26 * マイケル、のんびり語る
今回はマイケルさんが語ります。
文字数多め。
「バカヤロー! 氷じゃねぇか!」
「違う、雪を圧縮しただけだ」
「これ凶器ですよ!!」
「当たると怪我するぞ!!」
「鬼畜! やっぱり鬼畜だ!!」
怒号に似た声が飛び交うのは、ククマット領の外側、開発地区のまだ何もない土地。
ハルト、グレイセル、ロディム、そしてローツとカイが、雪合戦をしている。いや、どうやら雪を力の限り圧縮することで氷のようになっているみたいだから、氷合戦らしい。普通に危ない。
そもそもこの五人がこんなことをすると、周辺の地形が変形する恐れがあるので、僕は参戦していない。怒られるから。
「死人がでなきゃとりあえずは許す」
「とりあえず、ねぇ」
含みのある言い方をしたジュリにそう返せば彼女はため息を盛大に吐き出した。
「後でがっつり説教するから」
だと思った。
「ただ、言い出しっぺが私だからね、説教は短めにするわ」
大の大人が真剣に雪合戦をしている理由はジュリの提案が原因だ。
「遊ぶのも仕事、うちの場合わりとマジだったりするわけよ」
ロディムに色々経験してもらうため、らしい。
いや、だとしてもあの危険な氷合戦はどうかと思うよ。
「だからあのメンバーなら死人がでなきゃ問題なし。リンファ印のポーション買い付けしてあるから大丈夫、全員体丈夫でしょ」
「んー、まあ、確かにそうだけど」
「ロディムどうだった?」
「最初はオロオロしてたね、一番歳下だし、ハルトに『真剣に遊ぶぞ!』って言われて意味が分からない顔してた」
「あはははっ! それは見たかったかも!!」
小さな珠が溝や穴を通ってゴールを目指す知育玩具の図面おこしをするジュリ。
今日は店の二階でサンプルとしてカットされた木材を並べて積み重ねたり並べたりしながらのんびりと過ごしている。今日は 《ハンドメイド・ジュリ》の定休日、一階は誰もおらず静まり返っている。暖炉のパチパチと薪がはぜる音が心地よい。家でやればいいのにと言えば、彼女の側で黙って魔法の古い本を読んでいたリンファが顔を向けてきた。
「私もそう言ったのよ? そしたらジュリってば今日はここで仕事したい気分だからって」
「だってどうぜ雪合戦に満足したらグレイが四人を呼んでお風呂貸してそのあと飲み会まっしぐらよ、落ち着いて図面なんて起こせないってば」
背伸びをし筆を置くとジュリは背もたれに体を任せた。
「休みの日くらい仕事から離れなさいよ」
「そのつもりだったけど、やりたくなっちゃったものはしょうがないじゃん?」
戯けるジュリに対しリンファは呆れている。
ま、ジュリが楽しいならいいんじゃないかな。
「それにしてもロディムを随分可愛がってるね?」
僕のその問いに困る様子もなくジュリが素直に頷く。
「だね、私もその自覚あるよ」
「どうして?」
リンファも興味を持ったらしい。
「あの子、恩恵授かるはずだから、いや、もう授かったかな?」
僕とリンファは驚いた。
「え、どういこと?」
「その言い方、まだ授かってはいない? でも確信があるってこと?」
「直感ね、見てみないことには分からないけど」
元々、ロディムは物作りに興味があるらしい。幼い頃から父親のアストハルア公爵の魔導具や魔石の研究の場に連れて行って貰ってはそれを見るのがとても好きだった事を話してくれたそうだ。
「そんな話を何度かしたわけ。その度にもしかして、って思ってたんだけど……決定打はキリアと一緒にマリ石鹸店に言った時の話を聞かされて、ああロディムは私の恩恵を授かるなって確信した」
「何があったの?」
「見学に行かせたんだけど、ホリーさんがやりたそうにしてるロディムにアイスボックスクッキー風の組み立てやってみませんか、って声をかけてくれたんだって。キリアもやってみなよ、って後押ししてくれたこともあって見様見真似でやったら出来ちゃったってこと」
ホリーさんが細長くカットしたカラフルな石鹸を通常の白い石鹸で接着してみせてから、ロディムにやらせてみたらしい。
