27 * 名付けは侮るなかれ
ピタゴラ的知育玩具につまみ細工。その他諸々新作新色など……。
ちょっと最近飛ばし過ぎた感がいなめない私。グレイが『神力』ダダ漏れにさせるとか、それをテルムス公国とギルドが把握してるらしいとか、そこに何時でもネルビア首長国の大首長が首を突っ込む準備が出来てるとか、なんかこの国の強権派が大人しくて気持ち悪いとか、色々と本当に色々と考える羽目になったけれど。
「飛ばしすぎないって決めた気がする、いつだったか忘れたけど」
はた、とそんなことを思い出し呟いておりました。
うーん。
ものつくりを我慢、無理でございます (笑)。
ということでつまみ細工はもう普通に部門さっさと立ち上げちゃった。恩恵を授かった最近出産したばかりのカレンにはのちの部門長を任せることに既に決まっていたので稼働させちゃうねー、と言ったら。
「私の居ないところで話が進んでるぅ」
と滂沱の涙を流され大変困ったけれど同じく恩恵を授かったリコが笑顔で。
「産後で情緒不安定なんですかね?」
なんて言ってたのには流石の私もドン引き。
「誰が情緒不安定だ」
とカレンが真顔で返したあとリコと二人で普通に会話をしていたので、まあ、何とかなるかな、と。
ただ、このつまみ細工は作業自体は単調でありながら繊細なピンセット使いと微量な接着剤の適正量を一定に保ちながら接着する技術が要求されるため直ぐに即戦力となる人材が確保出来ないという問題があるので、カレンが復帰してくるまでは販売出来るレベルの作品はリコとごく一部の人しか作れない点を考慮して店頭には不定期に数量限定で並べることにした。
そしてピタゴラ的知育玩具はクノーマス侯爵家に版権を譲渡、安全性や機能性が確認でき次第先日オープンし大盛況の 《ゆりかご》と子供用品移動販売馬車の目玉商品の一つとして速やかに開発が進められることになった。これに関してはもう丸投げ。安全性については私に任せて貰うけど、それ以外はこれからどんどんアイデアを出して派生品を生み出すくらいに頑張って貰えればそれでいいかな。
もちろん第一号はクノーマス家待望の後継者として誕生したウェルガルト君の超高額ピタゴラ的知育玩具と決まっている。出来上がりが楽しみだぁ。
「名前」
「え?」
「『ピタゴラ的知育玩具』では格好が付かないだろう。なによりピタゴラの意味が誰も分からない」
……嫌な展開がやってきた。
「もうクノーマス家に版権を譲渡したんだからクノーマス家で考えてもらえば」
「こういう場合はジュリだろう」
「えーー!? 琉球ガラスのときはグレイが『虹ガラス』って名付けたじゃない、私が決めなきゃなんてルールないでしょ」
「あれは例外だ」
「例外ってほど名付けた回数は多くないからね!」
「回数など関係ない、ジュリならどう名付ける?」
「いやもう面倒くさいから!」
「ならば『シマダ積み木』になるが?」
「それは嫌!!」
私のかつての苗字を使いたがるグレイを黙らせるために緊急会議を開くことになったけれど、あまり意味がなかった。だってね、やっぱりね、『クノーマス』から皆が離れてくれないんだもん!!
