3 * 休息にイケメン貴族は不要
本日一話更新です
ぼおっとする。
シルフィ様の言葉に、そっかぁ休んでいいんだぁ。と、思ったら急に脱力した。肩の力が抜けて、張り詰めていた糸がプッツンと切れて、妙に体が柔らかくなった気がしたのよ。
そしたらぼおっとして。
のほほーん、というのが正しい?
とにかく、頭が平和になったわ (笑)。
凄い立場の凄い女性に言われて、説得力があったのかしらね?
(そっかぁ、私凄いことをしてるのかぁ)
って妙に納得して。
自信を持っていいって色んな人に言われてきたけど、何故かシルフィ様の口から聞いたら心にズシンときた。
とても響いた。
はー……平和だぁ。
休むって、素晴らしい。
頭がのほほーん、としてるけど、スッキリして軽い。シルフィ様の着けているブレスレットのルビーがとても綺麗で、『レッドスライム様が手に入ったら……』と、色々アイデアが浮かんでくる。
手当たり次第に作品を作っていると、こんな風にアイデアが浮かんで来ない。ただひたすらに丁寧に、正確に、仕上げることに集中していて体はその緊張感に支配される。元々私は集中すると他の事が目に入らないから、仕方ないんだけどね。
でも改めて、こうしてザ・休息ってことをしていると、自分で自分を集中する環境に追い込んでいたとこに気づく。
あ、爪がちょっと欠けてる。指先はかさついてる。全然気づかなかったなぁ。これだと作品作りに影響しちゃうわ。鏡は毎日見てるけど、自分のことだからきっと都合よく『大丈夫』って決めつけて、目の下のクマとか見逃してるのかもしれない。自分の事を管理出来なくなったらものつくりをする人間としてはちょっと信用落ちそうだね。ダメだね、もう少し自分を客観的に見ないと。
休息、大事ね、ホント。
グレイセル様がここに連れて来てくれたことで私は休息出来て、得るものがあった。
シルフィ様とお話して、気持ちが軽くなった。
「……はぁ」
「どうしたの?」
「ナンデモゴザイマセン」
顔を手で覆って、つい大きなため息をついてしまった。片言になるわぁ。
だってねぇ、イケメン貴族はどうしてこうも私の心を掻き乱すのよ?
あの人の優しさは、毒よ、毒。今の私には。
休息したら明日からまた馬車馬のように働くつもりなのよ、一人ブラック企業にはならないよう注意しながら働くのよ、なのに『今度は何をしてくれるの?』って期待しちゃうのよ。
「最近、悩みがありまして」
「あら!! それはいけないわ、相談にのってあげるわ、話してごらんなさい」
「イケメン貴族が、私をおかしな方向へ堕落させようとするので困るんです」
「……それは、大変ね」
「はい、切実な問題です。作品作りに影響しそうです」
「排除しましょう、徹底的に」
「お願いします、せめて作品作りが軌道に乗るまでは」
「そのあとは?」
「要相談、ということで改めて相談するかと思います」
「そうね、そうしましょう。ちなみに、そのイケメン貴族は抑え込むのに骨が折れるのだけど?」
「シルフィ様オリジナルのチャームなどどうでしょう? スライム様は固める際の時間のずらし方で綺麗なグラデーションに出来ることが分かって来ました、成功したらそれでシルフィ様だけのために扇子やバッグにつけられるチャームを作ります、それと同じグラデーションでハーバリウムもやってみます」
「一週間、いえ、十日、なんとかしてみせるわ。その間にあなたは好きにしてちょうだい」
「ありがとうございます、お願いします」
そんなやり取りをしたら、沈黙が。
「……ねえジュリ、そのイケメン貴族とはどういう関係か聞いても?」
ですよねー。
聞かれますよねー。
分かってて言いましたから。
「不明です。私がよくわかりません。ただ、ほぼ毎日います、近くに。自警団どうしてるの?! とは怖くて聞けませんね」
「自警団は別に問題ないわよ? ……そう、不明なのね? それは、なんというか、女としては由々しき問題だわ」
こんなこと話してるから恥ずかしくて顔から手を離せないわよ。隣では真剣に相談に乗って下さってくれてるからありがたいけど。
「母上」
あ、イケメン貴族の声がする。
「あらなあに?」
「せっかくの休息にジュリにレースの修復をお願いしたあげく、何か困らせてるようですが?」
「嫌ねぇ、相談に乗って上げてただけよぉ」
「相談? ジュリ、何か問題が?」
「……ええ、まぁ、問題というより厄介事が」
「ならば私に」
「それは無理ですね、絶対に無理。グレイセル様には相談したくないです」
「そうねぇ、無理ねぇ、グレイセルには無理」
「は?」
「「無理です」」
あ、シルフィ様とハモった。グレイセル様、固まってるっぽい。
