27 * お祭りなんだから楽しく盛り上がろうよ
予定外に文字数多めになりました。
はい、火防の祭り開催です。
準備はお祭り大好き、屋台 (で儲けるの)大好きおばちゃんトリオと小金持ちババア、その予備軍が猪の如き勢いで進めてくれたおかげであっという間に済み、警備にあたる自警団がドン引き……。
事業でも領内でも重要な立場のローツさんが正装しグレイと並んで、神官様が神様への日々の感謝と防災に対する誓い、捧げる言祝を読み上げた後に生花の花輪を『火防』の文字が刻まれた石碑前に捧げ頭を垂れるという一連の儀式。
大々的に公衆の面前で初の試みとなる神殿外での儀式ということもあって想定以上の人が集まったんだけど、地球にいた頃は冠婚葬祭もメディアの存在のお陰で当たり前に見ていたからあまり意識したことがなくて今回、皆が見られるという環境が如何に恵まれていたかを妙に実感した。
そんな人とは違うことで感心している私とは対照的に、違うことで感心している人が、隣りにいる。
「……高くてもあたしも作ろうかなぁ。あれを手にして祈るのかっこいい。あたしもあれやりたい」
グレイとローツさんの手首にある神様ブレスレットを見て、独り言を繰り返すのはキリア。
本当は春の一大イベントとして計画しているイースターの時に二人の神様ブレスレットを正式にお披露目する予定だったのを、前倒しして急遽用意することになった。
これにはクノーマス家のウェルガルトくん誕生も関係している。
ウェルガルト君がこれから信仰することになる神様は私と同じ【知の神】であるセラスーン様。そのセラスーン様をイメージしそして誕生祝に贈られた素材を使って作られた神様ブレスレットがいち早く完成したのと、今回の視察にその神様ブレスレットに使われた素材は勿論、主だった送り主である貴族が勢ぞろいすることになったから。僅かな時間だけれど、ウェルガルトくんも観覧席に並ぶことになっている。並ぶと言っても前後左右を護衛で固め、乳母車に乗せられた状態だけどその時クノーマス家の皆さんも同じ神様ブレスレットを身に着け、さらにウェルガルトくんも乳母車の頭部側にそれが置かれる事に。
ウェルガルトくんにとって初の大きな祭事参加であり、屋外でのお披露目であり、そして贈り物をちゃんと使わせて頂きましたとお見せするという三つの結構重要な役割が含まれることになった。
しかしここで侯爵様が妙な心配をしてきた。
「元々はグレイセルたちの物を一番にお披露目する予定だったのだろう? ……お怒りになられるのでは」
え、誰が? と首を傾げた私は悪くない。
なのに皆に『ああ、まあ、ジュリはそうだよね』みたいな顔されまして!! 解せぬ!!
「グレイセルの守護神、サフォーニ様だよ」
「……あー」
数秒沈黙した後の緊張感や罪悪感のない相づちに、また『仕方ないよねジュリだから』みたいな視線はなぜ!!