「接着するときに接着剤の役割を果たす少しだけ固まって粘度が増した石鹸なんだけど、実はあれを均等に無駄なくムラなく最小限に塗るのって結構難しいのよ、塗りすぎるとカットした際に断面に白い線がっくっきり残るし、だからといって少なすぎると接着力が弱くて割れやすい。無駄や余計な拭き取り作業を無くすために縁ギリギリで食み出さないように塗らなきゃならない。それをね、一回見ただけで完璧にやってのけたって。キリアが『自分がジュリの真似をするときがこんな風なんだなって理解できた』って言うのよ。キリアは単にロディムの器用さや飲み込みの速さを絶賛したんだけど……レフォアさんたちも似たような事を言うわけ、『飲み込みが恐ろしく早い』って。それって、私がキリアに感じたのと同じ『かなり強い恩恵』だと思うよ」
「ジュリは、まだ彼が作業をするところは見てないのかい?」
するととても面白そうにジュリは笑い出した。
「ロディムは私の作業を見ていたいっていうのよ。勉強になるからって」
「なるほどね」
面白そう、というよりは嬉しいのかもしれない。
とても明るい声色だ。
「手放しで喜べないけどね」
「どうして? 男性の恩恵持ちが少ないって嘆いてたじゃない、素直に喜ぶべきだわ」
「あの子は、将来公爵になるから」
ジュリは表情を変えず、柔らかな笑みを浮かべたままだ。
「ものを作ることが好きなんだよね根本的に。でも今までずっとその気持ちを抑圧して生きてきた。その抑えていたものを開放出来る場所は見つかったけれど、それがこのククマットだけど、ロディムの居場所ではないから。……そんなロディムに恩恵が与えられたら、もしかすると既に与えられてるかもしれない状況で、それを知ったらどうするのか、どうなるのか、分からないから」
「……その割には、嬉しそうね」
「可能性に掛けてみたいじゃない?」
可能性って、なんだろう。
「ロディムなら、ものつくりをする公爵っていう今までいなかった前代未聞の公爵になれるんじゃないかな、ってね」
無茶苦茶なことを考えるなぁ、としみじみと思ってしまった。
現実をみればそれは極めて難しいだろう。
公爵なんて地位は片手間で務まるわけがない。ものつくりだって、ほんの趣味や息抜き程度ならいいけれど恩恵を授かってしまったらそんな半端なことで満足するわけがない。
「それは承知の上で私の希望よ。ただね、増えればいいなと思うのが本心。恩恵っていう神様からの贈り物がある世界で、それを確かに享受できる世界で、使わないの勿体ないじゃん。若いなら尚更できること全部挑戦してみろって言いたいくらい」
「そういうものかしら?」
「だから私の価値観ね、そこは」
ジュリの言葉にリンファが首を傾げ、そんなリンファに笑って見せた。
「とは言いつつ、綺麗事だけ並べてもご飯が食べられるわけじゃないので利益を出して生活を豊かにしないとそんなことを考える余裕もないのが現実だからねえ、世の中甘くないわ。この先ロディムがどんな選択をするのか、ちゃんと見守らないとと思ってるよ。背負うものが大きくて重い男だから」
一通りデザインを終えたジュリは、今度は別の絵を描き出す。
金属のみで作られるシンプルなアクセサリーを監修している、その新作のデザインだそうだ。描いて定規で測ってまた修正して、そしてまた定規で測る。その後ようやく納得するサイズになって改めて綺麗に描き直し、そこにミリ単位でのサイズや色、厚みや太さなどを事細かく文字を書き込む。そのそばではやっぱりリンファが本を読んでいる。僕も心地よい室温と静けさと雰囲気に誘われてリンファから本を借りて読むことにした。
特に会話を交わすこともなく、ただその空間で互いに好きなことをする。
「そういえば」
穏やかな時間、それに相応しいのんびりとした口調で思い出したように本から目を離しその本を閉じたリンファの瞳がジュリに向けられた。
「グレイセルの『神力』、あれはどうなったの?」
「どうって?」
