27 * グレイセル、『なんか違う』について語る
今回はものつくりでもちょっと視点が違います。
「なんか違う」
この発言後のジュリには注意が必要である。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
キリアが絶叫することになるからだ。
この日も私が『あ』と声を出しかけたその瞬間にジュリが破壊した。
そう、破壊である。
なにを?
自分の作った作品を、である。
「なんで、なんであんたはすぐそうやってっ!!」
キリアが悶絶しながらジュリを睨み恨み節をぶつけるが、本人はなんのその。
「気に入らないから」
「いつも言ってくれればあたしが直すっていってるじゃない!!」
「んー、でもねぇ……」
このやり取りも最早常態化しそうで怖い。
煮えきらない返答をした当の本人が破壊したのはハーバリウムだ。全体を眺め、暫し考える仕草を見せた後に、両手でガラス瓶を掴むと躊躇いなくバケツの上でひっくり返し、中身をぶちまけた。正確には破壊ではないのだろうが、その潔さ故の豪快なぶちまけ方は、他の言葉では少々優しい気がするので破壊でいいと思っている。
「なんか、こう、花の向きとさざれ石の量とか思ったのと違う感じになった? 的な」
なんだその疑問形は、と思いつつ、私もため息だ。
「これでは物へ八つ当たりしてるのと同じだろう」
そう言えば、心外だと言わんばかりにムッとした顔を返された。
「自分でも分かってるわよ、罪悪感がないわけじゃないよ、ドライフラワー無駄にしたもん、ミアおばあが見てたら多分説教される」
「……それもあるが」
「じゃあなんだってのよ」
ジュリの場合、この行為に対しての価値観がまるで違うため、話が平行線を辿ることになる。
「もったいないだろう、キリアが直すと言っているんだ」
「そうだよ! 中の擬似レジンが固まる前なんだから修正できるんだし!!」
「修正……あれを? 意味が分からない」
これである。
そもそもの話、ジュリは自分が一から手掛けたもので『手直し』『調整』そして『修正』をするものは少ない。
それをするくらいなら一から作り直す、というのがジュリの性分と言ってもいい。
いつだったか、久しぶりに編もうかな、と毛糸でマフラーを編み出した。後日、九割九分完成したそれを眺めて、固まって、暫し考えていきなり私の目の前でそれを豪快に解きだしたことがある。
「なんか違う」
その一言で解かれた毛糸がジュリの足元に山となったのには流石に私も困惑した。何故なら、どう見ても綺麗に整った均一な編み目だったからだ。しかし本人が言うには後半編み目が意識しすぎて緩くなったという。つまり、彼女から見てバランスが悪く感じたのだろう。
だったらその気になる部分だけを解けばいいのでは? という私の問いに返されたのがさっきのような言葉。
「……ああ、そういう色の組み合わせもあるんだなって、思ったのに」
キリアはバケツの中、惨たらしい姿になったドライフラワーやさざれ石に話しかけるように呟く。
「はい、キリア邪魔」
サラッと吐き捨てた言葉と共に、ジュリはバケツをキリアから奪うとピンセットで素早くさざれ石とドライフラワーを摘んで引き上げトレーに並べる。
瓶の底にさざれ石を戻すと数粒追加し擬似レジンを流し込む。そこに目をせわしなく動かしすくい上げたドライフラワーの一部と新しく用意したドライフラワーを入れ、更に擬似レジンを流し込む。
ピンセットで花の位置を調整し、前から、横から、後ろから何度か確認してその作業を黙って見守った私達の前にそれを置いた。
「ん、完璧」
ハーバリウムの新色、とでも言うべきだろうか。
今までの温かみのある色や鮮やかな色とは全く趣の異なるものだった。
「モノトーンカラーもアリかなとずっと考えてたのよ、でもなかなかいい感じの色の茎と葉がなかったからね。でも最近押し花の内職の人たちが色々挑戦してくれてて脱色や着色に成功している物が出てきたから出来ると踏んで作ってみたけど、どう?」
さざれ石は黒い天然石と白っぽい半透明の石だ。ドライフラワーは、白いのだが水や擬似レジンに浸けると半透明になる物と、通常の白いままのものと、アクセントだろうか極小の薄紫の花が僅かに使われている。木の枝のような極細のとある花の茎は本来もっと黄みの強い色をしているもののはすだが、白に近い色に脱色されたものだ。そしてこちらもアクセントだろう真っ黒に近い黒に着色された巻きがしっかりした極細の蔦も入っている。
「さっきのは……黒みが足りなかったかな? と。で、黒のさざれ石を足して、隙間が気になった所に花を足してみた」
「殆ど変化したように見えないが」
