28 * また祭りですよ
イースターとは、キリストの復活を祝うことが起源。十字架に貼り付けられ死んだはずのキリストが三日後に生き返ったその日。ちょうど日曜だったことから立春から初の満月を迎える日曜日に復活祭を行うので毎年イースターは日にちが変動する。キリスト教でも宗派が分かれるため宗派ごとに日付が違うというのもイースターの特長とも言える、らしい。すみません、詳しくは分かりません (笑)。
先日、火防の祭りで騒いだばかりのククマット伯爵領は再び大騒ぎ。
……火防の祭りの時期をずらそうかなぁと考える今日このごろ。
祭事関連のことを円滑に進めてくれる部署の立ち上げを本気で考えているグレイに『ぜひともそうして』と念を押しておいた。
本日、イースターです!!
イースターエッグを領内の決まった範囲に隠し、探し当て中に入っている紙に書かれたものが貰えるというイースターエッグ探しをメインに、今年はこれからの季節に植える苗、撒く種を買える屋台をその手のお店や農家にも出してもらった。そして今後も毎年大量消費するであろう卵の中身を使った料理やお菓子の屋台も侯爵家の協力を貰い他の飲食の屋台に混じり出店してもらった。
来年からはクノーマス領内でもトミレア地区含む主要地区でイースターを行うことが決定して、それに伴い今年はククマット領で実際に行われるイベントを侯爵家の側近さんや事業に関わる人たちに経験させる目的もある。そのため去年の倍以上の人手があったので準備が大変スムーズだった!
来年、この感覚で準備したら皆寝不足で当日を迎え大変な事になりそうだから気をつけないと……。
火防の祭りに引き続き、石碑を用意しそこに今回は『豊穣』の文字が刻まれている。復活祭、といってもこちらの世界では『キリスト? 誰?』となるだけなので、由来を広めつつ、時期的にあらゆる植物が芽吹く季節、冬を乗り越え緑豊かな季節が戻る、それが後の実りの季節の豊穣へと繋がるという謳い文句を全面に押し出してイースターという祭事を領民皆で祝い楽しめたらなぁと期待をしつつ。
今回から私とセティアさんも祭事に正式に主催者として参加する事になった。
正装し、互いの夫とお揃いの神様ブレスレットも持ち、グレイとローツさんと並んで決まった流れに沿って恙無く進行していくのに身を任せる。
こうして裏方ではなく主催者として祭事の現場を見るとまた違った視点となって面白いわ。
「ジュリさん、何を見てらっしゃるんですか?」
「え? ああ、キリアたちのこと」
「何か問題が?」
「その逆。よくまぁテキパキと動いてくれるなぁって感心してたの」
セティアさんは私の隣で私の見ているものに同じく視線を向けた。
「……普段のジュリさんもああいう感じですよ?」
「うーん、まぁ、そうなんだけど。私の場合、知識ありきでやりたいことをやってるっていうのがあるでしょ? ある程度動けて当然のことなのよ、知識を活用してやりたいことを纏めて、好きなように進めちゃってるから。でも彼女たちは違うじゃない? そりゃ凄く楽しみにしてくれていて進んで参加して動いてくれるっていうのもあるけど、それだけじゃないと思うわけよあのテキパキさは」
「では、他に理由があるってことですか? ジュリさんの恩恵でしょうか?」
「それもあるけど、根本的に郷土愛が頗る強いことが影響してるんだと思う」
キリアたちの勢いに触発されて参加し協力してくれる人もいるけれど、基本的に祭事となると積極的に協力させてくれと言ってくれる人たちがとても多い。ただ騒ぎたい、お祭りに便乗して稼ぎたい、というだけではなく、その土地の、領土のお祭りだから協力したいという純粋な気持ちを持っている人が多いのよ。
「伯爵領になってまだ一年にも満たないこの土地を発展させよう、豊かにしよう、って思うのは当たり前の事で、そこに住むならそれに協力すべきだって義務感の他に、元々、このククマットの基礎となっているクノーマス領に住めてたことに誇りを持ってるんだよね、皆が。クノーマス侯爵家が領地と領民を大事にしてきたことが大きな要因なんだと思う。グレイが伯爵になれたのも、その侯爵家の直系だからだよね、これが例えばどんなに領地経営に長けた人が領主になるって言われても、侯爵家よりも権力のある人がなるって言われても、誰も納得しなかったと思うし、ここまで協力してくれなかったんじゃないかな」
