27 * 空間を上手に使いましょう
前回ちょっと暗い話だったので明るめ? 軽め? なお話を。
皆さん、ハンギングという言葉をご存知ですか?
この言葉、アパレルと園芸という全く異なる業種でありながらどちらでも使われている用語なんですよ。
アパレルだと、服飾品をハンガーに掛けてそれをラックなどに吊るす作業のことをいい、園芸になるとプランターなどを紐や針金で固定後に天井や壁から吊るすことを言うんです。
共通点がわかりやすいですね、要は吊るすことをハンギングという訳です、多分。
知ってた?
「「「「知らんわ」」」」
皆に強めに返答された。
さて、なんでこんなことを言い出したのか。
我が家、つまりグレイが元々所有していた立派なお屋敷には部屋がいくつもあり、夫婦それぞれ個室を所有している。
私の場合、工房レベルの道具や素材が揃う作業部屋と、試作品や作って気に入ったものを保管しておく保管部屋、そしてフィンやライアス、それから女友達が遊びに来たとき用の私専用応接室、この三つがある。グレイの場合だと個人書斎、ローツさんを呼んだりした時に使う仕事もできる事務所兼応接室、そして男同士で酒を飲んだりロクなことしない時に使うグレイ専用応接室とある。
それぞれ特色ある部屋になっているし目的がはっきりとしているのでそこに遊び心というのはあまりない。
私の作業部屋を除けばわりと貴族らしいお部屋になっているんだけど、一箇所、寝室よりもプライベート感が強い部屋がある。
通称、『まったり部屋』。
グレイと私が休日二人で本を読んだり、仕事の話をしたりしながらダラダラする部屋。
実はこの『まったり部屋』の存在は我が家を我が物顔で歩くハルト位しか今まで知らなかった。
うん、めっちゃプライベートな部屋だからね、人を招く目的ではないからね。
その『まったり部屋』ですが、先日ついにリンファに見られてしまいました。
そういえばこの部屋見たことない、と言われちゃってね、それで見せることになったんだけど。
「ずるい、なんで黙ってたの」
と、しつこく、そうしつこく言われたの。
時と場所を選ばずに。
それをキリアやおばちゃんトリオ、そしてロディムたちに聞かれてしまい。
公開となったわけです。
「……テーマがわからない」
目をキラキラさせて見ている割には言葉にそのキラキラが乗っていないキリア。
特にテーマなんてないよ、と返しておいた。
一方でロディムは何とか自分の中で一番その見た目に近い言葉として思いついたらしい言葉を発した。
「幻想的、です」
うーん、私もテーマを聞かれるとよくわからないというのが本音。
だってここはいつもその時の気分で物を増やしていったので、強いていえばフリーダム。
まず、だらしない体勢で爆睡してもいいようにドでかいベッドが中途半端に部屋の中央寄りに置いてある。でもそのベッドはいかにも寝具というのを無くしたくてマットレスに直接足が付いているだけのとてもシンプルなものを選びその上に足も隠れる特大の若草色の布が掛けてある。そのシンプルさには高級な家具が合わないので、物を置くための棚が直接壁に設置されていて、仕事にも使える大きな机もDIYで同じ板で作ったもの。グレイと私の椅子はそれに合うシンプルな椅子を買ってきて使わない時は二脚並べて壁に寄せている。
その椅子はゆっくりと体を休められる物ではないのでロッキングチェアと、遊び心も欲しいと勢いで天井から吊り下がるブランコ式のベンチもある。わりとこのブランコに揺られて本を読むのが心地よかったりするのよね。
あとはハンモックね。私はハンモックに乗るのも下手だし落ち着かない人なんだけど、グレイは何だかその独特な寝心地が気に入ったらしく、そこにすっぽり埋まって本を読む事が多い。一度彼の立派な体格と体重に耐えきれずハンモックごと落ちた時があったけど今は頑丈な金具と専用の柱に設置したので落ちることもなくなった。
ちなみに部屋の隅にはあらゆる形のクッションが専用の柵の中で山となっている。好きなときに好きなのを選んで使うため。
ここまでだと、カントリー風にも見えなくもない。
ただ、ロディムが幻想的、といった理由がある。
それこそハンギングのフル活用による装飾品。
天井から吊るされたカゴや皿。小・中・大と同じ柄の皿が連なるものや同じ大きさのガラスボールが五つも連なって天井から吊り下げられてもいる。
一つ吊るしたらね、あっちもこっちもやりたくなりまして。
至るところに、吊るされる皿やカゴ。
これが立体的で今までにはない室内装飾とも言える。
