26* 恩恵、やっぱり当然のように来るよねぇ
大変申し訳ございません。
予約投稿ミスで本日2話更新していることに気が付きました。
こちらが先です。
次話は手直しせず更新されてしまっていますので次回24日の更新時に変更箇所あるかもしれません。
今回のつまみ細工に使う、フェ……なんとかはバミス法国からの特別な品ということで扱いや譲渡に制限をかけざるを得ないけれど、つまみ細工自体に関してはいつものごとく特別販売占有権に登録後お店のものつくり担当の従業員たちに教えた。
キリアとフィンは当然のごとくサクサクと基本の作り方をマスターしてアレンジを試すところまで既に到達している、さすが。
そしておばちゃんトリオやウェラといった恩恵強めのメンバーも追随するようにマスターしていったけれど、この人たちは自分の得意分野に夢中なのでぶっちゃけ『人出が足りない時手助け出来るように練習だけはしておく』という、他の人が聞いたら羨まし過ぎる才能の持ち腐れ発言をしてたわ。ぶれないその感じ嫌いじゃないよ (笑)。
あと、ローツさんがやっぱり地味に不思議な現象を引き起こすんだよね……。
「おお、これおもしろいな?」
「あのさ、ローツさん」
「ん?」
「左手、動いてるね」
「……あぁ?! そうだな?!」
一部の指を除いて左手肘下に麻痺があるはずなのに普通に動いてる。なんだろうね、この人。これでスライム様とかかじり貝様とか扱わせてみると左手ほとんど細かい作業できないんだけど。いまいちこの人に恩恵が発動する条件が分からない。興味の持ち具合なのか、それとも神様の気まぐれなのか、さっぱりわからない。いや、その前に統括長なるグレイの次に偉い重役なのでものつくりで恩恵出てもなぁと私は思ったり。
「よし、これを機につまみ細工部門長に」
「ならんでいい。統括長、そんな暇ないでしょ」
無言でジト目された。こっちも無言でジト目返してやった。
そして今回、がっつりと恩恵を受けたのが二人。
元々研修棟で擬似レジンパーツやリザード様の鱗の研磨など基本的な作業をしてくれていた二人。丁寧な仕事をしてくれて、安心してパーツ作りや作品作りの下準備を任せられるとキリアやウェラの評価も高い人たち。
一人はリコ、十八歳。ククマットの西、土地開発が進むその先にある村から通ってくれていて、父親がククマットで薬草を専門に売買する店をやっているので一緒に朝晩馬車でククマットと村を往復しているの。それを活用してうちの店で働きたいと面接に来たとき、本人はククマット編みやフィン編みをしたかったらしいけど、その時ちょうど 《レースのフィン》の開店準備が中盤に差し掛かってフィンやおばちゃんトリオが忙しなくしてたから編み物関連の新規人材受け入れを調整している時期で、それにリコは入れなかったの。なので取り敢えずお店の営業システムに慣れて貰うことと、簡単な物が一つでも出来ればいざという時の助っ人としても役に立つので研修棟でちょっとやってみないかと声をかけたら快く受けてくれて。
そしたらね、性に合ってたらしく擬似レジンや白土、鱗、なんでもそつなく綺麗に仕上げられるし本人もこのまま研修棟で働きたいと言ってくれて。そんなリコにつまみ細工が上手くハマってくれたらしい。キリアとフィンのようにすぐにコツを掴んでくれてなんともまぁ綺麗に仕上げてくれた。そして裁断した布をピンセットでつまみ、畳む速さと正確さ、ずっと見てると目がおかしくなる。恩恵万歳。
そしてもう一人はカレン、二十一歳。主婦。出産したばかり。
……大変だったのよ。
お店から歩いて二分の所に住んでるから、散歩がてらうちの店で検品などをしてくれてた準従業員なんだけど。つまみ細工は針を使わないし、布さえ事前に裁断しておけばテーブルの決まった範囲で作業出来るからと興味をもったのね。で、やらせてみたら、はい、リコ同様明らかに恩恵出てますね、という飲み込みの速さとか正確さで。本人もビックリしてたわ。それで、出産したらしばらくお店に来れないだろうから、家で練習がてら出来るように裁断し布や必要な備品を届けようか、出来の良いものはレース造りで副業してる人たちと同じく買い取りするよって言ったらね、凄い喜んで興奮して、出産後に現場復帰したらリコとつまみ細工部門任せるよって私の言葉にさらに大興奮して、それが原因なのか、それとも単に赤ちゃんが早く産めと催促したのかはわからない。
