27 * お祭りというより教育だ
《タファン》は無事に開店、それに便乗するようにサプライズでお祝いして満足するような私なので、突発的な思いつきでイベントをしたがる女として名前が広がりつつある今日このごろ。
鯉のぼり作ってみたり、七夕飾り作ってみたり、気付けば年中イベントをやるようになっている。
節分の豆まきは、女性陣が己の夫を鬼役にマメをぶつける気満々過ぎて殺伐とする傾向がありあまり関与しなくなった珍しいイベントになってしまったけれど、基本お金が掛かることなので私とグレイ、そしてローツさんとで予算を決めて私財で開催することが多い。
「よし、やろう」
ちょっとウキウキしているのはグレイ。
私がいつものようにこんなのやったらいいかもとツラツラと語って聞かせたらいきなりその一言を返してきた。
「予算は?」
「上限なし。私が出す」
でた。
やりたいと思ったら絶対にやるしその為ならいくらでもお金を出すこのパターン。
これが結構面倒臭いことになる。
予算上限なしは羨ましい? 節約しないなんて贅沢だ? とんでもない!! グレイのこのパターンはとにかく大変!! 予算に上限なしってね、どんどん増えるんだよ、やりたいこと、追加したいこと、言ったもん勝ちみたいな状態になって瞬く間に当初の計画の何倍もの規模になる。だからそれに関わる人もねずみ算式に増えていってその人たちを纏めるだけでてんやわんやするんだから。
「金でなんとかなる」
……素で言うのよ、これを。実際にそうしちゃうのよ、当然のように。日本にいた頃はこんな男と結婚するなんて思ってもなかったわ。
で、今回私が何気なしに提案してしまったこと。
それは。
火防の祭り。
ないんだよね『備え』を皆で学ぶってことが。それこそ神様頼みで。
「敬い信仰する神様が見守って下さる」
って口を揃えていうのよ。いやそんなこと見守れって言われても神様が困るでしょ、そんなん個人で日々備えておくもんだから、見守って欲しいならそのための祭事しなよ、とわりと素で反論したことがある。
私が関わる事業は例外なく、防火訓練を定期的に行っている。
皆魔力あって魔法使えるならいらないじゃん、というのは大きな間違いで、一般的には属性の魔法を使えたとしても微力。火なら指先にマッチの火を数秒、風ならそよそよと撫でるような弱い風を数秒。なので、水なら、コップ一杯程度の水をチョロチョロと。
そんなんで火を消せるか! というのが現実。勿論、属性魔法付与されたものなら一般人の魔力を少し流しただけで簡単にそれなりの魔法を発動することは可能だけど、魔法付与したものがそれなりの価格がするので毎日使う便利な物以外にお金をかける人はまずいない。
そもそも、防火法とかそれに準ずる法律なり領令がこの世界にはない。それこそそんなの勝手に各自やれば? 神様に見守ってもらうから、というスタンスなので危機感がまるでない。
なので私が異常なほど危機感を募らせるに至った。
防火対策として、まずは近くの井戸、水路、公衆浴場など水場が自分の勤め先を中心としてどこにどの程度の規模のものがあるかを従業員全員に徹底して覚えさせた。これは正規の従業員のみならず準従業員やアルバイトの人達も含まれる。そして度々訪ねてくる職人さんやレフォアさんたちフォンロンギルドからの研修員も強制参加させている。
そして建物内、外や倉庫に万が一の時に使える水を汲む防火バケツ、飛び火して燃える前に建物や物を壊すためのハンマーやツルハシ、火の粉なら簡単に防ぎ小さな火なら覆うことで消すことも出来る防火布など、役立つ物がどこにあるかも覚えて貰っているし定期的に使い方や破損がないかの確認もしている。特に防火布は魔法付与されたものでとても便利で結構な値段がするけれど各建物の規模に合わせて二枚〜六枚用意した。
そして当然の事として、火の取り扱いも決まり事を設けた。秋から春先の寒い季節は毎日暖炉を使うんだけど、みんなその暖炉前で濡れたアウターや履き物を乾かすのよ。その時ね。
「あちゃぁ、コゲちゃった」
……。それだけ?!
言うことはそれだけか?!
という感じ。
一歩間違ったら火事になってたかも……という考えは二の次なの!! 怖くない?! 私はめっちゃそれ怖いんだけど!!
