26 * 名前をどうにかしてほしい
突然ですがこちらかつて作者の思いつきで行いました読者様参加企画の、そのコラボ作品になります。
ちなみにですが、この読者様参加企画はなんとニ年以上前の話!!
大変お待たせいたしました、ストーリーの流れやスペシャルでの脱線などで前回のコラボからかなりの期間が空いてしまいましたが、お楽しみ頂けると嬉しいです。
「ジュリ」
「うん?」
「バミス法王から先日の展示即売会の下賜品が届いたぞ」
ハルトがルフィナを伴って遊びに来てくれた休日。侯爵家から使いが来ているなぁ、とは思っていたけど、どうやらそれは私宛の物だったらしい。
「あ!! 目録のやつ?!」
「なんだよ、結構時間かかったな。珍しいもんでも入ってんのか?」
「法王様からなんて凄いねぇ!」
遊びに来ていたハルトとルフィナと共にグレイが抱えてきた大きな箱をワクワクしながら目で追う。既に中身は確認されているから蓋を外すだけだったのでグレイは私の正面で開けてくれた。
移動販売馬車の展示即売会とオークションによる下賜品はもっと沢山あるけれど、今回は特に珍しく貴重なものを一番最初に届けてくれた。他のものは侯爵家で開封され私が貰っても困りそうな物を保管してくれることになっている。
「おっ! 凄いじゃん!」
「え、なにこれ! 綺麗だね!!」
「はわわわっ! ジュリ、ジュリこれ、凄いわよぉ!」
それは上質な紙に包まれていたもので、その紙を広げると、その中は幻想的な色合いの反物が三反、さらに一反ずつ仕切られ並んでいた。
ルフィナはこの布がなんなのか直ぐに分かったらしいし、グレイも知っているらしく驚いた後に笑顔になってとても上機嫌。
上質な絹織物にも見えるけれど、これは明らかにファンタジーな品物。
艶やかで光沢あるキメ細かなその布はなんとかじり貝様のようなあのオーロラカラーを放っている。触ると波のようにそこから淡くそのオーロラカラーが波紋のように広がる。なんとも不可思議な布。反物はクリーム色、薄い水色、そして薄い紫色の三色あってどれもその幻想的な輝きを放っている。
「フェファクリュティクティラ、本物初めて見たぁ」
「私もだ、これは本当に貴重な品だ」
……。
今、ルフィナとグレイが普通に会話したけど。
私とハルトは固まる。
「今、これの名称言った?」
私の問いに不思議そうな顔をしたグレイはすぐに破顔した。
「ああ、ジュリとハルトはフェファクリュティクティラを知らないか」
うん、というかね?
「「……フェ……何?」」
私とハルトが聞き返したのは、当然のことよ。
これは、バミス法国に存在する『トレントの森』と呼ばれる富士の樹海のような、広大な森に住む古から住まう妖精族のみが作れるものなんだって。妖精、稀にその単語をこの世界で聞くんだけど実在するんだよね、凄いよね。
その妖精族が住まうトレントの森にしか生息しないバミス法国の固有種のミラージュモスという蛾の幼虫、つまり蚕の紡ぐ繭から取れる絹を妖精が加工するとこうなる、と。理屈はわからない。
極めて希少でこの美しさ故にかつて乱獲されて絶滅危惧種の危機に瀕するところまでいったけれど、現在は代々の法王様たちが不可侵条約を結んで森と妖精とモスの保護をし続ける代わりに時々この反物を貰う、ということになっているそう。
ハルトは興味を持ったらしく【全解析】で解析中。なんかブツブツ言って感心したりしてるけど私はその辺気にしないので無視しておく。
そして、この布は売買されることは絶対にあり得ない、と。
何故なら、これはバミス法王が国のために尽くしてくれた功労者などに贈る褒美だから。
勲章と共に贈られるこのフェ……なんとかは本来は五年に一度、最大三人しか授かることができない大変名誉なもので、まずバミス国外ではお目にかかることも難しい。だって国内でのことだからね。当然国民が殆ど。しかも、通常は一人一反。その時の法王を現すカラーのみ。
それだけ手に入らない絹ってことだね。まあ、ねぇ。触ると七色の波紋が広がるって、ファンタジーだしね。
そしてそんなファンタジーで希少なものが……三つある。
先の法王、現在の法王、そして王太子のカラー揃ってんじゃん。
とんでもないことだよね、これ。
「貰っときゃいいじゃん、どうしても困るっつうなら俺が突き返してやっから」
解析が終わって満足したハルトがそんなこと言ったけど、コイツが突き返すことになったらきっと流血沙汰だ、駄目だそれは。素直に貰っておこう。
ただねぇ、フェ……なんとかは布。
裁縫得意じゃないのよ。
あ、でも。
いるじゃん。
隣に。
店持っててしかも人気店のオーナーしてる人が。
「恐い恐い恐い恐い、ハサミ入れられないよぉ、無理だよぉ」
「いいからいいから、はい切って」
「いやぁぁぁぁっ! そんなに簡単に言わないでくれる?! ハルト!! なんとか言って!!」
「え? やればいいじゃん。貴重な布なんだろ? いい経験なるぞぉ?」
