26 * ローツ、今後について考える
久々にローツの語り。
ちょっと文字数多めです。
「ローツ、カイ、下がっていろ」
近づく見知らぬ気配に自警団のルビンたちが静かに、けれど確実に警戒した。しかしそれよりも早く動いたのがグレイセル様だった。クノーマス家の宝剣を手に取り気配のする方角、ククマット北西に位置する近隣の村へ繋がる細い道のある方へ向かうのを俺とカイも追った。
近づく気配は二十に及ぶ。強者は三人。特に一人桁違いのがいる。あのカイがそれに気づいて普段は決して人に見せない鋭い目をした。
十七の気配は俺たちを囲むように離れたところにある。強者三人が、三日月の朧げな光の下、迷うことなく真っ直ぐ向かってきた。
そしてグレイセル様が言葉を放った刹那、ビリッとしたそれだけで人を殺めそうな凶悪な気が発せられる。俺とカイは黙ってグレイセル様に従い一歩下がった。
スラ……と抜かれた宝剣が、近づく強者の歩を止めた。
緊張が走る。
宝剣がグレイセル様の魔力を纏いぼんやりと蒼白色の光を放った。
ヒュッ、とカイが奇妙な声を出した隣で俺は何とかそれを堪える。
【スキル:一刀両断*グレイセルのオリジナル】
だ。
「え、ちょっ、グレイセル様、それ、マズいんじゃ?!」
カイが狼狽えるのも当然だろう。ハルト以外は何でも真っ二つに出来るという規格外の【スキル】だ。あの『覇王』の首すら切り落としたそれを躊躇せず繰り出せる臨戦態勢に入ったのだ。
「そうでもないぞ」
放つ気とは裏腹に酷く落ち着いた声に驚かされる。
「【称号:戦王】に対抗するにはこれくらいが妥当だろう。甘く見るつもりはない、だから下がっていろと行ったんだ。私と一騎打ちになる場合お前たちには後ろに控える二人の相手をしてもらわなくてはならない。ローツはいいがカイは腕の立つ者たちとの実戦は久しぶりだろう、くれぐれもローツの足を引っ張るなよ」
とんでもないことをグレイセル様がサラッと吐いたぞ。
【称号:戦王】だと?
それを保有する人物はただ一人。
「……レッツィ・エダ・ネルビア?」
信じられない、そんな顔をしたカイの呟きを拾ったその人は、この場の張り詰めた空気を無視して高々に笑いだした。
「あはは、あははは! 参ったなぁ、ははっ、【スキル:鑑定】を持ってるのか。最早俺が敵う相手じゃない、とんでもない化け物が誕生したもんだ! あははは!」
「恐れながら、訂正させて頂きたく」
「ん?」
「わたしのは【鑑定】ではなく、ハルトから無理矢理植え付けられた【解析】というものです。あの男の持つ【全解析】は私には適合せず、私も特に必要とはしていなかったのですが、何故かそれが気に入らないと無理矢理、ええ、無理矢理与えられました。知りたい情報を知り得るまで時間がかかるという欠点がありますし、しかも時々『文字化け』なるものを起こすので使い勝手が酷く悪いのです。まあ、その代わり【神々の祝福】なる物騒極まりない【スキル】は【解析】の邪魔になるからとかなり小さく弱いものに書き換えたと言っていましたから、ジュリも喜んでくれたので結果としては良かったのかもしれません。しかし、とにかく、使い勝手の悪い【スキル】なので、正直いらない……そういう代物です」
その人はグレイセル様の淡々とした説明に毒気を抜かれたような顔をする。
「ですから直ぐに分かったわけではありません。しかしながら、抜剣の無礼お許し下さい……と申し上げるつもりはございません。その理由は、ご理解頂いているかと」
「ふっ、ふはっ、ああ、分かっている」
また笑いだした。笑い上戸なのか?
