27 * セティアの手帳
27章開始です。
紙がお高めのこの世界。
日本で当たり前に使っていた紙製品が、如何に多くそして便利だったかと嫌というほど思い知らされて結構な月日が経ったなぁなんて感慨深い思いに耽ったせいか、急に欲しくなったものがある。
「やっぱ秘書には欠かせないよね!」
「え?」
「セティアさん手帳欲しくない?」
「……」
「……」
「てちょう、とは?」
「あ、そっからか」
ということで手帳作りました。秘書セティア専用手帳です。
「僕、いつも思うんだけどジュリはどうして思いつきで作るとき僕らに確認してくれないんだろう」
マイケルが完成したセティアさんの手帳を手に、私に恐い、恐すぎる笑顔を向けてくる……。
「一つ作るより複数作ったほうが安くつくのに、あとから必ずほしい人が出てくるのに何でだろうね」
これはあれだ、マイケルがとっても欲しがってるパターンだ。
「あー、ごめんね、基本的に作る時私は後先考えてないから」
言い訳にもならない事を言えば、勿論聞き流されてマイケルがさらに笑顔を深めた。
うん、恐怖!!
日本にいた頃はコピー用紙含め、当たり前に使っていた薄い紙。如何に素晴らしいものだったか。
こちらも製紙技術はハルトの無茶振りでロビエラム国が品質向上のため研究・改良を推し進めており、ロビエラム産の紙はだいぶ薄くなり、なめらかになってきている。それを 《ハンドメイド・ジュリ》ではコネをフル活用して入手して使用できているけれど、ハルトも言う。まだまだ遠く及ばない、と。
なので、それをノートや手帳にすると、数十枚であっという間に厚みが二センチ以上になってしまうのでノートや冊子にするにはちょっと大変。
そのため、かつてライアスにお願いして開発してもらった穴あけパンチが大活躍してるんだけどね。
そうそう、穴あけパンチ。
ロディムが初めて使った瞬間、その感触に感動してかつてグレイとローツさんが無心で使用済みの紙をカションカションしたときのように一心不乱にカションカションし始めて。一頻り紙に小さな穴を量産したあと。
「版権、買います」
とだけ言ってギルドに直行するという事があったのよね。
で、後日アストハルア家お抱えの金属加工工房で生産し販売が決定、職人不足でなかなかそちらまで手が回っていなかったククマット領とクノーマス領はアストハルア家を通して穴あけパンチを格安で優先して購入する契約までいった。
文房具としてまだまだその使い道が広まらない、そして紙が未発達故に穴あけパンチは今ひとつ注目を浴びていないけれど、この先を見据えて即座に動けるロディムには感謝。そのうち文房具は紙の品質向上と共にどんどんその市場を広げて行くはずだからね、楽しみな分野よ。
因みに、公爵夫人が穴あけパンチのあの感触を非常にお気に召したとかで、初めて使った日は無言で夜中まで紙に穴を量産していたとのこと。
話がそれたので戻さないと。
紙の厚みに難があるため、かつての世界に無数に存在していた様々なシステム手帳の開発は最初から断念した。
そこでまず行ったのは機能の絞り込み。
というかね、手帳という形にするには極限までそぎおとす、いや、最低限のものだけしか入れられなかった。
まず、三百六十五日毎日のスケジュールを一度に容れることは不可能だった。
それで考えたのは、二ヶ月に絞り込みスケジュール表を作ること。
見開き二ページに、一ヶ月のカレンダー。そして一ページに二日のスケジュールが書き込めるようにして、二ヶ月分のスケジュールの枚数そのものを抑えた。
印刷技術も未発達なので枠線、罫線、そして数字の入らない月と日が記載されている物にした。そして印刷は高く付くので専用のスタンプを作り、捺してもらうことに。日付を都度記入する手間はあるけれど、スタンプでスケジュール表を量産する手間もかかるけど、致し方ない。
他に、自由に書き込みが出来る罫線のみのメモ用紙を三十枚。急ぎ聞き取り書くことがあればまずそこにメモして後から清書出来るし、スケジュールに書き込めない先のことをそこに残しておくことも出来るので。
そしていつでも記入出来るように、鉛筆 (ボールペンなど便利なものがないので)を差し込んでおける箇所があるのと、紙の取替が出来るようにリング式バインダーになっている。ライアスに開発してもらったの、ライアス万歳、かっこいいぜ!
