27* ど派手に祝っちゃうよ
シーサーペントは長生きの個体は知性を有し、時に海難事故に遭った人間を気まぐれで助けることがあるし、他の知性のない魔物を駆逐してくれるので、海岸地域では魔物というよりは海の守り神として信仰の一端に加わる存在だったりする。しかも素材は廃棄箇所がとても少ないうえに、希少な薬やポーションへの活用もされていることから嫌う人がとても少ないという珍しい魔物。しかも、海から一気に上昇し、豪快に水しぶきを上げながら空を飛ぶ魔物や鳥類を捕獲、そして大迫力の水柱を立て海に戻る様は圧巻で、それも人々の心を掴む要因となっている。
アンバーイーグルという琥珀色の非常に美しい大型の鳥は、主に小動物を餌とするため、野菜、穀物を荒らす野ネズミやモグラといった動物が集まりやすい農地周辺を縄張りにし、住み着くことがある。さらに最近ククマットではそのアンバーイーグルが煎り豆を好むと知って農業を営む人たちは意図的に煎り豆を与え、彼らを留まらせ農地の厄介者である小動物の捕獲をさせることが定着しつつある。お陰でアンバーイーグルはククマットで畑の守り神的な扱いになり始め、豆屋では煎り豆がよく売れるようになり、豆屋の主人がアンバーイーグルの像を彫刻師に依頼したとかなんとか。
何が言いたいかというと。
本来、花でびっしり覆われている部分に、シーサーペントとアンバーイーグルがいる。
木彫りのそいつらが神々しく金と銀の塗装を施され、輪の部分に様々な動きを表現した何体ものそいつらがくっついてる。
なんだろう、これ、花輪じゃなくて、なんて言えばいいんだろう。
「……花輪でいっか!」
縁起良いものを金銀にすれば間違いないよね!!
ということがあり、木彫り式花輪? も二台。
「名前を考えるべきではないか?」
「いいよ、花輪で。大きな輪っかがスタンドに付いてれば花輪でいいんじゃないかな、そう言い張ってもこの世界なら炎上しないから」
炎上しない、これ大事。
アズさんとフリュークスさんだけでなく、恐る恐ると言った感じで通行人まで花輪の前に集まりだしてシゲシゲと細部に渡って観察を始める人もいる。
私達の会話を聞いてうんうんと頷く人もいれば、うーん?と首を傾げる人もいて、その様々な反応が面白いね。
「これ、買えますか?」
「えっ?!」
「全部」
「……え」
なんて物を欲しがるの、アズさん。
ねえ、 《タファン》に買い物しに来たんじゃないの。
「こちらの事情を話しますと」
彼は人間に姿を変えたままの顔でニコニコと笑顔を絶やさず花輪を眺める。
「これを家の前に置くことで今日その家はお祝いごとがありますよ、という目印にします。今布に書かれている名前も、結婚する二人の名前や、誕生した子供の名前にしてどんな祝い事があるのか明白に出来ます。祝い事ならなんでもいいんですよね?」
「え、ああ、もちろん」
「ですよね。私達の故郷では、血縁など関係なく、住まう距離関係なく、会ったことがあるかどうかも関係なく、祝い事の場に遭遇するとお祝いの言葉をかけていく習わしがあるんですね。これが軒先にあれば、もっと沢山の人たちが祝福を気軽に贈れます、当事者たちも、沢山の方々に祝って貰えます。祝福をし合う、分け合う我々には大変理に適ったものになるかと思われます」
「なるほど……」
「かといって、これほどのものを各家庭で用意するのは困難です。ですから、私が所有して希望者に貸し出すというのはどうかと。これは造りがしっかりとしていますし、使い回しが出来ます。これを入れられる倉庫を用意し手入れさえ怠ることがなければ、長期間綺麗に保管することも可能でしょう」
まさか、花輪を買いたいと言う人がいるとは。
実は花輪は使い回しするつもりだったのよ。
保管場所の使用料と手入れの手間賃分さえ貰えればククマットの領民に限り祝い事に貸し出すこともしようか、なんて話にもなっていたし。
「え、本気で言ってる?」
「ええ。言い値で買わせて頂きます」
ニコニコのアズさんとフリュークスさんの笑顔素敵です。人間の姿をしててもその美しさが滲み出てる笑顔です。
……花輪が売れた。
従業員、職人さんたちよ。
喜べ! また作れるよ!
行列の最後尾に並び直す二人を眺め、ハッ! と我に返る。
「こうしちゃいられない、次行くわよ!!」
そう、私達からのお祝いは、まだあるのよ!!
私の勢い任せの叫びにセティアさんとフィンが移動。程なくしてそれぞれ台車を押して店前に戻る。おめかししてるのにこんなことさせてごめんよ。
そして男三人は、その力自慢を活かしてもらいそれぞれに樽を肩に乗せて戻ってもらった。
振る舞い酒やるぜ!!