「ジュリに関わるな、だろう?」
「はい。ハルトから忠告されています。貴方様は何をなさるか予想もつかないと、ジュリを招きたいと思う気持ちをそう簡単に鎮められるような男でもない、だから気をつけろ、と。正直に申し上げますと、私としてはネルビア国大首長とのコネクションを持つことは吝かではございません」
「ほう!」
「しかし、ジュリが螺鈿もどき細工の盗難事件以降、ネルビア国の動向を気にしています。ですから、今ではございません」
「なるほどなぁ」
「このままお引取り下さいますようお願申し上げます」
「はははっ! それは出来ないな」
「……では実力行使させて頂きます、ご覚悟を」
ドン、という音を立てるほどの魔力が放たれた。みるみるうちに膨れ上がるそれに気圧されて周囲に潜む気配が乱れるのが伝わって来た。
「待て待て待て待て!」
本気で焦ってる、あのネルビア国大首長、【彼方からの使い】を除き事実上最強の戦闘能力を持つとされるあの【称号:戦王】が。いや、まあ、ジュリのことになるとグレイセル様を止める術がないんだ。この後大陸が大混乱するかも、ネルビア国が攻めてくるかも、なんてこと考えたりしないからグレイセル様は。この人が実力行使といったら実力行使、それ以外にない。全く抑える気持ちを微塵も感じないグレイセル様を止めるのは誰だ? 俺か? 無理だな。
「今回はジュリは無関係だ!」
「信用しません」
「え」
(うわ、グレイセル様、怒ってるな……)
問答無用だ、ククマットに来た時点でもうアウトってことだな。
そしてこの妙な落ち着きが恐い、躊躇いなんてない、迷いなんてない、そしてそこに相手の事情や気持ちを慮る感情なんて一切ない。これがグレイセル様がベイフェルア国史上最年少で騎士団団長に昇り詰め、最強の騎士団を育てられた理由でもある。
ほんと、この人は怖いんだよ。
「信用しませんと申し上げました。並の者では敵わぬ者を二人も従え、しかも周囲を取囲んでいる者たちもなかなかの気配。……常々ジュリが言います、『強いの大勢連れてきてる時点で喧嘩売ってるよね、グレイは相手の言い値より高く買える自信があるなら買っていいと思う』と」
まさかのジュリのとんでもない発言がグレイセル様に影響してるっ。しかも喧嘩の言い値ってなんだよ? 聞いたことないな!
「高値で買い取り出来るか判断しかねますが」
「おおい! 待てって」
「せめて言い値ちょうど、には」
「俺は喧嘩を売ってません!!」
……大首長が敬語。それくらいグレイセル様の本気を感じ取っているらしい。
「礼をしに来ただけだ! ゾムルト! お前が行け!!」
「は、はい! グレイセル・クノーマス伯爵に申し上げます! 父の命を救って頂きありがとうございましたぁぁぁ!!」
ゾムルトと呼ばれた、大首長の傍に控える強者の一人が大首長に尻を蹴られ前によろけながら飛び出して、その無様な動きのまま地面に這いつくばり叫んだ。
「父ビルダ・ガラヒアに代わり、一族を代表し、このゾムルトが御礼もうしぃぃあげますぅぅ!」
ひれ伏しながらの絶叫めいたお礼に、グレイセル様が魔力を散らした。
「ビルダ将軍のご子息か」
少し驚きの混じるグレイセル様の声にゾムルトと名乗った若き強者はパッと顔を上げ。
「はいっ、ゾムルトと申します。先の『覇王』討伐では父の命を救って頂き誠にありがとうございます」
「それについては、バールスレイド皇国、礼皇リンファに伝えるといい」
「すでにリンファ様にはご挨拶と共に御礼申し上げております。そのリンファ様よりクノーマス伯爵の判断と情報があったからこそだと……。あの時、既にバールスレイドは殆どが撤退、残っていたのはセイレック様ほか数名、伯爵もフォンロン王都にいたと聞いております。それにも関わらず、セイレック様に交渉して頂き、貴重な特級ポーションだったと父の傍に控えておりました者から聞かされました。あのとき、セイレック様は人命救助で多忙を極め父から離れた所にいたため気づかなかった、伯爵からの情報がなかったら見逃していたと。本当に、本当にありがとうございましたっ、この御恩、一生忘れることはございません、いつか必ず恩返しを」