「そういう問題?! グレイセル様!! 助けてくださいー!!」
「……貰った本人が切れと言ってるからな、私がどうこういう権利はないな」
「私の味方がいない!!」
ルフィナの手にハサミ。一応試作することもあるからちゃんと裁縫で使えるやつよ。しかもこの屋敷は私とフィンとキリアが極秘に商品化を目指す物を作ったりするために 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》にあるものなら全てが揃っている。凄いでしょ。
なので、ここにはミシンもあるし、糸や針も揃ってる。なのでプロでも存分に実力発揮できるよ。
さて、ハサミを持ったまま狼狽え続けるルフィナは無視するそばで、グレイから誰かにプレゼントする際はその大きさや用途に細心の注意が必要と言われた。まず、せいぜい小物に留めてほしいとのこと。ドレスといった大きく手間の掛かるプレゼントとなるとそれを巡って大変なことになるからって。
……わかるよ。だよね、ヤバイよね。一反でも凄いのにそれが三反ともなるとそれだけで人が殺到するよね、売ってくれって。そして酷いと盗まれるよね。さらには争い事にも発展するよね。そんな物でドレス作って誰かにあげたら政治的な思惑がある、なんて勘違いされかねない。
なので、どうしようかと頭を少しひねる。
ルフィナはハサミ持ったままガクブルしててちょっと恐い。落ち着くまでハルトに任せておこう。
「で、どうするんだ?」
「いずれは私のドレスを一着作って貰おうかな、とは思ったのよ。私が身に付けないとせっかく獣王様が下さったのに無下にすることになっちゃうから。そもそも私への下賜品なんだから私が身に付けないと意味ないっていうか」
「ああ、それはいい。またそのうち訪問することもあるだろう、夜会などに出席することになるだろうからその時のドレスは作るべきだな。 《ハンドメイド・ジュリ》の正装とはまた別の意味で礼儀を尽くしていると示すことになる」
「ということで、お世話になってる法王様の、薄紫の反物はドレスに仕立てるから手を付けないで置くことにして……クリーム色と薄水色のは、せっかくだから 《ハンドメイド・ジュリ》らしい物にしたいわね」
「布製品か?」
「そう、それに小物に仕上げるならお世話になってる人たちにプレゼントできるもんね?」
「ああ、それくらいならいいだろうし、貴族ならその手の扱いについては心得ている、大事になるような場所で身に付けたりしないだろう」
「あとは、もちろん獣王様にはこんなの作りましたよって、贈りたいよね。フィンと……キリアには一つくらいあげたい。いいかな? あと、国単位で交流のあるところは贈っておくべき? 移動販売馬車の事業に関わる所は特に。そこはバミスとは切り離せないだろうし」
「ああ、それでいいな、そのあたりはまた後で調整をすればいい」
ということで、さっそく。
「あ、もちろんルフィナには試作に付き合って貰うから、クリームか薄水色どっちか数メートルあげるからね」
あ、ダメだ、まだルフィナがガクブルしてる。
一時間ほどで落ち着いたルフィナは意を決して
「作らせていただきます」
だって。
そしてその一時間の間に私とグレイは定休日で誰もいないお店の工房から使えそうなパーツを沢山持ち出して戻って来た。
「あれ、これ……金じゃん!」
ハルトは私が今回持ち出した物を見て即座に解析したらしい。こういう時便利だよね、その能力。
「そう、どうせなら良いもの使おうと思って。金や白金のチェーンとパーツは殆ど在庫は抱えてないんだけど、侯爵家の人たちのは高価な金属使ってるから定期的に仕入れたり職人さんにお願いしてるのよ。ちょうど先週仕入れて在庫は豊富、この布に相応しいものを惜しみ無く使っちゃおう」
布を使い、小物であること、を条件にするとやっぱりシュシュ。これをフェ……なんとかで作って金や白金のチェーンやパーツ、天然石などと組み合わせるのは一番に思い付いた。
「……やだ、それ、絶対に可愛いし綺麗に決まってる」
吹っ切れたルフィナが目を輝かせた。
「他には?」
単純にハンカチもすぐに思い付いてた。刺繍次第で雰囲気は変わるでしょ? それこそ全部違う柄にしたら身分の高い女性たちなら世界で一枚のハンカチに気分はアガる、私ならアガる。
「絶対アガるわね」
他には、クッションカバー。レースと組み合わせて部屋に置いたら素敵よ。
「贅沢な使い方!!」
服が作れないからね。ストールもありかな? とは頭を過ったけれど大きいものになるし、着ける場所が制限されるのはちょっとね。
そして、もう一つはルフィナではなく私が本領発揮出来るもの。
「『つまみ細工』?」
「それ、異世界のもの?」
「ああ、俺それ聞いたことある」
ハルトが反応してくれた。
「確か、小さい布を貼って形にしてくやつ」
「そう、正確には小さい布を折って貼るのよ」
