26 * 祝い品は
お待たせいたしました。
新章開始です。
エイジェリン様とルリアナ様の間に生まれたウェルガルト君。
クノーマス家待望の後継者の誕生に最早侯爵家は毎日お祭り騒ぎ。
なかなか子供に恵まれないのをいいことにエイジェリン様の第二夫人の座を狙っていた家や女性たちも鳴りを潜め、というか手のひら返して今度はお祝いの品を贈ってくるらしい。
そのお祝いの品は部屋一つを埋め尽くす勢いで、これは爵位が高ければ高いほどそれに比例し質も量も増えるから当然のことなんだって。
その中には全く溝の埋まらない強権派からの物もある。お祝い事を無視するというのは由緒正しい貴族としてあるまじき行為になるとかで、どんなに仲が悪くとも伯爵家以上となると敵対派閥の高位貴族に最低でもお祝いの手紙もしくは贈り物として定番のお花を贈るのがマナーであり嗜みとなるそう。
「で、使えそうなものは使ってほしい、と」
私はその山となっている、まだまだ届くであろう祝いの品を前に腕を組む。
今回エイジェリン様から『面白いお願い』をされたのよ。
それはね、これらの品を使って何か作って欲しいというもの。
私とグレイからは先日作ったおむつケーキを始め使えそうなものは全部完成品を贈っているんだけど、他の家々からの贈り物は少々その質が違う。
その最たる例が同派閥のツィーダム侯爵家からの贈り物から分かるんだけど。
金の延べ棒。
その生々しい贈り物に私はドン引きしたんだけど、これが貴族では普通らしい。金持ちの贈り物、可愛くない (笑)。
つまり、既製品よりも、後日好きに加工してくださいね的なものが贈り物の大半を占める。日本でいうとご祝儀に相当するものかもしれない。
そんな品々の加工もしくはデザインをしてほしいとお願いされたんだけど、とにかく見てみないことにはどうにもならないのでこうして侯爵家を訪れたわけ。
「一番下の弟が生まれた時の事を思い出します」
「ああ、リウト君だっけ?」
「はい、私は十二歳だったんですがこんなふうに物で部屋が埋め尽くされたのが面白くて妹のセレーナとこっそり部屋に踏み込んで、勝手に箱を開けたりしていたら崩れて来てしまって。流石にあの時は普段温厚な母にきつく叱られました」
「ロディムでもそんなことするんだ? てゆーかセレーナ嬢も? そんなイメージなかったわ」
「結構じゃじゃ馬なんですよ」
懐かしい思い出を教えてくれたロディムは今回お勉強ということで付き合わせることに。
お勉強といっても難しいことはなく、私がどんなものを扱える素材と見做すか、職人さんにどんなものを依頼するのか、私の感覚でどういうものが目に留まるのか見てもらうため。これに関してうちではキリア、フィンの他にグレイとローツさんも日々勉強してもらっていて、もちろん格安素材を発見するのが私の本分だけど、それだけではなく既存の物もさらなる使い途が見つかる可能性もあるので様々な物を見て考察・想像する習慣を身につけるために行っていること。知識の蓄積はものつくりにも必ず必要だし役に立つからね。
ロディムもいずれは父親の公爵様が購入した移動販売馬車を活用して領の物を売りたいという構想があるようなので、それをさらに活かせるようにするためにも今回はいい勉強になるはず。
ちょっとだけ無駄に気合が入っているロディムの肩をグレイが優しく叩く。
「そんなに気負わずにな」
「え?」
「良いものを見つけようとする気持ちは大事だが、それに拘り過ぎても視野が狭くなるから。面白そうなもの、変わったもの、そういうものも混じってたら良いな位に軽い気持ちでいい」
「……そういうものですか?」
グレイに言われたことが信じられないのか、というかピンと来ないのか、ロディムの目が私に向けられ疑問符浮かびまくりの顔で確認してきた。
「んー、グレイの感覚でもまだ硬いかなぁ」
「そ、そうなんですか?」
「私の場合、数が多いときはまず消去法だしね」
「消去法、ですか」
「これは無理、危険とか、そういうものをまずはどんどん外していくわけ。それで残ったもので何か作れないかなぁって想像を膨らませる感じ」
「素材の価値とか、入手方法とかは」
「それは後からね。最初からそれで物を見るとほぼ残らないから」
早速それを実践してみせる。
まずは 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》で扱えるものとそうでないものに分けてしまう。
この作業だけでまさか一時間かかるなんて誰が思うか!! うん、大変だったよ。
でも今回ここにあるものは全て何かしらに必ず加工出来るものしかないので、楽と言えば楽なのかも?
