◇クリスマススペシャル◇ 室内での楽しみ方
クリスマススペシャル後編です。
クリスマス・マルシェは明日が最終日。それもあって今日の人出は今までで一番だったかな。
来年以降さらに人出が多くなりそれに便乗した犯罪なども発生する可能性もあるので警備体制の見直しもしていく時期に入ったし、マルシェも今回の体制が完璧というわけではないので、後日改良、改善点を見つけて話し合おう。
折角いいイベントになりつつあるからね、もっと楽しく快適になるよう努力あるのみ。
そしてクノーマス侯爵家と、ククマットに別荘を所有するアストハルア公爵家は明日のクリスマスパーティーのために皆が早々に床につくことになっているという、聞いてもなんの益も得もない情報が齎されて笑ったわ。
クリスマスに合わせて王都から帰省しているシイちゃんはロディムと共に明日はアストハルア公爵家のパーティーに出るらしい。
「シイも呼ばれているからその場で穏健派の親しい重鎮たちに紹介してもらえるようだ」
「あ、なるほどね」
「皆クリスマスパーティーを楽しみにしていたと聞いているから紹介も穏やかな雰囲気で進むのではないかな。良いときにしてもらえると父上たちも喜んでいた」
「それならついでに婚約式もしちゃえばいいのにね?」
「アストハルア公爵家の嫡男の婚約ともなれば私達の結婚式規模の招待客がいて当然の盛大なものになるぞ」
「……そのコーディネートをグレイはするんだ?」
「……仕方ないだろう、頼まれたんだから」
こらお兄さん、目をそらさない。
「その流れで結婚式のコーディネートさせられないよね? リンファの時レベルの大変さが待ってる気がするんだけど」
「それについては心配ない、結婚式にまでクノーマス家が出しゃばると穏健派が黙っていないだろうからアストハルア家が取り仕切ることになる。会場の飾り付けの助言を求められる可能性はあるが、その程度だろう」
それなら安心だね。
夜遅く屋敷に戻った私達。
「ふぁぁ、疲れたぁ」
「明日は私達のクリスマスだ、昼間から賑やかになるから今日はゆっくり休もう」
「……」
「どうした?」
「クリスマスイブだから目一杯やろう、とか言うのかと思ったから」
「するか? 出来るぞ?」
「いや、疲れてるから遠慮するわ」
「遠慮するな、軽く体を動かした方が寝付きがいいだろう」
「さっきまで散々歩いたわ!」
「まあそう言わず。折角ジュリから振ってくれたし」
「振ったわけじゃない!!」
「体が冷えたからまずは風呂だな」
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
小脇に抱えられ、風呂に連行され、洗われた。
多少遠慮はしたらしい。
「……無理、もう、寝る」
「そうだな、続きは明日の夜ということで」
「……」
返事はしないでおいた。
朝はゆっくりと過ごし、朝食を食べて落ち着いたら。
「さあ、クノーマス伯爵家初のクリスマス! グレイ、準備するよ!!」
「はいはい」
すでに飾り付けされている屋敷の一室。
そこをさらに私達で飾っていく。
今年のクリスマスは私達と屋敷の管理・維持に欠かせない料理人さんや使用人さんたちとその家族、そしてローツさんとセティアさんという総勢四十人のホームパーティーにした。ホームパーティーにしては多いと思われるかもしれないけれど、貴族の開くパーティーの規模としては小さいのでホームパーティーってことで。
料理人さんと使用人さんたちには午後からのパーティーのための料理に専念してもらい、他のことは私とグレイが全部するんだけど基本的な飾り付けは既に済んでいるので特に難しい事はない。
「プレゼント確認した?」
「ああ、名札も付けたし数も間違いない」
屋敷で一番広い部屋の中で一際存在感のあるクリスマスツリーの下に、パーティー参加者全員へのプレゼントが積まれる。その数四十なのでなかなか壮観だわ。こんなの日本ではまず無理な事だったからちょっと感動。
他には引き出しタイプの物と、壁に飾れるガーランドタイプのアドベントカレンダーも数カ所に忘れず設置する。毎日一つずつ開けていくものだけど、今回は誰かが何気なく開けたらお菓子やキーホルダーが入っていてびっくり! というのを狙っている。宝探し要素として楽しんでもらえたら御の字かな。
そんなお楽しみ要素の仕込みをしつつ、配置などに拘っていたらあっという間にパーティー開始の時間。
「ようこそ、クノーマス伯爵家のパーティーへ」