「判明してから接触してきた人物はいないの?」
「あれからそんなに経ってないからね。……一番の懸念はマイケルたちが何とかしてくれたんでしょ?」
手を止めゆったりと椅子にもたれたジュリから申し訳なさそうな笑みを向けられる。
「大したことはしてないよ、これ以上干渉してくるなら直ぐにでもテルムス国所属であることを解消してそれを宣言するって言っただけ」
「それだけじゃないでしょ? グレイが言ってた、もっと決定的なことを言ったんじゃないか、って。私も気になってた、マイケルとケイティの迷惑になるようなことだけは嫌だからね。そんなことになるくらいなら、エルフのフリュークスさんにも言って貰えたから最悪エルフ……アズさんに相談するから」
「ああ、そんなに気を揉ませてたか。言えばよかったね」
僕は興味を含んだ目をしているリンファと、それとは違う探るような目をしているジュリの目を見てから笑って見せた。
「僕とケイティからしたらホントに大したことじゃないんだ。……テルムス公国にとっては大事だけどね」
「いや怖い! マイケルのそういうのすっごい怖いから!!」
失礼なことを言われた気がする。まあいいや。
「あんまりグレイセルの身辺を引っ掻き回すと、ジュリの【神の守護:選択の自由】が発動するよ、って言ったのと、ネルビア国が動くよっ、てね」
二人が真顔で固まった。え、どうしたんだろう?
「ジュリの【選択の自由】は分かるわ、何となくそれは私も考えてたから」
「そうだね、それよりもさ、何でそこでネルビアが出てくるの……」
「ん? ジュリとグレイセルはセットだからね。それだけでネルビアには十分」
「「……え?」」
おや、二人がハモった。
「ん?」
「「は? それだけって何が」」
またハモった、面白いね。
「それだけって言うのはね……レッツィからすると、グレイセルが困るということはジュリが困る、グレイセルが苦しむということはジュリが苦しむ、そうレッツィは思ってる。少なくともあの【彼方からの使い】の狂信者はグレイセルが自由に動けなくなってジュリの身辺が少しでも危うくなることを絶対に認めない。そうなるくらいなら、グレイセルの周りを探ったり障害になるものは全部、徹底的に排除するね。それがたとえテルム大公やギルド総帥であっても微塵の躊躇もなく、やるよ」
そこまで聞いたジュリが右手を挙げた。
「ごめん、そこまで大首長にされる理由が分からないっ! 私のストーカーは旦那だけで既にお腹いっぱいなんだけど?! なんでそんなことになるの!」
「うーん、僕も分からないんだよね。ただ、レッツィは【技術と知識】か【変革する力】を持つ【彼方からの使い】を国に招きたいってことだけははっきりしてるんだ。リンファも訪問したとき大歓迎を受けたよね?」
「え、ええ確かに……あれに、意味があったの? 本当に訪問して会談しただけよ?」
「うん、それに意味があるらしいんだ。だからジュリが来ることも熱望してる。でも今はまだ時期じゃないから大人しくしてるって感じ。そんな中でグレイセルに何かあれば必ずジュリに影響するだろう? ……そうなれば、黙っちゃいないよレッツィは。彼自身が【戦王】なんてとんでもない【称号】を持っている。あれはね、言葉そのままの【称号】だから、対抗出来る人間なんて僕ら【彼方からの使い】位だ。彼が本気になれば大公や総裁なんてどんなに護衛で身辺固めても簡単にあの世行きになる」
「……勘弁して、そんなヤバい人に崇められても嬉しくないし守られても後が怖いだけじゃん!!」
「そんなに重く捉えなくていいよ。アベルがちょっと面倒くさい感じになった奴くらいに思っておけば大丈夫だから」
「アレだって相当面倒よ」
アベルをアレ呼ばわりするリンファ、嫌いじゃないよ。
「ねえマイケル、そもそもバミスの動きが活発になったらレッツィはそっちにもちょっかい出すじゃない」
リンファが気難しそうに眉間にシワを寄せた。
「確かにそうかも」