ガラスボールにはワーム様のカラーサンドを敷き詰めて、サボテンや多肉植物を植え込んだり、発色のよいドライフラワーをこんもり盛ってアロマオイルをほんの少しだけ垂らしてみたり。
皿には小さなランタンと白土の小さな動物を一緒に乗せてあるし、何もないただ吊るされている皿にはどうやらグレイが面倒でここで外したまま置きっぱにしているブレスレットが乗っていたりする。
特に幻想的だと思わせるのはハンギングをそのまま照明替わりにしているものが至る所にあるから。
「グレイのその日の気分で点灯させる魔石や入れる場所が違うんだよね」
私魔力ないので他人任せの発光魔石。魔力を流すと光る魔石を透明ガラスのボール皿にポンポン投げ込んでるだけなんだけど、これがまた淡いオレンジや優しい黄色みの光でとても雰囲気が良くなる。吊るされたガラスボールの中で発光しているので、ハンギングか立体的に強調される。
「え、ここに住み着きたい」
「住みたいじゃなく住み着きたいなんだ」
私のツッコミなど無視で紐の結び目や長さ、素材を確認するキリア。
「ここまで自由には出来ないだろうけど、ハンギングは天井からだけじゃなく壁に吊るすのでもいいからアレンジはし易いよ。丸皿だと不安定でも半月形、三角形、四角のものなら安定して壁に寄せられるし、下にも紐を伸ばして床にもしっかり固定すればぶつかって揺れて危ないってことも防げるしね」
元々はガーデニングの手法の一つとして一般にも知られたことなので、落ちたり揺れる危険性を抑えられるならやり方は無限だよね。
好きな花を植えるように好きなものを好きに飾ればいいと思うのよ。
おばちゃんトリオも興味津々で一生懸命見ている。彼女たちは自宅のガーデンにこれを取り入れたいらしく、ドライフラワーや多肉植物などが入るものを入念に観察中。
そんなとき。
「げふっ」
妙な声がしてその方を見ると、その声を出した主は口を手で押さえて肩を震わせている。
「今のロディム?」
ちょっとびっくりした顔のキリアがそう問いかけるとロディムは頷こうとして、でも何か耐えきれずといった感じでその場にしゃがみ込む。
「えっ、ちょっ、何々?!」
キリアがかけより私達も直ぐに彼の周りを囲む。
すると。
震える手を何とか上げて、ロディムがとある一点を指さした。
「……ふっ、は、え? なにこれ」
それを見たキリアは数秒目をパチパチさせたかと思うとじわじわとこみ上げる笑いにロディムのように口を手で覆った。
そこにあるのは、ベージュカラーの丸いぽってりとした器。
「ああ、私もこれを見慣れるまでは大変だった」
グレイが黄昏れた。
そいつはお椀とは違い、縁が少し窄まった独特の形をしていて使い勝手が悪い故に食器屋で売れ残っていた。
「ジュリさん買わない?」
「使い勝手悪いものを売ろうとするんだね」
「お金一杯持ってるんだから偶には無駄なものも買いなよ」
「売り手が無駄といっちゃダメだよね」
という店員との慣れたやり取りをしていてこれに何を入れて食べればいいんだという話で盛り上がりかけたその時、ふと器のベージュカラーが妙に人肌の色に近いな、と気づいたの。
で、これちょっと顔を書いたら面白いんじゃない? と思って。
売れ残り八つ全て買い取り、その後顔はハルトに任せた。代価として私が監修しているアクセサリーを渡したら全部表情の違う顔を嬉々として描いてくれたのよ。
顔が描かれて見た目が一気に芸術的? になったその器に土を入れ、植物を植えるとあら不思議、頭から花や草が生えているように見えるプランターの完成です。
窓辺にそのうち六つが並んでいて、ロディムはその中でも顔は苦しそうなくせに頭に花が咲いているというプランターと真正面でがっつり目があったらしい。それであの奇妙な声が出てしまったと。
そしていつの間にかグレイがいなくなってる、と思ったら彼が一番見たくないという、この部屋から撤去された二つを持って来て無言で皆にかざしてみせた。
「これを見ると本に集中できなくてな」
右手に乗るそれは、真顔、いや、無? の表情で、丸く大きなサボテンが生えている。しかもそのサボテンは光の当て方が悪かったのか微妙に斜めに育ってしまい傾いている。
左手に乗るそれは、植えた植物が悪かった。枯れ草のように葉や茎をしなだらせて育つ種類なので口や目が曲がっていて一体どういう感情なのか理解不能な顔がその葉や茎の隙間から見える。
私とグレイ以外、転げるように笑いに笑って収拾がつかなくなり、三十分程私はブランコに揺られ、グレイはロッキングチェアでそれを観察し続けるという奇妙な時間を過ごすことになった。