あのあと、グレイセル様の圧が凄かったけど、当然相談できる内容じゃなかったのでスルーしておいた。
そして誤魔化す訳じゃないけど、シルフィ様のブレスレットを見て何となく新しいデザインが頭に浮かんでいたからそれを描き起こしておきたかったから、シルフィ様と談笑しつつ、デザインを説明しながら描いていく。
気づけば、シルフィ様にこんなものがあったらいいなとか、こういうものに挑戦したいとか、私が一方的に話していた。シルフィ様はそれを頷いて聞いて、質問してきたりするだけに。
「すみません! 一人で喋ってしまいました。どうにも夢中になるといつも」
「いいじゃない、あなたの話は楽しいわ。それに今はあなたの休息の時間なんだから、好きにしたらいいのよ、それで気持ちが晴れるなら、体調が整ってくれるなら、休息として最高じゃないかしら?」
休息に、《ハンドメイド》の話をしてばかり。でも、それでいいのが私。今の私には楽しく話せることが休息だ。
気持ちも心も、一度ほぐれて、柔らかくなって軽くなることで、この後また頑張ろうと思える。
確かに私には休息が必要だった。
別に一人ブラック企業しててもいいんだけどね、充実してるから。
でも良いデザインが生まれたらそんな思いも少し変化するもので、またゆっくりデザインのために時間を取ろうと考えてみたり出来る。
「今日はありがとうございました、楽しかったです」
「そう、それは良かったわ。ルリアナもいれば良かったけど、今日はエイジェリンと知人の家を訪ねているから」
「今度はルリアナ様がいるとき、また休息しに伺います」
「ぜひそうして。私も待ってるわ」
「はい」
美味しい美味しいとたらふく食べたお菓子を更にお土産に貰い、ホクホクの私。明日のおやつゲットよ、心の潤いよ、甘いものは。
「あ、シルフィ様は色付きスライム様ならどの色が好きですか?」
「赤ね。ルビーやガーネットにはない鮮やかなあの赤がとてもいいわ」
「じゃあ、例のものはレッドスライム様が入手出来たら作りますね」
「うふふ、お願いね」
「例の、とは?」
「相談料ですよ、シルフィ様に試作で上手くいったら差し上げる事にしてまして」
「相談料、ねぇ……」
不服そうだ、グレイセル様がとっても不服そうだ。でもごめんなさーい、あなたには話せませんのでスルーしてくださーい。
「グレイセル様、ありがとうございました。いい休息になりました」
「ジュリがそれでいいなら何も言うことはないよ」
「良いデザインが浮かびました、明日早速作品作りの合間にちょっと試作してみます」
「まぁ、無理だけはしないように」
「はい」
只今侯爵家の馬車に揺られて帰宅中。
なんだけど。
隣にいる。
隣に座ってる。
イケメン貴族が。
普通正面じゃね? というツッコミをすべきかどうか、迷う。迷って止めておく。藪から蛇が出てきそう、しかも大蛇。
馬車の揺れで、時々腕がぶつかって、非常に緊張するのよ。
自意識過剰? そう言われてもいいよ!!
だってこのイケメン貴族ってば、ガタン! と大きく揺れた時
「大丈夫か?」
って、肩を抱いてきた。
サラッと流れるようにね!
「ありがとうございます、大丈夫です」
って、余裕ぶって笑顔で対応したわよ、おかげで笑顔で『そうか』って肩を離してもらえたわよ。
……困ったことに、安心する手をしてる。
包むような優しい手。
離されて、ちょっと勿体無いなんて思っちゃったわよ。
「グレイセル様に質問なんですが」
「どうぞ? なんでも答えるよ」
「グレイセル様って女たらしですか?」
「……」
「……」
「……」
「えっと、答えてくれるんですよね?」
「いや、ちょっと待ってくれ、その質問をされる理由が全くわからない」
「そうですか?」
「そうですかって……」
「女たらしですよね?」
「誉められてる? それ」
「私的には誉めてます」
「……あんまり、嬉しくないんだが」
誉めてるわよ、だって手の動きとか慣れてるもん、違和感ないもん、この歳になると慣れてる男の手って安心感があっていいもん。
言わないけど。
「そもそもなぜそんなことを」
「んー、グレイセル様、だからですかね?」
「理由になってない」
「そんなことないですよ、見てるとそうなのか? と思う仕草や言動が多いので」
「……誉められてない、絶対に誉められてない」
「誉めてますけど……」
納得しない、難しい顔をし始めたグレイセル様がこのあと私の肩に手を回すことはなかった。
私の冷静な心が守られた。
ひとつ教訓ができたわ。
イケメン貴族と休息を共に過ごしてはいけない。
なぜなら。
休息なのに、緊張させられる。悩まされる。一喜一憂させられる。
よし。
次の休息は直接シルフィ様に連絡しよう。




