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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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27 * 削って楽しもう

 翌日。

 この黒い泥を送ってきた貴族、中立派のとある伯爵家にまずはお礼の手紙を送ることにした。

「お気遣いありがとう、残念ながらほとんどが私の扱えない物でしたが面白い物がありましたので、今後それを取り扱っていければと思います、今後もどうぞよしなにぃ、的なお手紙お願いしてもいい?」

「分かりました、直ぐに書きますね」

 セティアさんに手紙を丸投げし、本日はキリアがお休みなので友人でありうちでアルバイトをしてくれているシーラとスレインにお手伝いを願い出て休日出勤してもらった。休日手当が出ると喜んでたので良しとする。キリアを呼んでもいいんだけどね……あの人家に持って帰ってやりだす可能性があるので。明日首が取れそうなほど肩をガクンガクンされるけど仕方ない。

「あー、なるほど。こうやって水に溶かすと下に余計なのが沈むのね」

「そうそう、更に上澄みにも細かいゴミが浮くから撹拌後数分放置して。それをいくつか用意してもらえる?」

「了解」

 シーラが黒い泥を小さなバケツに水を入れて溶かす作業をする傍ら、スレインはおっかなびっくりな手付きで薄い木の板に複数の塗料を塗りつける。

「ねえ、ホントに適当でいいの?」

「うん、適当に」

「そ、そう……」

 こういうの、案外ハルトにやらせたほうが良いかもと思ったりもする。


 私は二人の作業を見守りながら、絵筆について考える。万年筆をそのまま使ってもいいんだけど、筆先が高価なものなのでちゃんと専用のニードルペンがあるといい。

 先端は軽い金属で消耗しにくいものをライアスに見繕って貰い、持つ柄の部分はユージン君に持ちやすさ、馴染み具合を確認してもらいながら筆を扱う職人さんにお願いしよう。


「こうやって余計なものを取り除くと凄く滑らかなのね」

 スプーンで掬って落すシーラが興味深げに黒い泥を見ている。

「泥自体が滑らかだから温泉として結構人気が出たんじゃないかな? 後々聞いたら温泉の効能が含まれてるし泥パックとしても使われてるみたいよ」

「こんな黒い泥パック? これなら西の保養地にある泥パック出来る温泉のでいいわ」

 まあ、確かにクノーマス領の西に温泉地があってそこでも泥パックがあり、色は黄土色だからそっちを見慣れてる人にするとこの黒はちょっと抵抗あるかもしれない。

「しかしこれが温泉とは無関係の素材になるとはねぇ」

 しみじみとした口調で呟いてシーラはまた泥をスプーンで掬ってからトロリと落とした。

「ところでスレイン、って。あんた何だかんだと随分楽しそうにやってるじゃない」

「……楽しくなってきた」

 適当に塗るのにビクビクしていたスレインも、頼んだ枚数が終わる頃には筆の進みも早く色を選ぶ楽しさと塗る楽しさを感じ始めサクサクと作業をこなしていた。


 塗料が乾き、その上に黒い泥をなるべく均一になるよう塗って乾かす間にお茶休憩。

「これを画材として売り出すってこと?」

「それはいずれね。下地の多彩色と表面の黒い泥を版画のように均一に塗る技術が必ず必要だし、もう少し泥に粘性を持たせて板から剥がれるのを防止する素材も必要だと思う。その準備が整わない限りは画材としては売れないし、気軽に楽しめるものにもならないよね」

 スレインの質問にそう答えれば今度はシーラが首をかしげる。

「じゃあどうするの」

「領民講座で、一から自分で作る講座の一つにしようかな、と」


 考えていたのは、板の表面をヤスリでなめらかにするところからする講座。

 板の表面を仕上げ、その上を好きに色付け、そして黒い泥で覆い、そして最後にニードルペンで好きな絵を描く。

 これをそれぞれの段階に分ければ四〜五回コースの短期講座に出来ると思ったの。

 スクラッチアートがすぐ楽しめる状態からでもいいけれど、その場合完成した状態の板が必要になる。完成までの手間の多さからそれなりのお値段になってしまうし、講義回数も一回限りで終わってしまう。一回限りの講座は誰でも楽しめるようになるべく格安にしたいのでスクラッチアートはちょっと向いていない。