賑やかに近い将来の楽しみを語るその場で陣痛始まりまして。
ああいうとき、男は頼りにならないと改めて実感した……。
研修棟にいたレフォアさんたち、そしてロディムはオロオロするだけで、ただただジャマだった……。
「グレイー! ヘルプ!!!」
私に突然呼び出され、妊婦を安全に産婆さんのところに移動させろと言われ、役立たずな男達が女性陣に粗大ゴミのようにジャマにされるのを横目に、抱き上げた妊婦がウンウン唸ってるのを無事に届ける任務を終えて。
「……心臓に悪い。色々と悪い」
流石のグレイも狼狽えていた。
無事女の子を出産したカレンは。
出産祝いを持って家を訪ねた私とグレイ、ローツさん、キリアの顔を見るなり。
「ああジュリさん! 託児所、この子いつから預けられますかね?! キリアさん、子育てと仕事の両立のコツを後で教えて下さいね!」
と、私の『おめでとう』に被せる勢いで挨拶もなく聞いてきた。
「……最初はせめて、『うちの子可愛いでしょ?』くらい聞きたかったけどね」
男二人は母の強さにちょっと引いて、キリアが乾いた笑いを浮かべて呟いて。カレンの旦那さんは恥ずかしさのあまり顔を両手で覆っていた。
「これでヘアアクセサリーもまたバリエーション豊富になるね」
私の言葉にキリアが作業台に並べられた様々なつまみ細工を眺めて満足げ。リコは緊張してるのか笑顔は弱めで強張りがでている。
リコが緊張している理由は、今目の前にシルフィ様がいるから。今更ながら私とキリアはすっかり慣れてしまってるからね、普通目の前に侯爵家の人がいたら緊張もするか。
「ふふっ、素敵ね?」
優しい、甘い笑顔で首を微かに傾げるシルフィ様。
「これ、ドレスにも使えるかしら?」
「今日来て頂いたのもその辺のご相談がありまして」
「あら、そうなの?」
「シルフィ様、次ドレスを新調される場合にこのつまみ細工を取り入れてくれないかどうか、交渉するつもりでした」
「なら明日にもお針子と相談するわ」
早!! 簡単にいいますね、流石です。
つまみ細工でヘアアクセサリーと、コサージュを作ることはすぐに決まったんだけどその話し合いのなかでグレイからドレスにも付けられそうだと意見が出たの。キリアもリコも乗り気だしフィンたちも良い案だど賛成の流れだったのを私が止めた。
何故なら。
つまみ細工は必ず台座が必要な作品。コサージュは完成後後ろに同じく台座を接着させるけれど、でもあれはコサージュピンを付けるために必要なだけなので、台座なしで衣服に直接縫い付けが可能なのよ。でもつまみ細工はそうはいかない。貼り付けていく工程はしっかりとした台座ありきのもの。大きくなればなるほど、その台座も大きくなる。何より折りたたんで接着させる分だけ重量が増す代物。
裾や袖口に一周させるにはその重さゆえに適さないものだし、しっかりした台座は必ずドレスのふんわり感やサラサラ感を妨げる。
ということを踏まえて、もし本当にドレス用に縫い付けるなら『ドレスにいかがですか?』と宣伝できる物を作らなければならないの。となると、つまみ細工の大きさ重さ固さが、ドレスのどの部分にどう影響を与えるのかしっかりとしたデータを取らなければならないわけで。
データを喜んで自らくれそうな人がいるじゃない。
シルフィ様とルリアナ様。ルリアナ様はまだ本格的に復帰するのをエイジェリン様に止められているのでシルフィ様が一人できてくれた。
「お好きなドレスを作って頂いて結構です。その代わり、その表地を使ってつまみ細工を作るので余りを譲って頂きたいのと、刺繍やレースを施す場合、その柄を教えて欲しいんですね。その柄に合わせた、近い花のつまみ細工を作ってなるべく統一感を出せるようにしたいので。布も厚みや硬さに向き不向きがありますのでそれの確認もさせていただければ」
「ええ良いわよ。楽しそうね、ワクワクしちゃうわ」
うーん、お茶目な感じが可愛い侯爵夫人。
