26 * 色々やってみればいいのよ
「シイが私の妻になりますし、なにより待望のクノーマス侯爵家の跡取り誕生ではないですか。アストハルア家としてはこれくらい当然です」
ケロッとそんなこというんじゃねぇ。おまえ、これいくらだよ。え、三百万リクル? 聞き間違い? 合ってるって? ああそう。
星空珊瑚は様々な条件が揃わないと育たない珊瑚だって、だろうね。あー、この模様銀河っぽい。こっちは何かの星雲に見えるねー、キレイダネー、スゴイデスネー。
「何故棒読みなんだ」
今そういうツッコミいらないよ旦那。
これはさ、加工しなくていいよ、うん。
このまま飾れ。
……泣きそうな顔するんじゃないロディム!!
確かに珊瑚はうちでも扱っている。ちょっとお高めパーツとしてアクセサリー類や小物のボタンなどに加工して販売しているけれど、それはあくまでもトミレア地区の海岸沿い、しかも浅瀬でも採れる成長の早い宝飾品に加工できる品種で、その中でも欠けたり発色の悪い物を集めているので一粒が数リクルの格安のものだけ。
眼前のコイツですが……。たとえ小指先の欠けたものから研磨した小さな珠一粒でも四百リクル以上するんだって。大きくなれば大きくなるほど価格はどんどん跳ね上がるらしい。
「根元の方はこの独特の色や模様が成長と共に薄れてしまうのでそんなに良い値は付きませんよ。細く枝分かれしある程度成長した部分が色も模様も美しいんです。高値がつくのはその部分ですね」
んなこといわれてもね。
値段聞いちゃったから、その説明明日には忘れそうだわぁ。
「ちなみに、こちらが欠けた部分です」
「あ、そうなの?!」
「これは海から上げられ、運ばれる間に折れたりした物です、こういうことは避けられないのと、大物は見栄えを考慮して意図して折ったり削ることもありますよ、これも一割ほどそういう理由で調整されています」
ロディムがポケットから取り出した包みを開いて見せてくれたのは、それこそ欠片一つ一つが宇宙のような模様をしている折れた歪な珊瑚だった。
折れた断面を見ると中は白いとか薄いなんてことはなく、紺色と紫のタイダイ柄が表面同様しっかりと見える。非常に幻想的な、珊瑚。
「……」
素直に綺麗だな、と思った。
地球では決してお目にかかれない。この金粉や銀粉のようなものも一体なんなのかという疑問はあるものの、そんな疑問が掠れてしまう美しさがある。
セラスーン様の瞳
夢の中でしか会えない神様の目は、こんな目をしていたかもしれない。見つめると吸い込まれそうな、不可思議な輝きを放つあの瞳は黒ではない。確かに、こんな幻想的で蠱惑的な瞳をしていたと思う。
「これ、使えるかも」
星空珊瑚本体は全体のバランスを崩さない、目立たない枝を数本折られ、折り取られた部分は磨き直された。巨大なその星空珊瑚はそのまま侯爵家で最も格式の高い貴賓室に飾られている。
……凄い存在感だよ、うん。
そして、折られた数本は宝石研磨専門の職人の所へと届けられ、現在加工中。
全く同じサイズの球体に加工されることになっていて、その中から最も発色の良い美しいタイダイカラーと金銀のグラデーションのものを二つ、後日クノーマス侯爵家のセラスーン様の像の瞳として嵌め込まれることになった。
セラスーン様の姿を見たことがあるのは実は私だけだったのよ。声を聞く機会の多いグレイですらセラスーン様がどういう姿をしているのか知らない。まあ、神様の姿を見ること自体が有り得ないんだけど、私が知っていてもそれは【彼方からの使い】だからという単純な理由で皆が納得していることに驚いたりもさせられたわ。
折ってもいいのか確認したとき何故だと問われて、セラスーン様の目に似ている気がすると言ったらすぐさまその事がグレイからエイジェリン様たちに伝わって、セラスーン様の像の目が変えられる事が即決してしまった。
「でも全て同じ球体にするとして、どうしても二つ以外は使い途がないし、それより小さな球体も出来上がるよねぇ、それもどうしようかなぁ?」
「全て神様ブレスレットにしてしまうのは駄目なのか?」
「駄目じゃないよ、一つはメインの珠として使うつもりなんだけど……全部使っちゃうのはつまらないと思ってしまったわけよ」
輝石のように宝飾品にするのは当たり前、それでは捻りがない。
ならばどういったものがいいのか。
例えば、この星空珊瑚に限らず珊瑚が真っ直ぐ伸びるのならば、その真っ直ぐさを利用して筆などにも出来たけれど真っ直ぐと成長することはまずあり得ないし、そもそも球体に加工されたものが届く。
さらに言えば大きさと形が限られる上に既にセラスーン様、つまり信仰に関連するもの二つに使われるためそこから離れたい、という気持ちがある。
「宝飾品でもなく、信仰心を示すものでもなく……随分制限があるな」
私の考えを聞いたグレイが難しい顔をする。今日も勉強のために同席しているロディムなんてぽかんとしちゃってるよ。
「ロディムのその顔ウケる」
ニヤッと笑い呟いた私を見てハッとして恥ずかしそうにするロディム、面白い。
……面白い?