 ならばいっそのこと材料だけを用意して、自分達でスクラッチアート用の板を作ってしまえばいい。

 一回一回の工程は難しいものはないので、講義時間自体が短く済むし、簡単な工程ならば受講者数が多くてもこなせる。採算という面を考慮しても、講座を楽しんでもらうという面でも、何より最後の絵を描く工程以外はユージン君である必要はなく、うちの従業員や得意な人に任せてもいいわけで、かなり融通が利く。


「見本になる絵はユージン君がいくつか用意してくれれば、絵の具を使うものと違って指導そのものが必要ないかな、とも思ってる」

「確かに。ニードルペンっていうので削るだけだもんね? 絵の具の混ぜかたとか重ね塗りとか、そういう技法いらないもん、子供でも楽しめるわ」

 スレインは自分が塗った色のバランスに満足しているのか、それを見ながらウンウンと笑みを浮かべて頷いている。

「そういうこと。勿論凄く細かいデザインのものや絵を描きたい人はデッサンから習うといいけど、そこまで深掘りしなくていいかな。こういう芸術系のものってハマる人が勝手にどんどんその可能性を広げてくれるから私がわざわざ手を出さなくても大丈夫なわけ」














「商品化に漕ぎ着けたらニードルペンとスクラッチ板を数枚セットにしてうちで売り出したいところだ」

「そのためにも関係各所に相談はしないとね。取り敢えずは講座で様子見しながらね」

 シーラとスレインに手伝ってもらったスクラッチアート板は、数枚ユージン君の元に届け好きに描いて貰うことになった。

 残りは……一枚をローツさんとセティアさん二人に渡しただけでキリアが手元に置いている。私とグレイはその姿にただ苦笑。

「あたしを除け者にした代償」

 とのこと。

 好きにしてくださいと素直に渡した。

「しかし面白いな。一発勝負だが削った下からどんな色が出てくるのか楽しめる」

 ローツさんとセティアさんは向かいあって一枚のスクラッチアート板に先端が細い棒で文字を描いている。

「下書きが出来ないとなかなか勇気がいるかもしれませんね」

「私がいた世界では絵が苦手な人でも出来るようその上にうっすら線で絵が描かれているのが主流だったかな。後は……加工次第によるけど可能ならその多彩色の上に螺鈿もどきを貼り付けたホログラム風スクラッチアート板も作りたいと思ってて」

 そこまで言って、今でま一心不乱に黒泥を削って絵を描いていたキリアがこっちを睨むように見てきた。怖い。

「なにそれ、絶対に綺麗じゃん」

「うん綺麗よ勿論」

「直ぐに作ろうよ」

「無理。まず螺鈿もどきがニードルペンに耐えられないから強度も高めてくれる貼り付ける接着剤の選定なり開発からしないとね。それにどんなに薄いと言っても螺鈿もどきを貼る際にひびや厚みに僅かにムラが出来るはずだから段差が必ずニードルペンの引っかかりの原因になって、それだけで絵の失敗のリスクを高める。となると、螺鈿もどきを貼った上に透明な保護剤を塗ることになると思うけど、その上に黒泥がちゃんと乗ってくれるかどうかの問題もあるし。直ぐには絶対に無理」