「恩返しなど不要」
「しかし!」
「将軍のお体の加減はどうだろうか」
「え、あ、それはもう国の名だたる魔導師たちが驚く回復ぶりで。頂戴しましたポーションは欠損部位を完全に再生しました。ただ、流石に全てとはいかず、片足は形こそ元通りですが麻痺し、かろうじて足裏を地面から離せる程度しか動きません。それでもそれ以外はかつてのまま、体力と感覚が戻って先日は杖を付きながら新人兵士の訓練に混じり杖を使わぬ方の腕一本で全員を投げ飛ばしておりました」
「ははは、そうか、あの方らしいな。麻痺が残ろうとも己のすべきことを理解なさっておられる」
「え」
「伝えてもらえるだろうか。また、お会いしましょうと」
「あ、はい」
ゾムルトはグレイセル様が言っていることを理解出来なかったらしく、判然としない様子で返事を返した。
「な? 喧嘩売ってないだろ?」
「そうですね、しかしながら、それが貴方様がここにいてもいいという理由にはなりません」
空気を読んでいるのかいないのか。おどけた声で大首長がグレイセル様に問いかけた。
グレイセル様、顔が。
笑ってる。笑顔だ、怖いな。
「今ではない」
「その理由、聞いてもいいですか?」
カイの質問にグレイセル様が頷いた。
「ベイフェルアとネルビアの国境線問題がある時点で国から正式に【彼方からの使い】と認められていないジュリをネルビアに関わらせるのはどんな事態が起こるのか予測もつかない危険なことだ。クノーマス家とツィーダム家が度々王家にジュリを認めるよう打診しているが、都度強権派のベリアス家を筆頭とした有力家の口出しがな。アストハルア公爵も動いて下さってはいるが、穏健派が動くと強権派が更に活発になるから思ったような動きは出来ていないようだし、何より国王陛下が何度もその話をされてうんざりしているなんて事も聞いている。これ以上ジュリを認めさせることは現段階は不可能だ。それともう一つ」
「え、何かあるんですか?」
「穀潰しだ」
「ああ、あのボンボンとかいう名前になった素材……」
カイが首を傾げた。
「今、あれを活用したマーベイン辺境伯爵家によるネルビア側の国境線を治める首長への停戦申込み交渉のための接触が何度か成功している」
「!!」
「その接触が上手く行き、マーベイン辺境伯爵とその首長の交渉のための前会談の席が正式に設けられる事が決まるまでは決してジュリのネルビアとの関わりを表沙汰にするわけにはいかない」
「で、できるんですか?! 停戦なんて、ホントに、出来るんですか……」
「分からない。だが、たった一度でも『国境線の為』ではなく、『停戦の為』の会談が行われる事に意味がある。決裂しようが構わない、停戦までの道のりは今までの歴史から見ても困難を極めるだろう。だが、会談の目的が今までとは明らかに違うことに意味がある。停戦に向けての協議の場を設けていくかどうかを話すための会談が成されるまではジュリは出せない。……今の段階で関わらせてしまうと、今後『国境線の為』にジュリが利用されかねない。それは絶対に阻止しなくてはならない」
「確かに……」
「ジュリ自身が平和的な事に利用されることについては特に問題視していない、むしろ、ネルビア特有の穀潰しが手に入るなら利用して貰っても構わないとさえ思っている」
「あ、なんかそういうの聞くとジュリさんって、感じですね」
カイが若干引きつり笑顔になった。
「そう、そこだ。ネルビアにそこを狙われると厄介だと思わないか? ベイフェルアに対して特に苛烈なことをして突き放し関わってこなかった故に謎多き国だ。……我々の知らない素材が山とあるだろう」
グレイセル様が溜息をついた。
「ジュリがそれを知って『行きたい!』などと言いだしたら私は止められる自信がない」
ですよね。