「だってこの辺の建物って木造少ないし、そんなに大事にならないよ」
とケロッとした顔で反論された時の私、凄まじく恐ろしい顔になっていたとグレイに言われるくらいには色々とこみ上げるものがあった。
だから、乾かすのは禁止しないけどその代わりその際絶対に誰かがその部屋に滞在しているときのみ、放置せず必ず乾いたら暖炉から離す、というかハンガーに掛けて落ちても決して暖炉の近くに落ちない位置に干せ、という超超超基本的なことを徹底させている。
他には、魔物素材の新しい組み合わせによる不和反応の実験をする場合は必ず水魔法が使えるグレイ、ローツさんどちらか一人が立ち会わなければしてはならないという決まり事も追加した。魔物素材の不和反応、ほんとに理不尽で怖いからね。最近はそこに極めて優秀な魔導師を多く輩出する家系であるロディムにも加わってもらい、安全管理の向上に一役買ってもらっている。
そんな防火に対する管理について、最初のうちは皆が面倒そうにしていたけれど、実は従業員にしっかりガッツリと根付くきっかけがあった。
自宅がボヤ騒ぎになってしまった人がいまして。
おばちゃんトリオのデリア。
デリアではなく、息子がやらかした。
ある日酔っ払って帰ってきた息子は、室内が暑すぎるとその場で上半身裸になり、そのままソファーに突っ伏して寝てしまった。脱いだ上着どこいった? という話で、脱いだ瞬間彼は酔っていてしかも上機嫌で身振り手振りがいつにもまして大袈裟だったのではないかと。その大袈裟な動きで彼は服を放り投げていたと思われる。コートにセーター、更にその下に厚手のインナーと薄いインナー。四枚のうちセーターと厚手のインナーは窓際にあったそう。そしてコートだけど、恐らくそれだろうと思われるすっかり焼け落ち煤と成り果てたものが、暖炉から少し離れた所に敷かれていたラグを黒焦げにする導火線の役割を果たした形跡として残っていたらしい。ちなみに薄いインナーは見当たらず恐らく暖炉の中でよく燃えたのだろう、という結論に至った。ふと目を覚ました息子が見たものは、ラグがメラメラと燃え、その火が自分の寝ているソファーギリギリまで迫っていたという光景。
……怖すぎる。
「……泣きそうになった」
翌日、ゲッソリした顔でデリアがそんなことを呟き、そして関連事業先全てに常備されている防火セットを買いたいと申し出てきた。
その日を境にうちの従業員たちで金銭的に余裕のある小金持ちババアたちに関してはうちで置いている物よりも一回り小さいサイズだけど防火布をヘソクリで買いたいと希望が次々入り、グレイとローツさんが苦笑というか失笑というか、何とも言えない顔をする羽目になっていた。
他の人達も、防火用にバケツを購入したり、ハンマーを買ったりと軒並みそれに触発されて一気に防火意識が高まることになった。
そんな防火意識について、グレイはククマット全体で上げていきたいと考えてくれるようになったの。
ククマットは現在も土地開発が進められているし、この開発自体十年計画のため、領土はかなり拡大する。大陸一狭い領土とはいえ、広がるのに対して比例するように目が届かなくなることが増えていく。
その対策や周知徹底を妨げる問題が。
それは水場の確保。
実は昔からある区画によっては水場に偏りがある。更に建物も木造がないわけではないし、壁、床、階段などは板張りが殆ど、火事が起きても大丈夫、なんてことはない。
同じ防化対策が出来ない区画や場所があることに頭を悩ませたことが。
「……砂じゃだめ?」
「え?」
「砂、各所に場所を確保してそこに箱を設置して砂を入れといたら? スコップとバケツも一緒に複数おいて置けるとなおいいんじゃない?」
水の確保が難しい地域は土や砂で初期消火するのだそう。
ただ、その土と砂もあれば使えるもの。わざわざ常日頃から常備しているわけではないということを知った時に『なんで?』と思ったら、切実な問題があったわけ。
それは一般家庭のお家は狭くそういうものを置ける場所が確保できない。というかそんな場所を確保するくらいなら他の日用品を置くという考え。
「各家庭に難しいなら、道、公園、広場とか公共の場所にその場所を確保できないの?」
その素直な疑問を口にしたら、グレイが食いついて、そこから領地全体の防災意識の向上について話が進み始めたの。
にしても、常日頃から防火に対する意識の低い人が殆どの状況でいきなりこんなの置くよ、使い方覚えろよ、なんて言われてもピンと来ないし邪魔だし面倒だと思うのが人間。
じゃあどうすればいいと言うので。
「祭りにしちゃえばいいじゃん、私達お得意の祭り。火防せの祭りなんてどうかなぁ」