そうやって名付けてたら全部クノーマスになるじゃんね。
だめだこりゃ、と諦め私は一人考える。
「知育……また英語とかその辺の言葉を使う?」
クリスタルガラス開発に成功したとき、『クリスタル』という言葉が『クリスタルを含むガラス』という意味に捉えられてしまうということが分かって、響きの良い神秘的な雰囲気を感じられる言葉として『シュイジン』を採用している。この意味を聞かれたら地球のとある国の言語で水晶のことを『シュイジン』と発音することを説明すればいいし、クリスタルガラスというちょっとこの世界では誤解されかねない言葉より馴染みやすく特別感があってしっくりくるな、と納得したことを思い出す。
「特別感があって、皆が納得する、しやすい名前ねぇ……ハードル高いわぁ」
ぼやきながらとりあえずそれらしい単語をツラツラと書き記してみるものの、どうにもしっくり来るものがない。
「そもそも、積木ではないんだよね……積み木からは離れたいなぁ」
そう、この知育玩具は積木というよりは組み立てるパズルに近いので積木と一括にするのは違う気がする。
ただ、玩具として楽しむ要素はかなり強めなものでもあることを考えると……。
「玩具……『Toy』かな。単純明快な単語は使いやすいしいいかも」
『トイ』という発音自体短くて使いやすいよね。
問題は『どんなトイ』なのか、というところ。
『知育』を他の言葉に置き換えるのもいいけれど、堅苦しくなるのは避けたい。
何よりこのピタゴラ的知育玩具はウェルガルト君の祝い品から考案したし、クノーマス家に既に版権を譲渡したものなのである程度はクノーマス家を連想させるものにしたい。
……だめだ、そうなると『結局そうなるじゃん』とキリアに言われる名前になってしまう。
「クノーマス、侯爵家、ウェルガルト君」
『侯爵』は英語で『marquesses』。
発音しやすい最初をさらに崩して『マーク』とすると言いやすい。
これから販売される玩具の版権を持つのは全て侯爵家なんだから『マーク・トイ』、侯爵家の玩具という意味を持たせてもいいかもしれない。
そしてピタゴラ的知育玩具はウェルガルト君のために作られる。
ならばそこにその名前を組み込んだらどうだろう。
「『マーク・トイ:ルート』か……」
まずは侯爵と玩具を地球の言葉に置き換えて発音しやすくした説明をする。そして『ルート』はウェルガルト君の幼名や愛称として使われるひとつ。そして球が溝に沿って進むことから道順を意味する『route』と発音が似ているのでそこに掛けたことも説明した。
「今後は知育玩具もそれぞれが呼びやすい名前を自然と皆が付けるだろうし言いやすい言葉に置き換えていくことも想定されるよね。その中でピタゴラ的知育玩具はウェルガルト君の誕生に合わせて作られた初めてのものでしょ、その特別感を残してあげたいと思ったの。本人が大人になったとき恥ずかしい思いをするかもしれないことは考慮してないけどね」
「はははっ、確かに恥ずかしいと思う時期はありそうだ」
グレイがおもしろそうに笑った。
「だが、いいんじゃないかな。『マーク・トイ』か。……移動販売馬車で玩具を売る、その時の看板にそれが掲げられ、人の目に触れ、自然と認知され定着する。侯爵家の手掛けた、縁ある玩具として」
「それって大事なことよね。覚えやすいって何かを定着させるのに重要な要素だと思うから。もしこれがシリーズ化できるなら、『ルート・シリーズ』としたらどうかなってエイジェリン様たちに提案しようと思うけど、どう?」
「喜ぶよ、兄上たちなら」
グレイがそう言ってくれたのでホッとして、実際にエイジェリン様とルリアナ様からはウェルガルト君へのとても素敵なプレゼントになると喜んでもらえたので私も大満足。
ついでにワーム様の砂と格闘中であり領民講座の絵画教室の先生として試行錯誤しながら奮闘中のユージン君に『ロゴ』の制作依頼を出してみた。
「ロゴ、ですか。どういうものか伺っても?」
「紋章のようなものと思ってくれていいよ。それをみれば一目で『マーク・トイ』と分かるようにするの。ただし、紋章のような細部まで拘ったものじやなく、凄く単純なものがいい。子供でも分かりやすく、お年寄りでも見やすいもの。焼印で簡単に模様が出せるという条件も付けたいところね」
「なるほど……」
「暇なときでいいよ、急ぎじゃないし必ず必要ってわけでもないし」
「いえ、勉強になりますからぜひやらせてください」
「そう? じゃあ正式な依頼としてお願いしよっかな。エイジェリン様たちにも見てもらって皆で選ぶのもいいから複数考えてくれると助かる」
「分かりました」
と、その時。
「ユージン」
「うわ! ロディム君!!」
インテリイケメンが青筋を立てて迫ってきた。怖いぞ。
「……今日は私と勉強会の日だろう、なぜ来ない」
「え、あ、いや、ジュリさんに呼ばれて!! これから向かおうと思ってた所だよ!!」
「遅れるという連絡が来ていないが」
「慌てて来ちゃったからね! ほら、大事な用だと困るし!」
「ほう?……誰にも言伝の一つも出来なかったと? 領民講座館に行って聞いて回ったが、誰一人としてここに来ると知らなかったようだが?」
この様子だと、どうやらユージン君はロディムから逃げていたらしい。
いくら伯爵の家督を弟に譲ると決まっていても伯爵家の長男だし、高い身分の人が来た場合ルリアナ様、ローツさんが不在時はグレイが行くまでその場の対応が出来るのはユージン君になる可能性があるため、ロディムは彼に定期的に礼儀作法や慣例などを復習させるだけでなく追加で教えている。
完璧主義というか、そういう風に育てられたせいというか、ロディムは妥協を許さないようで毎回二時間ほどのロディム直々の講義の後のユージン君は魂が抜けたような状態を目撃されている。
「ジュリさん、この件に関しては口出ししないでください。ユージンのためです、今後芸術家として大成したとしても貴族は絶対に切り離せませんから。最低限のことは寝てても出来るようになってもらわなくてはなりません。まして伯爵家の長男です、ご家族が寛大な心で許したとしても周りが許すとは限りません、ご家族の支援を無駄にさせないためにも伯爵家に恥をかかせないようにしなければ。といいますか私が出資者の時点でこの男の言動が私にも影響を及ぼすこともあります。なので叩き込めることは叩き込みます」
うわ、ロディムが本気だ。ユージン君がこっち見てるよ、『助けて!』って目をしてるよ。
「……うん、まあ、そこは二人で話し合って」
「ありがとうございます。ということで行くぞ」
「そんなぁぁぁ……」
強制連行されるユージン君に、手を振っておく。
がんばれ!!
