◇ホワイトデースペシャル◇ お返しは応用にて
ホワイトデースペシャルです。本編にあまり影響しませんので緩い気持ちでお読みください。
はい、ホワイトデーです。
バレンタインに引き続き、空回りしている男がおります。
「もー、ウザい」
私の吐き捨てた言葉に泣きそうになってます。
「助けて、ジュリ様……」
ハルトです。
「何をそんなに悩む必要があるんでしょう? ルフィナさんのことを一番知っているのはハルトさんですよね?」
コテッと頭を傾け色っぽくアンニュイそうに呟いたセティアさん。その雰囲気とは裏腹に言葉はグサッとハルトに刺さって重症を負った。
「知ってるっ、知ってるんだけどっ!」
「ルフィナのことになると大体空回りだよね、チートが無効化」
「あうっ」
あ、打ちひしがれた、瀕死。
ホワイトデーってバレンタインで想定外の人にもらったときのお返しか、私のように純粋にイベント大好きでとにかくその日までの期間も楽しむもの、というのが私の位置づけなのね。つまり、バレンタインでお互いに感謝や愛を伝え合ってれば必要ないのがホワイトデー。で、想定外の人から貰ってしまった場合はお返しに悩むというのは仕方ないと思うの、だって想定外だからね、一ヶ月の猶予は助かるよね。
今年私はグレイからバレンタインに貰ってるので私は純粋にイベントを楽しみたいからホワイトデー楽しみにしてて! という感じなんだけど、ハルトの場合、なぜこうも毎年グタグダになるのか理解ができない。
バレンタインで貰えることは確定していたし、ホワイトデーは一ヶ月後と決まっている。
この駄目さ加減は一体何なの?
こいつの本質なの?
「はあ、それで? お返しは何にしたの?」
「……靴」
おや、まとも!!
おずおずと袋から出した靴は地球ならローファーにあたる感じのもので、艶良い革製のこちらの世界ではお高い部類のいい靴だ。
「え、素敵じゃん、ルフィナこういうの好きだもんね? 良いの選んだじゃない」
「へへっ」
ハルトが照れた、可愛くないぞ。
「……で? 何を助けろというの?」
「ラッピング。折角だから、可愛くラッピングしてさ、それをテーブルとか棚に置いてびっくりさせたい」
「あー」
成る程納得。そしてびっくりさせたいんだ?
サプライズから離れられん男なんだね……。これ病気かな。
まあ、それは置いときましょう、空回りするのはハルトであって私ではないから。
ラッピングね。
ないもんね、包装紙。
そう、ないんだよ、カワイイ、素敵な包装紙って。
《ハンドメイド・ジュリ》でも包装紙は取り入れていない。開店当初からあるラッピング袋があるけれどそれはあくまで袋。後から登場となったレイス君ことラッピングフィルムだって使い方に制限があるしあれもやっぱりフィルムであって包装紙ではない。
そもそも製紙技術がまだ未熟なので、包装紙の開発までの道のりが遠いのよ。オムツケーキに使っている帯紙だってそんなに薄いものではないのであれも包装紙ではない。
厄介なことに、この男も何だかんだと元の世界でラッピングされたものを見ている。というか、ラッピング自体が当たり前の日本。ハルトもかつてはあまり意識して来なかったことかもしれないけれど、いざ人に物を贈ることが増えて気づいたわけだ、ラッピングという文化は元の世界だからこそ当たり前のことで珍しいものでなく、気軽に出来ることだった、と。
「根本的な問題として包装紙が手に入らないからねぇ」
「うう、そうなんだよぉ」
「でも何とかしたいよねぇ、確かに」
「頼みます、ジュリ様」
簡単に土下座すんじゃない。
「んー、取り敢えず。ハルトは近くに靴屋さんあるからそこでお手入れセット買ってきて」
「ラジャ!」
その間に使えそうなものを準備。折角なのでセティアさんにもお手伝い願う。
そしてこういうときに匂いを嗅ぎ付けてやってくるのはキリアよ。今日は研修棟で指導にあたる日なのにこっちに来ちゃったよ。