「……そっか。面白いものでもいいよね」
球体ならば転がる。
転がして遊ぶほど安いものじゃないけど。
でも、侯爵家ともなれば高級な素材で子供が遊んだって誰も文句を言ったりしないよね!!
それに、この祝い品は全てウェルガルト君へ届いたもの。使い切れない物は侯爵家の人たちが使うとしても、基本ウェルガルト君の物が最優先。
生まれたばかりの彼に与えられるものは限られているけれど、子供の成長は早いと言うし、数年後に使うことを想定したものを用意したって問題ない。むしろ、成長するにつれて変わってしまう好みのせいでタンスの奥にしまわれてしまう宝飾品になるより良いような?
「幻夢の木の他にも高級木材の見本あったよね?」
「ああ、目録ももう一度見るか?」
「うん、ちょっと見せて」
侯爵家が進めている乳幼児の服や玩具がメインのお店の商品には知育玩具としての役割を果たすものも含まれている。
それらは一般販売用に価格を抑えたものなので種類は少ないけれどケイティの意見を参考にして良い品の準備が進んでいる。
そういえばこの手の知育玩具はまだ手掛けていなかったな、とふと思い付いたわ。
「今、いい感じのものが浮かんだ気がするの」
私の一言にグレイは目を細めて微笑んだ。
「筆と紙を持って来よう」
『ピタゴラ〜』というネーミングの知育玩具を使用したことがある人はどれくらいいるか分からないけど、テレビの教育番組で見たことがある人は多いと思う。色んなものを並べて、組み合わせて、繋げてそこをボールが転がり、はねてゴールに到着する番組冒頭のあの短い時間、私は好きだった。こんなの作りたい!! って思う派だったしね。
私は紙に一気に『パーツ』を描く。
「これは、積み木ですか?」
「積み木とはちょっと違うのよ」
私の描くものを見るロディムは首を傾げる。
「……溝と、穴、ですね」
「そう、溝と穴。ここをね、ボールが転がって、ゴールに到着する、積み木の立体迷路のようなもの。今のところ描いているのは基本的なパーツで、例えば漏斗、歯車とか凝った作りのパーツがあればなお楽しいかな。そして、自在な組み合わせが出来るようにそれぞれのパーツは統一された単位でサイズを決めて、低い所、短い所ににはその単位で作られた補助パーツを追加すればいいようにするの」
それを聞いた瞬間、グレイが部屋を出ていった。はて、何だろう? と首を傾げると戻ってきた彼のその手には真新しい積み木があった。
「借りてきた、これで説明してくれるか」
ああ、そういうことね。
私は積み木を重ねたり並べてそこを指でなぞる。
「ここに溝があると思ってね。ここをボールが転がっていくのは想像できる? で、このパーツ達は溝だけじゃなく、図にしたように穴があったり、カーブしていたり。そして、積み木パーツだけじゃなく、漏斗の側面をコロコロ転がって落ちていったり、ボールの重みと落ちてくる動きで歯車が回ったりする凝ったパーツも加える。で、これらのパーツは」
手で積み木をわざと全く違う形に積み直す。
「パーツの単位さえ決まっていれば補助パーツを使ったりすることで高さや長さを調整できて自由に組み替えられる」
今度は積み木を二つ、わざとカツカツとぶつけて見せる。
「ただし、単位がいくら揃っていてもこのままじゃ重ねるしかできないからボールなんて転がせないしちょっと触ったらすぐに崩れる。組み立てることを考えればそれぞれの角に凸凹した噛み合わせが出来る工夫をするか、もしくは穴をあけて棒を差し込むことで固定できるデザインにする。……棒を差し込むタイプがいいかな、突起だと遊んでるうちに欠ける可能性もあるし、棒なら後からいくらでも追加出来るし」
一珠安くても百リクルもするボールを高級な木材を小さく加工して溝まで彫ってそこを転がして遊ぶなんてなんて贅沢な!! と、思うけどまあそこは気にしてもしょうがないってことで。
「知育玩具、と言うんですか」