「……そうかも、しれません」
「セティアさん?」
どこか遠くを見つめるような、憧れ、羨むようなそんな目をして、セティアさんはキリアたちを見つめる。
「私の実家も、そうであれば良かったのですが」
自嘲気味な穏やかな微笑み。
セティアさんの元実家、とある伯爵家は現在ベリアス公爵家の完全支配下にある。
セティアさんが修道院から務めを果たし還俗してきてから間もなく、領地経営に失敗し続けたツケが一気に回ってきた。伯爵家はあらゆる預貨商 (金貸し業・銀行のような商家)から資金借り入れを断られ、ついに完全に税収のみで領地経営をしなければならなくなった。そのため、元々借金が膨らみ続けていた伯爵家はその返済に殆どの税収を回さなければならなくなり、増税は勿論、本人たちの生活維持にも必要な道路や橋、公共施設への投資は勿論修繕修復といった最低限のことまで予算削減を余儀なくされた話をグレイたちから教えられた。
その際、人目を忍び、その伯爵家に仕える執事長や管財人が数名、ローツさんを訪ねてきた。
「セティアお嬢様との和解をご家族様がお望みです」
と。
それは、セティアさんがローツさんと結婚し、男爵夫人となって僅か十日目のことだった。
結論から言えば、ローツさんがきっぱりそれをその場で断ったし、グレイと侯爵様、そしてエイジェリン様も立ち会い、更には実家がベイフェルア国有数の預貨商であるシルフィ様も参加して一切の反論を認めない状況で追い返している。
なぜなら、元々ローツさんとの婚約が決まった時点でその伯爵家はローツさんとグレイの繋がり、つまりクノーマス侯爵家の繫がりに無理矢理セティアさんの名前を出してバニア家から多額のお金を借り入れていたの。その時だってその名目はセティアさんの嫁入りに必要な持参金というもので、ローツさんの後ろ盾であるクノーマス家、グレイを信用して貸し付けたもの。
それの返済が、セティアさんが還俗する一年前の時点でなんと殆どされていなかった。
本来なら全く無関係なローツさんが、この先クノーマス家とバニア家に対してシコリを残したくない、という理由で私財で一括返済してるんだよ!! それを知ってセティアさんが侯爵家とバニア家に申し訳ないと泣いて、泣いて、何度も頭を下げることになったんだよ!!
そんなことがあったのに、お礼や謝罪すらなかったの、人を介してそのことについて確認してもらったら『絶縁したので関係ありません、借金を返したのもそちらの勝手です』だってさ!!
なのに、預貨商から一斉に貸付を拒否された途端、和解しろって。
だからバニア家の代理として、シルフィ様がその執事長と管財人にとある誓約書を突きつけた。
『和解したければその誓約書に当主からサインをもらって来なさい、その上でどうするか話し合いの席を設けるわ』
と。
それは、ローツさんが出した残りの借金と同じ額を一か月以内に全額支払うこと、和解したとしてもセティアさんは当然のことながらローツさんからも魔法紙による誓約書・契約書がなければお金や物の借り入れ、譲渡は一切しないこと、セティアさんを伯爵家から除名しているので伯爵家の負債を負う責任は一切なく、ローツさん、そしてローツさんの実家フォルテ家も一切関与しないこと。
「それにサインしなければ、バニア家はそちらにお金は貸しませんと我が兄から言付かったわ」
バニア家程の規模となれば、その当主がそんな事を言えば、他の預貨商が貸すはずもなく。というか、それくらいのことをしなければお金は貸せない伯爵家に対して強い強制力のある契約をするのはあたりまえなわけで……。
そして現在に至る。伯爵家はその誓約書・契約書類にはサインせず、送り返してきた。そして、唯一利益を出していた魔物が発生する洞窟、つまりダンジョンの所有権をベリアス家に借金完済まで貸す契約をし、その代わりに領地経営に必要なお金を用意してもらったという。
詳しい内容は定かではない。でも長期的に見て決して伯爵家にとっては良いことではないはず。真面目に領地経営をし、財政を立て直せばダンジョンも返ってくるだろうけれど、絶縁した娘の繋がりを厚かましく利用することを考える人たちなら、楽をすることしか考えないだろうな、と頭を過る。既にベリアス家の支配下に置かれているならば逃げ道はもう塞がれているはずだし。正直先は暗い。
「できるよ」