防災週間設けちゃってさ、その期間に燃え盛る木材を誰が一番に砂で消せるか競争させたりバケツリレーで大きな樽に一番に水を溜められるチームはどこかと競争させたり、実際に衣類がどのくらい火に近ければ直接火に接触してなくても着火してしまうのかの実演とか、その日は防火用品が安く買える屋台を出してもいいし、防災の心得を書いた紙を無料配布するのもいいし……。と話したら。
決定しましたよ、火防の祭りが。
そして、こういうことをすると決めると動く貴族たち。
「砂かけ競争に私も出よう!」
「いや、火消し競争です、砂かけが目的ではないです……その前に身分の高い人がやることではないです、観覧席で見てて下さい侯爵様は」
侯爵様がめっちゃやる気を出してるのは何故でしょう (笑)。それに追随するように、主だった貴族の知り合いたちが見たい、参加したいと。
「こういう行事はちゃんと視察に来ますかって手紙出すからスパイさんたちあんまり先走りして主に伝えるのやめてほしい。二度手間なのよ」
私のボヤキを聞いていたスパイさんたち、その後しばらくは先走って参加させろという手紙が来なくなりしばらくは落ち着いていたのでちゃんと伝えてくれたらしいと気づくのはもう少し後の話なので割愛。
「ジュリさんのいた世界では当たり前に行われていたことなんですね」
「そうだね、特に私のいた日本は一般家庭の家は木造が多かったから余計にそういう意識は高かったと思うよ。それでも年間かなりの火事で家を失うだけでなく命も奪われていたから、防災について子供の頃から学校で教えられるのは環境としては当然のことだったかな」
「凄いよね、そのための訓練を学校でしてたんでしょ? 学校でそんなことまで教えるって大変だよね」
計画書を共に見ていたセティアさん。そこにお店の営業時間が終わり二階に上がってきたキリアが参加して、防災について話が弾む。
「まあ、日本はそれでなくとも地震大国だったからそれに対応する避難訓練もあったし、馬車よりも速くて頑丈な自動車っていうものが道を走るから、交通事故から身を守る防衛手段の一つとして交通安全教室っていうのもあって、最低限の自己防衛は幼少期には知識として与えられてたの、それが実際に役に立つかどうかは別問題だけどね」
「……それでも、そういう意識をするだけで痛ましい事故が減るなら良いことですよね。防災週間、とてもいいと思います」
セティアさんがしみじみとした様子で賛同してくれる。
「あたしも賛成。しかもそれを学校で教えてくれたら凄い助かるよ、いざ大人として親として教えろって言われても何からどう教えていいか分かんないし」
キリアは子供に教えるのって大変なんだよとため息。
「……学校で、隔月とかでそういうのを定期的に学ぶ授業があるといいかな?」
「あるといいよ!!」
「そうですね、とても良いと思います」
「なら……例えばなんだけど、それが教科書にいじめはだめだよとか、危険な場所で遊んじゃだめだよ、って言うことと一緒に、防災についても記載して、なんで駄目なのか、どういうことがそれに該当するのか、どうすればいいのか、そういうのを十五歳迄に学校で学べる授業として領内だけでも義務化するのは、あり?」
「ありでしょ! あたしも習いたかった!」
「私もその授業興味あります」
ククマット領内なら、義務化は難しいことはない。
ならば、これを正式な教科として教科書も用意して定期的に学ぶ、いや、皆で考える授業はやってみる価値があるかも。
「そうすると……教科としては『生活・道徳』科目の開設、そして……親も一緒に学べるように、『授業参観』も入れてもいいか、な? ……それと、『公開授業』も要検討かも。防災についての授業は事前告知で領民ならだれでも参加して授業を受けられる、とか」
【変革】を開始します。
『生活・道徳』という科目が教育分野に加わりました。
こちらは【大変革の卵】となります。一般教養の向上の一助として最初であり基本となる教科書の制作、そして領内の教育現場で実際に使用
された場合【大変革】へと至ります。
なお、【神からの恩恵】は【大変革】時に与えられます。
来た。
なるほど、これは領内に留まらず世の中の役に立つ可能性があるってことだ、それはいいわね。そして【卵】。以前もあったよね、今回は優しい、どうすればいいのか教えてくれた。
一人、じゃあグレイと計画しなきゃなぁなんてことをのほほんと呟いたら。
「ねえ」
キリアがすっごく睨んでるんですけど?!
「【神の声】でなんでそんな普通の顔してんのよ?!」
「え、なんでって、別にそんなに驚くことでもないような……」
「んな馬鹿な!!」
この後めっちゃ怒られた。そしてセティアさんが突然のことに失神寸前となっていた。
なんか、ごめん。
火防せの祭りの話をしてただけなのに。




