3 * 侯爵夫人と休息
本日一話更新です
どれくらい作れるか分からない。
とにかくやるしかない。
ということで知り合いに小銭稼ぎしない? と声をかけまくり、友達や職人さんの奥さん娘さんたちで意欲的な人たちとその人たちの紹介でやってみたいという人を合計二十人ほど臨時で雇って、暴力的に売れたレジンパーツや簡単な小さなレース、そして珍しいということで同じく異常に売れたシュシュやヘアバンドの作り方を三日間で何とか覚えて貰って量産体制を整えた。元々主力で働いてくれていたおばちゃんトリオを筆頭にお店を支える女性たちにはカギ編みレースでも五十リクルを越えるものに重点をおいてとにかく集中して貰うことにした。
そしてフィンには擬似レジンを使う作品に私と共に集中してもらい、状況によってレースの大物をどうするか後で考えることに。
ライアスには職人さんたちに既存のパーツなどを作って貰う依頼のほか、まだ商品化していない新しいパーツを作れるかどうか相談してもらったり、使っている道具のメンテナンスを一度全てお願いしている。
内職をお願いしている人たちにも事情を説明し、負担にならない程度でいいから作れるだけ作ってくれとお願いしてある。
どこか欠けても打撃は大きい。
一ヶ月。この期間でどこまで立て直せるかを見極めなくてはならない。
はずなんだけど。
何故か私は、侯爵家でお茶を啜っている。絶品ケーキに囲まれ、食べ放題している。
昨日実はこんなことがあったのよ。
「っしゃあ! 気合い入れて今日も作る!!」
「これはダメだ」
「はい?」
「ジュリ、昨夜は何時に寝た?」
「三時です」
「今朝起きたのは?」
「六時です」
「それでその目なんだな。ダメだ、その目はダメだぞ、明らかに限界だろう」
「一人ブラック企業してますからね!!」
「自慢することではない、怖い顔をして言うんじゃない」
すっごい怖い顔してたのはグレイセル様なんだけどね。明日はとにかく店に行くなと念を押されて、若干脅されて、今に至るわけで。
フィンとライアスにも『それがいい』って真顔でお店出勤禁止令を出されて、不満タラタラだったんだけど、強制連行された先で美味しいお茶とケーキに囲まれるという楽園。
工房に籠って作品作りをする信念が簡単に折れた私。
モリモリケーキを食べる私。
隣は優雅にお茶を嗜むグレイセル様。
イケメンが黙ってケーキを貪る女の隣でのんびりしてる。
シュール。
なんだ、これ。
そして。
「美味しいか?」
「はい! おいひいでふ!」
満面の笑みを向けて口をモグモグさせて答えてしまった。
「クリームがついてる、ほら」
ん?
なんかされた。
指で、唇の端をクイッと押すように撫でられた。
で、イケメンがその指舐めた。
……。
ええっと?
固まってたら、ニコッ。って微笑まれた。
「付いてた」
「あ、そうですか、はい。ありがとうございます?」
……。
あれ? 私とグレイセル様ってこういうことする仲だった? 違うよね?
あ、貴族の男は普通なのか? いや、貴族ならさりげなく口を拭くものを黙って渡してくる? イケメンなら普通のこと? いや、イケメンならイケメンらしく爽やかに女に恥をかかせないようになんとかする?
うん。
結論。
グレイセル・クノーマスはこういうことを平気でする男。
そういうことにしておこう。
たらしだ。立派な女たらしだ。惚れたら苦労させられる男だ。
ヤバい、気を引き締めよう。たらしに惚れてる暇はない。
……惚れ、てないよ。片足突っ込んでる気はするけども。うん、そこまでじゃない。好きだけども、メロメロとかじゃない。大丈夫だ!!
「あー、これなら同じ糸があれば誤魔化せますよ?」
「本当に? よかったわぁ、気に入っていたからどうしようかと」
非常にこそばゆい空気をすぐに壊してくれたのが侯爵夫人のシルフィ様。私が満足するまでケーキを食らい尽くすのを待っていたらしく、ごちそうさまでしたと言ったら一分程で、物凄いタイミングでやって来てグレイセル様を押し退けて隣に座った。その手にはフィンが作ったレースが握られていた。ご自分の部屋にあるお気に入りのドレッサーに化粧品を並べるために敷いていたドイリーとよばれるものだけど、クシを引っかけて、しかもその勢いで化粧品を全部落下させてしまうくらいに勢いがあったらしく、レースのデザインでも一番重要な目立つところが糸が引っ張られてヨレてしまっていた。
この一枚だけなら新しく作り直すのに、と思ったんだけど、シルフィ様は
「あなたのお店が軌道に乗って、あなたも落ち着いたらね。それまでは自分の不注意でダメにしたもののためにあなたを煩わせるつもりはないわよ」
って。
でも気に入っていたから、どうにかならないか相談だけしたかったそう。
気遣いがうれしいよね。
せっかくだからその場で直すわよ。
直すと言っても、私は修復などの正しい技術があるわけじゃないのよね。だから糸で上手く誤魔化してしまうだけ。修復っていうのも今後考えていく部門かもしれない。それなりに高額だからねレースは。
あいにく全く同じ糸はなかったけど質感も色もそっくりな糸があったのでそれをお借りし、侯爵家がなぜか集めている私に関連するものの中からカギ編用のカギ針を借りて、サクサクほつれを隠していく。
「器用ねえ」