お酒はルリアナ様の実家に連絡し、米のお酒を三樽送ってもらった。料金の他にささやかながら新作の物も一緒に荷箱ひとつ送ったら頼んでいたお酒よりランクが上のお酒が届き、『主人のとっておきを送ります』と、大奥様の手紙が添えられてたんだけど、大丈夫かな、大旦那様、泣いてないかな。
セティアさんとフィンに運んで貰ったもの、それは『枡』。米のお酒と言ったらこれでしょう。蓋を開けると真新しい木の香りがふわりと漂う枡を、組み立てておいた台の上に一気に並べる。最初に入ったお客さんがそろそろ出てくる頃だ、準備急げー!
「ご来店頂いたお客さんに振舞い酒ー!! ルリアナ様のご実家、ハシェッド伯爵領の米のお酒、しかも大旦那様のとっておき! どうぞ!! あ、お酒苦手な方はジュースもありますので言ってくださいね! 」
通行人含む不特定多数の人には量的に配れないので、来店してくれた人への振る舞い酒。
またしてもなんの騒ぎだと出てきた侯爵様達がポカンとしてた、ごめんなさい。
そしてこちらも。
「……並んでたらいいのに。いつまで経っても店に入れないよ、それじゃあ」
「気になりまして」
アズさんとフリュークスさんがまた……。
「これはなんですか?」
「枡といって、私の故郷のお酒を飲むときに使う器の一つなの」
「飲みにくそうですね」
「うん、ぶっちゃけのみにくい。でも祝い事といったらこれだった気がするから」
「なるほど、こうして名前を入れるのが普通ですか?」
フリュークスさんが枡の側面を指差す。それは 《ハンドメイド・ジュリ》の焼印。
「あ、それね、入れても入れなくてもどっちでもいいと思う。今回はついでにうちの宣伝しちゃおうと調子に乗ってやってみただけ」
「なるほど」
ちゃんと許可は取ってるよ、『うちがお祝いしてるって分かることしていいですか?』って。
「面白いですね、こうして重ねて置けるんですか」
「そうそう、しかも木製で四角いから軽くて安定感もあるでしょ? 不特定多数の人が集まるこういう場だと安全に使えるって利点もあるんだよね。洗うのはちょっと大変だけど、ちゃんと乾かせばしまうのも楽だし」
ちなみに余談だけど、これをお願いした木工品工房の職人さんたちが、『使い心地を確かめる』と言う名目で酒をガンガン飲みまして。二日酔いが数多発生し、大変なことになった。
そんな冗談みたいな話を交えつつ談笑し終えると満足した二人が行列の最後尾へ。『あれも買おうか』とか『長老たちが喜びそうですね』なんて会話しながら戻ったから枡の注文も入るかもしれないわぁ。
「《タファン》で買う気あるのかね、あの人たち」
「さあな……」
フィンとライアスは首をかしげ、ローツさんとセティアさんは苦笑してたよ。
そしてマイケルとケイティがそろって行列に並んでる。
「だって今日しか買えないものもあるんでしょ?」
ケイティがフンス、と鼻息荒く目を輝かせて店を覗き込む。
「あるよぉ、螺鈿もどき細工のクシと鏡のセットはなかなか手に入らない黒かじり貝様を使ってて、バニティケースは希少な爆炎ワニっていう魔物の真っ赤な革を使用。それにね……―――」
日傘や裁縫箱、小さいものだと香水瓶やバッグフック、それからブックマーカも今日限りの限定品が出ている。紳士用品もステッキに始まりブックバンドやベルトのバックル、専用の箱に入った靴磨きセットなんてのも。
全て素材が次いつ入荷するか分からない希少な物を使っていて各二十〜五十個の限定品、しかもお一人様三点までと購入制限があるのでお金にゆとりのある人でもどれを買うべきかなかなか迷う所ではなかろうか。
「中に入ってから決めるわ、まだ殆ど売り切れてないだろうし」
「ま、ゆっくり選んでよ」
マイケルは呑気に『好きなの買いなよ』と笑ってた。
貴族ありきのこの世界で意外となかった主に嗜み品を扱うお店。グレイ曰く店側が家にやってくるので持ってきたものから選ぶのが当たり前だったし、人と同じものが嫌だからオーダーメイドに拘ってきた、もしくは専門店で一点ものを探す、と。
まあねぇ、夜会で全く同じドレス着てる人がたらヤダもんね、それは流石に私もテンション下がる。
でもさぁ、いつも思うんだけど流行りがあるんだから人と被るのは覚悟すべきだよね、それなのに『それは絶対別問題』みたいなちぐはぐさをいつも感じる。
その解決策というわけではないけれど、 《タファン》では大量生産はせずある一定数売れたら余程の人気商品でなければどんどん色、柄、素材を変えていく方針になっている。ものによっては今日のように限定販売されることになっていて、これは私が提案したこと。
高級ブランドは定番の柄や形を守りつつ毎年新作を、限定品を出しているのを思い出してね。これはどんな店にも通用する手段ではあるけれど、嗜好品で価格が高めの品揃えであるこの店ならなお合うのでは、と。
ほかの商家さんも色んな販売方法を試して欲しいよね。販売の仕方一つ変わるだけで客層が変わることもあるし、集客にも影響するから。
さて。振る舞い酒はトミレア地区の自警団の若者が見様見真似で覚えて担当してくれるというので遠慮なくおまかせし、私は腕を組んで仁王立ちしてしまう。
「ホントにいつまで経ってもお店に入れないよ?! 何しに来たの?! 見学なら相談に乗るけど!!」
「心外です、買い物をしに来たに決まってるじゃないですか」
何かあるたび行列から抜けて、最後尾に並びなおすエルフ二人。
「我々の時間の経過の感覚からすると、行列に並びなおす程度のことは大したことではないですよ」
……寿命短い人でも数百年生きるんだっけ? それならいいのかな? いや、なんか違う気がする。我慢できずに見に来る時点で短気だよね? 待てない性格だよね?