「そんなことないわよ、さざれ石は二粒も追加したし」
「二粒……」
ぱっと見ただけではそんな違いが分かるはずもない私が首を傾げると、ジュリは笑う。
「まあいいじゃない、なんか違ったのがこれで解消されたしモノトーンカラーが新色として次からお店に並ぶんだから」
「……なんか違うねぇ」
「だろ、違うだろ」
既視感とはこのことである。
ジュリがこの夫婦に似たのか、それともこの夫婦が似たのか、はたまた元々似た者同士だったのかは定かではない。
しかし。ここにもいる。
『なんか違う』で周りの寿命を縮めようとする夫婦が。
ライアスとフィンだ。
「違うな、俺が作りたかったのはこれじゃねぇ」
「そうだねぇ、あんたはこれで納得はしないだろうね」
「ああ、なんか違うんだよ」
そしてジュリは笑顔で。
「んじゃあ仕方ないね、解体だわ」
そう言われて、というわけではないが完成した物を迷いもなく解体し始めたのはライアスだ。それをジュリとフィンは何でもない事のように見ながらお茶を啜っている。
「それはそれで買い手は確実にいたと思うぞ」
ライアスが躊躇という言葉を知らないような、微塵も迷いのない手付きで解体するのは、オルゴールの上の金属製のオブジェだ。
「これに金を払われたら罪悪感で俺はしばらく眠れない日々が続くことになりますよ」
笑顔で言われてもな。
私の愛馬である黒炎号をモデルにした、前足を高く掲げる躍動感溢れるオブジェは最近ライアスがどハマリしている『ブリキのおもちゃ風』オブジェだ。意図して金属を継ぎ接ぎしたその見た目は何とも不思議なものだがこれが落ち着いた雰囲気の室内、特に書斎など堅苦しい部屋に一つあるだけでその堅苦しさが和らぐのだから驚きだ。
ペンチで解体を続けるライアスのそば、ジュリは完成図とパーツの図面を眺める。
「たてがみが長すぎたかな」
「やっぱりそうか?」
「うん、そんな気がする。この、胴体近くのたてがみを二、三ミリ削ってもいいかも」
「あたしは蹄の角度が気になったよ」
「ちょっと外向きになっちまってるよな?」
「そう、少し内側に入っててもいいかもしれないね」
……たぶん、その違いが分かるのはキリアくらいだぞ、という言葉は飲みこんでおく。
解体が終わってスッキリした顔のライアスは、図面のパーツに修正箇所を記入している。
「一から作り直しは面倒だと思わないのか?」
「思わないですねぇ、不思議なことに気に入らないと少しでも思うと壊さない限りはそこから作れなくなるんですよ」
「そういうものか」
「他の人は分かりませんけどね、俺の場合はずっとそうですから」
歪んで使えなくなったパーツはまた溶かして叩いて形成するところからだという。これが面倒なんですよね、と言いつつもライアスには残念さや後悔などは感じられない。
「だから金物屋でも修理を主にするようになったんですよ」
「……ん? 直すのは性分ではないのに?」
「いや、自分で一から作るのが仕事で向いてないだけで」
「凝り性だからね」
ジュリは一言で済ませたが私にはよくわからない。
「初めから『修理』が目的ならそれでいいわけよ、『修理』を完璧にするのが目的だもん。でも自分で一から作るなら完成した時に納得出来るものじゃないと許せないのよね。勿論全く修正や調整をしないわけじゃないよ。途中途中でそれをするのは当たり前だし。問題は納得出来るかどうか。特に完成間近か完成後に『なんか違う』と思うと修正とか調整が結構難しいから、だから一から作り直すわけ」
「……そう、いう、ものか?」
「判ってない顔してる」
ジュリが私の顔を見て笑う。
「この感覚も人それぞれだよ、キリアがそうでしょ。彼女は完成間近のものや完成後に修正や調整するのを苦にしないしそれが出来る正確さと性分なのよ。案外それが出来る方が貴重な人材なわけ。だって一から作り直すってその分時間が必要でしょ? 商売成り立たないよね、私みたいな人ばかりだと」
今更ながら、キリアが 《ハンドメイド・ジュリ》を支えているとジュリが常々言っている事に納得である。私はジュリとキリアは似ているから 《ハンドメイド・ジュリ》の生産を支えられていると思ってきたが価値観の違いがあるからこそ成り立っているわけだ。
「この黒炎をモデルにしたオブジェ、燻銀で作ってグレイの書斎に置きたいね」
「ああそれはいいな」
「よし、じゃあ作りますか」
「ところで、解体してしまったこの銅製のはどうするつもりだったんだ?」
「またツィーダム侯爵家のオークションに出そうかと思って。目に黒い魔石か天然石を入れて、それにマイケルに軽い魔法付与してもらうつもりだったの」
「ああなるほど、それはいいな」