「え?」
「セティアさんが望むなら、有利な形で家族と縁を戻すことくらい、出来るよ」
私の言葉に目を見開き肩をぴくっと反応させたけれど、セティアさんは首を横に振って微笑んだ。
「ジュリさん」
「うん?」
「私は……今の自分がとても好きです」
「うん」
「伯爵令嬢時代の、自分が何者なのかよくわからないまま流されるままに生きていたあの頃に、もう、戻りたくありません」
「うん」
「修道院では慣れないことばかりで辛いことが沢山ありました。でも、『何をしているんだろう』と思うことはなくて、毎日、毎日、学ぶことがあって、知らないことが沢山あると知って、『あれをしよう』『これを学ぼう』と過しました。そして還俗した今も同じです。もう、戻れません、戻りたくありません。だから、決別しました、過去の全てから」
「……そっか」
確固たる意志の宿る目をしていた。二人で穏やかに微笑み合う。
「ジュリさん、私はいつか夫が支払った伯爵家の借金分を夫に返すという目標があるんです」
「……うん? それ、必要ないよね?」
なんかセティアさんが妙なことを言い出した。
「ええ、でも、私働いていますよ、なのでキリアさんやデリアさんたちのように小金持ちババアを目指しています」
「え? ちょっと待って?」
「夫から自由になるお金がないと辛いだろうと先日借家の権利書を譲渡されたんです」
「うん、それは知ってるけど」
「それで考えたんです、まずその家賃収入とジュリさんからいただいているお給金と、ネイリスト育成専門学校でケイテイさんの補助として時々お客さま役をして臨時収入があるじゃないですか? そのお金でもう一棟借家を購入する資金と支度金が必要になるのでその分のお金を用意できたら『姉妹講座』を開かせてもらえませんか?」
……。
…………。
「誰だ、その話をしたやつは」
「デリアさん、ナオさん、メルサさんです」
おばちゃんトリオかい!!
確かに言った、私は確かに領民講座が多様化してきたので部分的に分離して、姉妹講座、姉妹校を作る時期に来たかなと思っていると。その姉妹校は算盤や歴史、薬学など学問そのものに特化したもので、後に『塾』に出来ればという思惑もあったりすると。王都の学園のように、富裕層の子供たちが将来のために帝王学や社交界のしきたりをさらに詳しく学ぶように、基礎学問よりも上の事を学べる場所として『塾』を開きたいと。その教員として修道院で教養を学び続けた他に神学や哲学についても書物による独学にて身につけたセティアさんがいたらいいなと思っていることも、言った。
「『講師』、とても憧れの響きです。そしてせっかくなら『秘書』に必要な知識も教えられるようになりたいとも思ってます」
セティアさんが目を輝かせてる!
「待って! 私の秘書って特殊だから! セティアさんのやってる私の秘書の仕事特殊すぎるからそれはやめて!!」
所構わず死んだように眠る商長を起こし、日々おやつを山盛りにし、暖炉に焚べるために無造作に纏めている手紙を割増オッケーの催促かその他のお願いかお茶会などのお誘いかで分類し必要とあらば返信し、適当に入れてしまうせいで大騒ぎになる私達にかわりカレンダーの予定表を書き直し予定を調整し……。
私は両手で顔を被った。
「セティアさん、ちょっと話し合おう、小金持ちババア目指すのはいいけど、その先については、しっかり、話し合おう……」
「はあ、勿論そのつもりですが」
何故そんなに困った顔をしてるんですか? というセティアさんの視線が痛い。
「ジュリ」
「セティア」
「うん?」
「はい?」
「「今祭事の真っ最中なんだが」」
「「あ」」
ごめん。
イースター祭だった。
今どこまで進んだ? え? 神官様の言祝が終わって、二人が花輪を祭壇に捧げたところまで? 次私達?
「セティアさん、行こっか」
「はい」
気持ちがすっかりセティアさんの発言に持っていかれていたので、祭壇前でドレスの裾踏んでコケた。
カラフルな花やリボンで飾られた春の陽気に相応しいイースター一色のククマット領中央市場の特設会場ど真ん中で伯爵夫人がコケたという話は、侯爵家の出来事が記載される歴史書にちょこっとだけ書かれる羽目になるけれど、それを知りグレイがブチ切れて侯爵様とエイジェリン様を宝剣片手に追いかけ回す話は、まだまだ先の話。
イースターのお話、次回に続く。