という事があった。
「大丈夫です、あのグレイに対して何でも赦すと言って下さる宇宙の果てよりも広いお心の持ち主であるサフォーニ様がそんなことで怒ったりしません」
私の胸を張った発言に旦那は解せぬ、って顔をしたのは無視しておいた。
とにかく、なんだか凄くそのことを気にしていたので、んじゃあ予定より早いけど同時にお披露目しましょうとなったわけよ。
ローツさんのフォルテ家が信仰する神様は【火の神】。
神様キーホルダーでは赤とオレンジに差し色で白の配色となっている。でもそれをまともに神様ブレスレットにしてしまうと、ローツさんにはちょっと似合わないブレスレットになってしまうため、ブレスレットは【火の神】のイメージを崩さないように調整した。
メインとなる周囲に配置される珠より一回り大きな珠は、鮮やかなオレンジと赤のグラデーションが美しい透明な魔石。これがかなり火のイメージに合うのだけどこの魔石は女性に好まれ、貴婦人の宝飾品として人気が高い。この鮮やかさが男性の宝飾品には使われることが少ない理由になっている。なのでこれをメインにしても、重厚さが加わればいいのではと色々組み合わせて見たところ、魔石の両サイドに白銀の珠、その隣にタイガーアイと呼ばれる濃茶に白っぽい筋の走る天然石を持ってくる事でだいぶ締まりがある色味になったのでそれを採用した。手首を覆う殆どの石はタイガーアイで差し色で等間隔で配置された白銀。独特な色の組み合わせだけど【火の神】のイメージは守れたかな、と思っている。
そしてグレイだけど。
【滅の神】サフォーニ様。
「……難しい」
キリアにそう言わしめた程に、実はイメージカラーは難産でした。
「世の中のサフォーニ様を信仰する全ての人には申し訳ないけど、イメージするとどうしてもグレイセル様の顔がちらつく……」
難産というより、グレイを切り離せなかったという不思議な現象はサフォーニ様がそうさせたのか、それともキリアの生まれ持った才能かはわからないけれど。
「黒メイン、銀と濃紺を差し色」
と、グレイが好む色に落ち着いた経緯がある。
なのでグレイの神様ブレスレットはキーホルダーそのままに黒がメインの石となった。
それで選んだのが暗黒石という謎な石。磨けば磨くほど黒くなるという別名『闇落ち石』……。
不吉な二つ名誰が付けたんだよ?! という文句は言わない。この暗黒石、吸い込まれそうな神秘的な漆黒色のため大変高価なんですよ、その値段に見合った黒なんですよ。『色んな意味でグレイにピッタリだわ』という私の独断と偏見で使ったよ!
そして濃い藍色が美しい魔石と、ローツさん同様白銀を配置。
「……強そう、なんでだろう、強そうだよこれ」
完成品を見てそう呟いたのは、もちろん私。
キリアが隣で物凄い勢いで頷いた……。
祭りの目的がはっきりと分かる文字が刻まれた石碑。これに貴族の領主を務める人たちが神様ブレスレット同様非常に関心を寄せていた。多数を収容できる神殿など国単位で見ても数える程。人々の信仰のために神様に祈りを捧げるための場所が狭くすべての人を平等に受け入れる事が困難な現状、祭壇前で祈りを捧げる神聖な祭事には限られた人、寄付を多くする人や地元の名手と呼ばれる人、富裕層が優先されてきた。
それが領主が代表して領民なら誰でも目にすることが出来る広い場所で、どのような儀式をするのか、言祝なのか、直に見られ、聞け、そしてその後は自分たちも順に石碑前で祭りの最中に祈る事ができる。
「考えられている」
「そうですな」
そんな声が後ろから聞こえる。
これを見て、領民のために祭事をもっと身近な行事にしてくれるといいなぁ、なんて事を思ってみたり。
しかしこの石碑、私の固定観念のせいでおかしな方向に行きかけた。
石碑に使われている石は御影石。上質な御影石の産地としてバールスレイドが有名とのことでリンファにお願いしお取り寄せ。そして、デザインを……となったんだけど。