いきなりフェ……なんとかを使用するわけにはいかないので適当に布を選んで裁断していく。
それを見たルフィナが硬直した。
そう、これがつまみ細工の特徴。
まぁねぇ。見ようによっては、切り刻んでいるようにしか見えない。正方形の同じサイズに裁断してるだけなんだけど、なにせそのサイズというのが一辺が数センチ、だから。それを大量に。
ある程度用意して、とりあえずどんなものになるのか見せなければね。
土台は作れるかどうかを試すだけだから適当な木の板。そして用意するものは粘度の高い接着剤とピンセット。
まず、正方形に裁断した布をピンセットを活用しつつ二等辺三角形になるように二回折り畳む。折り畳んだ縁側に接着剤を付着させ、木の板に乗せるように張り付ける。それを円形になるよう、どんどん貼って、綺麗な円が出来れば、次は張り付けた布同士の間に差し込むようにさらに張り付け外側に一回り大きな円を描くように張り付けていく。
これはあくまでやり方を見せるだけなのでかなり手間を省いているからつまみ細工とはいえないかもしれないけれど、なんとなくやりたいことはこれで分かるはず。
「あ……」
不意に、ルフィナは声を出して身を乗り出して私の作業を食い入る様に見つめる。
「はじめて作るし適当にしてるから見映えがよくないけどやりたいことはわかるよね?」
「これ、おもしろい技法ね。カットして、折り畳んで貼り付けるから布なのに立体に出来るんだ……」
つまみ細工の良さと美しさはその立体感だと私は思ってる。糸を使い何度も針を通して縫い付けていくのとは違い折り畳んだものを立てて貼り付けることでそれだけで立体になる。それがいくつも並べられれば、ボリュームある見た目でありながら均一な形のお陰で立体感をスッキリと表現できるんだよね。
私は、この技法を知ったのは成人式で振袖を着ることになって、祖母がお祝いにと贈ってくれた簪がきっかけ。
花びらに見立てた赤とオレンジの布をグラデーションになるように貼り付けられ、そこに飾りが付けられたとても華やかなものだった。
その技法に感動して作り方をネットで調べたことがあるほど。
元の世界では布を私が敬遠していたこともあって作る機会がなかった。
でも今は沢山の素材に混じって布も豊富。こうして端切れを沢山集めて練習することも出来るから、挑戦することができる。
なにより、このフェ……なんとかは柔らかく薄く、折りたたみ更にカットするのも苦ではない。つまみ細工に向いていると言ってもいい。
「正確なつまみ細工はこうしてただ折るだけじゃなくカットして使うし、『丸つまみ』と『剣つまみ』っていう基本の折り方があって、それを変形させたり組み合わせて貼り付けてくの。接着剤もなるべく少量で均一にしないと張り合わせの幅に影響を与えるから、簡単にみえるけど大きく作るとなると結構大変だと思うよ。でも出来るようになれば私みたいに裁縫を敬遠しがちな人でも布に触れる機会は増えるし 《ハンドメイド》は身近なもので出来るのを知ってもらえるきっかけにもなるから、これはちょっと頑張ってフェ……なんとかを素敵なつまみ細工に仕上げる価値はあるわね」
ルフィナは縫うのではなく貼り合わせていく手法に興味深々で、ハルトほったらかして切れ端を一心不乱に裁断すると無言ではじめてしまった……。
「俺、忘れられてる気がする」
「忘れてるね、これ」
「今日は泊まらないからな? 明日店営業日だろ? おーい、ルフィナー?」
「ちょっと黙ってて」
「……はーい」
こうして、ルフィナが『ああ疲れた』と体を伸ばし、グレイと酒盛してすっかり出来上がったハルトに、一心不乱に作ったつまみ細工をいくつも抱えて満足げなルフィナが抱えられて転移でロビエラムに帰ったのは日付が変わりそうな時間だった。
後日、お酒で出来上がった状態で転移すると流石のハルトでも座標が狂い家の屋根に落ちて非常に怖い思いをするという報告をルフィナがしてきた。
「今後は、調子に乗ってハルトをほったらかしにするのは止める……」
賢明な判断だね。
そしてどうしてバミス法国の物は名前が長くて言い難いのか。
どうにかしてほしい。私とハルトはその日一度もまともに言えなかった……。
フェ……なんとか、作者が考えたのに噛まずに言えません。
そしてご提案頂きました黒にゃんこ様、ありがとうございます!! コラボ作品として登場させて頂きました!!
このつまみ細工はバミス法国との関係進展、ジュリへの下賜品と初期設定から決まっていたためストーリー内での登場時期などが動かせずこんなにも遅くなりました。
まさかニ年以上かかるとは、作者ドン引きデス。
こんな感じで、また忘れた頃に(ほんとに話忘れてると思いますが)コラボ出て来る予定です。
改めて企画に参加頂いだ皆様と黒にゃんこ様には感謝申し上げます。ありがとうございます!!
次話もフェ……なんとかとつまみ細工のお話。