「それをネルビアが知ったら? 停戦なんてする必要性を感じなくなるだろう。あちらはあちらでジュリをどうしても招きたい理由があるらしいからな。素材を餌にジュリを呼べばいい話になってしまう。だから今関わらせる訳にはいかないんだ、国境線を巡る争いを止める……その責任を長きに渡って背負わされ続けたマーベイン辺境伯爵家の努力と停戦という悲願に水を差したくもない。ジュリがそんなことを決して望むことも、ない」
先にカイを帰したその後、俺とグレイセル様は暗闇の中既に気配が消えたククマット北西の未だ手つかずの未開の土地に佇む。これから開発が行われる予定のため、そこかしこに必要な道具が置かれていたりするのを眺めたグレイセル様が溜息をついた。
「まさか来るとは思いませんでしたね……」
「まあ、私への礼がいい口実になってしまった、ということだろう。一度ご自身の目でここを確かめたかったのかもしれないし、運良くジュリの顔を見られれば、くらいはな。どうであれ、あの御方がジュリと会うのは今ではない。私は、その時までは何があろうと阻止するまで。手段は選ばないさ、いざとなればハルトの力を借りる」
「……グレイセル様としては、ネルビアの後ろ盾をジュリに、という気持ちには変わりはないんですか?」
「そうだな、多分……あの国こそ、ジュリが最も生きやすい」
【彼方からの使い】を崇拝する国。
確かに、ジュリにとって生きやすい国だろう。
バミス法国とは違って過激な面はあるが、ジュリを自国へ招きたいが所属してほしいとは望んでいない。つまり、ジュリが自由であることを望み、そのうえで友好関係を築きたいという姿勢を貫いている。他の国とはその近づき方が明らかに違っている。
この人がジュリをネルビアに移住させることはない。この人自身が、もう、領主という責を背負った。ククマットを、ベイフェルアを、捨てられないのだ。
ジュリを手放せない。この人は何があろうと、それは出来無い。
「父上とツィーダム侯爵、アストハルア公爵に話だけは通しておくべきか」
「それがいいかと。アストハルア公爵はネルビアにコネクションをお持ちですから、万が一の際には助言を頂けると思います」
「ああ」
(……ジュリの『国の』後ろ盾、か。グレイセル様は今後なかなか難しい判断を迫られることになりそうだな。リンファは先にヒタンリ国がいいと言っていたが)
ケイティ、マイケル、そしてリンファ。
彼らはジュリの後ろ盾には割り切った関係の国がいいと考えている。それでもそれぞれが微妙に意見の食い違いを見せているため、最終的にグレイセル様とジュリが決断を下したことに対して後押ししたい、と慎重な姿勢を見せるに留めている。
ククマットでこれだけ周りに影響を与えている時点で、もうジュリも無責任にこの国を出ていく、なんてことは言えなくなってしまっているし、ここに留まるにしても安易に他所の国の後ろ盾を得るわけにもいかない。国に認められていなくても、国内にはジュリの進めていること作り出すものに賛同し協力しようとする有力者達が日に日に増えているためその協力的な姿勢を無視するわけにもいかない状況だ。
ネルビア、か。
『今ではない』
グレイセル様の意見に俺も同意する。
今ではない、決して。
ローツは小難しいことを語らせるのに丁度いい人物。グレイセルでもいいのですが如何せんこの人はジュリ至上主義なので偏りがち。そこにローツが介入するとグレイセルのジュリ至上主義がマトモにみえる? 緩和される? んです。なので今回ローツに語って頂きました。
そしてハルトがグレイセルの【スキル】イジったらしいです。そんなこと出来るなら物騒なヤツ消してくれればいいのに、と思ったら、流石に消すまでは出来なかった様子。
「ははは! 見たか俺の実力!! 俺が付与すると消せねぇんだぜ!!」
神界からそんな子供じみた自慢が聞こえてきたとかなんとか……。
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