「いいコンビだな」
「そう、いいコンビなの」
ロディムが案外面倒見がいいと最近分かってきた話をしつつ、ロゴについての話もしておく。
「うちでは作らないのか?」
「そのうちね。今は名前を徹底して周知させることに重きを置いておきたいから。それに商品全てにロゴを入れられる訳でもないし、その手間の分価格にも影響しかねないでしょ」
「そうだな、焼印できるものは限られるし、物によっては見栄えを考慮して入れない方がいいこともあるしな」
「うん、レターセットやメッセージカードはそうだよね、入ってない方が使いやすいと思うのよ。それに布地製品だと現状刺繍になると思う。スタンプでもいいけど、落ちにくい塗料もいずれは洗濯や使用が重なることで滲んだりぼやけたりするからあまり使いたくないし」
ロゴについては度々頭の中で必要かな? と考える機会もあったけれどそういう理由で今のところ作るに至っていない。
なのでその辺はいずれ必要になったときでいいんじゃないか、なんて話にまとまりかけたその時。
侯爵家から使いの方がやってきた。
定期的に届く手紙の束持ってきた。
「ん?」
しかし、今日は束ではない。
山だ。
「え、なんで?」
あれ? 最近の『割増しでいいので早く作って』の催促の手紙は全部一応確認後、まとめて捨てようとしたのを阻止されたのでセティアさんがお断りの手紙なり『ちょっと待ってろ』的な手紙を書いて出してくれたので落着いてたはず。
「なんで、山?」
一枚ピラリと開き、手紙に目を通したグレイ。
「あー……」
すっごい微妙な反応!!
「え、なに、怖いんだけど?」
「名前」
「へ?」
「自慢の商品に、素敵な名前を付けて欲しいそうだ」
「……出来るかぁ!」
私の叫びにグレイが遠い目をした。
とりあえず手紙はグレイが確認しつつ、中身が名付けを希望するものはその場で暖炉に迷わず焚べた。
「もう少し躊躇いというものを持ってほしいのだが」
「その手の手紙に対する躊躇いは私の中にはない」
私のふてぶてしい態度に無言を貫くグレイ。
そして。
後日、『マーク・トイ』の『ルート』が完成し侯爵家に届けられたと連絡をもらったので見に行った。
「これはこっちだろう」
「じゃあこれはここですわね」
「このカラクリはここでいいだろうか?」
「ここに組み込むのもよさそうですよ」
侯爵様、シルフィ様、エイジェリン様、ルリアナ様が大量のパーツに囲まれ巨大な『ルート』タワーを制作していた。
超高級な星空珊瑚の球が連続で転がされ、カラカラコロコロと軽快な音を立てて進んで行く様を真剣に観察する四人の大人は、なんだか私達と会話すらするのも惜しい感じでハマっていたので、挨拶だけして私達は帰路につくことになった。
「……あれ? 私ウェルガルト君のために作ったよね?」
「ああ、そうだな」
「……」
「……」
……。
素敵な知育玩具だったことは確か!!
職人さんたちよありがとう!!
大人も楽しめ、存分に!!
毎回名付けに四苦八苦しております。




