それは、ローツさんの、その先にいるグレイの、私の弱点になりかねない。

 だから、滅多に話さない、会わない。


 中央地区では、ククマットを皮切りにクノーマス領でも始まった託児所事業でその託児所の一箇所を任されている。毎日元気で手のかかる子供たちに囲まれ、他の世話係の人たちと賑やかに託児所運営に精を出しているらしい。信じられない位日焼けして前より元気です、とその姿を見たセティアさんは泣きながら笑ったそうだ。


 ククマットイヤーエッグの列に並んで見る順番が回ってくると二人はそれを前に材料は何だろうか、この色はどうやって出しているのだろう、と好奇心の滲む目をしてあーでもないこーでもないと他の見物人たちに混じり共に疑問を口にして談笑している。


(あ……)

 そこへ、男爵夫妻がやってきた。

「綺麗でしょう」

「ええ、本当に素晴らしいですね」

「来年はまた違うものが公開になる予定です」

「それは凄い! また見に来ます」

「ええ、是非お越し下さい」

 白髪の目立つ男性と、男爵がにこやかに会話を交わす。互いの妻はそれに相づちを打つだけで、特に言葉は交わさない。

 それでも、視線を合わせ、笑顔を見せあって。

 ほんの一時。

 二人は男爵夫妻に一礼し、次の人にその場を明け渡す。男爵夫妻はそれを見送り、次の人たちとも笑顔で言葉を交わす。振り返った老夫婦は優しい目をしてククマットにはなくてはならない存在の若夫婦をほんの少しだけ眺め、そして背を向け歩き出す。

 何を買って帰ろうか、そんな話をしながら。


 会話を交わすどころか、会うこともままならない複雑な事情を抱えた貴族は多いらしい。

 特にこのベイフェルア国は多いのだと。

「変わるといいよね」

「何が?」

「ん? 色々。……そうだなぁ、取りあえずは、こういう祭事やイベントは役に立つみたいだから、バンバンやってこうと思った。これだけ人がいれば、誰と誰が話してるのかなんて気にもならないでしょ」

 何のことを言っているのか察してくれたキリアが笑った。

「あははっ、確かに!!」

 でもすぐにスンとした顔になった。

「でも結構ギリだけど、まだやる気なの?」

「……ギリだね、でもまだ案は出せる」

「マジですか、商長」

「マジです」

「ブラック、確実」

 キリアが黄昏れた。


 来年のイースターも、一緒に見れるといいねセティアさん。

 来年のククマットイヤーエッグも素敵なのをデザインするからね。


「ジュリ、デリアたちが調子に乗ってククマット編みの露店をエッグ屋台の隣で始めたよ」

 フィンの報告にせっかくほっこりした気持ちがすっ飛んだ。

「許可ないと出せないでしょ!!」

「領主が許可したって言い張る」

「あれだ、グレイも気軽に許可出したパターンだ。ったくもう!!」

「自由にも程があるよねトリオは」

「コラァ! 場所代払え!!」

「え、ジュリそこ?!」

 キリアの声がひっくり返ったけど、大事だよ場所代。皆ちゃんと払ってるんだから。


 とにかく、まあ、楽しいから良しとする。

金細工師ファベルジェの制作したインペリアルイースターエッグ。

写真でいいからいつかすべてを見てみたいと思う今日このごろです。


前回と合わせてセティアの事情が何となく分かって頂けたかと思います。これが本来は自由な結婚が認められているはずの貴族の実情みたいな感じです。陰りのある家だと女性だけでなく、男性も例外なく家のために物同然に売り飛ばされるような結婚を強いられ、家族間の信頼そのものが崩壊しかけることもあるのがベイフェルア国。いつか変わるんだろうか、と書いてる作者が憂いる国だったりします。

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― 新着の感想 ―
[一言] インペリアルイースターエッグ、劇場版バーローで知った人も多いと思う
[良い点]  生き急ぐようにククマットでイベントを起こすジュリ。新しい事を定着させるならありったけ残していかないといけませんからね。やって見せてやらせてみるだけで二年かかる。イベントを知ってるだけなら…
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