「今侯爵家が生産をしている玩具類にも一部そういうのが含まれてるから今度見せてもらうといいよ。そもそもこの積み木自体が知育玩具でね」
「積み木もですか?」
「好きに自由に重ねる、それが脳の発達や活性化……考える力や想像力を豊かにするっていう考えが私のいた世界にはあったのよね。ケイティが考えてくれた布製の絵本もそう。はっきりした色合いが子供の脳を刺激したり、それを見たり触ったりしてコレはなんだろう? っていう疑問や興味そのものが思考力や想像力を育てるんだよね」
「思考力を、想像力を、育てる……」
「そしてこの自在に組み換えられる立体迷路はその発展版、ちゃんと考えないと行き止まりになったり、溝からはみ出して落ちちゃったりするわけ。だからゴールさせるためには自然と頭を使うことになるよね、どうしたらいいのか、なんで止まっちゃったのか、落ちたのか、考える」
「ちょっとやってみたいな」
「グレイならそういうと思った。ローツさんと二人であーだこーだ言いながら物凄いのを完成させるのが目に浮かぶわ」
「いや、どっちがより複雑なものを作れるか、競うな」
「それで数時間後にやり切って二人で突っ伏して寝るパターンね」
「かもしれないな」
私達がふざけてそんな会話をしているそばで、何故かロディムは僅かに俯いた。
「どしたの?」
「あ、っいえ、何でもありません」
パッと顔を上げたロディムの奇妙な表情。困惑と恥じらい? そんなものが見て取れた。するとグレイが突然、ロディムの頭をグシャグシャとなで回す。
「な、何ですか?!」
「恥ずかしいことではないからな」
「えっ」
「私なんてジュリの考えたものはいつも全力で試している」
ああ、そういうことね。
「そうだよねぇ、まるっきり子供だよね、ああいうときのグレイは。そこにローツさんとハルトが入ると手の付けようがなくなるんだから。積み木だって三人でどこまで重ねられるか挑戦って、四角いのをひたすら重ねてたことあったよね?」
「やったな、全体のバランスを常に見ていないといつの間にか傾いていたりするから侮れない。……子供の頃に欲しかったと思うのは私も同じだ。恥ずかしいことではない、子供の頃に無かったなら、それが今あるなら、今試せばいいし楽しめばいい。ただ指を咥えて黙って見ているよりも、経験しておくべきではないかな」
ロディムにとって、『アストハルア』とは自分の姓、生まれた家、家族、そういうものよりも『後継者』という重みが圧倒的に占めるものだろうといつも思う。
物心つく前から後継者としての教育を施されてきて、そしてそれが当たり前で、疑問に思ったことなんてないはず。それは今も変わらないのかな。
それでも、彼の中で父『アストハルア公爵の変化』を感じ取っていたはずだ。
派閥を超えて私のすることに協力してくれるその姿を見て、彼は疑問に思ったはず。
父を、公爵を、なにがそこまで動かしたのか、と。
そんな父が何を息子に望んでいるのか。
ある日その事で私に向かって言った言葉を思い出す。
―――今日のような話をしてやってくれ。君から見た些細なことでいい、それを何度でも、何度でも、聞かせてやってくれ。君が思うこの国の、世界の憂いを。次期公爵に、新しい世界を見せてやってくれ―――
そうですね、公爵様。
知ったほうがいい、見たほうがいい、この国を背負う一人として。
理不尽なとこ、不条理なこと、仄暗くてくすんだ世界も含めて、見るべきだ。
目を逸らさず、立ち向かうために。
なんでもいい、公爵様の言う通り、些細なことでも見るべきだ。
そして、そんな心が荒んでしまいそうな現実を笑い飛ばせるように。
同じだけ楽しい経験を。
子供の玩具でも、難しい本でも、楽しいと思えるものがあるなら、とことん触って見て、感動したらいい。
虚を突かれ、そして次第に心にある好奇心が滲み出て、それを何とか抑えようと表情筋を抑えるロディムを『若いなぁ』なんて事を思い眺めた日。