機能としてはこんな感じ。
後はカバーですよ。
革製に拘り、キャメル色にして、糸を濃紺にしてアクセントにした。留め具には濃紺の綺麗な魔石があったのでそれをオーバル型に加工してもらい付けた。
もっと可愛い色でもいいかなぁと悩んだけど、秘書ですから、出来る大人なイメージ目指してこうなりました。
完成した、秘書セティア専用手帳を見てもの言いたげな顔をしたのが二人。
グレイとローツさん。
この二人には元々手帳を持たせていたの。
メモ帳だけのやつ、ゴメン、それは単なるメモ帳だ (笑)。元の世界でも手帳売り場で価格が安い、留め具もなにもないノートタイプのあんまりオススメされてる感がない、あれよりも簡素。
革製品が増え始めたころにカバー付で作ってあげたの。
作ってあげたまま、そのまま放置してた。
いや、だって、ほら……。
面倒臭い……。
勝手にスケジュール表的なのを書き込んで活用してたからそれでいいじゃん?
厳つい大きめな字を書くんだから枠線いらないじゃん?
進化させる、改良の必要、ないじゃん。
グレイとローツさん、そしてマイケルが並んだ。そこに砂絵用のワーム様の砂が届いたのを受け取りに来た駆けだしの芸術家ユージンとその保護者的な役割になりつつあるロディムまで一緒に並んだ。
「……」
その異様な空気に、手帳を両手で抱えてジリッと下がったセティアさん。
「……差し上げませんよ」
そしたら男共の視線がこっちに来た!!
「面倒臭い!!」
叫んでしまった。
なんかぶつぶつ言ってるよ、男共が。『どうしていつも……』とか『そんな気がした』とか。
あー、もー、ホント面倒臭いなぁ!!
「はいどうぞ!!」
どん、とテーブルに箱を置く私。今の流れで中身が何か察した男たちはワラワラと集まってくる。
「セティアさん用に色々組み合わせ考えて試作したものだから淡い色とか明るい色しかないよ」
革製品の加工をお願いしている工房には、デザイン画だけでは把握出来ない実物の色の感じを確かめるためにいくつか試作をお願いしてた。勿論中身は頑張って各自スタンプを捺しまくれ。
淡い色、明るい色と言っても上品さを無くしたくはなかったのでベージュやモスグリーンの濃淡の違いや、濃いめの青、ワインレッドに近い赤といった革、そして縫い糸を使用しているので男の人でも持てると思う。
「黒や濃紺はないんだ?」
マイケルの質問。
「ないよ、セティアさん用に考えたから」
「……留め具の革ベルト、石なしはないんだな」
ローツさんの疑問。
「ないよ、セティアさん用に考えたから」
「……」
グレイ、その目はなんだ。
「……『男性向け』は」
「そのうちね」
そもそもの話、何度でも言います。
『男性用小物』という括りで物を作ろうとすると私手が止まるんですよ、そういう制限最初から設けられちゃうとテンション上がらないんですよ。あと女性からクレームくる。
それにね、全く作ってない訳じゃない。グレイのものを考えるのは楽しいことなので、その流れで時々男性が好みそうな色、大きさ、デザインがちゃんと生まれているんです。
可愛いもの作ってるとテンション上がってる率が高いんです、その勢いで偶にグレイのもの以外でも男性向けも生み出されるんです。
要するに、放っといてくれれば偶にいい感じのつくるから。
ホント、ほっとけ。
そしてこの妙なざわつきに珍しく参加しない男が。
ハルト。
「ここまで試作用意したならキリアあたりがテンションアゲアゲで他のデザイン考えそうじゃん? そうなるとさ、確実に商品化に向けて動くことになるからそう時間はかからずに黒とか紺色とかも出てきそう」
「ああ、確かに」
妙に納得。
「任せて!」
で、実際にそうなる。
「仕入れ可能な革と糸のサンプルありったけ持ってきて!!」
命令されたのは。
……あなた、誰。
「アストハルア家のスパイであたしの護衛担当責任者。ちなみに名前は知らない」
キリア、サラッと言うけども。ロディムを見たら視線を逸しやがった、どういうことだ。
「ただ黙ってあたしの周りでウロチョロされるのも気持ち悪いじゃない、だからちょっと暇なとき手伝えること手伝ってって言ってみたら了承された」
「それもうスパイじゃないよ、護衛じゃないよ、単なる助手」
「賄賂渡してあるから問題ないよ」
「いつから賄賂なんてことを」
「あんたの影響」
「ああ……」
言い返せない。スパイ兼護衛兼助手のその人はキリアが自宅で気ままに作っているランプシェードや貯金箱、アクセサリー等を賄賂として受け取っているとのこと。そのキリアの自宅生産品、一点物が多いので高く売れるんだけどなぁ……。欲しいって人多いんだけどなぁ……。グレイもそれ見たかったって呟いたじゃん。
