3* グレイセル、素材を探してみる
グレイセル回です。
レイビスのこと、そしてジュリのことで開店初日は想像とは違う緊張感があったが、ハルトが王妃様と話し、ジュリについては今後もその動向を見守るだけの距離でいること、二度と失礼のないように使者を送る場合はその対応を徹底させるということを聞かされ私はようやく一息つけた。
王家の紋章が入った王妃様直筆の手紙が父宛に届き、同じような旨が書かれているのを私も見せられたが、母とルリアナがそれを読んで安心して脱力したのを見たときは苦笑するだけだった。
あの二人、ジュリの作るもので埋め尽くす『収集部屋』を作るとなにやらコソコソと計画している。壁をぶち抜いて部屋を二つ繋げて場所を確保しようと初めは言っていたのだが、計画しているうちにどんどんその構想が大きくなり『収集の館』なるものを新築しようなどと言い出したのは断固として私が止めている。ジュリが知ったら間違いなく
「金持ちのする事理解できない」
と、冷ややかに笑い、そのあとは無言で関わりたくないと全力で我が一族と距離を取りそうだ。
それでは私にとって不都合極まりない。なので何とか壁をぶち抜き改築するに留めてもらうことにする。
そして我が家で働く者達も家族へのプレゼントや自分へのご褒美にとそのためにお金を貯めているし、試作だからとジュリが我が家に無償で提供してくれるもので数が多いものは母とルリアナが皆にも、と譲るのでその時は必ず争奪戦だ。
もはや戦争が起きかねない、そんな殺伐とした様相を呈する。家の中が。
「遅出しすんじゃねえよ!!」
「そんなイカサマするかバカヤロウ!」
「じゃんけん以外に方法はないか?! 前回も負けたんだ!」
「ねえこれ私欲しい絶対欲しい!」
「あんたそれ似たようなの持ってるでしょ!」
「これは俺に似合う!貰った!!」
「黙れ! 男の小物は数が少ないんだぞ!! じゃんけんするに決まってんだろ!!」
と、侯爵家に仕える人間としてあまりにも大きな声で粗暴な会話が繰り広げられる。休憩時間の、決して客が出入りしない厨房や休憩室での事だが、母がさすがに禁止した。父も乾いた笑いを浮かべ
「うちの者たちはこんなに気性が荒かったかな?」
と、皆が硬直し静まり返る程には怒りを露にしたしな。
今はなるべく均等に配布する係をルリアナが担当しているので文句は出ていない。
いずれジュリの作品が量産できる体制が整ったならば、我が家で定期的に買い付け褒美として皆に配るようにすべきかもしれない。
そうすれば品行方正、侯爵家の素晴らしい執事、侍女、使用人として今まで以上にその振る舞いを正してくれそうだ。
というより、あの屋敷にあの殺伐とした空気が不釣り合いすぎる。もう見たくない。
ちなみに、最近やたらと母から用事を押し付けられ、ジュリの所に顔を出せないことが続いた。しかも何故かルリアナまでも途中から加わって、自警団の再編をしたらどうかなどと言い出したりして私もバタバタしていたのだが、昨日突然ジュリから
「お二人に渡してください、大変有意義に作品を作れましたと言伝てもお願いします」
と、やけに爽やかな笑顔で新作の商品が入った箱を渡された。
一体何なんだ。
初日でほぼ完売、今後を考え商品の確保を優先するのに結局一ヶ月の休業をするという前代未聞のジュリの店 《ハンドメイド・ジュリ》。
今ちょうどその準備に追われて三週間が経つ。
パーツ作りは職人に委託し、レースもフィンを筆頭に作り手が数人いるので、何とかなるだろうし、マクラメ編みというジュリが最初に世に送り出したものは既に二十人以上がその作成に慣れて次々作りだし相変わらず露店で販売しているので、そちらは現在安定した生産体制が整い問題はない。
問題はジュリにある。
それ以外はほぼジュリでなければならないからだ。
他の者でもある程度まで出来ないことはないのだが、どうしても見映えに影響がでる。そのため最終仕上げと修正に必ずジュリが手掛ける必要があり、その手間がジュリの製作に影響を与えるため今はそれを全て停止せざるを得ない状況だ。
彼女の作り出すものは、微妙な位置の違いでバランスが悪くなるし色の組み合わせで全く趣が変わってしまう商品が圧倒的に多い。
その絶妙な配置や色の組み合わせ、全体のデザインの良し悪しを左右する作業を任せられる人間が今はフィンだけなのだ。
しかしフィンはジュリの手が回らない作品を作りながらも、他の者たちへの指導やマクラメ編み、カギ針編みの責任者としての立場にいる。だからジュリの仕事を完全に補佐しながら平行して作品を作るという事が困難だ。
それで、ジュリが全てを作っているのだが、それについては楽しいからと特に気にしていないらしい。なんとも頼もしい女である。
しかし
「ずぅっと座ってると腰いたい、動きたい」
と、ある時言い出した。