「笑い死ぬわ」
キリアは変顔プランターを自ら部屋から全て出し、戻ってくるなりその一言を吐き捨てた、解せぬ。
翌日。
ロディムが変顔プランターを貸してくれというので何に使うのか分からなかったけれど、皆を笑い死にさせかけた二つを貸し出した。
「父の書斎に置いてみました」
「はっ?!」
「気になりませんか? 我が父ながら大声で笑う姿を見る機会がないので笑わせてみようと思いまして」
「息子じゃなきゃ許されないやつだ!」
「息子でも許されませんでしたね」
「え、どういうことよ」
「殺されると思いました。殺気垂れ流しの状態で魔法を打ち込まれたのは初めてです」
「……よく死ななかったね」
「母が止めてくれましたので。母曰く、転げるようにして笑って笑いすぎて呼吸が出来なくなりかけて苦しんでいたそうです。貴重なものを見れたと母は喜んでいましたよ」
笑い転げる公爵様、ちょっと見たかったかも。
その公爵様から預かったという手紙を貰ったんだけど、内容は予測通りと言っていいかもしれない。
『出来ればこの世から消し去って欲しい』
申し訳ない、私のお気に入りなので消し去ったりはしない。
ハンギングで縦に並べて吊るすと可愛いんだぞ。
でも紳士淑女のイメージを壊しかねないので世に送り出すことは止めておくわ。
後日アストハルア公爵夫人から公爵様を笑い転げさせた器が欲しい、お金ならいくらでも出す、という手紙がロディムに届き、それを持ってきたロディムからも売って欲しいと言われたけれど、提示された金額にうっかり渡しそうになったけれど、何となく後が怖いので非売品だと丁重にお断りした。
ちなみにククマット領では、ある日を境に軒先からプランターを吊るしたり壁から吊るすのが見られるようになり、次々とそれを真似る主婦や庭いじりが趣味の人たちによって一大ブームが巻き起こる。
そのブームはもちろん新しいもの好きなクノーマス家が見逃すはずもなく、既に完成された美しい庭園がさらなる進化を遂げる切っ掛けになり、そしてその進化によってベイフェルアから大陸中で富裕層の間で空間を最大限に活用するガーデニングが大流行。
中でもアストハルア公爵家とバミス法国のとある大富豪の公爵家が競うように庭園を進化させ、その庭園で行われるガーデンパーティーに呼ばれる事が富裕層のステータスになるほど。
その拘り、いや、やり過ぎだと思われる二家の張り合い? に愛すべき我らのおばちゃんトリオが関わっていた事を知る人は少ない。
「へへへっ、ジュリこれ見ておくれ! 素敵なプランターだろ!!」
「公爵家で品種改良した種を貰っちゃったよ」
「いやぁ、珍しいものを御土産にくれるんだよねぇ」
「何回も言うけど……相手にしてるのはどっちも公爵家だからね」
フィンの至極真っ当な言葉などトリオには届くはずもなく、そしてそんなことをいちいち気にする繊細さもない。
「私達の目の届かない所で問題起こしても責任取れないからね」
私のそんな言葉も、届くことはない。
「専属庭師たちから『お師匠』と呼ばれてるそうだからどちらの公爵家からもお咎めを受けるようなことはないだろう」
グレイから齎されたとんでもない情報にあ然とする私。いつから庭師になったんだ、それも恩恵なのか? という軽いパニックを起こす少し先の話は割愛。
「今更騷ぐことでもないのに」
ケイティがちょっと呆れた顔で呟いた。
「うちなんてとっくにジュリに部屋の模様替えしてもらってたわよ」
「ハンギングのこと言い出したのケイティだもんね」
わたし達の会話をよそにマイケルはハンモックでお昼寝中。
まったり部屋を作るきっかけになったケイティとマイケル、そしてジェイル君のプライベートルームのソファで私とケイティはのんびりワインを飲み、未だこの部屋の存在を知られていないことに安堵しながら周囲の大騒ぎを笑うのであった。
自分で書いておいてなんですが、室内にブランコとハンモックがあり、しかもごろ寝専用のベッドがあり、空間をフルに活用できるスペースがある部屋の広さって一体……と思いました(笑) 貴族なのでね、出来ますよ、という解釈でお願いいたします。
そして次回は3月14日、本編お休みしましてホワイトデースペシャルの更新となります。
本編お休みではありますが、本編に組み込むのが難しいと断念したネタとなっています。出てくるものはネットで検索出来ますので興味のある方は見てみるのも良いかと思います。