「商長、何事も挑戦してみないと分からないじゃないですか」

「挑戦はするけど、他にもやることがあるし優先順位というものがあります、商長はそれを全うする責任があります」

「そういうことは副商長にお任せしたらどうでしょうか」

「時と場合によります」

「ちょっと商長は旦那様である副商長を甘やかし過ぎではないでしょうか」

「制作主任はその副商長を都合よく利用しようとしてませんでしょうか」

「……否定出来ない」

「否定しないんだ」

 このやり取りを聞いていて遠い目をしたグレイ。

「キリアが副商長でいい気がしてきたな」

 それは無理。経理とか絶対にしてくれないから。


 とにかく、黒い泥を含め材料が揃い次第、講座からこのスクラッチアートを世に広めていくことでまとまった。


「ん? セティア、それは何だ?」

「何って、見たままです」

「……熊か」

「狼です」

「……狼」

 スクラッチアート板を挟んでそんな会話をした二人。

 さっきまでとても綺麗な文字を書いていたセティアさん。ローツさんがかわいいお花や動物を描いているのを見て触発されたらしく、彼女も絵を描き始めていた。

 気になった私達は彼女の描いた絵を見た。

 ……ごめん、熊にも見えない。

 なんでしょうか、これは。

 本人は狼と言いましたが。

 あれ、ハルトに通ずるものを感じてしまった。

 若干、怖さを感じる。

 彼女はちょっと不満げに、そして首を傾げ頬に手をあてがった。

「どうしてそんな顔なんですか? 修道院にいた子どもたちよりは、良いですけれど」

「修道院の子供たちがお前の絵を見てどんな顔をしていたんだ」

「顔、というより怯えるんですよ」

「怯える」

「怖い! って。おねだりされるので描いていたのに。そのうち院長にも『セティアは別のことをしましょう』と言われてしまいました、何故でしょう?」

 あ、はい。ハルトの同類でした。

「……人それぞれ、得手不得手はある」

 旦那様がいい感じにまとめたけれど、奥様は納得してない顔しました。

 セティアさんの意外な面を知った。













 あの黒い泥に使い道が出来たと大変喜んで感謝している手紙が伯爵家から届いた。

 その中にはその使い道について詳しく知りたいので視察に伺いたいとも書かれていたのでこちらこそ是非お越しくださいと返信をした。


 しかし、世の中にはまだまだ未知の素材があると今回は嫌というほど実感したわ。

 魔物素材に限らず未だ使い途が無いからと捨てるどころか放置されたままの、誰にも見向きもされないものがそこら中にある気がする。

 スクラッチアートに使えると私が判断できたのはやっぱり地球で類似するものを見て、触って、使ったことがあるから。このアドバンテージは大きいと思う反面、どうしてこうもこの世界の人たちは『創意工夫』が苦手なんだろうとも思う。

 やっぱりそこには地球にはない、魔力や魔法というものが根付いて何よりも優先されて研究開発され続けていることが原因かもしれない。

 でも結局さ、その魔法だってその属性や用途を存分に発揮できなきゃ意味がない。どんな使い途があるのか、そこを突き詰めなきゃいけないのに、直ぐにその力を権力に繋げようと、利用しようとするために攻撃性の高いものばかりが開発されてきたらしい。それじゃあ、人の生活は豊かにはならないよね、だって攻撃性の高いものっていうことは、争い事に使われることを意味する。非生産的な目的に使われる。……見境なく色んなものを壊すだけじゃん? 減らすだけじゃん? そりゃ、確かにそれでどこかの国は繁栄するのかもしれないけど、その恩恵を授かれるのはごく一部の人。


 私は、()()()()()()にはなりたくないな、と思う。私が作るものは、馬鹿にされてもいい、役立たずだと笑われてもいい。人の命を奪ったり傷つけるものでなければそれでいい。たった一人でも、私の作ったもので笑顔になることが私にとっては有意義だ。

 まあ、そんなきれい事ばかりも言えなくなってきている現状もある。そういうのはうまく躱して誤魔化して、黒い泥みたいに黒い腹にならなきゃいけないこともあったりして、ふと『私ってハンドメイドしてるんだよね?』と疑問に思うことがあったりもするけど。


 仕方ない、それ込みで自分で選んだ道だ。


 旦那みたく腹黒くなってやろうじゃないの。


「私は腹黒いのか」

「え、黒くないと思ってた? グレイが黒くなかったら世の中の人はまっ白、いや透明よ」

「……」


 とにかく。


 泥に限らず、使えそうな格安素材はいつでも歓迎。でも明らかに使えないものはもう送ってこないで。心臓に悪いのよ、ホントに。






先日の感想に黒泥のさらなる使い道の提案を複数頂きまして、作者、自分に『発想力ねぇな!』とツッコミしました。スクラッチアートに気を取られていたというのもありますが、これを考えてる時視野が狭くなってたのかな、とちょっと反省です。

大変嬉しい感想です。そのうち作者様ご提案作品として登場するかもしれません。出してオッケー! という方、どんどんご提案はもちろん妄想なども下さいw 妄想はスペシャルなどで採用になるかもしれませんwww ただ、必ず後日出す、という補償はできません、それだけはご了承下さい……。


そして、作中では専用の筆をニードルペンとしていますが、現在はスクラッチペン、という名称が主流となっているようです。ニードルペンという言い方、ちょっと古い……? でも作者、ニードルペンという方が好きなので、そのままにしています。

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― 新着の感想 ―
 漆喰みたいには使えないのかねぇ。
[一言] セティアさんとハルト君で絵画バトルして欲しい お題複数出して二人に描かせて人たちにお題を当てさせて正解数が多い方が勝ちみたいな
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