「お前これ、墓石じゃん」
ハルトがデザイン画を見たとき失笑して放った言葉に反論できなかった私。日本のお墓で一番ポピュラーな、縦長のあの墓石を思い出した瞬間から頭から離れなくなり。でもそれを知らないこちらの世界の人たちが。
「背が高くて見やすい」
「安定感ある土台がいい」
など私の横で絶賛するからなおそこから離れられなくなり。
「頑張れ私! 石碑だよ石碑! これそのまま使ったら先祖に申し訳なくて多分寝れない! 思考が墓石から離れられなくても何かある! 近年オシャレな形をした墓石もあったよ!! いや墓石! え、違う、石碑だ石碑……うん? ぼ……いや石碑!」
「……大丈夫か、お前」
ハルトの存分に憐れみを含んだ視線のお陰もあり、完成に至ったデザインが実物となり目の前でちゃんと石碑として使われているのをみると感慨深いです、はい。
石碑の形は下に向かい幅が広がる台形で、横から見ても僅かに台形になっていて安定感がある形に落ち着いた。正面真ん中に『火防』の文字が入り、周囲にはククマット領主のクノーマス伯爵家の紋章にも使われているクレマチスの花の彫刻を施してある。大きな石なので運ぶのは大変だけど、領民誰でも祈りを捧げることが出来るよう、土台の役割を果たす祭壇も作り、そこには聖杯や花輪を置くための専用の台も設置出来るスペースを設けた。
季節のイベントに合わせた分だけ『感謝』や『豊穣』の文字が刻まれた石碑を所有し保管する必要はあるけれど、無闇矢鱈に神殿を建て替えたり増やしたりするよりずっといい。
土地の狭い領ならではの在り方として定着してくれるといいと願っている。
そして。
「どりゃぁぁぁあ!!」
「ウオオオ!」
日々工具を握り、大量の素材と格闘し物を作ることに励む力自慢の職人さんや、自警団でも腕力に自信がある人たちによる最早パフォーマンスだろ、という砂による火消し競争。
逞しく野太いそんな声をかき消さんばかりの声援。
盛り上がってんなぁ。
チラ、と視線を移せば、参加したそうにソワソワしてる侯爵様が。さらに他に視線を移せば口元を扇子で覆い淑やかに観戦しつつも目がキラキラしてる淑女もチラホラ。視線が自然と彷徨い始めるなか、パンダ耳や猫耳、艷やかな鱗の尻尾など特徴的な外見を一部持つ人たちの耳や尻尾が忙しなく動く席にも一瞬視線が定まるけれど、全部から視線を外すし、私は天を仰ぐ。
「招待客の人選、間違った気がする……」
私のボヤキに両隣のキリアとセティアさんが苦笑してたわ。
バケツリレーは一枠その場で参加者を募り集めたチームも参戦させることになっていたんだけど、急遽私とグレイとローツさんで取りやめ、静かに速やかにイベント進行に欠かせない自警団にそのことが伝達され、カイ君やルビンさんによる迅速な対応で自警団チームが結成され『僕ら最初から参加チームでした』的な雰囲気を出してもらい当然のように並んでもらった。
「やばかったよね、絶対ヤバかったよね?!」
「父上は絶対参加していたはずだ。下手すると兄上もな」
「それよりツィーダム侯爵夫人が出てきたらとヒヤヒヤしましたよ!!」
「アベルさんたちなんて全員で参加するって騒いただはずだから!」
「あの御歳でナグレイズのご隠居も参加すると挙手した気がする……」
「冒険者たちなんて参加権を巡ってぜったい揉め事起こしてましたよ」
三人でバックヤード代わりに特設したテントの中でそんな会話をしたことはごく一部の人のみ知ることになる。
なんかね、参加したそうな顔してた人が多かったの。砂による火消し競争のときもチラチラとそんな視線を観じてたんだけど、バケツリレーの準備のためのインターバル中、質問されたの。
「一般参加枠はないのか?」
と。
一人二人じゃなく、結構な人数から!!
お前ら皆正装してるじゃねえか! おめかししてるじゃねえか! という人たちからの参加希望が多かったの!!
「ないです」
と嘘付いた私悪くない! 予定変えた私達悪くない!!