「あ、それならば、コサージュにして一つ欲しいわ。コサージュならシンプルな帽子に合わせられるし、ジュリに教わったようにバッグの飾りにも出来るもの」
そうそう、シルフィ様もルリアナ様もたくさんコサージュ持ってるのにドレスや訪問着にほとんどのものが一回使ったらそれきり、というとんでもなく贅沢な使い方しかしてないって知ったとき、勿体ない!! って言ったらいくつか譲ってくれたのよ。凄くいいものだからグレイとトミレアにデートに行く時なんかは帽子やバッグに着けて。そしたらそれを見たルリアナ様がビックリしてて、やっちゃダメなのか?! とヒヤッとしたらなんと『そういう使い方があるのね』って。
……アレンジするってことが、この世界は中途半端だから。庶民が古着をアレンジして着こなすのが当たり前なのに、富裕層は権力誇示のためなるべく数多く、新しいものを取り入れるのが最優先。
そうなんだよね。
実は、庶民の方が圧倒的にアレンジ力を持っている。ククマット編み、フィン編み、単品売りのパーツなどなど……服だけじゃなくアクセサリーだって自分でカスタマイズして新しいものに作り替える。一方富裕層は完成された高価なものを身につけるのが当然で、自分であれこれ考えるのは完成に至るまでの決まった流れの、決まった工程だけ。出来た物を、その後どうするかなんて考えない環境ゆえの、同じものを何度も身につけることがあまり良しとされない風潮ゆえの、弊害。
だからルリアナ様にはコサージュをそのまま使い回すことに抵抗があるならば、レースやリボン、羽飾りなどを付け加えてカスタマイズしてからシンプルな帽子に飾ったり、ストールを止めるピンにしてみたらどうかと提案したの。
まあ、そのあとシルフィ様とルリアナ様専属のお針子さん二人がそれぞれコサージュを十個と大量のレースやリボンそして羽飾りを持って、グレイとのんびり夕飯後のデザートを食べていたところに『ご教授願います』と押し掛けてきたけどね。
そんなことがあって、コサージュを再利用することを覚えたシルフィ様は最近コサージュ集めにハマっているらしい。
ド派手なものから可愛いものまで、グレイの情報では五百を越えて数えるのを止めた、ということ。そんなにあったら使い回すこと自体出来ないだろうという本末転倒な事実は見ない、気づかないフリをしておく。
つまみ細工に関してはもう一点、注意が必要となる。
それは台座の素材と接着剤の種類。
水に濡れて変形したり溶けたりするのでは意味がない。
身につけるものなら必ず汚れる事を想定しなければならないので、しっかりと洗うことが出来なくても汚れを軽く落とすために水で濡らすことくらいは考慮する必要がある。
この時、ハンドメイドを趣味にしている人なら経験があるかもしれない。
身につける物は特に。
それは臭い。
接着剤は乾燥したら無臭になるものが多いけれど、一部臭いがなかなか消え無いものもある。つまり、乾燥して固まったらすぐに店頭に並べられない場合も出てくる。
「そういうことも気にするんだ」
「縫い合わせ出来るなら接着力の弱い、臭いのないものでいいけど、今回のは接着剤ありきだからね。まあ、臭いが消えてから売り出せばいい話ではある反面、その臭いが消えるまでそのまま放置しておくわけにもいかないから箱に保管しておくことになれば、結局その臭いが布に移る可能性もあるし、纒めて保管になったら臭いがなかなか消えないってこともあり得るでしょ」
「確かに」
キリアはなる程納得という顔をしながら、いくつか用意した接着剤の臭いを確認し始めた。
「あんたとこうして仕事するとホンットに色んなこと勉強になる」
「そう?」
「あたしもまだまだだなぁってね、負けてらんない」
「その負けず嫌い、嫌いじゃないよ」
「ありがと」
私達がそんな会話をするそばで。
ロディムがずっと黙って数種の接着剤の臭いを嗅いでいる。
……絵面が微妙。
真面目なのはいいけれど、このインテリイケメンにはしてほしくない、そう思った。
「でも嗅がないとわからないですよね?」
そうだけどさ、真顔で言うことでもない気がするよ。
こうして、恩恵持ちが誕生しつつ、また新しい物がお店に並ぶ日が近づいた。