「ただのオブジェでも良かったんだけど、オルゴールが鳴ってる間に上の馬もゆっくり回転する仕掛け付きの第一号だから高く競り落としてもらえる可能性があるし話題性が期待できるよね、お店の宣伝しちゃえる」
「……ちょっと待て、上が回転する?」
「そうそう、馬が乗ってるこの円盤が中のオルゴールと連動しててね、回転するようにしてもらったの」
「なぜそういう新しい仕掛けの話を後回しにするんだ」
「忘れてた」
「特别販売占有権の登録に必要な書類は」
「用意してない」
「……ジュリ」
「あははははっ!」
そして今日も『なんか違う』が聞こえる。
「違うよね」
「違うね」
キリアよ、今日はお前もか。
「なんだろう、なんか違うんだよね」
「うーん、どこ変える?」
「……作り直し!!」
「はいよ」
なぜ、今日に限ってそんなに素直にジュリに従うのだ。
「ジュリの『なんか違う』は俺には一生理解できない感覚だな」
自慢げに言うのは何故だハルト。
「だって俺芸術センス皆無だもん」
「ああ……」
「あとそれに性格が絡むからさらに理解できない」
それを聞き笑ったのはマイケルだ。
「分かる分かる、僕ならそこまで作ったら愛着が湧いて壊せないよ!! と思うんだけど、ジュリは愛着があるからこそ納得出来ないまま完成させるわけにはいかない、そのまま完成させるのは失礼だって考えてるんだよね。その違いからまず互いに理解し合えないから」
「確かにな」
なるほど、と納得すればマイケルが再び笑う。
「僕らでは理解できない感覚がジュリの中にあるから仕方ないことで、その感覚をジュリも変えられないし、変える気がないからねぇ。一生相容れないと思うよ僕らとは」
感覚の違い。
ジュリと出会ってからそのことをよく考えるようになった。
美しいと思うもの、可愛いと思うものが人それぞれということは十分学んだ。人の数だけあるのだと。
そして、作る過程にも人それぞれの感覚があることも。
ジュエリーケースのメインとも言える蓋中央、内側が覗ける擬似レジンの覗き窓部分に散らす押し花の組み合わせで私から見たら十分清楚で上品なそれをジュリとキリアは納得出来なかったらしく、端の一輪の花をどれに変えるかで話し合っている。
「あ、こっちだね」
「おーいいじゃない!」
二人が選んだのはピンクの小花。先に使っていたのも大きさがほぼ同じピンクの小花だったが。種類が違う。
「いやこれが重要なわけよ」
「そうですよグレイセル様」
いや、私にはその感覚がわからないから説明はいらないぞ。
「なんで分からない」
「そうですよ、なんで分からないんですか。ジュリの作るものを見分けるっていう変な能力あるくせになんでこの違いが分からないのかあたしには理解できません」
「ホントだよ、訳分からん能力あるくせに」
二人から責められた。解せぬ。
そして今日も今日とてジュリの『なんか違う』が炸裂する。
「だから止めろって言ってるでしょうがぁぁぁ!」
今日はキリアが叫ぶ日だった。
「あのやり取りもうちの名物だねぇ」
「そうだね、最初の頃はびっくりする人も多かったけど」
「いまとなっては『始まった』って皆のお茶請け代わりになるからね」
メルサ、ナオ、そしてデリアが呑気にそんなことを言う。
あの二人のやり取りがお茶請けになっていることは流石に知らなかった。
「皆さん、キリアさんがどのタイミングで諦めの境地に達するか賭けをして楽しんでますよ」
セティアが苦笑して教えてくれた。
「ちなみに賭けられるのはおやつです」
安く、安全で可愛い賭けのようである。
ジュリはそんな会話がなされていることなど知らず、キリアの目の前で赤い目が嵌め込まれ可愛く仕上がった真っ白なうさぎの白土貯金箱を見るも無惨に手で押しつぶしていた。
もちろん、その後に私にはさっきの物との違いが分からない可愛らしいうさぎの貯金箱が完成してジュリが満足していた。
「どこがどう違った?」
「耳。先に作ったのは五ミリ長かったの」
「……」
「グレイ、五ミリってバカに出来ない長さなのよ、わかる? 例えばね……―――」
このあと、凡そ数十分に渡り、ジュリの拘りについて聞かされ事務処理時間を潰された。
物作りでも感覚の違いについて焦点を当ててみました。
完成に至るまでの失敗、間違い、それをどうするのかって実は人によって違うんですよね。しかも分かりにくい細かな違い、感覚的なことなのでそれぞれが人に理解されないと思ってたり、実際に理解されない(笑)。
物作りをされる方に、『分かるぅ』と思って頂けたら本望な回でした。
そしてさり気なくモノトーンカラーとかオブジェが回転するオルゴールとかぶっ込んでみました。オルゴールについては後日掘り下げたお話を出すかもしれません。