ローツさんとセティアさんを皆で迎え、そしてパーティー会場へ。
私達が飾り付けを始めてからは誰も入らないようにしてもらっていたので扉を開けた瞬間皆がわっと明るく軽やかな驚きの声を上げる。
「す、凄い……」
足を踏み入れたセティアさんが呆気に取られた様子で立ち止まってしまう。彼女にとって今回が初めてのクリスマスだからね。クリスマス・マルシェなどをその目で見て何となくクリスマスの雰囲気は理解していたけれど飾り付けられた室内を見るのはこの屋敷が初めてなので私とグレイの気合の入ったコーディネートは衝撃的らしい。ローツさんに背中をそっと押されてようやく立ち止まってしまっていたことに気づいたようで、一瞬目を見開いて慌てて数歩前進したもののまた直ぐにその歩みは遅くなって立ち止まってしまった。
去年はリンファとハルトの結婚式のコーディネートでバタバタしたので盛大なパーティーはしていないこともあり今年は盛大にしようと張り切った結果。
グレイの希望で青と銀色をメインカラーにしたクリスマスパーティー会場。
グラスも皿もカトラリーも特注で青地に白の模様にしてあるし、テーブルクロスも白地に銀や青の刺繍。小物も青と白、差し色で銀と金に拘った。その色に拘りすぎてなんとサンタさんがいないという事態に。試しに青いサンタの衣装を作り人形に着せてみたんだけど。
「サンタじゃない……これ、青い服着た爺さん」
そんな独り言が出てしまう事になり、サンタさん不在のクリスマスパーティーになってしまった。
その代わり雪だるまやトナカイのぬいぐるみは白と青の様々な布を使ってパッチワークで可愛く作ったの!! いや、ごめん。作って貰いました。私裁縫そんなに得意じゃないので。
室内に入って暫くは皆で飾り付けを見て回るという鑑賞会が始まってしまった。予定になかった事なのでグレイと二人で不思議な時間が始まったぞと笑いながらそれを眺める。
「これ、いいなぁ」
ローツさんが暖炉の上にある物を見て呟いた。
「それいいでしょ」
「これしかないのか?」
「うん、ホントはローツさんにもって私もライアスも考えてたんだけど間に合わなくてうちのだけ。来年で良ければローツさんたちの家用にも作るって言ってたよ?」
「よろしく」
「オッケー、ライアスに伝えとくね」
あっという間に製作が決まったのは、暖炉に合わせて今回ライアスが作ってくれた金属製の暖炉の飾り。柊の枝や雪だるま、家、ソリとトナカイとサンタクロース、それからリボンがかけられたプレゼント。それらが全て金属で作られている。わざと凸凹させた歪みある鉄板を継ぎ接ぎしてもらい現代人がみたら一昔前のちょっと古びたブリキの玩具を彷彿とさせる、なんて感想を貰えそうな物に仕上がっている。いつもお世話になっているから欲しい物があれば作ると言ってくれたライアスに甘えてあれこれ注文して完成したこの暖炉専用の飾りはこの暖炉の幅と奥行きにあわせてあるので唯一無二と言っていい。
「可愛い、です」
ちなみにセティアさんはさっきから『凄い』『可愛い』しか言ってない。語彙力が低下中 (笑)。
そして使用人さんの子供の一人が特大ツリーの下にあるプレゼントに自分の名前を見つけてそこから一気に皆がツリーに注目。
「はい! それではいきなりですが皆にプレゼント配りまーす!! いつも屋敷の維持と管理ありがとうございます、ささやかながら皆にプレゼント用意したのでそれぞれ自分の名札の物を取ってね!!」
プレゼントにあまり価格差が出るのも良くないので今回は手袋やマフラーなど今の季節に重宝するもので統一させてもらった。でもちゃんと全部新作だぞ、女性と女の子のは穀潰し様を使ったものだし男性と男の子のは新色のものだからね。
「ローツさんとセティアさんのはこの辺全部揃ってるだろうから違うのにしてみた」
「えっ、私達も、ですか?」
「うん、はいどうぞ」
「あ、ありがとうございますっ」
子供みたいに目を輝かせたセティアさんは可愛い。
二人には何が良いかなぁと悩んでねぇ。
あ、ローツさんが中を見て硬直。
で、我に返り折角開けた袋を、閉じた。
「ちょ……お前、これ……」
ローツさんの手が震えだす。セティアさんはそれを初めて見るので何だか分からない様子。
「余ってるから一個や二個あげてもいいかなぁ、と」
「待て、これ、袋にこんな無造作に入れるものじゃ、ない、よな?」
「えぇ? でもそれにまともな魔法付与出来るのってマイケルくらいだよ、現段階ではただの加工された魔物素材だから。袋でよくない?」