で、まずはツィーダム家からの金の延べ棒。
これについてはピンと来た。
「額縁にしようか」
私の迷いのない言葉にグレイがピクッと反応する。
「侯爵家の額縁あるよね、あれの小さい金バージョン。この金の延べ棒はそれがいいかな」
銅と少量の金と白金、そして大量の擬似レジンで作った額縁。
侯爵家で品種改良され、侯爵家を象徴する薔薇を銅で立体的に作ったあれの、金の延べ棒一本で作れる大きさの額縁がいい。
「金細工職人のノルスさんなら額縁の制作に携わってるから特別な打ち合わせも不要で直ぐに作ってくれると思うよ、あの人現役引退してから好き勝手物を作ってるし、大きな仕事任されるの好きみたいだし」
グレイがフーッと息を吐き出した。
「なによ?」
「……考え付かなかった。金は大半が家紋入りの、聖杯になる」
「信仰する神様の祭壇に水を入れて供えるやつね。あれも良いと思うよ。でも折角なら特別な物が良い、ウェルガルト君にとって後に自分の子供に残してやれるものが」
グレイの言ったように、貴族の家に生まれると個々に聖杯を作る習慣がある。それは信仰する神様に祈りを捧げる際に聖杯に水を入れて供えることから来ているんだけど、庶民はそもそも聖杯は持っておらず、神殿に行って祈りを捧げるだけで聖杯は祭壇に神官が皆の代表して毎朝供える、というのが一般的。
貴族になると自宅に祭壇があるため自ら聖杯に水を入れて供えるんだけど、生まれた時から信仰しているという証として個々に聖杯を作る家が多い。かくいうグレイも勿論聖杯の所有者。
でもね、これの問題はあくまで個人のものになるので子供にそのまま継承することがないの。その人が死んだら他の物に作り替えちゃうか、お墓に一緒に入れるかになる。
……勿体ないよねぇ。
「額縁なら……侯爵家の額縁のように継承してあげられる。宝飾品でも良いけれど、結局は大人になったときに好みに合わなくて作り替えちゃう場合も多いんじゃないかな。それならいっそのこと、小さくてもそのまま残せる額縁にしてあげるのがいい。ウェルガルト・クノーマスが子孫に残したものってわかるようにね」
グレイとロディムが黙ったまま。どしたの?
「それと、この金の延べ棒は同派閥ツィーダム家から贈られたもの。現在の良好な関係を考えると貰って嬉しい気持ちと感謝を一番伝える相手じゃない? クノーマス家の誠意を見せるという意味でも、茶会や夜会の席に飾って見せられるのはいいことじゃない? 今後もよしなにって意味も含ませられるよね」
男二人どうした、黙ったままで。仕事しろ。
「ジュリ」
「何ー? 手を止めてないで出来そうなものを考えて」
「ジュリのようには思いつかないぞ」
「は?」
振り向くと、グレイが困った顔をしてため息ついて、ロディムはその隣で物凄い真面目な顔して頷く。
ああ、なるほど?
何となく分かった。
「どこに重きを置くかの違いだよね」
貰ったものを加工する。
私は『くれた人への配慮と使う人の都合』で考えた。
でもグレイとロディムは違う。『過去の慣例や風習を優先』『家格に見合った物』が浮かんだのだと思う。
それだったらわざわざ私に頼まないよね、エイジェリン様は。
大体さぁ、私がこの世界の貴族の習慣とかルールとかその辺にぶん投げてることを忘れて貰っちゃ困る。今勉強中、でもあんまりやる気ない私にグレイ達の価値観で考えることこそ無理だって! だから私は自分のできる範囲で思いつく範囲で何を作ろうかな、と考える。その過程で額縁が出てくるのは当然のこと。
さあ、どんどん考えるよ!!
大粒の真珠はマーベイン辺境伯爵家から。
スカイドラゴンという魔物の藍色で艷やかな魔石は中立派のトルファ侯爵家から。
「……これで作るのもアリだわ」
「何をだ?」
「神様ブレスレット」
真珠とこの藍色の魔石、そしてとある商家から贈られた綺麗な金色の糸。
高級な素材が集まることは事前に知っていたので、その中で今頭の中に浮かんでいるものが作れるかな、と期待をしていた。そしてまさに使えるものが目の前に。
「これでウェルガルト君だけのオリジナルの神様ブレスレット、かっこいいよ」
うん、グレイも頷いてくれたので決定!