私とグレイの、経営者としてのボヤきなどキリアには響かず (笑)。
でもこんな彼女のこういう時は絶好調の証。
「黒革でもさ、糸を鮮やかな赤とかにしたらかっこ良くない? ベルトに付ける飾りもいぶし銀とかタイガーアイ系の落ち着いた色味の石なら渋くていいよ。無いのもシンプルで素敵だけど 《ハンドメイド・ジュリ》なら一工夫してこそだもんね。大きさもさ、大中小とあれば手の大きさに合わせたり用途に合わせたり出来るようになるんじゃ? あ! 罫線とかのスタンプもインクの色を変えるだけで大分印象変わるよね?! 」
こんな感じで私が無理にお願いしたり丸投げせずとも進めてくれるから大変有難い。
彼女のそんなテンションに驚きもせず黙ってサンプルを彼女の前に並べるスパイさん、ご苦労さま。
何れ然るべき時期に、手帳は一気に広まり浸透すると思っている。
それは勿論紙と印刷技術の開発が進み、価格が下がり、身近なものになったときで、それに合わせて文房具ももっと多種多様に出回ることに期待を寄せる。
慣れてしまえばこういうものだと受け入れている自分がいるけれど、やっぱりどうしても不便さを感じることは多くて時々かつての便利で恵まれた環境が恋しくなる。
【技術と知識】
私が持っているという力は、目の前ですぐに証明出来るのものではなく、必ず物として形にしてから人の目に触れなければならない。
「ジュリさんが使っていた手帳はもっと便利だったのですか?」
「うん、日付も曜日も全て印刷されていたし、休日や国の祝日も、地図とかお役立ち情報も記載されてたね。というか、召喚される前から紙以外も普及しつつあったよ」
「えっ」
「私は紙派だったけど、荷物を少なくすることが可能だから紙じゃない、離れた人と会話したりメッセージを送ることが出来る物に機能の一つとして入っているスケジュール帳を使ってる人もかなり多かったよ。それがあれば調べ物も簡単に出来ちゃうし、凄く便利なものだったから」
「そんなものがあったのですか……想像出来ません」
とても驚いた顔をするセティアさん。それでも彼の女はフッと優しげに微笑んだ。
「でも、私はこれがいいです」
手帳を大事そうに抱える。
「これでも私からすれば画期的なものですよ。日々の予定が手元で確認出来る、書き込める、カレンダーはあるのにこんな便利なものをどうして今まで考えつかなかったのかと悔やまれるくらいに」
「そう? 使う人にそう言ってもらえると作った甲斐が有るね」
即効性のない私の力。微々たるもので弱くて、成果が目に写りにくい。
でもこうして笑顔を見れると思う。
やっぱり作って良かった、と。
やっぱり私は物を作ってなんぼのもんだ、と。
こういうことの積み重ねが、私のものつくりの糧となる。
うん、作ってよかった。
ほっこりした顔してそんなことを考えてたら。
男共のジャンケン大会が始まった。どうやら順番に手帳を選ぶためらしい。
「ジュリ一個もらうね! 運んでくれてありがとー。これあげる。試作と言ってもちゃんとしたものだから使えるよ」
「いつもありがとうございます、遠慮なく頂戴します」
男共のジャンケンなどガン無視でキリアは箱から手帳を取り出してスパイさんに一冊渡していた。ベージュにダークブラウンの糸で留め具にはトパーズ色の石。マイケルが狙っていたものらしく、そのやり取りを見てショックを受けていた。そしてキリアにそのことについて抗議しようにも、後日開発されるであろう手帳を売ってもらえないという制裁を受ける可能性があることを知っているマイケルは、ただただ残念そうに項垂れていた。
「キリアを敵に回すのは得策ではないからな」
グレイがいい事言ったよう顔してるけど、この状況自体色々とツッコミどころがあると思う。それに慣れてきたことに、ショックを受けつつ、男共やキリアとスパイさんから目をそらしておく。
セティアさん、あなただけが癒やしだわ。
「キリアは手帳いらないの?」
「え、あたし必要?」
「私と同じくらいスケジュールびっちりだけど?」
「毎朝ロビンに確認してるから特に問題ないんだけど」
……私と同じ人がここにもいた。
次回2月14日更新分はバレンタインデースペシャルとなります。本編はお休みとさせて頂きます。
※先日予約日時ミスで2話投稿してしまったズレが本来次回のスペシャルと共に更新予定分でしたので調整しました。