心臓に負荷が非常にかかる事態を回避した私達。その後はそんなこともなくスムーズに事が運んでいく。
防火用品の実演販売や防火の心得が書かれた心得書や、ククマット領内の水場や砂おき場が記された簡素な地図の配布、そしていつものごとく飲食店含む祭りに欠かせなくなってきた様々な屋台の出店。
今日のこの祭りから一週間、ギルドや各商店、宿などの協力も得て心得書を掲示板や目立つところに貼ってもらったり自警団の詰め所にて消火用砂置き場の設置や道の狭い路地の避難経路などの専用相談窓口開設なども行われる。
「一度火の手が上がり、その火が周囲に広がるとします、その広がりが狭い範囲で収まって良かったと他の土地では言える範囲は、このククマットでは狭いとは言えないんです。狭い領土です、他からみたらなんだその程度で済んだのか、と想われる被害はこのククマットでは深刻な被害となります」
「実は乾燥しきった布、木材などは直接火に触れずとも高温に晒されるだけでも着火することがあるんです。ですから衣類を乾かす時は暖炉との位置や距離に十分配慮しなければなりません」
各所に特設された防災教室。そこでは人前に立ち慣れた自警団やおばちゃんたちが様々な事を図を用いて集まった人たちに心得書を基準にした話をしてくれている。
いずれはこの人たちの中から学校で先生とは別に教養面を強化する人員として教壇に立ってもらう予定。
統一することがいいとは一概には言えないけれど。
それでも、子供の頃から防災について学ぶ機会はあるといい。それがいざというとき役に立つかもしれないし、無意識に日常に取り込んで日々の生活の安全性を高める一助になるかもしれない。
グレイと私には、領民を守る義務がある。
そのためにも火防の祭りをきっかけに自己防衛手段を領民に教えるという、守る義務を一つ実行出来たことは良かったと思う。たとえ小さな些細な役割だとしても。
「真似ても良いか?」
アストハルア公爵夫妻が挨拶に来てくれたとき、最後にそう問われた。今日は息子として後ろに控えているロディムは父親のその問に薄っすらと笑みを浮かべた。
「勿論です」
迷うことなくそう答えればロディムと似たその顔は同じように薄っすらと、満足そうな笑みを浮かべた。
「我が国でも是非取り入れさせて貰いますね!!」
アベルさん、うるさい。
そして。
「本日の招待感謝する」
二十人近い人を引き連れて現れたのは、ヒタンリ国の若き王。直接私に親しげに話しかけるその様に、周囲はざわついた。ざわつきながらも、この中で最も地位の高いその人に向けて次々に周囲が頭を垂れる。
「こちらこそ急なご招待にも関わらず遠路はるばるありがとうございます。陛下はこのようなイベントなら興味がお有りだろうと思いましたので軽い気持ちで送ってしまいました」
「なに、ジュリ殿からの招待とあれば何を差し置いても来るさ。どんどん送ってくれて構わない」
「それは勘弁してください、側近の方々がまたリンファ印のポーション頼りの日々になりますから」
軽口を叩く私を不快にも思わずヒタンリ国の国王は軽やかに声を出して笑った。
『国』として最も私の後ろ盾として最適だとリンファが言うヒタンリ国。
「また今回のように予定外でも祭事をするときは席に余裕がある時で構わないので招待してくれるとありがたい」
「ええ、そうさせて貰いますね」
「ああ、そうそう。先にもらっていた招待であるイースターのときは私は都合が悪いので宰相夫妻が来ることになったがいつものようにクノーマス侯爵に世話になる、ジュリ殿との挨拶なども私の時と変わらぬようにと伝えてあるのでこちらのことは気にせずにな」
「お気遣いありがとうごさいます」
グレイとローツさんは黙って控えている。周囲の貴族はクノーマス侯爵家一家を除いて固唾を飲んで様子を見ている。
「ではまたな」
「はい、お気を付けてお帰りください」
そして、あまりにもあっさりとしたその会話に、毒気を抜かれた顔をした人はどれだけいるだろう。
「あれが、ヒタンリ国だ」
グレイがアベルさんにそう呟いた。アベルさんは複雑そうな顔をしていて。
「付き合い方なんて人それぞれだ、そうだろ?」
アベルさんは眉間にシワを寄せ、アストハルア公爵様は物言いたげにこちらを見ている。他にも、私とヒタンリ国の関係性がどういうものなのか酷く気になるのか、私から何か説明してくれるのを待つ視線が集まっているけれど、私はそれをあえて気づかぬふりをする。
「さあ、祭りはまだまだ続くからね! 資材や人手が足り無いところはないかな?」
「今確認させている、夕方以降もこの様子だと人は引かなそうだから屋台周辺の警備も増やそうと思う」
お祭りだよ、皆。
そんな顔しない。
さあ、楽しめ!!
石碑、そういう墓石あるよね?という質問疑問は飲み込んでくださるとありがたいですwww 作者の頭がそこから離れられなかったせいです、そのうち形変えられるよう頑張ります。