軽く流すように笑えば、リンファが青筋を浮かべる。
「……マイケル?」
「ははっ、大丈夫だよ。案外大丈夫なんだ」
「どうして」
「それなら場外乱闘でしかないから。バミスもネルビアも理解してるよ、出し抜くとお互いに牽制だけでは済まないことくらい。そこにジュリが巻き込まれてごらん? 確実に【選択の自由】が発動する。それは絶対さけたいでしょ。何より、ハルトと……グレイセルが出てくるよね。『覇王』討伐の立役者二人が手を組んで立ちはだかるんだよ? リンファはそれに喧嘩売れる? 買える?」
「……絶対に、嫌ね」
「そういうこと。だからね、レッツィに関しては放置でいい。下手に抑制する必要はない、勝手にジュリたちに降りかかる災難を払ってくれる」
そこまで話してジュリを見れば、彼女は遠い目になっていた。
「話がデカすぎて現実逃避したくなってきた……」
「ジュリ」
「うん?」
「本当に、あんまり心配しないでいいから」
僕の言葉に少しだけ不思議そうな顔をした。
「僕はさ、ジュリがこのククマットで色んな物を生み出すのをずっと見ていたい。その気持ちはケイティとジェイルも同じ。そんな気持ちの人が沢山いることを、君が誰よりも肌で感じているはずだ。……この世界で生きる覚悟をしたけれど、それでも時々『過去』をどうしても思い出して、振り向いたりする。その時にね、ジュリの作った物を見るとね、『未練』がほんの少し優しいものになる。それって、僕にはとても大事なことなんだ」
「マイケル……」
「戦う力がないことに罪悪感のようなものを抱いてるかもしれないけれど、なくていいんだよ。ジュリには別のものがある。それに僕らは救われている。だからね、守られることに罪悪感を抱かないで」
「そうね」
リンファがニッコリと微笑んだ。
「それでいいわジュリは。」
それを聞いたジュリは苦笑する。
「ありがと」
そして。
「でもストーカーは旦那だけでいい」
三人で笑った。
「そんなぐちゃぐちゃの状態で店に来るな」
青筋を立て、腕を組んで仁王立ちのジュリの前、ハルト達が気まずそうに曖昧な笑みを浮かべる中、グレイセルだけはそんなのお構いなしでジュリに近づく。
「それよりジュリ」
「どれより私よ」
「これを見てくれ」
「……ん?」
グレイセルの手の上にあるもの。それは、どうやら圧縮して凶器と化した雪玉ならぬ氷玉。
「凄いと思わないか」
「凄いねこれ、どうしたの」
ジュリの怒りが途端に霧散したので、僕とリンファもグレイセルの手の上にあるものを見ようと覗き込んだ。
その氷玉は、表面にそれはそれは繊細な細やかな花の彫刻が全面に施されていた。
「ロディムが彫ったんだ」
ジュリの目がロディムに向けられた。
「凄く綺麗、センスある」
ジュリの場合、恩恵かどうかの判断は【スキル】や魔力など特別な力がないため直感、本能で行っている。だから彼女が今見ているもので『恩恵』を感じとったのかどうかは言葉にしてもらわないと僕らにはわからない。
「これからも色んなことに挑戦してごらん、私が教えられることは何でも教えるから」
嬉しそうにジュリが笑い、ロディムが年相応な喜びを顔に滲ませ頷いた。
「悩みも増えたけど、嬉しいことも増えるからまあ、いっか」
彼女の言葉には、不思議と力がある。
だからきっとそうなんだろう。
濃密な日々を過ごす僕らは、大変なことも多いけど、その反対に楽しいこともある。
本当だね、まあいっか、って笑えている。
それって、大事だ、いい事だ。
「びしょ濡れで寒くないの?」
「凍えるほど寒い、死にそう。だから引き上げてきた」
「凍死寸前になったから帰って来たってことは、そうじゃなきゃまだ続けてたってこと?」
「勝負ついてねえし! やむを得ず!!」
ハルトは知らない。帰るために意図してグレイセルとローツが必死に濡れるように画策したことを。ロディムとカイがそれを察して援護したことを。
「……次の勝負は違うのにしときな」
ハルトと他四人の温度差に優しく諭したジュリだった。