「なんかしてそうな気がしたのよ」
「凄いですね、そういうことが分るんですか?」
「いや、ほらホワイトデーだから。ハルト来てそうと思って」
キリアのその言葉にセティアさんは苦笑。
来てるからね (笑)。
『ホントに来てた!!』と大ウケするキリア。ハルトはもう何言われてもいいやぁと悟りの境地に達して笑顔。
「お、予想通りのものを買ってきたわ」
「ん? なんだよ」
「あそこの靴屋、お手入れ用品わりと種類豊富だったでしょ、ハルトならこれを絶対に選ぶと思ったんだよね」
革靴のお手入れ用の薬剤やブラシ、そして艶出し布などお手入れ等用品が充実しているので冒険者の人たちも多く利用する靴屋。種類が多いということは、見た目の違いもそれなりに差がでるよね。そこの靴屋はお高めの物だと薬剤が可愛い蓋の瓶に入ってたり、ブラシに模様が入っていたり。そういうのを選ぶと思ったんだよこの男なら。
ハルトが買ってきたのは蓋に花模様が入り、ブラシの木の部分にも同じく花模様。
「中身の良し悪しや使い勝手で選ばない所がハルトっぽいわ」
キリアの指摘に……うん、ハルトはもう耐性がついてしまったらしい。『はははっ!』と普通に笑ってる。
セティアさんに手伝って貰って作ったのは幅広リボンの片端に並縫いで糸を通し、そしてその糸を引っ張って出来るプリーツの効いた花のようなものと、細めのリボンを輪っかにしてそれをいくつか束ねるように纏めて作ったこちらも花のようなもの。これを細い針金に固定し、そしてその針金を細い木の棒に巻き付けしっかり固定。針金部分が危ないので細い紙を巻き付け接着剤でしっかりくっつける。
「んじゃ、やりますか」
ハルトが用意した靴、お手入れ用品をまずはレイス君でそれぞれ包む。セロハンテープで見えないように留めるのが理想だけどないので麻紐で十字になるよう掛けてリボン結びで留めておく。
レイス君で包んだそれを用意したかごに入れていくんだけど。
「かご小さくない?」
キリアの疑問はごもっとも。私が用意したのは靴が平置き出来ないちょっと深めの小さなバスケット。
「これでオッケーよ。靴を立てて入れるから」
あえて見えるように靴を立てて、その周りにリボンの花やお手入れ用品を入れるのよ。こうすることで立体的で、ちょっとフラワーアレンジメントっぽくなるんだよね。飴やチョコレートをブーケに見立てるキャンディーブーケを参考にしてみたのよ。
緩衝材のモシャ君を底に詰め、その上に靴をまず立てるようにして入れる。ちなみに一度レイス君で包んだのは物に傷が付くのを防ぐと同時に、あのカサカサとした質感ゆえに必ず物とレイスの隙間に空間が生まれる。あの空間が実は物がモシャ君に埋もれてしまったりするのを防ぐ役割を果たすし、何よりモシャ君に引っかかるのでズレ防止にもなる。
実はこのズレ防止は開けたときの見栄え、第一印象に物凄い影響を与えるから凄く大事なことなんだよね。よくラッピング代有料ってあったと思うけど、お高めの商品を扱うお店だと専用箱は勿論あったし、それ以外でもその箱の中身のズレ防止に気を遣ってくれることが多かった記憶がある。ラッピング代をケチって中身が散々なことになるよりは、追加で数百円払ってプレゼントした相手がその見た目の良さでも喜んでくれた方がこっちも気分が良かった。
メインの靴の位置が定まったらそこにまたモシャ君をつめ、小物を配置していく。その大体の位置が決まればあとは隙間を埋めるようにリボンフラワーを差し込んでいけばいい。このリボンフラワーも小物のズレを防いでくれるので、見た目も華やかになるから惜しまずどんどん使うのがオススメ。
そして出来上がるのは靴のブーケ。いや、アレンジメント。これを大きなレイス君に乗せて、上で閉じ、開かないように両端をそれぞれリボンで縛ってしまえばオッケー!