「今度は何なの」
だんだん私も言葉が荒くなってきた。
「グレイセル殿のそのイヤーカフ、素敵だと思いまして、実は今日お会いしたときから気になっていたんですよ」
アズさんが笑顔でズイッと近づいて耳を見てくるので流石のグレイもちょっと引いた。
「あー、それグレイとローツさんが経営者の、ククマットにある金属専門の宝飾品店で売ってるわよ。基本鍍金だけど、時間貰えれば金や白金で作れるから欲しいのを見繕ってくるなら私が代わりにオーダーして受け取っておくよ? その姿とはいえ、こっちに何回も出てくるの嫌でしょ?」
「そうですか! それは助かります!! 父さん、見に行きませんか?」
「ああ、そうしよう。私は金色がいいな。ジュリさんお気遣いありがとうございます、お礼は後ほど」
……ん?
「グレイセル殿のイヤーカフはきっと新作だね、シンプルな形だけど模様が素敵だった、気に入ったよ」
「私はせっかくなので色々見て決めたいところです。見本として買えるだけ買って帰りましょうか」
「それはいい考えだ」
え。ちょっと待って。
「では、またお会いしましょう」
アズさんが手を上げて。
「そのうちゆっくりお会いしましょう」
フリュークスさんが礼儀正しくお辞儀してきた。
「だったら何のために行列並んだんだよ!!」
私の叫びに振り向いた二人。
「ですから買いもののためですよ」
さも心外そうな顔をするなアズさん!!
「どこで買おうがいいじゃないですか、買い物しにきたことには変わりませんから」
それはさっきも聞いたよフリュークスさんよ!!
去った、凄く清々しい笑顔で去って行った。
エルフ、自由すぎないか?!
「変わった人たちだったな、ジュリの知り合いか?」
アズさんが姿を変えてることを知らないローツさんは物珍しげにその人たちの後ろ姿を見ながら呟いた。
「あー、知り合い、うん、知り合い……」
「ジュリの知り合いって感じだな」
「うそでしょ?! やめてよあの人たちと一緒にするの! 自分でも理由わからないけどそれは嫌だから!!」
全力で否定する理由が分からないローツさんとセティアさん。そのちょっとポカンとした顔が腹立つよ!!
とりあえず、嗜み品専門店 《タファン》の開店は大きなトラブルもなく無事に迎えられたし、最終的に私達からのサプライズもお客さんだけでなく侯爵家の人たちにも喜んでもらえたし、初日から大盛況で幸先良いスタートとなった。
でもなんだ、この疲労感。
……エルフのせいだよ、きっと。
タファンの開店は一話に収めるつもりだったのに、自由人?二人とジュリのやりたいこと盛り込んだせいで2話になりました。
後日譚。
花輪や枡の特注を受けてくれたしアクセサリーの受け取りなどもしてくれたからとその料金以外にくれた物が、使っても使っても必ず清らかな水に満たされる水瓶、というとんでもない代物だったので二人はそれを地下の倉庫にしまい見なかったことにした。
ちなみにそれは先代の長が趣味で作ったもの。エルフの里では『どうせなら酒に満たされるものを作ればよかっものを』と言われ倉庫に押し込まれていた。
「これからは消耗品で! じゃないとお願い聞いてやらないからな! そしてランタンのこと引きずらないで! こういうの集める趣味があるわけじゃないから!!」
ジュリが本気で叫んだとか、なんとか。