なら、気分転換に動けば? というと
「そんな時間ないですね。時間もったいない」
と。
どうしようもないと放って置いたら。
「くぁぁぁぁぁ!! ストレス! 同じものばっかり飽きる! 何かないの?! ないのかこの異世界は!! 私を喜ばせるものはスライム様以外にいないのかーーー! 出てこい素材、私が加工してやる!! 売りさばいてやる!! さぁ来い素材!!」
と絶叫した。
どうやら、ストレスが溜まると新しい素材が欲しくなるらしい。不思議な現象を起こすものである。だからジュリは見ていて飽きないのだ。
しかしこれは困った。これでは作業効率に悪影響でしかない。
なにか落ちていないだろうか、そのへんに。
素材が。
「グレイセル様、お久しぶりです!!」
「ああ、久しぶりだ。皆元気か?」
「お陰さまで!!」
私はこの領地最大の地区でありこの国有数の港があるトミレア地区に来ている。
馴染みの顔ばかりのこの港そのものに今日は用はない。用があるのは加工場が並ぶ加工区画と呼ばれる一帯だ。
「ここで何を?」
「ジュリのストレス解消になる素材に心当たりがあるんだ」
同行したローツがなるほど、と呟いた。
この男もジュリの爆発を見ていた。見て、固まっていた。余程鬼気迫る何かを感じたらしい。『怖すぎる、え?、女だよな? ……』と彼女に聞こえない声で呟いていた。
間違いなく女だ、失礼だぞ。
そして。
素材はどこにでも落ちてる可能性がある!
と、常々ジュリが言っていたが、今はそれを自身が探す余裕もなく。
それで定期的な視察に合わせて私がその時間を作ることにした。
ふと、ジュリが欲しがっていたものの一つに成りうる素材に心当たりがある。先日それの中身を食べて思い出したのだ。
「えっ? これ?!」
ローツがとある加工場の裏、『廃棄場』で驚く。
その場に山積みの、それこそちょっとした丘の高さにまでなっている膨大な量の
「いい加減どうにか処理しなければここもすぐ一杯になるだろ」
と責任者に言ってやりたいくらいに存在するそれ。
私は、捨てられるだけの膨大な量のそれの中から一つ手に取ってひっくり返した。
「ジュリが言っていた物に近いと思わないか?」
「ええ? ……あ」
私に促され半信半疑な目付きで手もとを覗き込んできたローツの顔が変わる。
「あれですか、『ラメ』」
そう。
『ラメ』。
ジュリがコレがあればもっと女の子ウケするものが作れる、見映えが変わるといっていたものだ。
細かいキラキラしたものなら金粉などがあるが、それは素材として高額すぎる。ジュリも当然知っていたが店頭に並べる商品には使っていない。我が家でお願いしたアクセサリーなどには多少は使われているものの、ジュリが目指す商品には
誰でも気持ちよく気兼ねなく買えるものを目指している
という基本理念のようなものが付随する。だから金粉などの高額な素材ではだめなのだ。いずれは使いたいと言っていたが、それでも彼女は多用することはないように思う。
素材に成りうるそれについた土や埃を払い、布で磨いてみる。
「おおっ! 確かにキラキラとしてますね、これなら砕くのも簡単だし、なによりタダです」
ローツの言葉に私の口元も自然と緩んでいた。
「それに、ジュリなら……使い途を色々考え付きそうですね」
そうなのだ。
おそらく彼女なら。
それを見せる直前の彼女の顔は目付きが怖く、相当ストレスが溜まっているのだろうなと伺わせた。疲れていると言うより、機嫌が悪い顔だ。
「お土産を持ってきた。ジュリの喜ぶものだといいが」
お土産と聞いて目付きが和らいだ彼女に、箱を明けて見せた。
……。
………。
ん?
無反応だな。
これは失敗、いや、理解されていないかもしれないと後悔しそうになった瞬間。
「ら」
そしてその一言。
「ら?」
私、ローツ、フィン、そしてライアスが復唱して。
面白かった。
両手でそれを突然掴んだ彼女はそれを頭上に掲げ、叫んだから。
「らっでーーーーん!!」
と。
そしてそのまま工房内を軽快な足取りでリズムを取るように軽く走り回り、ライアスに捕獲され椅子に座らせられていた。
「落ち着け、頭のおかしい女だぞその動き」
「あははは、あはははは! グレイセル様凄いですよ!! ありがとうございます! マンネリ脱出も夢じゃないかも!! あははははーん!!」
「俺の話を聞け!! そしてその笑い!!」
ライアスが叫んでいた。
彼女は言った。
「この世界でもあるんですね!! これ、私が素材として使ってもいいものなんですか?! ちょっと加工してみていいですか?! 『螺鈿』なんて扱ったことないけど、なんとかします!!」
『らでん』?
なんだそれは? それは廃棄物として捨てられるだけのものなのだが。そんな名前なのか。
そう言った私を見る彼女の目が、点になった。
誤字報告ありがとうございます