「面白い!」
キリアが作りたそうだな (笑)。
「これ、他の物にも応用出来そうです」
セティアさんが言った通り、これは応用可能。
「その通り、出来るよ。うちの商品も立てて入れればいい話だから。ただ、その分こうやって使うものが多いしバランスよく入れなきゃいけないし、なにより時間がかかるから有料にするとしても事前予約とラッピング料金じゃなく完全に制作料を貰わなきゃならないから現状は無理だけどね」
そういう事情があるのでお店では無理だけど、個人で出来ることはある。
「ワインなんてどうすんの?」
ハルトも興味津々、ついでなので私は応用編を披露するため材料を用意する。
「ワインとかお酒の差し入れするときって基本箱に入ってるかそのままで人に渡すでしょ?」
「おお、そうだな」
「リボンフラワー作れたりする人はこういうプレゼントの仕方があるわけよ」
ワイン一本、薄手の布、そしてリボンフラワーとリボンを複数用意する。百円ショップで売ってる滑り止めを瓶の底の形に合わせて切った物があれば、ラッピング布のズレを防止できるけどそんな便利なものはないのでその代用品として滑り止め効果のある革をカットしたものも一枚用意。
まずは布をワインの幅くらいに折りたたむ。この布の上に滑り止めの革を置いてワインを乗せたら、布を瓶に沿って持ち上げ、瓶口の所で寄せてしっかり麻紐で縛る。このとき布を綺麗に重ねて畳んで縛るとスッキリとした見た目になり、プリーツを寄せながらそのまま縛ると布端がヒラヒラと広がるのでどちらがいいかは作る人の好みでいいと思う。そして、縛った所にこれまたお好みでレースリボンなどを垂らしたり結んだりしてからリボンフラワーの針金で固定、そしてその固定部分を覆うようにリボンで隠して結べばあっと言う間にワインのラッピング完成。
「え、ちょっと、こういうの作れるなら今までのもこうやってプレゼントしてくれてもよかったじゃない?!」
「え、面倒くさいよ」
「……」
キリアさんや、何か問題でも?
ハルトとセティアさんが苦笑してるぜ……。なぜだ。
「あの後三人してワイン買ってきて、ラッピングしだしちゃって」
「はははっ! ではそれを持って帰ってホワイトデーのプレゼントにでもしたのかな」
「多分ね。キリアとセティアさんは良かったのよ、凄く綺麗に仕上げてた。でハルトはあの通りでしょ、なんか微妙な仕上がりにしかならなくて結局私がやったわよ」
「まあ、想像はつく」
グレイは面白おかしく笑って手元の箱を開ける。
そこには私がデザインした新しいイヤーカフが二つ。グレイの希望があったのでホワイトデーに合わせて用意してたのよ。
「私からはご所望のものよ」
「ああ、ありがとう。これはいいな」
「でしょ、今回のは透し彫り風。見た目が軽い仕上がりだからこれからの季節にぴったりよ」
ラッピング講習会? の受講料代わりにと三人が置いていったワインを二人で飲みながら和気藹々と話に花が咲く。
「……ところで」
「うん?」
「ハルトはバレンタインにルフィナから服を貰ったとやたらと自慢してきたが、あれは一体なんだ、それほど貴重なものなのか?」
「あー……」
グレイの疑問につい目が遠くを見つめてしまう。天井だけど。
あの夫婦も相当変わってるよなぁ、と常々思う。
ルフィナは仕立て屋をやってるので服を作るのはお手の物。
だけどね、バレンタインにコスプレ服をプレゼントするのはいかがなものか。
ハルトが喜ぶからって、異世界の服をさ、しかもアニメや漫画の世界の服を詳細聞き出して再現するルフィナ、それを貰い感動して目をキラキラさせて見つめるハルト。
それ、どこで着るの……。
「あれは誰が着ているものなんだ?」
「初代ガン◯ムのメイン悪役? ライバル? の人がいっつも着てる軍服っぽいもの、かな。主人公じゃないのは確か」
「……全くわからん」
「分からなくていいよ、一生。私もぶっちゃけよくわからない」
まあ、とにかく、お互いに幸せなホワイトデーだと思えたらならそれでいいということで。
おむつケーキを登場させるものの一つとして思いついていた同時期にキャンディーブーケもいいなと候補に上げていつか登場させようと思っていたのですが、現状この世界ではお菓子は買うとき良くて紙袋、大抵は安いそれに適した葉や皮に包んで持って帰る設定なので無理だと気付きボツ扱いになっていました。それをスペシャルで消化できたのでスッキリです。
キャンディーブーケの応用、いつか本編に登場させられたらなぁと思ってます。
そしてジュリのアニメの知識はかなりハンパなので表現がちょっと酷いです(笑)! 今後もハルトが意気揚々とするコスプレはジュリのせいでグレイセルにちゃんと伝わらないと思いながらお読みください。