「器用というか、得意なんですよ。その代わり裁縫や刺繍はあまり出来ませんよ?」
「同じように思えるのに」
「私からすると大分違います (笑)」
「不思議よね」
私の隣でシルフィ様は面白そうにクスクス笑う。
「休んでいないんですって?」
「え?」
「グレイセルが怖い顔してたわよ? 『一日も休まない挙げ句、睡眠を削ってまで工房にこもっている』って。このままじゃ、お店を再開する前にあなたがダメになるんじゃないかって、心配していたわ」
「……申し訳ないとは、思います」
苦笑して、そう返した。
「でも、苦ではないんですよ、やりたくてやっているつもりです。それに、今、踏ん張り時だと思っています。今ここで踏ん張れなかったら、この先些細なことですぐつまずく気がします。だから、無理をしています。自覚があってのことですから大丈夫です」
「……そう、凄いのね」
「え?」
「やっぱり、あなたは凄いわ。あなたがそうであるから、ククマットの人間は皆あなたの力になりたいと集まってくる。一生懸命なその姿に感化されて、活気を与えてくれる」
「そんな、私は」
「ねえ、ジュリ」
私の言葉を明らかに遮断するつもりの名を呼ぶ声だった。
「……はい」
「どうしてこの侯爵家が、港のある地区ではなくククマット地区の郊外にあるか、考えたことはある?」
そのシルフィ様の問いかけから始まった話。
私は、息を飲み、そしてここに召喚された意味を改めて認識することに。
「ここはね、昔本当に農地が広がるだけの土地だったそうよ。なだらかな広陵で、港へ続く大道が走るだけののどかな農地。けれど、港に行くその道には一つ欠点があったの。ククマットよりも手前の地区から港まで、休めるような場所が全くなくて、それゆえに国有数の港からの人の流れは休みが取りやすい他の領地に流れてしまっていた。……人の流れをこの領に、その為にククマットは作られたのよ。だから領内でククマットは最も新しい地区なのよ。ククマットが出来たお陰で、人の流れが変わり、ククマット自体が大きく発展することになったわ。……でも、その発展も、十年も経てば停滞することに。結局、通過地区としてしか価値が産み出せなかった。みるみるうちに衰退の気配を感じて、十代前のクノーマス侯爵家が、老朽化していた屋敷の建て直しの計画とともに、屋敷を港の地区からここに移す決定を下した。せっかく作った、人の流れを潤滑にするための地区を守るために」
「そう、だったんですか……」
「ええ。そのお陰でククマットはあらゆるものが集まったわ。当主の住まう屋敷の側ゆえ、なんでも揃う地区になり再生した。でも、再生しただけで、結局発展はしなかったの。停滞する土地、それがククマットだった。あなたが来るまでは」
「私が、ですか」
「そうよ、自覚はないかしら?」
「ないですね、前を知らないせいでしょうか?」
「そうかもしれないわね? でもね、事実なのよ、そして当主は、夫の侯爵はずっと憂いていた。ここをもっと発展させない限り、港の発展もありえない、領全体の発展も有り得ないと。停滞の土地に、突如現れたのがあなたよ。侯爵家の祭壇前でも、国有数の港でもなく、あなたはククマットの農地にある職人の暮らす家に現れた」
そして、シルフィ様が言った。
―――彼女がなぜ、あの場所に召喚されたのか、考えなければ。絶対に見逃してはならない、必ず意味がある。ジュリの【彼方からの使い】という意味を見逃してはならない。【スキル】も【称号】も魔力もない、彼女が召喚された意味と場所の意味を、侯爵家が見逃してはならない―――
「とね、夫は言っていた。取り憑かれたように考えてたわ。あなたに会いに来た公爵様の存在を忘れるくらいにね」
軽やかに笑って、シルフィ様は続けた。
「答えが出るのは早かったわ、たった半年で、あなたは答えを授けてくれた。クノーマス侯爵領のあの腕章。ものを作り出すあなたのその手を、神がこのククマットに授けてくださったと。ライアスの所への召喚。それはあなたがものを作り出すために抵抗がなく馴染みやすく相談しやすい人物だったから。フィンがそんな才能を理解し、共に作り出す手を持っていたから。停滞していることに不満を、不安を抱えていた住人たちを動かすアイデアを、あなたがこのククマットに一気に広めたのよ、このクノーマス領を、短い期間でここまで動かしたのよ、あなたは。国の貴族たちがこの土地を蔑ろに出来なくなる程に、動かしたのよ」
鳥肌がたった。
「凄いのよ、あなたは」
シルフィ様が笑った。
「とても、凄いことをしているの。自信を持って、そして、堂々としていていいの。だから無理はしなくていいわ、誰かが心配して休めと言ったら、休みなさい。誰も責めないわ。凄いことをしているあなたを責めるとしたらそれは愚かな嫉妬を抱える者だけでしょうから。あなたはね、唯一無二、この地で必要とされている素晴らしい人間なのよ。誇るべき【彼方からの使い】なのよ」
評価、ブクマありがとうございます。
日々、読んでくださる人がいるんだなぁと実感しています。
別作品が今スランプで、手に負えず意気消沈しているのでこちらでそのストレスを発散しています。書き留めてた分がありますので今くらいのペースをもう少し保ちながら更新していこうと思ってますので引き続き読んでくださると幸いです。