ローツさんが何かを訴えるような目をグレイに向けた。グレイは、というと。
「……私ではないぞ、それをプレゼントにすると言い出したのはジュリだからな、私はその件で一切の苦情は受け付けない」
笑顔でそう返した。
まだ何だか分からないセティアさんの耳元でローツさんが囁く。
「え、『たそ』……」
全部言い切る前にセティアさんがこれ以上はマズイと思ったのか、んっ、ときつく口を閉じた。
「アストハルア公爵様からこれの所有権は完全に私に譲渡してもらったから大丈夫だって! 誰も文句いわないから!!」
「ジュリ、そういうことではないと思う。これの扱いについてジュリはもう少し慎重に、熟慮し、そして人に譲るのはどうだろうかと一度思い留まるという感覚を身につけるべきだ」
旦那に怒られた、何でだ。
プレゼントを皆で開けて賑やかな空気になり、そのタイミングで料理を運んで貰ってからは完全にアットホームなパーティーの雰囲気になった。
子供たちが持ち前の好奇心でアドベントカレンダーにお菓子などが入っているのを見つけ皆で我先にと開けたりするのを大人たちが微笑ましく見守り、時には独り占めするなと怒られる子がいてそれを見て笑ったり。
ローツさんとセティアさんは……隅っこでコソコソ真剣に話し合ってる。私からのプレゼントの扱いについてマジで話し合ってる。それ、家でやってくんない?
そして今回はただ食べるだけなのもつまらないと思い子供たちが親と一緒に楽しめるように『お菓子の家セット』を用意したのよ。
クッキーが家のパーツとなり、接着剤の役割を果たす砂糖がメインの材料となるアイシングを用意して、飾りにキャンディやドライフルーツ、チョコレートを好きに飾れるように沢山用意。これは侯爵家のパティシエさんたちに協力してもらったのよね。完成品はちゃんと箱に入れて持って帰れるようにもしたので、ここで作ったら食べて終わりではなく家で数日なら飾ることも出来る。そして持ち帰りが楽なようにちゃんと専用の箱よ、箱だって大事な要素だからね。
子供達が真剣に作る姿を微笑ましく見守る大人、とはいかなかった。
「掛けすぎ掛けすぎ! チョコレートだらけになってるじゃない!!」
「バカ、力入れ過ぎだよ! ほら見なさい、われたじゃないか」
「お前、それ屋根の部分じゃねえか、今食ってどうすんだよ!」
子供って、自由だね。
親のアドバイスや注意なんて完全無視で好きに作るし中には大事なパーツをたまらず齧っちゃう、そして自由ゆえに、まあ、見事にクッキーの欠片や飾りのお菓子、チョコレートやアイシングでテーブルも床も大惨事 (笑)。
チョコレートをドバドバ零した男の子のお母さんである、掃除を主に担当してくれている使用人さんが。
「……絨毯が……」
泣きそうになってた。大丈夫、汚れるの分かっててやったからと言っても暫く悲壮感漂わせてた。
クリスマスだからいいんだよ!!
そして夜。
片付けも終わり、皆が帰った屋敷でグレイと二人でソファーに倒れ込むように座る。
「疲れたわ!」
「そうだな」
「でも楽しかった!」
「ああ、そうだな」
私とグレイは気づけは食事はおろか飲み物もあまり口にしていなかった。ホストとして準備から片付けまでバタバタしっぱなしの一日だった。
クリスマスパーティー自体は今日でほぼ終わり、あとはその余韻を残して年越しとなる。
明けましておめでとうの言葉と一緒にクリスマスオーナメントが存在することは日本人の私には馴染みのないものだけど、ケイティやマイケルからすれば逆にこれが当たり前。
そしてククマットも、クノーマス領も、いずれは他の土地もこれが当たり前になっていくんだと思うとちょっと不思議な気分。
「ふぁぁ、眠くなってきた」
「……寝るのか?」
「寝るよ」
「しないのか」
「しねぇわ! 無理! 明日にして!!」
「わかった、明日だな」
一体その体力はどこから生まれているのかと少々恐怖を感じながら。
去年とは違うクリスマスを楽しめたことに満足しつつ。
来年はまた何か新しいこと、面白いことを取り入れていきたい。
とりあえず、いいクリスマスだった。
毎年やって来るクリスマス。変わり映えしないのは仕方ない、ということには甘んじず変化を加えたくてお菓子の家を子どもたちに作ってもらいました。テーブル、床、そして服が大惨事になるのはご愛嬌です。
次回通常更新です。
そして年末年始の予定を掲載しますのでそちらもご確認いただければと思います。