贈り物として一番多かったのは上質な反物。無地が多いけれど一部はこれでもか、という豪華な柄のものもあってこれはどうしようかと悩む。
「……布はこの家のお針子さんと 《レースのフィン》とフィン本人にぶん投げよう」
「そこはブレないんだな」
「ブレないんですね」
グレイ、ロディム、うるさいよ。
他にも変わったものだと断面がまるで何かの鉱石のような艶と透明感のある魔性植物の幻夢の木という丸太。……高級なものなんだろうけど、贈り物で丸太って、どうなんだろうという私の微妙な気持ちはグレイとロディムにはどうやら伝わらないようで、私がまじまじ見ていたら興味を持ったのだと勘違いして説明をし始めた。
「幻夢の木ですね、これはとても硬いので切り倒すのも大変です。斧の入れ方が悪いと年輪に沿ってヒビが入ったりしますし、そもそも斧も魔法付与で強化されたものが必要とされます」
「もしくは風魔法の使い手による切断がいいな、これは断面がきれいだ、おそらく魔導師がカットしたものだろう。ちなみに幻夢という名前から分かるように幻覚を引き起こす香りを花が放つ、見つけてもその香りにやられて森をさまよう事になるので状態異常を回復できる魔法を使えるかその手のポーションを所有していないといけないからな、幻夢の木を見つけ、伐採し更に持ち帰る依頼は冒険者ギルドでも受けてくれる冒険者がなかなか見つからないというのが常なる悩みだ」
伐採作業自体が大変な上に帰れない可能性があるからそれが値段を跳ね上げる原因ってことらしい。
「けれど手に入れるだけの価値はあると思いますよ、これから削り出した器などは透明な濃茶に年輪の筋が美しい独特の模様が浮かびますから」
なるほど。
「んじゃこれで聖杯作ればいいよね。しかも季節ごとに模様の違う聖杯とかね、んー、と? これの贈り主は……ラッジェ伯爵様だね!」
螺鈿もどき細工の共同開発先の伯爵様からだった。クノーマス家とはいい関係が築けているみたいだから幻夢の木を入手してくれたのかな、そう考えると聖杯になったらびっくりするかも。幻夢の木の聖杯って珍しいみたいだし話題性としては文句なしかもねぇ。
なんてことを独り言のように喋るのを必死にメモを取るのはロディム。真面目だなぁ。
そうやって粗方私が思いついたものや加工しやすい、色々なものが作れるものをどんどん移動し、残ったものは私ではちょっと難しいというものなのでそれらについてはそのまま侯爵家でどうするのか決めてもらうことに。
そんな中で一際目を引く、ポツンと残った存在感マックスなもの。
メモを取り終わったロディムの目が訴えてくる。
すんごい訴えてくる。
ジュリさんが加工してください、加工してくれますよね? って。
「ロディム」
「はい」
「あんたのお父さんからのこれは私加工したことないよ」
悲しそうな顔をするんじゃない。
予感はあったんだ。
そう、この存在感、こんなの寄越す奴は限られてるって。
もし、これをディスプレイケースに入れるとしたら、一辺が百五十センチ以上必要。
そして、私の知る色とは全く違うものだったのでグレイにこれを見て念のため、開口一番確認した。
「これなに?」
と。
グレイは知らない。地球にこの色の物がないことを。
だからとても驚いた顔をしたのよ。
《ハンドメイド・ジュリ》でも格安の別色を扱っているから。
「なにって……見たままだろう?」
そんなに驚いた顔しないで欲しいわね。
「まあ、サイズは最大級だしこれ程の発色の物は私も初めて見るが」
侯爵家の次男でも初めて見る代物だってさ!!
「こんなデカいので実物は初めて見るわ! しかも地球にこんな色のはねぇわ!!」
これ、どうすんだよ……と吐き捨てるように呟くことになった最後に残ったアストハルア公爵家からのお祝いの品は。
星空珊瑚。
藍色と紫のタイダイカラーにキラキラと金粉や銀粉を振りかけたようなそれは、まさに高性能なカメラで露出を目一杯にして撮影した、幻想的な宇宙の様々な表情をそのまま転写したかのような特大の珊瑚だった。
これを私にどうしろと言いたいの、ロディムよ。
珊瑚と聞いて気になった方は、『赤珊瑚』『宝石珊瑚』などと検索すると宝飾品になる珊瑚について色々出て来ますので見てみると良いかもしれません。
※星空珊瑚は架空の珊瑚です、そして成長の仕方なども違うと思って下さい。あくまでこのお話の中でのことなので『珊瑚ってこうじゃないの?』などの疑問は読者様の心の中でだけにしてください(笑)




